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ダブルマイノリティーへの理解を広げたい トランスジェンダーのろう者 菊川れんさん

記事公開日:2018年07月07日

ろう者でありトランスジェンダーでもある菊川れんさん。同じ立場の仲間とつながり、支え合いたいという思いから、手話講師として働くかたわら“ダブルマイノリティー”への理解を広げるための活動を続けています。生きづらさを抱えながらも、堂々と自分らしく生きるために奮闘する菊川さんの姿に迫ります。

ダブルマイノリティーの生きづらさ

NHK「みんなの手話」で活躍する手話講師、菊川れんさんはろう者です。

画像(菊川れんさん)

菊川さんは、体は男性、心は女性というトランスジェンダーでもあります。ろう者とトランスジェンダーという2つのマイノリティーに属する“ダブルマイノリティー”ならではの生きづらさを感じてきました。

菊川さん:自分と同じ仲間がいるかもわからない、会ったこともない。本当に苦しかったです。(手話)

菊川さんの主な仕事は手話講師。手話通訳者への指導もつとめています。医療現場で必要な手話の資料を作ることもあり、各地から引っ張りだこ。多忙な日々を送っています。

菊川さん:大型連休が終わったあとも休みがないんです。実は今日、久しぶりにお昼がお休みだったんです。夜は講習会での指導の仕事があります。

この日は都内の大学へ。今回の依頼は「ろうや難聴の学生を受け入れるときにどう対応すればいいか」。当事者の立場からアドバイスをします。集まったのは教職員や学生たち。手話通訳の角田麻里さんとともに講演を行います。

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菊川さんと手話通訳の角田麻里さん

ほとんどの参加者は、ろう者と接した経験が一度もありません。そこでまずは、簡単な手話を体験してもらいます。

菊川さん:名前(手話)

画像(手話で「名前」を示す菊川さん)

菊川さん:となりの人と会話をしてください。

参加者:よろしくお願いします。

画像(「よろしくお願いします」の手話をする参加者)

参加者たちは、初めての手話に苦戦している様子です。

続いては、手話ができない場合のコミュニケーション方法を過去の実体験をもとに教えます。映画館に行ったとき、上映が始まらず戸惑っていた菊川さんですが・・・。

菊川さん:たまたま後ろの若い女性が時間を気にしている私たちを見て、肩をたたいて携帯を見せてくれました。『今、10分遅れると放送がありました』と携帯の画面で伝えてくれたんです。

ちょっとした勇気と工夫で聴者とろう者はもっと近づけるはずだと、菊川さんは考えています。

愛にはいろんな形があっていい

ろう者であると同時にトランスジェンダーでもある菊川さん。最愛のパートナーである善久さんと2人暮らしをしています。

画像(菊川れんさんのパートナー・善久さん)

善久さん:(初めて会ったとき)キレイな人だなぁ、いいなぁと思いました。付き合いたいなぁと思って、少しずつ関係を深めていきました。(手話)

2人が大切にしているものを見せてくれました。結婚式のときの写真です。80人を超える人たちが祝福してくれたと言います。

画像(菊川れんさんと善久さんの結婚式)

菊川さん:「好きな人と一緒に暮らせればいいかな」ぐらいに思っていましたが、結婚式でみんなに見てもらえるなんて思わなかったですね。

然し、これまでの菊川さんの人生は苦難の道のりでした。ろう者の両親のもとに長男として生まれた菊川さん。小学生の頃から性別への違和感を覚えはじめました。

菊川さん:(小さいときは)自分を男と意識していませんでした。小学2年のときに自分は男なんだ、つまり将来は男として、これからもずっと男性と一緒に着替えもトイレもお風呂もやっていくんだと思ったときに、ものすごい違和感が出てきたんです。

その頃から「自分は将来どう生きていけばいいのか」不安を抱きはじめました。10代の後半、いわゆるニューハーフとして飲食店で働く道があることを知ります。しかし、ろうの自分に接客は難しいと、あきらめました。ダブルマイノリティーの悩みを誰にも相談できず、追い込まれていきます。

菊川さん:私はろうでトランスジェンダーなので、もう道がないと、お先真っ暗。どうすればいいのか、仕事があるのかないのか。自分の居場所があるのかないのか、すごく悩みました。悩んでいたときに、実家は4階だったんですけど、ベランダから下を見ていて、「このまま落ちたら楽かな」と思ったことが何回かあったんですね。

そんな菊川さんに転機が訪れたのは、手話講師として働きはじめた24歳のとき。アメリカ手話を勉強しにニューヨークへ行った菊川さん。ホームステイ先の女性から、こんな一言を投げかけられます。

菊川さん:「あなた心は女なんでしょ」って初めて言われたんです。そのとき「違う違う」って言ったんですけど、最初の頃は壁があったんです。自分の中で否定するような、まだオープンにできないところがありました。女性から「あなただけじゃないわ、他にもいるわ。悩まずに自分の気持ちを正直に通せばいいのよ」と言われたんです。

画像(菊川さん)

そして「愛にはいろんな形があっていい」と教えられました。

菊川さん:家族愛が多い人も少ない人もいる。子どもが好きな人も苦手な人もいる。人それぞれです。個性も性格も違いがありますよね。

誰にどれだけの愛情を感じるのか、バランスは人それぞれ違って当然だと言われたのです。

菊川さん:今の社会では、たとえば自分が男性だったら女性に対する愛情が多くて男性に対して少ない。逆に自分が女性なら、男性に対する愛情が多くて女性に対しては少ない。そういう人の割合が多いんです。でもLGBTの場合は、それが逆になるんです。『これは悪いことなのか?変なことなのか?』と言われました。本当に驚きました。それまで自分は変だと思い続けてきた、小中高と悩んできたことが、全部ウソみたいに納得できたんです。その通りだと思ったんです。

帰国後、自分の心が女性であることを両親に告白。周りにもオープンにします。「自分らしく生きる」。その思いで人生を歩みはじめました。

理解が広がることを目指して

今、性的マイノリティーのろう者について理解を広げようと活動している菊川さん。この日はトークショーで水戸にやってきました。ろうでトランスジェンダーの仲間たちと一緒です。3人はダンスあり笑いありのイベントを各地で行っています。

大阪出身の六本木奈美恵さんです。

画像(六本木奈美恵さん)

そして、沖縄出身の安室ありささん。

画像(安室ありささん)

地方に住んでいた六本木さんと安室さん。ダブルマイノリティーの思いを共感できる人が少なく、悩みを1人で抱え込んでいました。その後、人づてに菊川さんの存在を知り、東京まで会いに来たのです。

安室さん:仲間が大事だよね。(手話)

菊川さん:自分だけが違うんだっていう孤立感は苦しいですよね。不安もあります。誰にも助けてもらえないという思いもあります。でも同じ人がいるということで、安心感だけでなく、気持ちが強くなる。仲間がいるという、つながりが大事だと思います。前は、周囲の目がすごく気になったりしなかった? 今は自分の生き方を貫くって決めたから気持ちが違うよね。

六本木さん:隠しているところがあったわよね。自分らしくない感じ。自分が本当になりたい自分になれないという壁があったし、ありのままの自分でいられなかった。でも、れんさんに会えて『ヤッター』って気持ちが明るくなりました。好きなことをして、自分を出していいんだと思った。前は自分を出せなかった。それはもったいないよね。

3人は「三姉妹」というグループを結成しています。

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トークショーに立つ菊川さん、六本木さん、安室さん

この日は、ろう学校の同窓会の会場に招かれました。まず、ダンスで会場の雰囲気を盛り上げ、しだいに本題は性的マイノリティーの話へ。

六本木さん:カッコイイという手話どうやりますか?こうですね。(手話)

画像(トークショーに立つ菊川さん、六本木さん)

六本木さん:オネエ手話でやってみると、こう!もう1回やりますよ。こう!

画像(トークショーに立つ菊川さん、六本木さん)

そして、過去の自分の写真を見せながら、これまでの経験を赤裸々に語りはじめました。

六本木さん:(運転していたとき)突然パトカーが来て、私の車を止めたのよ。『私、耳が聞こえないんです』って言ったら『免許証を見せろ』と言われて出しました。そのとき女の格好だったんですけど、免許証の顔は男だったんです。さっきの写真の顔だったの。

安室さん:セーラー服は学校ではダメなので、家に帰ったあと着替えていました。

笑いを交えながらの公演は終始、大盛り上がり。最後に、菊川さんたちは3人の色紙をプレゼントすることに。「欲しい人だれ?」と菊川さんが呼びかけるとたくさんの人が手をあげました。

画像(トークショーの様子)

盛況のうちに幕を閉じたトークショー。菊川さんたちの活動を通して、理解が少しずつ広がっています。

菊川さん:みなさんに伝えたいことは、私たちのようなトランスジェンダーという人たちがいることを知ってほしい。実際にみんな差別を経験してきています。引きこもっている人もたくさんいます。もしみなさんの周りに悩んでいる人がいたら、東京に同じ人たちがいるよと伝えてもらえると、うれしく思います。

※この記事はろうを生きる 難聴を生きる 2018年7月7日(土曜)放送「性的マイノリティーのろう者 菊川れん」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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