ろうや難聴の学生は就職活動中、「エントリーシートの中で障害をどう伝えるべきか」と悩むことが多いといいます。ところが、企業の人事担当者や就活に詳しい大学教授によると、“日頃のコミュニケーションの工夫”が自己PRの強みになるそう。そのポイントを、就活を控える学生に具体的にアドバイスします。就活応援の特別企画の前編です。
エントリーシートとは、主に「自己PR」や「学生の時に力を入れたこと」「志望理由」などを記入する書類のことです。これから就職活動を迎える大学2年生の伊東碧海(あおい)さんにはある悩みがあります。
伊東碧海さん 大学2年生
伊東さん:私は自分の障害について、エントリーシートに書くことに抵抗はないです。ただ自分の障害について『どこまで書いたらいいのだろうか』と悩むところがあります。(手話)
伊東さんのお悩みについて、企業で人事担当をしているお二人にお話を伺いました。日本IBM人事担当の杉田みどりさんと、ソフトバンク人事担当の伊藤香織さんです。
「企業としては、一人ひとりをしっかり知りたいという思いがありますので、ぜひ書いていただきたいなと思います。選考はまさに企業と学生の接点、お互いを知るプロセスとなります。エントリーシートは、その最初のステップかなと思います」(人事担当 杉田さん)
「聞こえないことに関しては、しっかり伝えていただきたいなと思っています。ただ聞こえないことだけではなくて、それに対して“どんな工夫をしてきた”ってこと。それが障害とリンクしていることであれば、伝えたい自己PRとか強みとかをお話しするときにぜひ盛り込んで伝えていただけたらなと思います」(人事担当 伊藤さん)
伊東さん:今のお話を聞いて、自分の問題だなと思いました。自分が会社に入ったときにどうしたいのか、何を求めるのかを考えながら書くことが、すごく大事なんだなと思いました。(手話)
ここで気になるのが、「どのように企業に伝えるか」という点です。
1年前(2021年)の就職活動企画の参加者で大学4年生の河野葉月さんは、希望するIT企業から内定をもらうことができました。エントリーシートをどのように書いたのか、見せていただきました。
河野葉月さん
私の強みは「課題に対して柔軟に対応できる力」である。私は重度の聴覚障がいを持つ。短期留学に行った際は、ホストファミリーの話していることが聞こえず、うまく意思疎通を図ることができなかった。
そこで、音声を文字に変換するアプリを使用して相手の意図を読み取り、写真などの視覚的な情報を織り交ぜて伝えることで、積極的にコミュニケーションを取るように意識した。
(中略)
こうして諦めずに、多方面からのアプローチで柔軟に対応することが私の強みであると考える。
伊東さん:自分の強みと自分の障害がちゃんと絡めて書いてあって、読んでいてすごく納得できる内容だと思いました。(手話)
河野さんに、どのような点を工夫したのか教えていただきました。
「自己分析をしたときに、自分が無意識にやっていたことが障害に絡んでくることが多くて、障害があったからこそ乗り越えられたところを注目して書くようにしました」(河野さん)
人事担当の伊藤さんも、河野さんのエントリーシートには見習うべきポイントがあるといいます。
「河野さんの強みがよくわかるエントリーシートだと思います。意思疎通がうまく図れなかったという課題に対して、工夫したこと、努力したことが具体的に盛り込まれていました。仕事はうまくいくことばかりではないですから、困難なことがあっても自分で解決しようと努力できる。そうした力を感じるエントリーシートだなと思います」(人事担当 伊藤さん)
聴覚障害者と視覚障害者のための大学、筑波技術大学の教授・加藤伸子さんは、河野さんのエントリーシートは経験や工夫がわかりやすく表現されていると話します。
「『課題に対して柔軟に対応できる力』というように、自分の工夫をうまくネーミングしている。工夫されてきたことをちょっと高みに上げて、会社でやっていくことにうまく結び付けていると思いました」(加藤さん)
ここで、現在、就活真っ只中の大学3年生、小田麓(ふもと)さんから河野さんに質問です。
「エントリーシートを書くとき、わかりやすく伝えるためにはどのように整理するのか、お伺いしたいです」(小田さん)
小田さん、河野さん
「やっぱり、いろんな人と話してみる。『自分の強みってどう思う?』とか、『私、どういう人かな?』みたいなことを話して、自分の強みとか性格をわかりやすく自分の中でも整理していくのがいいかなと思っています」(河野さん)
「会話を通して相手にもわかりやすい言葉に変えたり、整理したりして、エントリーシートを書くということですね?」(小田さん)
「自分を客観視するという意味でも、いろんな人とお話をして自分の自己分析を深めていくのが良いと思います」(河野さん)
人事担当の杉田さんも、他の人と話すことで気づきが得られるといいます。
「弊社の中でも、“フィードバック・イズ・ギフト”という言葉があるくらい、他の人からのフィードバックにはいろんな気づきがあります。ぜひ勇気を出して他の方にも聞いていただくと、『自分ってこんな強みを持っているんだ』『こんなところを人から感謝されていたんだ』と気づきが大きいと思います」(人事担当 杉田さん)
また、大学教授の加藤さんは、エントリーシートに書く内容は特別なことでなくても構わないと話します。
「エントリーシートに書くというと、賞を取ったとか、すごくいい成績を取ったとか、何か特筆すべきことを書かなきゃいけないのではないか。そういうものがないなと悩まれている方がいると思うのですが、普段やっているコミュニケーションの工夫などを書くのは一つの方法かなと思います」(加藤教授)
学生の小田さん、伊東さんの二人に、ある作業をしてもらいました。日常生活のコミュニケーションで、河野さんのように工夫していることがないか振り返り、書き出してもらったのです。
小田さんの「日頃のコミュニケーション工夫体験」
(1)分かったふりをせず、筆談や音声認識アプリの使用をお願いする。
(2)分かりやすく話してもらった際に感謝を忘れず、相手の助けになることをする。
伊東さんの「日頃のコミュニケーション工夫体験」
・大学の講義でグループワーク等がある際、最初に「耳が聴こえない」、「コミュニケーション手段(筆談)」の2点を伝えておく。
・自分からも他のメンバーに、積極的に話しかけるようにする。
二人が書いたコミュニケーションの工夫。人事担当者がとくに注目した点がありました。
「二人とも自分の工夫だけにとどまらず、他者のことをしっかり考えているという点が、膨らませていくとすごく良いポイントになるのではないかなと思います。たとえば弊社でいうと、テクノロジーを通じて社会を良くするという使命のもと、『お客様のことを考えていく力』が求められる。そういった観点で応募先の企業のことをしっかり調べて、こういった工夫と応募先で求められるスキル、パーソナリティを結び付けていくと、とてもよいのではないかなと思います」(人事担当 杉田さん)
小田さんが挙げていた「感謝を忘れず相手の助けになることをする」とは、具体的にどのようなことなのでしょうか?
「たとえば、私は高校時代にいろんな方に情報保障をいただいたり、授業でわからないところを教えてもらったりしたんですね。その人に対して『ありがとう』と言うことを忘れずにいると、別のときに仲良くなることが多いです。お互いの“できること、できないこと”を意識してやっていくと楽しくコミュニケーションできて、仲が深まると感じたので、そういうふうにやってきたなと今振り返って思いました」(小田さん)
「小田さんは信頼関係を築くのがとても上手なんじゃないかなと想像しながら聞いていました。信頼関係を築くために行動していること、努力していることというのは、きっとほかにもあるんですよね。ですから、コミュニケーション一つを取っても、ご自身の信念だったり生き方であったり、そういったところが深掘りできるのかなと思います」(人事担当 杉田さん)
「今日やっていただいたように、みなさんが日々やっていること、聞こえないからこそ工夫していること、これがそのままみなさんの強みになっていることを、もう一度考えていただきたいなと思います」(人事担当 伊藤さん)
学生の二人は今回の企画を振り返ってどう感じたのでしょうか。
「今回、障害について深く考える機会をいただきました。良いエントリーシートを書けるんじゃないかと思えるような場面があったので、本当にありがとうございました」(小田さん)
伊東さん:たんに会社を探して、面接を受けて受かったところに入るみたいな、そういう形式的な部分だけしか考えられなかったんですけど、いろいろなお話を伺う中で、就活というのは自分と向き合うライフイベントだということを、今回の機会を通して実感できました。(手話)
後編では、「面接での情報保障」についてお伝えします。
就活応援企画2022
(前編)エントリーシートで障害をどう伝える? ←今回の記事
(後編)情報保障を求め、働きやすい職場に
※この記事はろうを生きる 難聴を生きる 2022年2月5日(土曜)放送「就活応援!2022前編 エントリーシート 障害をどう伝える?」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。