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精神障害者と家族 三田市の監禁事件から考える

記事公開日:2018年06月18日

今年4月、障害のある40代の長男を監禁したとして70代の父親が逮捕されました。この事件に対し、精神障害者を家族に持つ人や障害に苦しむ当事者本人から、番組にはさまざまな声が寄せられました。このような事件が起こる背景には何があるのか。家族という閉ざされた関係性の中にある問題を考えます。

日常的にストレス抱える精神障害者の家族

今年4月、兵庫県三田市で70代の父親が障害のある40代の長男を監禁したとして逮捕されました。事件発覚後、父親は市に対し、「精神疾患がある長男がものを壊して大きな音を出し、近所からも迷惑と言われ自宅のプレハブ内の檻に入れるようになった。」と話しています。

この事件に対して番組にはさまざまな声が寄せられましたが、精神障害の母を持つ人からは、次のような意見も寄せられました。

「母が解離性同一性障害(多重人格)です。父が殴られているのを私が制止すると今度は私が殴られ、私が殴られているのを父が制止すると今度は父が殴られるので、母の暴力を止めることができませんでした。親戚からは『あなたがお母さんをどうにかしなさい』と言われていたため、頼れる人はいませんでした。監禁は許されないことですが、三田市の父親の気持ちは痛いほど分かる。ので、私はその父親を責められないです。」(まわたさん 40代・母が精神障害)

兵庫県三田市の事件では、家族は過去に複数回、市や関係機関に相談していたものの、支援にはつながりませんでした。監禁は決して許される行為ではない一方、精神障害者の家族による全国組織が去年行った調査によると、7割の家族が「日常的にストレスを感じている」と答えています。

精神科医で筑波大学教授の斎藤環さんは、こういった事件が起こる背景には、精神保健のサービスが当事者とその家族に十分行き届かず、使いづらいものになっていることがあると指摘します。

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また、和歌山県で精神障害者の家族会連合会(和歌山県精神保健福祉家族会連合会)に所属し「家族依存から社会的支援に向けて進める会」の活動を行う大畠信雄さんは、この事件は決して特別なケースではなく、「家族はSOSを発信する力をつけることが大事」と強調します。

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支援体制の不備 偏見…家族が抱え込む要因とは

医療や家族の支援体制が整っていないために家族が負担を背負っている現状。こういった状況にさらに追い打ちをかけているのが、精神障害者に対するさまざまな偏見です。

「家族には、母親が精神疾患であることを口止めされました。また、自分で薬が飲めない、状態の悪い母親と2人きりにされ、子ども時代は看護を1人でさせられ、責務を怠ると叱責されました。具合の良くない母親の薬の面倒を午前2時、3時まで普段から監視しなくてはなりませんでした。次の日テストでも関係ありませんでした。恐怖で逃げたくても逃げられず、電話機を取ることもできませんでした。」(ニックネームさん 40代・母が精神疾患)

精神障害者は常に周りからの偏見にさらされているだけでなく、時には家族や当事者自身が自らに対して偏見を向けてしまう。さらに日本の家族に対する習慣的な考え方が、こういったことが起きやすい下地になっていると斎藤さんは言います。

「個人の問題が家族の問題に基本的になりやすい構図があって、個人が問題を起こすと家族のせいではないかと社会的に非難される。それを予防するために個人が頑張ってしまうという形になりやすい。もう少し個人と個人の距離感を持って考えるといいと思う。家族単位で考える我々自身の習慣が、こういった状況をもたらしているかもしれません。」(斎藤さん)

統合失調症の長男を持つ大畠さんも、親の立場として「自分の子どもは自分でみなくてはならない」という責任感が強く、また外に知られたくないという意識も非常に強かったと振り返ります。

しかし、大畠さんが周囲に長男の障害をオープンにすると、意外なことが分かりました。

「3年目でカミングアウトすることによって、社会よりも自分自身の偏見のほうが強いことが分かりました。それで開き直ることができ、前に向く気持ちになったということは大きかったです。周りの人たちは、3年間、誰にも言えない問題を抱え込んでいる我が家とどう関わったらいいか、かなり悩んでいていたようです。それをオープンにすることで、日常の生活を取り戻すことができました。」(大畠さん)

手を尽くすも・・・ 娘の殺害に至った父親の言葉

精神障害者の家族を支援する活動を和歌山県で行っている大畠さん。その活動になったきっかけは、和歌山県内で精神障害のある子どもを親が殺害する事件が相次いだことでした。

2015年に起きた81歳の父親が41歳の娘を殺害した事件。大畠さんは事件の前に父親から相談を受けていました。判決のなかで、父親は「精神疾患を患って暴力をふるう長女を病院に通院させるなど、およそ20年にわたって努力を続け、肉体的にも精神的にも限界に達して犯行に及んだ」(2015年7月和歌山地裁判決)とされました。

家族の中で、何が起きていたのでしょうか。裁判で執行猶予判決を受けた父親が話した言葉を紹介します。

「娘は、おっとりとした性格でした。20歳のころから家に引きこもり、気にいらんことがあると窓ガラスを割ったり、私や妻を蹴るようになりました。診察の結果『情緒不安定性人格障害』と診断されました。

ハサミで妻を刺す、隣の家に包丁を投げ込むこともありました。心中も考えました。娘の暴力から逃れるため車で寝泊りしました。保健所や精神障害者の家族会にも相談しましたが、娘は訪問など拒んだ時点でかかわりが絶たれました。

娘は自分の異常性を認識しており、病気を治そうと専門書を何冊も買い込んでいました。『暴力が悪いのはわかっている、朝眼がさめるのが怖い』と言っていました。

間質性肺炎を患っている妻は、怖がって布団から出られなくなりました。一人暮らしを望む娘は、『早く新しい部屋を借りろ』と布団にくるまっている妻を平手で何度もたたきました。私は、娘にごめん、ごめんと言いながら、妻のこたつの修繕のために買った電気コードで背後から首を絞めました。」(父親のMさん)

Mさんの娘は、入退院を繰り返すなか、日記に気持ちを書き残していました。

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「父ちゃん、お母ちゃん…お元気ですか。検査は30分程で終わりました。検査はやっぱり嫌いです。とにかくすぐに淋しい気持ちになってしまいます。誰かと対等にしゃべりたい。患者ではなく一人の女の子として話しかけられたい、私がまともに話ができるのはこのノートだけだろうと思う。此のノートは私の話し相手です。」(Mさんの娘のノートより)

事件の5か月後、Mさんは懲役3年執行猶予5年の有罪判決を受けました。

「やれることはやったと思っていましたが、足りなかったと感じました。一番苦しんでいたのは自分やない、殺してしまった娘やった。何が足りなかったのか。」(Mさん)

Mさんの娘が望んでいた、「対等な会話」。しかしその一方で、Mさんの娘は第三者との面会を拒んでいました。大畠さんも事件の前に父親から娘に会うよう依頼されたものの、娘の拒否で実際に会うことはかないませんでした。

精神科医の斎藤さんによると、親はどうしても保護者という視点に立つため、親子ではなかなか「対等な会話」は難しいのが現実です。そういった場合に考えられる方法として、入院時に同世代の患者と話す場を設けること、本人が平常時に他人との面会を拒むケースでは、暴力の直後など本人の心の窓が少し開くような機会をとらえて第三の立場の人が親子関係に介入し、密室を開くことができることがあると話します。

「明るいところで向いていく」—“対話”を始めた家族

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和歌山県内に住む、貞包さん一家。長女の朋子さんは、20前に統合失調症と診断されました。現在、朋子さんの症状は落ち着いていますが、家族が共に暮らしていくことは、容易ではありませんでした。

朋子さんは、中学生の頃いじめに遭い、周囲にどう思われているか気にするようになりました。短期大学を卒業し、郵便局で仕分けの仕事を始めた頃。人より作業が遅いことで自分を追い込むようになります。

精神科に通院を始めてからも、自殺未遂をしてしまうことが何度もありました。

「何で私、勤まらない…みんなにはできて私にはできないんだろう、って。みんなはできるのに、何で私にだけできないんだろうって。」(朋子さん)

両親は、マイナス思考な朋子さんのことを理解できず、苦しみました。

「理解するのは時間がかかる。全然僕は情報を知らないし。そういう問題が降りかかった時にはどうすればいいか、まったく情報がないわけ。悩んでたけど、結局のところ、対応策がどうしていいか分からない。」(父の俊治さん・69歳)

「病気のことも全然知らなかった。どうしたらいいんだろうっていうすごい不安がありまして。とにかく親に抱きついてくるこの子を抱きしめて。暗い落とし穴の底にドーンって突き落とされたような感じで。でも、こんなこといつまでしてても仕方ないって。とにかく私が先に元気になろうって。元気になってこの子を元気にしていかなあかんっていうふうに思い出したですね。明るいとこへ向いていかなあかんって、思い出しましたね。」(母の未奈江さん・70歳)

状況を変えるために、両親が始めたことがあります。病気をタブーとせず、朋子さんに尋ねることにしたのです。

母「結局パニックになって、そういうことが起こった後で人から聞かされるのが多くて。その時に打ち明けてくれたらもっと、対処のしようがあったのかなと思うことが多いんです。お母さんらに何でしんどい時、言えんのかな?」
朋子「やっぱり、期待されてるから。」
母「してないよ何も。」
父「期待してるって言われる筋合いないよ!期待してほしいんやな。」
朋子「あんまり作業所に行け行け言わないでください。プレッシャーになるんで!」
母:「やっぱりそこか!それは分かってました。」(母笑い)
父:「でも、行くことに耐えられれば忍耐力つくからな。そういうことで少しでも、自分の力っていうか。」

家族だからこそ話しづらいことも、対話を重ねることで、全員が抱え込まない環境を心がけています。

朋子「お母さんとは関わりやすいです。お父さんはちょっと。難しいです。」
父「ハードル高いやろ?」
朋子「ハードル高い。」
父「人間性が高いからハードルが高い。」(朋子さん爆笑)
母「人間性高いか?」
朋子「高いかなあ?」

会話のキャッチボールができること、冗談が言えること、弱音が吐けること。苦しみの時を経験した現在の貞包さん親子の姿は、このような健全な対応のなかで育まれたのではないかと斎藤さんはみています。そして、その一歩となる、最初の会話をするために大切なことは何でしょうか。

「本人の内面の世界に興味を持ってほしい。親の価値観を押し付けたくなるでしょうけれども、そこを一歩踏みとどまって。どんなことを感じているのか、どんな世界を経験したかということに興味を持っていろいろと質問を重ねていくと、そこから対話のきっかけがこぼれてくることがありえますので、そういう気持ちを大事にしてほしいと思います。」(斎藤さん)

「気持ち的に、どうしても親は否定ばかりしやすい。なかなか『そうだね』とは言いにくい。貞包さんのご両親は、自分の力の限界を知って、外に向いて発信していったという歴史があると思う。まずは当事者の心に寄り添ってるかどうか。本人が、私のことを見守ってくれてるという安心感。それが1つの安定剤だと思う。」(大畠さん)

貞包さん一家が見つけた方法は、ほんの一例に過ぎません。しかし、障害がある本人と家族が、互いの関係性を見直すこと、またそのきっかけを作るために、自宅の外の支援とつながることは、共に暮らしていくための一助になるのではないでしょうか。

※この記事はハートネットTV 2018年6月7日放送「ハートネットTV LIVE相談室 チエノバ精神障害者と家族 自宅という密室」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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