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“浮きこぼれ”の子どもたち 【後編】 みんなの学びに向き合う学校とは?

記事公開日:2022年01月19日

自分のペースと合わない授業を我慢して受け続ける苦痛。クラスの空気を読み、自分の個性や能力を押し隠すストレス。いま、強い好奇心や高い能力のために、学校教育から取りこぼされる“浮きこぼれ”の子どもたちが注目されはじめています。誰も取りこぼさない、一人ひとりの学びに向き合う学校とは?当事者や保護者、専門家、それぞれの立場からお話をうかがいました。

大人になっても続く生きづらさ

“浮きこぼれ”てしまうのは、どんな子どもたちなのでしょうか。子どもの個性や能力と教育の関係について研究している関西大学名誉教授・松村暢隆さんにお聞きしました。

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関西大学名誉教授 松村暢隆さん

「突き抜けた能力とか、高いIQとか、いろいろな“きらめき”を持っている子ども、それをひっくるめて“才能児”と言います。その中で学校になじめず困っている子どもが、いわば‟浮きこぼれ“として不登校になることもある。どのクラスにも1人か2人いてもおかしくありません」(松村さん)

吉沢拓さん(35)は小学生のころに“浮きこぼれ”の経験をした当事者です。

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吉沢 拓さん

子どものころから算数が大好きだった吉沢さん。立体図形など複雑な物の構造を頭の中に思い浮かべることが得意でした。しかし、学年が上がるにつれ、周囲とのズレを感じて、学校を休みがちになりました。決定的だったのは小学6年生のころ。算数オリンピックの決勝大会に出場したときのことです。

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吉沢さんが取り組んだ算数の問題

「自分がすごくビビッとくる問題があったんです。それで、校長先生から『その思い出を全校集会でしゃべってくれよ』って話をいただいて。こういう感動的な問題と出会ったという、その美しさみたいなのを伝えようとしちゃったんですけど、シーンとなるわけですよ。『何言ってんだこいつ』っていうのを見た瞬間に、『そうか俺、ちょっとおかしいんだな』っていう自覚をはっきり持ったことがありました」(吉沢さん)

自分の個性や能力は周りに受け入れてもらえない。吉沢さんは、学校で自分を押し隠すようになっていきました。

「隠そうとして潰していた部分こそが自分の誇りとか大事にしている部分だったので、自分のいいところを一生懸命ギュッて潰さなきゃいけないっていう、その心苦しさはすごくあったような気がしますね」(吉沢さん)

その後、中学・高校・大学へと進学しますが、周囲の目が気になり、思うように振る舞えない日々が続きます。生きづらさは消えませんでした。

やがて社会人になると、上司や同僚とうまく合わせることができず、「仕事ができない」「やる気がない」と言われるようになりました。

そして、ストレスが積み重なり休職へ。その後、転職を繰り返しましたが、自分の個性や能力を認めてくれる職場にはなかなか出会えませんでした。

吉沢さんは、子どものころに経験した、学びたいことを認めてもらえない苦しさが、社会人になっても影響し続けていると話します。

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吉沢拓さん

「『自分の個性や能力は押し潰して、自分が存在しないようにするのがいちばん安全な道だ』と学んだのは経験として残っています。社会に出るとやはり同じ仕組みで、もっと大きな圧力と向き合うことになってしまう。そこで自分だけ違う考え方を言うと、『私たちの考え方を理解する能力はないんだね』とか、『人間まるごとダメだ』って言われてしまうこともあって、自分で自分を支えるのは限界がきちゃったときもある。小さいときに『人と違ってもいいんだよ』っていう自分を支える“心の安全の柱”をちゃんと立てていたら、もっと自分らしく生きていたのかなって今でも思いますね」(吉沢さん)

「学びたい」という強い欲求が、なぜ周囲とのズレをもたらす原因になってしまうのでしょうか?

「学校には平等な教育という理念がありますので、教室では大勢がじっと座ってみんな同じ内容を同じ方法で同じスピードで学ぶことが求められます。そうすると、そういう環境には合わない子、もっと先を学びたい子は、どうしても居づらさを感じてしまう。本人や保護者には深刻なことですが、困っている才能児というのは全体から見たら少数派なので、先生や周りの子には理解されない。相談しづらい。優秀な子なので放っておいていいだろうという扱いを受けることもあります」(松村さん)

そして、小さな配慮であっても子どもにとっては救いになるといいます。

「第一に、先生が子どもの興味や能力に理解や共感を示すことが出発点になります。たとえば課題をやってしまったら本を読んでていいよとか、できる範囲の小さな配慮でいい。そういうのがあるだけで先生は目を向けてくれていると、気持ちが伝わる。そこが出発点かと思います」(松村さん)

周囲に相談しづらい 保護者が感じる負担

山下仁美さんは、現在18歳の子どもが小学5年生のころに不登校の状態になりました。

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山下仁美さん

「子どもが小学校のときからキノコの研究をしていて。全国を旅したり、写真を撮ったり、大人と一緒に混ざって学会で発表したりしてたんです。でも、学校に行くと、学校のシステムに合わないところがあって、問題児のような扱いになってしまうことが多かったんですね。好きなことがすごくハッキリしているので、学校の時間割にくくるのが合わなかったという感じはありました」(山下さん)

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山下さんの子どもが撮影したキノコの写真

山下さんは、“浮きこぼれ”の子どもの保護者として、周りには相談しづらいと感じています。

「子どもに強い意欲や能力があって学校に合わないっていうのは、なかなか周りの人に相談しにくい。自慢のように受け止められてしまうので、学校の先生も身近な人も家族や友人にも誤解されやすい面もあります。なかなか人に言えなくて孤立しやすいですね」(山下さん)

山下さんと同じように、葛藤を抱えている保護者からの声が届いています。

好奇心旺盛でいつもわくわくして、エネルギーに満ちあふれていた我が子は一斉教育に絶望し小4で不登校に。
学びたい、知りたい。その気持ちに学校は寄り添ってくれない。親子共に、孤独です。
(もんも/沖縄県/女性/30代)

学校側は今できる最善を尽くしてくださってますが、色んな規定などあるようで、先取り学習はできないようです。
学びの欲求をなぜ摘んでしまうのか。もっと、選択肢が多ければいいのに。
(まるまるこ/大阪府/女性/40代)

自分の学びを自分で追求できる学校を

学校に受け入れられず苦しむ、“浮きこぼれ”の子ども。学校や周囲への対応に負担を感じる保護者。学校にできることはないのでしょうか。

そこでいま、公立小学校で行われている、ある先進的な取り組みが注目されています。

山形県にある、天童市立天童中部小学校では、単元ごとに子ども自身が授業計画を立て、自分に合ったペースで学ぶ「マイプラン学習」という取り組みをおこなっています。

画像(マイプラン学習)

今年から、新たな試みも始めました。子どもたちが、自分の好きなことを思うままに突きつめる、「フリースタイルプロジェクト」という授業です。

画像(フリースタイルプロジェクト)

「マイプラン学習」は学年ごとに年間で40時間ほど、「フリースタイルプロジェクト」は総合学習の時間を使って年間40時間ほど行われています。

校長の大谷敦司さんに、この取り組みを通して子どもたちに起きた変化を聞きました。

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天童中部小学校校長 大谷敦司さん

「自分のペース、自分の好きな場所で学べるわけですから、子どもが本来持っている自主性を発揮して“学ぶ”意欲が高まってきているなと感じています。今日もフリースタイルプロジェクトがありましたが、待ちきれなくて家でやってきている子がいるわけですよ。また、自分の計画はあるわけですが、思い通りにいくとは限らないですよね。そうすると次は計画を変えるわけです。そういう学習の調整力もついてきています」(大谷さん)

一方で、番組には「忙しい」「余裕がない」という教員の声も届いています。こうした一人ひとりに合った教育を公立の小学校で実現していくためには、どのように取り組めばいいのでしょうか。

「本校もいきなり始めたわけではなくて、最初はまず子どもたちだけで学び合う、教え合うという段階を経て、その次に今度は自分1人で計画を立てて自分のペースで学ぶという体験をして、最終的には自分で学ぶ内容も決めるという段階を追っています。子どもたちの実態を見ながら、子どもと教員で相談するんです。
学校は子どものためにあるわけですから、子どもと相談をして前に進む。これが大切だと思います。とにかく子どもを信用する、信頼するということですね。そうすれば子どもの頼もしく素敵な部分が見えてきますので、余裕を持って子どもたちと一緒に生活することができると思います」(大谷さん)

松村さんは、天童中部小学校の取り組みは、“浮きこぼれ”の子どもたちだけではなく、ほかの子どもたちにとっても有意義だと話します。

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関西大学名誉教授 松村暢隆さん

「一部の才能児向けの特別な指導を行わなくても、天童中部小学校のように学ぶ環境の選択肢があれば、すべての子どもが自分の得意や興味を見つけて、自分のペースでやりたい内容をやりやすい方法で学んで、学習成果を出していきます。
そうするとむしろ、先生の負担が減る。そのように学校が変わっていったら、先生や親が何かの能力を掘り出して伸ばそうとしなくても、突き抜けた才能児も含めて、一人ひとりの子どもが自分の学びを自分で追求できる。
今後、そういう形の教育が広がっていくかと思います。いまやっと、困っている子ども本人や保護者の痛切な声が教育行政にも届きはじめています。保護者どうしの共感の輪も広がってきています。ぜひ率直な声をあげていただきたいと願っています」(松村さん)

吉沢さんと山下さんも、今後の取り組みに可能性を感じています。

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吉沢拓さんと山下仁美さん

「社会にぶつかったときに『周りと違うけどそれでもいいんだ』って思えるような気持ちの柱が一緒に育つような教育が進んでいったら素晴らしいと期待しています」(吉沢さん)

「自分の個性を認めてもらえることで、ありのままでいられることが、子どもにとっていちばんいいことかなと思います」(山下さん)

“浮きこぼれ”の子どもを見過ごさないためにできることは何なのか。当事者、保護者、学校、それぞれの視点から意見を出し合い、解決策を見出す必要があります。

“浮きこぼれ”の子どもたち
【前編】見過ごされてきた生きづらさ
【後編】みんなの学びに向き合う学校とは? ←今回の記事

※この記事はハートネットTV 2021年12月1日放送「“浮きこぼれ”の子どもたち~第2夜 ひとりひとりが「才能児」!~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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