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“浮きこぼれ”の子どもたち 【前編】 見過ごされてきた生きづらさ

記事公開日:2022年01月19日

新しいことを学びたい。もっと難しいことに挑戦したい。そんな強い好奇心や高い能力のために、かえって学校になじめない子どもたちがいます。いま、こうした子どもたちが、クラスで浮き、学校教育から取りこぼされている現状が明らかになってきました。今回は、これまで見過ごされてきた、“浮きこぼれ”の子どもたちの生きづらさに注目。さらに、ある小学校で始まった新しい取り組みも取材しました。

わかっている内容をひたすら繰り返す苦痛

高い学習意欲をもちながら、学校に通わなくなった子どもがいます。
現在、小学6年生のケントくん(仮名)はいま、高校数学の勉強に夢中です。

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ノートに数式を書き込むケントくん

「将来なりたいものとしては数学の研究者。で、夢としては七大ミレニアム予想を解くことかな。P≠NP予想とか。解けると賞金100万ドルがもらえる」(ケントくん)

2021年4月からケントくんは不登校の状態が続いています。すでにわかっている内容を繰り返し勉強させられる学校の授業が苦痛でした。

「暇だなと思いながら機械的にずっとノートを写して。授業が終わるときの解放感と、次も(授業が)あるっていう絶望感が同時に押し寄せてくるあの感覚。ストレスっていうのかな。学校でためてきたイライラを“お持ち帰り”するようになって。それでも『学校には行こうね』っていうのがお母さんの方針だったけど、僕が『もう死にたい、助けて』ってなってから、お母さんもさすがに行くのをやめさせてくれた」(ケントくん)

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ケントくんの母

「そこまで苦しいのに、そうなるまで気付けなかったんです。クラスや担任の先生が変わったことで環境が変化したり、周りの子の心の成長もあったりして、いろんなものが重なったときに全部が悪いほうにいってしまって。息子みたいなタイプの子は教室に居場所がないんです」(ケントくんの母親)

母親は学校に出向き、ケントくんの状況を伝えました。その結果、単元ごとに個別でテストを受ければ、授業には出なくていいと認められました。

学校に通わなくなったいま、ケントくんは思う存分、大好きな数学の勉強に打ち込んでいます。

「学校に行かなくなって本当に気持ちが軽くなった。つきものが取れた感じかな」(ケントくん)

ケントくんに、「我慢して学校に通うべきだ」という意見に対してどう思うのか聞きました。

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ケントくん

「ガラスと黒板をキーキー引っかく音をスピーカーで流している教室で勉強していると想像してみてください。みんなは平気なのに、自分だけは嫌だから落ち着かない。だけど先生は理解してくれない。みんなからは変な目で見られる。本当にそんな状況なんです。“わがまま“で終わりにされちゃう。不登校は少数派で、捉えようによってはわがままなんてことはわかってるんだよ。でも、なりたくて『わーい!不登校だ』ってなってるわけじゃないんだよって感じ」(ケントくん)

来年から中学生になるケントくん。再び教室に戻るのか、答えはまだ出ていません。

求められる「正しい答え」を出すのに必死だった

学校では優等生と見られていても人知れず生きづらさを感じ、“浮きこぼれ”ている子どももいます。

小学5年生のナオさん(仮名)もまた、学校には行かずに自宅学習をしています。科学・数学・語学・美術など、幅広い分野に興味を持ち、調べたことは自室のホワイトボードに次々と書き込んでいきます。

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ホワイトボードに書き込みをするナオさん

「今、書いてるのはウルトラマリンっていう青色の絵の具があるんですよ。ウルトラマリンが宝石からできているって話を聞いて、本当か気になって調べたものと、調べたときにカラーインデックス番号ってワードが出てきて、知らなかったので調べた」(ナオさん)

ナオさんが、最初に「学校になじめない」と感じたのは、小学1年生のとき。道徳の授業で突然あてられ、うまく答えられなかったことがきっかけでした。

「『たぶんこれだろうな』っていうのを頑張って考えたんです。でも、(質問の)意図と違う答えを言ったんでしょうね。(先生が)「え? それ、本気で言ってます? 冗談じゃないですよね?」みたいなことを言ったんですね。周りの子たちも『いやいや。それ大丈夫?』っていう感じだったんです。次の子をあてて、『それが正しい答えだよね』『当然その答えで、間違えるはずがないよね』って空気感がもう怖くて、泣くのをこらえることに必死で。私がよく覚えてるきっかけはそこですね。いちばん最初のきっかけ」(ナオさん)

それ以来、常にクラスの空気を読み、先生が求める「正しい答え」を出すことに全力を尽くしてきました。

学校はそんなナオさんを「優等生」として評価しました。しかし、本当の自分を押し隠し、周囲に合わせる生活にナオさんはストレスをため込んでいきました。

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ナオさん

「先生が求めてる答えは本当にこれか、その一字一句、点の位置も丸の位置も合ってるかなって考えて答えたり、しゃべったりしてる。本当に細心の注意を払って、どこに地雷が落ちているかわからない中を歩くみたいな感じ。やろうと思ってる間はできるんですけど、それ以外はすぐに電池が切れるというか」(ナオさん)

学校になじもうと必死にもがき、たまったストレスを爆発させる娘を、両親は間近で目にしてきました。

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ナオさんの両親

「夕方に帰ってきて、夜の12時、1時までずっと泣きわめいて、過呼吸になって。過剰に適応できると『優れている』って捉えられてしまうかもしれないんですけど、自分を守るためにそうせざるをえないだけ」(ナオさんの母親)

いまは学校に通わず、自宅で学習する日々を送るナオさん。週に2日、絵画教室に通って水彩画や油絵の制作に思うままに打ち込むなど、自由に学びを深めています。

しかしその将来について、両親は不安を抱えています。

「内申点とかどうするのっていう感じはあります。いまのところ中学校も通学は難しいかなと思っていて。大学だったらもっと学びたいものがあるかもしれないのに、その大学に入る条件として高校に行ってください、と。高校に入るためには(中学の)成績と内申点と出席日数が必要ってなると、いまの一般的な進学ルートに乗らないといけない」(ナオさんの父親)

背景にあるのは戦後日本の一斉教育

番組には、子ども本人や、かつて“浮きこぼれ”を経験した大人たちから、さまざまな声が寄せられています。

私は学校がつまらないです。
勉強がつまらないです。
同じことを何回もするのがいやです。やる意味がない気がします。
私は知らないことを学ぶのが好きです。教科書を何度もやるのはきらいです。
(小学3年生/東京都/女性)

ぼくにとって学校は面白くない場所です。
運動会のダンスを覚える事や道徳の感想文を書くときは、皆のスピードが早すぎてついていけないし、理科や算数はゆっくり過ぎてつまらないです。
全てのスピードを皆と合わせようとするととても疲れます。
(トンボ/東京都/男性/19歳以下)

学校には友達に会いに行っていました。
しかし、「勉強できるのを鼻にかけている」「何でも知ってるふりをしている」といじめられるようになりました。
なんとかしようと、適度に知らないフリをしたり、わざと白紙回答をして点数を下げるようになりました。
(あこ/栃木県/女性/30代/元子どものひとりとして)

高い意欲や能力のある子どもが、なぜクラスに適応できず“浮きこぼれ”てしまうのか。その背景には日本の学校教育の歴史があると、子どもの個性や能力と教育の関係について研究している関西大学名誉教授の松村暢隆さんは話します。

画像(関西大学名誉教授の松村暢隆さん)

「戦後の日本の学校教育は、なかなか学校へも行けなかったり、勉強する機会も少なかった子どもを含めてみんなに学力をつけてほしいという思いがあって。システム自体がみんな一緒に、同じ学年で同じ内容を同じやり方で学習するというのが中心にある。そうすると自分のやり方で、自分のペースで、自分のやりたい内容ができない。そういう苦痛を感じている子がいるわけですね。だから、今のまま一斉の授業ではどうしても才能のある子は救われない」(松村さん)

最近になって、文部科学省でもこうした問題に目を向けるようになってきました。7月には有識者会議を立ち上げ、特定分野に特異な才能のある子どもや保護者、学校などへの大規模なアンケート調査を実施。“浮きこぼれ”る子どもたちをどうサポートするか議論を進めています。

個性と主体性を尊重した新しい取り組みに注目

子ども一人ひとりに合わせて学べる学校は実現できるのでしょうか。
いま、全国から注目を集めているのは、山形県の天童市立天童中部小学校が取り組む「マイプラン学習」です。

マイプラン学習は、単元ごとに子ども自身が授業計画を立て、自分に合ったペースで学ぶことができる学習方法です。天童中部小学校では全学年を対象に、年に40時間ほど実施しています。

画像(マイプラン学習の様子)

6年生のマイプラン学習の様子をのぞくと…教室には先生の姿がなく、子どもたちは教材を使って自分たちで勉強しています。教室にいるのは、クラスのおよそ半数。その他の子どもは家庭科室や教材室など好きな場所で学ぶことが認められています。

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マイプラン学習で算数を教えあう子どもたち

勉強する科目も自分で選べます。この日は、算数か社会科どちらかの科目を選んで、自分で決めた計画に合わせて学習していました。同じ教科でも、カリキュラムに沿って学ぶ子もいれば、発展した応用問題に挑戦する子も。教師は、子どもたちが自分のペースで学べるように、さまざまなタイプの教材を教室に準備してサポートしています。

わからないところがあると、子どもどうしで教え合います。先生は求められたときに個別で教えたり、困っている子に声をかけたりして指導にあたります。

マイプラン学習について学校が子どもたちにとったアンケートによると「自分のペースで学ぶことができた」「仲間と学び合うことができた」など、95%が「楽しく学べた」と回答していました。

画像(天童中部小学校のアンケート結果)

今年から新たな試みも始まっています。子どもたちが自分の好きなことを思うままに突きつめる、「フリースタイルプロジェクト」という授業です。

画像(フリースタイルプロジェクト)

前期と後期、それぞれ20時間。勉強・スポーツ・遊び、興味を持ったことなら何に取り組んでも自由です。子どもたちが選んだテーマは、紙粘土で恐竜作り、磁石やミョウバン結晶の実験、服のリメイクなど、実にさまざまです。

こうした取り組みを率いてきたのが、校長の大谷敦司さんです。4年前に赴任してから、子どもたちが自ら学ぶ学校を目指してきました。

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天童市立天童中部小学校校長 大谷敦司さん

「(学校は)今まではわれわれが教える場所だったんですね。教師がうまく教えることも大切だけど、結果的に子どもが学べばいいわけです」(大谷さん)

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天童中部小学校の自学自習

大谷さんが天童中部小学校で最初に取り組んだのは、子どもが先生役となって教え合う「自学・自習」でした。子どもの主体性を育むことがねらいで、自ら学び、教え合う土台の上に、今の取り組みが築かれていったといいます。

「子どもたちが学びだしたら、あとは『すごいな、この子』とか『面白いことやっているな』って見ることが教員の仕事じゃないかなと思うんです。われわれの覚悟は必要ですよ。でも、われわれの物差しを超える子どもたちがいるわけだから、子どもたちが学ぶのを、もっと温かく見守ったほうがいいんじゃないでしょうか」(大谷さん)

大谷さんに、学校は変われると思うか、たずねました。

「変わらないと要らないんじゃない? 変わらないと子どもたちが困るよね。子どもと相談をして、こういうことをやっていきたい、学びたいということをどんどん取り入れて、子どもと相談する学校になっていったらもっといいと思います」(大谷さん)

子どもの個性と主体性を最大限に活かそうとする、天童中部小学校の挑戦。

こうした取り組みは、全国でもまだごくわずかです。すべての子どもたちが生き生きと学んでいくために、いま新しい教育の形が求められています。

“浮きこぼれ”の子どもたち
【前編】見過ごされてきた生きづらさ ←今回の記事
【後編】みんなの学びに向き合う学校とは?

※この記事はハートネットTV 2021年11月30日放送「“浮きこぼれ”の子どもたち~第1夜 見過ごされてきた生きづらさ~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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