最近、耳にする機会が増えた「ジェンダー」という言葉。しかし、社会への広がりとは裏腹にジェンダー平等と逆行するような出来事が未だに多く見受けられます。また、ジェンダーの間に格差がある、ジェンダー差別があるなどと訴える女性の声に対して、それを否定する意見が多いのも事実です。なぜ、人によって差別の見え方が違うのでしょうか?差別の見えづらさと、その背景ついて考えます。
生物学的な性差に対して、男らしさや女らしさなど社会的、文化的に割り当てられた性差を意味する「ジェンダー」。街でジェンダーによる差別について聞くと、さまざまな声がありました。
「最近就活をしていたので、男女で平均年収が違ったりというのを見ると、そういう差別じゃないけど、古い風習みたいなのが残っているんだなと感じます」(女性)
「昔はすごいありましたよね。女性は腰掛けだからお茶くみでもしてればいいみたいな。当然かなと思って。逆においしいお茶いれようぐらいな感じで」(女性)
「(ジェンダー平等は)50%くらいだろ。私から見ると、女性がそこまで本当に強い意識がある人が少ないんじゃないかと思う」(男性)
森三中の黒沢かずこさんはジェンダーという言葉が使われるようになってから、自身の意識に変化が生じたと言います。
黒沢さん:ジェンダーという言葉を最近すごく聞くようになりました。ジェンダーという言葉が出てきてから、『これってジェンダーだったんだ』みたいに気づくというか。逆に、ジェンダーという言葉によってジェンダーを考える動きが生まれたんじゃないかなって思うときもあります。
黒沢さんの意見に、國學院大学教授の水無田気流さんも同意します。
水無田さん:まさにそのとおりですよね。この問題の難しさは、身近過ぎて見えないことなんです。(ジェンダー間の格差や差別は)日常的にあまりにも当たり前だと思っているので、差別的な構造をはらんでいるのに、見えていなかったものがようやく注目され出した。ある意味では、ジェンダーという言葉が広まったことでようやく、この問題を客観的に考えるとば口に立ったのだと思います。
俳優でアクティビストの石川優実さんは自身の活動を振り返り、社会の変化を実感しています。
石川さん:3年くらい前に、職場で女性がヒールを履くことはおかしいという#KuToo運動を始めました。そのころ、“ジェンダー”とか“女性差別”という言葉を使わないほうがいいと言われたんです。過激な人だと思われるし、極端だと思われるから隠して運動したほうがいいと。でも、今、こうやって「女性差別ですよね」とか、「これはジェンダーの問題ですよね」と言える社会になって、すごくよかったと思います。
8月6日、走行中の小田急線の車内で36歳の男が乗客らを切りつけ、10人がけがを負った事件がありました。最初に襲われたのが女子大学生で、容疑者が「(女子大学生が)勝ち組に見えた」と供述したことから、「この事件は女性差別だ」と訴えるデモが行われます。
デモで訴える石川さん
「私たちはこの問題を“フェミサイド”、女性を狙った事件だったと社会に訴えていこうと思います」(デモで訴える石川さん)
フェミサイドとは、女性であることを理由にした意図的な殺人を意味する言葉です。事件の被害者には男性もいる上で、あえて「フェミサイド」という言葉を使って訴える狙いはどこにあるのでしょうか。デモの参加者たちは、常日頃から感じてきた不安や恐怖について語り始めました。
「女性に対する暴力の危険性は常にあります。道路を歩いているだけでつきまとわれたり、駅構内を歩いているだけで故意にぶつかられたり。私たちは、ただふつうに道路を歩いて電車に乗って家に帰りたいです。女であるだけで暴力にさらされることなんて。ただ無事に家に帰り着きたいです」(デモに参加した女性)
1か月後、デモに参加した大学生がフェミサイドの対策を国に求めて会見を開きました。事件をきっかけに「フェミサイドのない日本を実現する会」を立ち上げた皆本夏樹さんは、フェミサイドの実態の解明と対策を求め署名活動を展開。およそ1万7千筆を集め、法務大臣や内閣府に提出しました。
フェミサイドへの対策を求める学生たち
「DVとかセクハラという言葉も、昔はありませんでした。でも被害がなかったわけではありません。こういう言葉ができたからこそ、『セクハラはダメだ』『DVはダメだ』となっています。フェミサイドも同じだと私たちは考えています。フェミサイドという言葉がなければ、無差別殺人事件として扱われてしまうものを、女性差別を可視化するためにあえて「フェミサイド」という言葉を使うべきだと、私たちは言いたいと思います」(皆本さん)
活動に賛同した学生の一人はいまだに小田急線に乗れないと打ち明けました。
「私にとって電車の中や駅は安全な場所ではないのが事実です。近くに座ってくる人が、私が降りる駅で一緒に降りて、それに気づいたのでホームで時間を潰していたら、その人がまだいる。そのまま改札にもついてきたので、帰り道に交番に寄ったことは結構あります。
今までの節々で、小さいかもしれないけれど、私の気持ちとか怖さが積み重なってきた中での事件だったので、(事件に対して声をあげることは)大げさとは言い切れないと思います」(活動に賛同した学生)
今回の事件では、犯行の動機について断定できておらず、実際に女性を狙った事件であったかどうかは明らかになっていません。ただ、多くの女性が電車のような公共の場で性的な被害や暴力に遭うリスクにおびえ、恐怖にさらされている事実、この事件をきっかけに女性たちが声を上げたことで改めて浮き彫りになりました。
黒沢さんも電車に乗るのが怖いと言います。
黒沢さん:私も怖くて、(電車に)乗るのが。すごいトラウマが学生の頃にできちゃってる。「女性は被害者意識が強い」と言われてきましたけれども、(実際に)被害を受けてる。男性はそういう場面を見てないから「またまた~」って言うんです。
評論家の荻上チキさんは、「女性を狙った」という動機が語られないとしても、統計や構造に注目すると女性の方がリスクが高い点に注目します。
荻上さん:例えば、ひったくりは女性差別って言ったときに、多くの人たちはぽかんとするんじゃないかと思うんです。でも統計的に見ると、女性の方が狙われやすい。それはなぜかっていうことを考えると、身体的な差もあるけれども、女性だったら多くの場合、例えば追いかけて来ないだろうとか、反抗を選択しないだろうとか、一定のステレオタイプというのがあるので。
その上で、差別について声を挙げることの意味を強調します。
荻上さん:男性も女性も、あるいはマジョリティもマイノリティも、その社会構造に適応しているので、自分自身が差別を受けていることも、差別をしていることも気づきにくい。だからこそ言葉の役割があって、『実はそれ差別なのではないですか』と社会問題として提起することで、改善が進んでいくと思います。
しかし、差別を訴える声に対しては反発があるのも事実です。今回、フェミサイドを訴えるデモを主催した石川さんは、女性差別について発信する度に激しい誹謗中傷にさらされてきました。
「誹謗中傷を毎日毎日聞き続けると、本当にそうなのかなって思えてきちゃう。誹謗中傷に遭うようになって、私も死にたいと思うことが多々あります。人生で今まで自分から命を絶つって、1回も考えたことなかった。長期間にわたって受け続けるって、こんなにしんどいんだなって思っています」(石川さん)
女性差別を訴える声に対して、強い反発が沸き起こるのはなぜでしょうか。
偏見や差別が起こる背景について、社会心理学の観点から研究している東洋大学教授の北村英哉さんは、男性の防衛意識の表れだと指摘します。
東洋大学教授 北村英哉さん
「女性が意見を言ったときに、男性がそれを大したことがない、大げさだと押し留めるのは、男性が有利なままの今の社会のシステムをそのまま維持したい、そのまま享受していたいという防衛の表れ。結局それは差別を続けてしまう結果にしかつながらない」(北村さん)
そのうえで、女性には大きな声で訴えざるを得ない理由があると説明します。
「マイノリティの声は、マイノリティだから声が少ないんですね。冷静に『データからこういう不利益に私たちは遇されています』と訴えても、誰も聞かないわけです。小さな声は誰も聞かないんです。だから不利益を被っている人は大きな声で感情的に叫ばない限り、聞いてくれる人は誰もいないんです。それに対して『大きな声で言うな』というのは、『不利益や差別を解消したいと思っていない』『現状維持のほうが気持ちいい』と、揺り戻していることにほかならない」(北村さん)
誰もが安心して発信できる環境を守るため、石川さんはSNS上の誹謗中傷や差別解消を訴える被害当事者の団体を立ち上げました。
「オンライン・セーフティー・フォー・シスターズ」のサイト
「SNSでいろんな方が声を上げて、私と同じようにバッシングを受けた。アカウントを削除したり、距離を置いたり、そういうことをいろんな方が経験してきた。私は『なんでこっち側が(発信を)止めなきゃいけないんだ』と思ってたんです。誰でも安心してSNSを使える環境にするために、誹謗中傷をする側がなぜしてしまうのか、もうしないためにはどうしていけばいいのか、法規制を強めるとかの活動をしていきたいと思ってます」(石川さん)
ジェンダーと差別について、視聴者から寄せられた声について考えていきます。
飲み会の際に若い子は役員の側にと、隣に座らさられて、風俗の話をされ、嫌になり帰ると、翌日上司に帰ったことを咎められました。あなたのために言っている、その言葉が今もトラウマです。
別の飲み会の帰りには先輩の男性社員と2人になった際、「〇〇さんっていくらで買えるんですか?」と聞かれました。会社に行けなくなり、今はPTSDのカウンセリングを受けて精神科に通っています。
(マミさん・神奈川県・30代・女性)
このようなセクハラ発言に対して黒沢さんがある提案をします。
黒沢さん:冗談で言うのは、ひと昔前にはあったと思うんです。今こういう問題が出てくるようになって、男性同士で『いや、それセクハラになりますよ』って言うのをもっと広めてもらいたいなと思います。女性が言うんじゃなく、男性同士で。
スタジオの様子
男性同士でセクハラに注意をしてほしいという黒沢さんの言葉から、差別やハラスメントに気づかせる周囲の存在の大切さに話が広がります。
水無田さん:一方の性からすると冗談だけれども、言われた方は人格の深いところまで傷つけられる。尊厳を傷つけられるからこそ病んでしまうわけです。そういう問題なんだと男性自身が共有して、男性の側から注意するくらいでないと変わらない。残念ながら女性が言うと「ヒステリーだ」とか「自意識過剰」と言われる。女性たちは諦めてるんですよね、ある意味。
諦められなかったり、傷ついたことが払拭されない人たちは退出していく。結局こういう職場に適応した人しか残らない。なので、ハラスメント発言を無意識にしてしまう男性からすると、もう視界の中にそういう女性がいないし、発言も耳に入らないので、ますます自分は問題ないと思ってハラスメントを繰り返す。負のスパイラルだと思うんです。
石川さん:身内とかで間違った発言をした人に、「それは今回ちょっとダメなんじゃない?」と言える空気ができていれば、みんな自然に指摘していけると思うんです。
差別的な発言って、自分の思わぬところで出てしまうことはある。私も結構やらかしてることが何回もあるんですけど、その度に指摘してくださる方がいるんですよね。なので、都度直して「もうしないでおこう」となっていける。そういう関係性がどこででもできればいいなと思います。
制作後記
今回、番組を作るきっかけとなったのは、小田急線車内で起きた刺傷事件と事件後の「女性差別」や「フェミサイド」を訴える声があがったことでした。当初、私は「女性差別」を訴える理由がピンと来ませんでした。しかし、取材を進める中で分かったのは、事件に対する受け止め方にこそ、ジェンダーで大きな差があるということです。電車や夜道で恐怖を感じたことのない自分は、事件をある程度遠くから眺めていられます。「女性差別」を訴える声について、妥当か否かを頭ごなしに決めつけるのではなく、背景にあるジェンダーの違いを考えたいと思います。無意識にとっていた行動や考えに、ジェンダー差別があったことに気付き、少しずつ減らしていけるかもしれません。(番組ディレクター 坂川裕野)
みんなで考えるジェンダー
(1)なぜ差別は見えづらいのか ←今回の記事
(2)なぜ差別をしてしまうのか
※この記事はハートネットTV 2021年11月2日(火曜)放送「みんなで考えるジェンダー(1)なぜ差別は見えづらいのか」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。