みんなの気分をあげる“あがるアート”。今回は「“あがるアート”(5)全国で動き出したアイデア」で紹介したプロジェクトのその後をお伝えします。舞台は、多数のアーティストが所属する佐賀県の福祉事業所ピクファ(PICFA)。建設現場の女性技術者が身に着けるワッペンのデザインや、世界に一つの“アートセーター”作りに挑戦します。依頼者からの難しい「注文」にどのように応えるのでしょうか?ふたつのプロジェクトの完結編です。
「“あがるアート”(5)全国で動き出したアイデア」の、その後。まずは、ワッペン制作プロジェクトです。
ことの始まりは2021年6月、国土交通省と建設会社のみなさんが佐賀県基山町にある福祉事業所ピクファ(PICFA)を訪問。建設現場で働く女性技術者をアピールして、人材不足の解消につなげたいとの相談でした。
そこで、女性技術者をイメージした新たなワッペンを作って、現場を盛り上げようというプロジェクトが始動。依頼を受けたメンバーが50点ほどのデザイン案を作成し、その中から最終候補に2つが選ばれました。
最終候補の2点
ひとつは筋肉にリボンをあしらったデザイン。もうひとつは、測量器と女性のシルエットを組み合わせたもの。どちらも甲乙つけ難く、女性技術者の間で意見が分かれます。
「しっくりくるのは筋肉ですよね」
「私はこっち(女性シルエット)のタッチの方が女性らしくていいのかなと思ったけど」
そこで、イメージをクリアにするため、着色してもらいます。まず、本田雅啓さんが自身のデザインした筋肉に色を塗ると、一気にポップな印象になりました。
デザイン案に色を塗る本田雅啓さん
「筋肉なのにかわいらしくなって、自分も付けたいなって思いました」(女性技術者)
一方、女性のシルエットをデザインした篠﨑桜子さんは、女性の顔に「青」を色付けます。この意外性に女性技術者たち驚きです。
デザイン案に色を塗る篠﨑桜子さん
「自分たちが付けないような色というか。すごいなって思う」(女性技術者)
結果的にみなさんの悩みはますます深まってしまいました。
選定に悩み抜いた結果、2種類のワッペンを作ることになりました。それは、ワッペンに対する女性技術者たちの期待の表れでもあります。
「地域の方と話す機会も多いので、このワッペンをきっかけにコミュニケーションがとれるようになるといいなと思います」(女性技術者)
そして1か月半後、ワッペンが完成。ピクファのメンバーが国土交通省の事務所でお披露目すると、みなさんから大好評です。
ワッペンを付けてみる女性技術者のみなさん
「みんなで一緒のものを付けてるんだなって思うと、テンションがあがりそうです」(女性技術者)
その後、現場ではワッペンを付けて仕事に打ち込む女性たちたちの姿がありました。
実際に現場でワッペンを付けた様子
「みなさんに褒めて頂けるので、気分もうれしくなりますし、現場での作業もはかどる。作ってもらってありがたい気持ちです」(女性技術者)
今回、1000枚のワッペンが作られました。女性の作業着に付けるだけでなく、一般販売も予定しています。こうして、ワッペンプロジェクトは大成功で完結しました。
完成したワッペン
続いては、アートセータープロジェクト。企画のきっかけは、2020年12月に開催された「あがるアートの会議」です。パネリストとして参加した実業家の遠山正道さんと、ピクファ代表の原田啓之さんが意気投合しました。
実業家の遠山正道さんと、ピクファ代表の原田啓之さん
遠山:セーターとか形が不定形で、1点物で作品として着られるみたいな…
原田:作りましょう!
早速、原田さんは事務所に戻ってメンバーに提案。制作担当は、編み物が得意な東佐智子さんと鈴木靖葉さんです。
東佐智子さんと鈴木靖葉さん
二人が思い思いに編んだパーツを組み合わせ、1着のセーターを目指します。そして、7月に試作品が完成。売り物として通用するのか、原田さんたちはアパレルに詳しい遠山さんに見てもらいました。
実物を手にした遠山さんはすぐに試着し、好感触です。
試作品を試着する遠山さん
目指しているのはユニセックスなセーターなので、女性スタッフの花摘百江さんも試着しました。
試着するスタッフの花摘百江さん
「ちょっとモコモコってしてカワイイ。女の子って、これくらい袖がある方が落ち着くとか、カワイイみたいな人もいるから。デザイン自体が『ピクファだわ~』というのが次の課題ですね」(花摘さん)
次なるステップは、オリジナリティーあふれる一作です。
アートセータープロジェクトは、ひとつの作品を作るのが目的ではありません。アートの力で福祉の世界を変えていこうという願いが込められているのです。
福祉事業所ピクファ代表 原田啓之さん
「これを買うことによって関係性ができて、友達になる。似たような(障害のある)人が自分の地域とかにいれば、ちょっと困りごとがないか?様子を見てあげる感じの関係性ツールになってくれたら」(原田さん)
実業家 遠山正道さん
「これはセーターの形をたまたましているが、コミュニケーションの最初の第一投というか、そういう手段になってくれればいいかな」(遠山さん)
1か月後、再びピクファを訪ねると、東さんと鈴木さんが黙々とセーターを編んでいます。小学校のクラブ活動で編み物にハマったという鈴木さん。挑戦してみたい編み方をネットや本で見つけては、スキルアップしてきました。今では縄編みなど、さまざまな編み方ができるようになったといいます。
鈴木靖葉さん
「基本的なことはできます。ゴム編みを基本に、メリヤス編み、鹿の子編みとか、アルプス編みもやりました。最初は難しいけど、コツをつかんだら慣れてきます。そこがまた楽しい」(鈴木さん)
東さんは、20数年ぶりに編み棒を持ったそうです。
東佐智子さん
「最初は感覚を思い出すのに時間がかかっていたんですけど、少しずつ編む速さが速くなってきた。(私は)鈴木さんと対照的で名前とか、編み方とかをちゃんと覚えない。ちょっと大雑把なので。絵を描くみたいにデザインしていく。この面は表だけで編もう、この面は裏で編もうみたいな。頭の中で模様を作っている感じはありますね」(東さん)
順調に見えたアートセーターの制作ですが、そう簡単には進まないのが今回のプロジェクトです。型紙や設計図がない状態で進めているため、東さんが作ったパーツは少し大き過ぎ、逆に鈴木さんは小さく作ってしまいました。それでも、マフラーのように首に巻けるパーツを取り入れるなど、“ピクファらしさ”を目指しています。
そして、前回の打ち合わせから2か月。試行錯誤の末、アートセーターの第1号がついに完成しました。
ピクファのアートセーター第1号
ところが、遠山さんにオンラインで見てもらうと、商品として売る際にネックとなる点を指摘されます。
「かなり面白いのができたね。いいと思うんだけど、私が購入者だとしたら、気になるポイントは襟ぐりだろうな。襟ぐりって、ちょっとしたことでレディースっぽくなる。今回は男性も着ることを考えるとデコルテ(首から胸元)が見えてるとちょっと…」(遠山さん)
さらに、ボディーにあえて開けた「穴」が気になりました。
あえて「穴」を開けたセーター
「演劇というか、ミュージカルの衣装みたい。なかなか着る人の難易度が高いな。ハチャメチャに見えつつエレガントというか、品がいいのは、ひとつのブランド。作品のトンマナ(トーンとマナー)というか、ルールみたいなものをどこか押さえておいた方がいいと思う」(遠山さん)
「アート性」だけでは商品として売り物にならないという評価。高額の販売価格を狙うには、「品の良さ」が求められるのです。原田さんたちはセーターを手直しすることにしました。
「(エレガンスとは)無縁ですね。自分にとってなかなかのハードル高めです」(東さん)
「編み方、もうちょっと上品に見えるような感じとか。ネットで調べてみないとわかんないですけど、いいのがあったら挑戦してみたいなと思います」(鈴木さん)
いろいろと調べた鈴木さんは、五角形を表した蜂の巣状の“ハニカム編み”を見つけ、袖のパーツにアクセントを加えます。所々に開けていた「穴」もなくし、スッキリとした感じにしました。
ハニカム編みを取り入れた袖のパーツ
東さんは、全体の印象を左右する襟の修正に取り掛かります。前回、少しレディースっぽくなってしまった襟元を詰めて、形を整えました。ところが、実際に着てみると頭が通りません。
襟を作るのは初めてで思い通りにはいきませんが、他のメンバーたちから励まされて作り直します。
そして、二人が“エレガンス”を模索して1週間。34個のパーツを組み合わせたアートセーターが完成しました。
10月、手直ししたセーターを抱えて原田さんが上京し、遠山さんに出来栄えを見てもらいます。ハニカム編みの上質感に感心した遠山さんはすぐに試着。
「おお~。いい具合にトンチンカン。いいね、いいね。ちゃんとバランスもいいね。まさに絵画って感じ。」
セーター試着している遠山さん
さらに、東さんと鈴木さんは、2つの輪っかを組み合わせた、オリジナルマフラーにも挑戦していました。
セーターとマフラーを試着する遠山さん
この二重の輪っかマフラーは今までないね。発明感あるんじゃない?」(遠山さん)
前作との違いは一目瞭然。試行錯誤を続けた東さんと鈴木さんの努力が実ったのです。
早速、遠山さんはオンラインで二人をねぎらいます。
オンラインで二人をねぎらう遠山さん
「すごく素敵に仕上がって、めちゃうれしいです。素晴らしい。上質な感じにすごくなっていて、エレガント度があがってすごくいいですよ」(遠山さん)
さらに、完成度の高いセーターに感動した遠山さんから提案がありました。
「(2021年) 11月30日から12月5日まで東京の代官山のヒルサイドフォーラムで展覧会をやるのね。そこで作品として出したらいいなと思う」(遠山さん)
現代アートの作品展への出品です。プロモーションのアイデアがどんどん膨らむ遠山さんは、作品をどんどん編んでほしいと東さんと鈴木さんに依頼し、その場で二人の姿を撮影。作品だけでなく、アーティストも紹介する計画です。
東さんと鈴木さんのアーティスト写真
アートセータープロジェクトは、まだまだ続きます!
“あがるアート”
(1)障害者と企業が生み出す新しい価値
(2)一発逆転のアート作品!
(3)アートが地域の風景を変えた!
(4)デジタルが生み出す可能性
(5)全国で動き出したアイデア
(6)アートでいきいきと生きる
(7)福祉と社会の“当たり前”をぶっ壊そう!
(8)PICFA(ピクファ)のアートプロジェクト ←今回の記事
(9)「ありのままに生きる」自然生クラブの日々
(10)あがるアートの会議2021 【前編】
(11)あがるアートの会議2021 【後編】
(12)アートを仕事につなげるGood Job!センター香芝の挑戦
(13)障害のあるアーティストと学生がつくる「シブヤフォント」
(14)「るんびにい美術館」板垣崇志さんが伝える “命の言い分”
(15)安藤桃子が訪ねる あがるアートの旅~ホスピタルアート~
※この記事はハートネットTV 2021年11月1日(月曜)放送「あがるアート(7)『あの企画どうなった?編」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。