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【特集】命と生活を支える制度 みんなの生活保護(1) 何が権利を阻むのか

記事公開日:2021年11月16日

コロナ禍で、国の完全失業者数は190万人を超えるなか、セーフティーネットであるはずの「生活保護制度」の申請件数は前年比2.3%の微増にとどまっています。生活に困窮しながらも、なぜ生活保護につながることができないのでしょうか。その背景には、福祉事務所での不適切な対応があるとされます。窓口で誤った説明をされるなど、多くの人が申請を諦めているという現実。改善に取り組む自治体、生活に困窮する人の命を守る支援団体の活動を追いました。

生活再建を諦めてしまう現実

マンガ家の内田かずひろさん(56)は、デビュー以来30年間、マンガやイラストの制作で生計を立ててきました。代表作は、動物の視点からささいな日常のエピソードを切り取る「ロダンのココロ」。17年間にわたり連載し、幅広い世代から人気を博しました。

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書籍「ロダンのココロ4」内田かずひろ 著

しかし7年前、出版不況のあおりを受け、担当していた連載の仕事が次々と終了。美術の専門学校で講師を務めるも、2年前、リストラに遭い、安定した収入を得ることが難しくなりました。今年1月、住まいを失い、生活保護の申請に行った内田さん。しかし、窓口で出されたのは、ある条件でした。

「『生活保護費はあくまで税金。生活必需品を買うためのものなので、絵を描くための紙を買ってはいけない』と。『絵の仕事はいったん辞めてください。生活が安定したらまた始めてください』と言われた。そんなのいつになるか分からないじゃないですか、安定なんて。その間に死んでしまうかもしれないし」(内田さん)

さらに、アパートで暮らせるのも、ずっと先だと言われました。

「『生活保護を受けて、ホームレス状態ならば施設に入ってもらい、日雇いの仕事とかをやってもらいます』と言われたんですよね。それで、『僕は絵を描くのが仕事なので』と言って、1月に出たばかりの本を見せたら、『だったら、それでやってください』と言われた」(内田さん)

窓口での説明を受け、内田さんは生活保護の申請を諦めました。

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マンガ家 内田かずひろさん

「僕はキリギリスのような生き方を選んだと思いますね。キリギリスはアリに『助けて』と言ったけど、アリは、『あなたは我々が夏の間、汗水垂らして働いてる間、歌を歌ってたじゃないですか。なんでそんな人を我々が助けないといけないんですか』と。『お前は才能ないんだから、本が売れないんだから』ということだから。当然と言えば、当然ですよね」(内田さん)

窓口での不適切対応とその背景

イラストやマンガで生計を立てている人は、生活保護費で画材を買うことができないのでしょうか。
生活保護行政を管轄する厚生労働省・保護課では、次のような回答がありました。

「それだけをもって認めていない、ということはないです。個別の事情にもよるんですけども、あくまでもそれが本人の自立に資する目的の画材の購入であれば、認めることになると思います」(厚生労働省・保護課 担当者)

厚生労働省によると、保護費で購入することができないのは、貴金属や有価証券など、制度上、保有が認められていないもの。内田さんは本来、生活保護を利用して画材を買えたのです。

施設に入ることも生活保護申請の条件ではありませんでした。金銭管理や家事などができ、居宅生活が営めると認められれば、敷金などが支給され、アパートに入居できると言います。

このように、福祉事務所でなされる申請者への説明が、制度上のルールに従っていないケースがあり、多くの人が生活保護制度を利用できずにいるとされています。

生活困窮者支援団体「つくろい東京ファンド」は、生活保護の窓口に同行したり、住まいがない人に住居を提供するなどの活動を行っています。年末年始、団体が炊き出しなどに集まった人たちへ行ったアンケートから、窓口の実態が浮き彫りになりました。

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つくろい東京ファンドが行ったアンケート調査より

「役所の担当者のことばづかいや接し方が、非常に上から目線。嫌味を言われたとか、ガミガミ言われた。わざと人を怒らせるような態度をされた。非常に傷ついたという声もたくさんありました」(稲葉剛さん)

現在「生活保護を利用していない」と回答した人の23%が理由として挙げたのは、「過去に受けた役所の対応」。複雑な家庭事情を話しても「あなたが悪い」「実家に頼れば」と言われたり、不仲な親に福祉事務所から連絡をされたという人も。制度のルールとかけ離れた窓口の対応が、申請の妨げになっているのです。

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つくろい東京ファンド・代表理事 稲葉剛さん

「制度に関して虚偽の説明をして追い返すことが、各地で横行しているのではないか。それによって誤った知識が広まったり、生活に困っている人たちが生活保護を申請しようという気になれない。心理的なハードルを上げている面が大きいと考えています」(稲葉さん)

不適切な対応の背景には、何があるのか。10年間にわたり、都内の自治体でケースワーカーを務めた田川英信さんは、背景に役所内の構造的な問題があると指摘します。

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生活保護問題対策全国会議・事務局次長 田川英信さん

「福祉事務所の業務水準が低く、専門性が持てない形で仕事をさせられている。その背景にはいくつか要因があります。『自治体の職員を減らせ』と国からやられていて、その結果、生活保護世帯数の伸びに合わせて職員を増やすことができない。1人当たりの受け持ち世帯数が非常に多く、忙しくて専門的な勉強をしている暇がありません」(田川さん)

厚生労働省が定める、ケースワーカーの標準的な担当件数(標準数)は1人当たり80世帯。しかし、多くの自治体でケースワーカーの数が不足し、担当件数は80世帯を超えています。

「80世帯でも忙しい仕事です。自分の実感でいうと90~100世帯くらいになると、例えば窓口で面接を15~20分かけて机に戻ると、いろんなところから電話が入っていて、付箋とかメモがいっぱい残っている状態。余裕を持って利用者の方に接してアドバイスをする時間は取りにくくなります」(田川さん)

改善に取り組む自治体 「寄り添い型」の支援へ

人手不足の解消に、市役所全体で取り組んだ自治体が神奈川県・小田原市。きっかけとなったのは4年前に発覚したある事件でした。

生活保護を担当する課の職員らが、利用者に対する差別的な文言を記したジャンパーを制作。自らを「生活保護悪撲滅チーム」と称し、「保護なめんな」「不正受給をしようとする人間はカスだ」といった表現がジャンパーに綴られていました。

これを受けて小田原市は「生活保護行政のあり方検討会」を発足し、職員への意識調査を行います。明らかになったのは、生活支援課に対する職員たちのネガティブなイメージでした。

「精神的にも肉体的にも大変だと思う」
「3K(キツイ、キケン、コワイ)」
(職員への意識調査回答より)

「生活支援課に異動したくない」と回答したのは644人。意識調査に回答した職員のおよそ7割に達していました。

意識調査を受け、小田原市が乗り出したのは、生活支援課を「異動したくなる部署」にすることでした。まず職員を増員し、91世帯を超えていたケースワーカー1人当たりの担当件数を80世帯に改善。業務の負担を減らしました。以来、生活保護世帯数の増加に合わせて、毎年増員を行っています。

次に取り組んだのが、業務内容の「見える化」です。班ごとに「タスクボード」を囲み、毎週、進捗を共有しています。担当ケースワーカーが1人で抱え込んでいないか確認し、フォローしあう体制が生まれています。

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業務の進捗を共有する「タスクボード」

ゆとりが生まれたことで、利用者の目線に立った支援が始まっています。ケースワーカーを取りまとめる査察指導員が集まり、毎週、個別の事例について議論します。

ケースワーカー:このケースは障害がある単身世帯の方なのですが、玄関や浴槽の出入りなど日常的に大変な段差があり、転倒とかのリスクもあるというところで「転居の費用を出してもらえないか」とご相談がありました。
ケースワーカー:我々もよいしょって上がらないといけないくらい、結構段差がある玄関なんです。水回りはユニットバスで。
査察指導員:それはきついね。

利用者が悩んでいる住まいの問題を、どうにか解決できないか。生活保護手帳に照らし、「病気や療養上、著しく環境条件が悪いと認められる場合」、転居費用を支給できることを確認しました。

査察指導員:慎重に住宅を決めてもらって。いいんじゃないでしょうか。

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ケース検討会議の様子

「以前は行政目線での検討が多かったんですよね。でも、事件発覚を機に逆に利用者目線、相手方目線での検討という感じで…。今までマイナスだった我々の仕事が、ようやくゼロに戻った。ようやく出発点に立てたということなので、これからまだまだ改善の余地はあると思うんですよね。ここで止まってはいけないと思います」(小田原市 福祉健康部・生活援護課 藤野秀憲係長)

小田原市の生活保護の利用世帯数は2734(2021年8月1日現在)。毎年、制度につながる人が増え続けています。

根底に潜む 困窮する人々への「偏見」

しかし、小田原市のような改善に取り組む自治体はいまだ少ないのが実情です。この1年で、首都圏では3つの自治体が不適切な対応により、支援団体などの抗議を受け、謝罪しました。不適切な対応の背景に潜むのは、生活に困窮する人々に対する根深い「偏見」です。

つくろい東京ファンドの小林美穂子さんは、相談者と共に生活保護の窓口に連日付き添っています。申請からアパート探しまで、同行した数は1年間でおよそ260回。去年、その経験を書籍にまとめて出版しました。そこから見えてくるのは、利用者に対する職員の無自覚な差別心です。

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書籍「コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記」稲葉 剛・小林 美穂子・和田 靜香 編

去年6月、生活保護が決定した亘さん(仮名)のケースでは、保護費が出るまでの16日間、1日500円で生活するようにと窓口で言われます。驚く亘さんと小林さんに、担当の係長が放ったのは、予想外の言葉でした。
「カップラーメンとか」「私もスーパーの安売りで買ったりしてますよ」。

「彼女としては、『量販店でカップラーメンを定価以下で買えばもつでしょ』と。係長がたまにスーパーで安売りを買うのと、安い物しか買えない人たちの暮らしは違う。1円でも安いところを探し歩いて、それを炒めて「焼きそば作ります。具はないですけどね」という世界なんですよ。そういう生活をしろと福祉事務所が言うのは、憲法からしてもおかしいですよね。“健康で文化的な最低限度の生活”をそこまで落とすのかと」(小林さん)

さらに、亘さんに対する職員の言葉には、根深い偏見が透けて見えました。

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つくろい東京ファンド 小林美穂子さん

「農業高校(出身)だと言ったら、『やっぱり勉強は得意じゃなかったんですね』と若いケースワーカーが言うんです。『人権は認めますよ。でも、その人の立場としての人権をね。私と同じ人権ではないわよ』というような偏見、凝り固まったものが、びっちりアカのようにくっついている。人権は誰にでも同じ数だけ、同じ量だけあるというのがまったく分かっていない。その辺の差別心がでちゃっている感じですよね。そんな関係性しか築けないのは本当に不幸なことだと思います。まず相手を尊重するところから、いろんなことが始まります」(小林さん)

いま、生活保護制度を必要とする人へ

最後に、いま生活保護の申請を躊躇している人に、支援に携わる人たちから一言ずつメッセージがあります。

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小林美穂子さんと稲葉剛さん

「私たちの命と生活を支える制度です。使いましょう」(小林さん)

「あなたの申請には、次に続く誰かの背中を押す力があります」(稲葉さん)

「生活保護を利用することは恥ずかしいことではありません。困ったら安心してご相談を」(田川さん)

生活保護はみんなの権利です。健康で文化的な最低限度の生活はすべての人に保障されています。

【特集】命と生活を支える制度 みんなの生活保護
(1)何が権利を阻むのか ←今回の記事
(2)今こそ、制度を利用しよう

※この記事はハートネットTV 2021年10月5日放送「みんなの生活保護!第1夜・権利を阻むもの」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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