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自分なりの家族のあり方を探して 垣根のない家「toi(トイ)」

記事公開日:2021年11月15日

奈良市にある、誰でも好きなときに来ることができる家「toi(トイ)」。作家の島田彩さんと、編集者・ライターの大越元さんが敷地の大部分を開放しているその家には、子どもや大学生、お年寄りなどさまざまな人が訪れます。過ごし方にルールはありません。漫画を読んだり、勉強したり、絵を描いたり。自由であたたかな空気に包まれたtoiでの日常を通して、家族のあり方を見つめました。

自分の存在を受け入れてくれる場所toi

誰でも好きなときに来ることができる家「toi(トイ)」。作家の島田彩さん(33)は、どうしてtoiを始めたのでしょうか。

画像(島田彩さん)

「22歳までは実家暮らしでした。家の中では、着る服だったり、言葉づかいだったり、私を守るためのルールがすごく決められている家庭環境で、弱さは見せられない場所だったので、就職と同時に家を出たんです。その頃、恋人と、そのお母さんと私の3人暮らしをしていたんですが、彼が東京に転職したときにお別れしたんです。それで、あれ、帰るとこなくなっちゃったなと。でも、元彼のお母さんが『いていいよ』って。血もつながってないし、ワケありな、でもぜんぜん干渉してこないし、もちろん服装のことも言われないし、言われたルールはゴミ出しだけ。『あとは何も聞かないから』って。私は心地がよかった。自分はどう生きたいのか、自分は何が好きで何が大切なのか。自分の存在を受け入れてくれるっていうか、否定もしないし。そういう家があってもいいんじゃないかなと思って」(島田さん)

島田さんと一緒にこの家を借りた編集者・ライターの大越元(はじめ)さん(36)も、家庭での居心地の悪さを感じていました。

画像(大越元さん)

「小学校から受験。とにかく勉強、勉強。小学生が週6で習い事とか予定が入ると、自分の人生を放棄するんですよ。それは親がやりたいことで、親がこうあってほしい子どもを演じておけばいいんだなって。高校に入ったときに爆発して、高2のときに学校に行かなくなって。そうなると本当になんの肩書きもない17歳。世の中の人が誰も僕を必要としてない。誰も僕を待ってないし、誰も僕の名前を呼んでくれないし。絶望とか、悲しさとか、孤独とか。だから僕にとっても、toiは家族だなというか、100点でも0点でも、仕事ができてなくても、そういうものに左右されないで、いつでもそこにおさまれる場所」(大越さん)

toiでどう過ごすかは自由です。漫画を読む、勉強をする、フリーWi-Fiを使う、横になって眠る・・・。去年の冬からtoiに来ている大学生のさなさん(21)は、SNSでtoiのことを知りました。

画像(さなさん)

「不思議な場所だなっていうのが第一印象で、漫画読んだり、本読んだり、絵描いたり、好きなことしてます。誰かに会いに来てるような感覚が近くって、癒やされる部分があるので」(さなさん)

去年からtoiに通う大学2年生のりくろーさん(19)は、toiの魅力についてこう話します。

画像(りくろーさん)

「大学はね、実はぼっちなんですよ。大学だったら、取り繕わないと相手にされねえなみたいな、こいつ暗すぎやろみたいな、そんな感じで見られるんですけど。ここは自由ですよね。自分からしゃべりだしたら聞いてくれるけど、別に言いたくなかったら踏み込んでこない。すごく楽ですよね。本当に。気を遣わなくていい」(りくろーさん)

室内の壁紙には、自己紹介が書かれた紙がたくさん貼られています。

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toiの室内の壁一面に貼られた自己紹介の紙

「壁に貼る文化がなぜかできて。だいたい20代、30代が多いけど1桁代から40代。ここには貼ってないけど、60歳ぐらいのおじさんも来るし、本当の名前を知らない子もいるんです。ここに来るときだけあだ名があって、その子がなんの仕事をしていて、ふだん何してて、何歳でとか知らないんです。そもそも年齢とか性別とか肩書きとか、いわゆる枠とか壁みたいなものがないんです」(島田さん)

「toi」の呼び名は、この家に来る人たちが決めました。

「問いかけのトイ、問いを立てるのトイだって言ってる人がいて。学校とか、職場とか、家庭のなかで作られてきた概念みたいなものを『それって本当?』とか、『自分はどう思うんだろう?』って問いを立てる場所にしたいなってすごく思っていて。いい名前だよねって思う」(島田さん)

みんなで考えた200円の使い道

今年4月からtoiに来ているあこさんです。支援学校高等部3年生ですが、学校にはあまり行っていません。

画像(あこさん)

「これはあこがいちばん最初に来たときに持ってきてくれた自己紹介ということでお母さんが渡してくれたんです。障害があることとか、てんかんがあったり、得意なこと、好きなこと、苦手なこと、上手に話をすることは得意じゃないですよとか。あことのコミュニケーションで失敗したら嫌やなと思ったら、彼女に対してどう言葉をかけたらいいのか、どんな表情でリアクションしたらいいのか本当にどう接したらいいかわからない」(大越さん)

画像(あこさんの自己紹介文)

上手に話をすることは得意じゃないというあこさん。一方で書き言葉を使えば細やかな表現ができます。

「話し言葉ではコミュニケーションはそんなにできないんだけど、toiに来たあとにいつもインスタとかで、すごくいい言葉を書いてくれるんですよ。あこの書く文章を読んで、腫れ物として当たり障りない関係を続けていくよりは、僕はもう一歩踏み込んで関わっていきたいってすごく思ってる」(大越さん)

あこさんがtoiのことを知ったのはSNSがきっかけでした。どうしてtoiに行ってみたいと思ったのでしょうか。キーボードで入力した文章で答えてくれました。

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あこさんが打ち込んだ回答

「家族以外の人との関わりが欲しかったからです。初めてトイに行った日、初対面の人たちがすごくあたたかく、自然に存在そのものを受け入れてくれて。苦しかった過去の私が救われるような思いでした」(あこさんが入力した文章)

そんなあこさんがある日、toiにお金を持ってやってきました。今はもう辞めてしまった作業所の、最後の工賃である200円。それをtoiのみんなに使って欲しいというのです。

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あこさんの工賃明細書

大越:ええー?! トイに使っていいの?

あこ:toi、使う。

あこの母:使ってほしいねんな。

大越:お給料、toiにいいの?

あこ:いいの。

大越:めっちゃありがとう。うれしいな。何に使うのがいいかなあ。

あこさんは、toiのみんなに文章で気持ちを伝えます。

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使い道を考えるtoiの皆さん

「この200円についてお伝えしたいことがあります。このお金は自分で稼いだものなのに、これが今の段階では最後のお給料なのだと思ったらなぜか自分でお金を使う勇気がでなかった。どれだけ考えても自分でこのお金を使える方法が思いつかなかった。唯一思いついたのが、トイでみんなのいいように使ってもらう、という使い方だった。だからどんなことでもトイで自由に使ってもらえたら私はそれが一番うれしいです」(あこさんが入力した文章)

話し合いでは、何かの種を買う、イベントの写真の現像費にあてるなどのアイデアがでました。そうして最終的にはサトイモの苗を買うことになりました。

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toiの庭に植えられたサトイモ

大越:ここにポンポンって植えたらいいと思う。記念植樹やね。あこ、水あげる?

あこ:だめ。

大越:オッケー。水あげちゃうね。楽しみやな。できたら芋煮会しようや。

自分なりの家族のあり方

ある日、近所の陶芸教室でtoiの器を作ることになりました。島田さんと大越さんは、あこさんに記者として文章を書いてほしいと依頼しました。

「あこ、明日よかったら陶芸一緒にやらない?今日みんなで話してて『あこにも来て欲しいね。文章書いて欲しいね』となったんだ。これは取材の依頼です。記者になってほしいです。(交通費別途支給)」(大越さんがあこさんに送ったメッセージ)

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あこさんに依頼文を送る大越さん

「あこが勇気を出して200円を持ってtoiに来てくれたから、仕事を作りたいなと思って。あこが書く文章にものすごい価値を感じていて、彼女に書いてほしいなってすごく思ってて」(大越さん)

器作りの当日。陶芸教室にあこさんが姿を見せました。初めての場所が苦手なあこさん。なかなか教室の中に入ることができません。躊躇すること1時間、やっとのことで入室。記事の執筆のために、じっとみんなの作業の様子を観察していました。

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陶芸教室にいる島田さん、大越さん、あこさん

2日後、あこさんの原稿はtoiのSNSに掲載されました。

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SNSに投稿されたあこさんの記事

8月2日、トイのみんなで器をつくった。
どんな形に仕上げるか、どこまで形で遊べるか。
誰かのことを思い浮かべながら。土の温もりを感じながら。
私は、とても真剣に、楽しんでいるみんなの様子をじっと眺めていた。

「アレクサ、スガシカオのProgressかけて!」

笑い声と一緒に、懐かしい曲が工房に響く。

「僕が歩いてきた日々と道のりをほんとは“ジブン”っていうらしい」
「誰も知らない世界へ向かっていく勇気を“ミライ”っていうらしい」

そんなジブンを、そんなミライを、挫折から前に進むまでの時間を「うん、うん。」と言ってくれる。

それがトイ。それが昨日の工房。
(SNSに投稿されたあこさんの記事 一部抜粋)

「あこの原稿、いい文章だなと思って。スガシカオさんの『Progress』の歌詞を引用して、工房の雰囲気であったり、トイのことに結びつけて最後まとめていくっていうのがすごくテクニカル」(大越さん)

島田さんと大越さんは、あこさんに原稿料を渡すことにしました。

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原稿料を受け取ろうとしないあこさん

大越:あこ、ありがとう。

島田:ありがとうございました。お給料(原稿料)でございます。

大越:またよろしくお願いします。よかったら受け取ってください。

ところが、あこさんは原稿料を受け取ろうとしません。

「(あこがお給料を)受け取るのを考えてたっていうのは、toiが優しいとか、特別なことをしてくれたってあこ側が思ってる可能性もあるので。でも、そうじゃない。あこのできることを認めて、対価を払って文章を書いてほしいっていうのは、なにも特別扱いする理由がない」(島田さん)

「得意な人に得意なことを頼んでいるだけ。世の常やからな」(大越さん)

日を置いて、島田さんと大越さんはもう一度、あこさんに原稿料を渡すことにしました。

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大越さんから原稿料を受け取るあこさん

大越:しーちゃん(島田さん)と僕から。あこ、これからもよろしくね。

島田:受け取って。ふふふ。
(あこさん、原稿料を受け取る)

あこ:ありがとう。

島田:うん。

大越:うん。よかった。

島田さんは、toiに来る人たちとの関係性が、自分に合った「家族のあり方」だと考えています。

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島田さんと大越さん

「いわゆる結婚して、子ども産んで、家族みたいなものに、とらわれんでっていうか、自分のしたことが誰かを変えていくときの心の揺れとか、家の中でのぶつかり合いとか、なんかそういうことって必ずしも血のつながった人とかじゃなくても味わうことはぜんぜんできる。私はこういうのがなんとなく自分なりの家族のあり方と思ってる」(島田さん)

あこさんが原稿料を受け取ったあとの話も打ち明けてくれました。

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あこさんが書き残した「ありがとう、だいすき」のメッセージ

「あのときに、あこが途中で戻ってきて、バーってここで書いてて、なに書いてんのかなと思って。またすぐバーッて帰っていったからなんなんやろと思ったら、これ書いてた」(島田さん)

島田:おんなじ気持ちよね。

大越:うん。

※この記事はハートネットTV 2021年10月26日放送「垣根のない家」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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