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誰にも言えない妊娠  ―ドキュメンタリードラマ「命のバトン」から考える

記事公開日:2021年11月09日

鈴木梨央さん主演のドラマとドキュメンタリーを組み合わせた番組「命のバトン~赤ちゃん縁組がつなぐ絆~」。思いがけず妊娠した高校生の結(鈴木)が、妊娠に気づいたものの誰にも言えず絶望していたところ、児童相談所の職員・千春(倉科カナ)に出会い、自分で産み育てるかどうか迷いながら、命と向き合っていく姿を描きます。
背景には、日本の虐待死(遺棄を含む)で最も多いのは「生後0歳児」だという現実があります。妊娠を誰にも言えないのはなぜなのか。取り返しがつかなくなる前に自分なりの選択をするには、何が必要か。ドラマのストーリーをもとに、妊娠にまつわる相談・支援を行うNPOピッコラーレの中島かおりさんに聞きました。

「妊娠したかも、人生終わり」

思いがけず妊娠し、葛藤する人々をサポートしている、NPOピッコラーレの代表の中島かおりさん。助産師でもある中島さんは、2015年から妊娠に戸惑う声に向き合ってきました。今回のドキュメンタリードラマ「命のバトン~赤ちゃん縁組がつなぐ絆~」をどうご覧になったか、中島さんにお聞きしました。

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NPOピッコラーレ 中島かおりさん

「ドラマでは、主演の鈴木梨央さんが、妊娠検査薬で陽性判定が出たあと、長い階段を走って登ったりするシーンがあって。妊娠を一人きりで抱えて誰にも言えないまま、『一体これからどうなるんだろう・・・』と、ビルの屋上で死を考えるほど悩んでいる姿が、これまで出会ってきた女性たちと重なりました」

NPOピッコラーレは、「にんしんSOS東京」という相談支援窓口を運営しています。これまでの5年半の間の「にんしんSOS東京」の相談者数は6,644人。相談で最も多いのは「妊娠したかもしれない」「避妊に失敗した」という“妊娠不安”で、全年代で7割、10代に限ると9割近くにのぼっています。なかには、まだ妊娠が確定していないにも関わらず、将来を悲観する声も少なくありません。

「生理が遅れていて、熱っぽいとかおなかが張るとか、痛いような気がするという身体症状が、『妊娠の超初期症状』って言葉でネット上にでているんですけれど、生理前にもみられるようなそういう症状から妊娠をしたんじゃないかって不安になっている相談が多いです。
性行為は悪いことだと思っていて、妊娠をしたら『人生すべてが終わってしまう』と捉えている10代も多いです。だからちょっとでも生理が遅れたら、『妊娠したかもしれない』ってすごくこわくなってしまう。ドラマの中の結の台詞で『どうやったらなかったことにできるだろう』という言葉があって、リアルだなと思いながら観ていたんですが、(相談者からも)『誰にも言えない』『なかったことにしたい』『もう死ぬしかない』という言葉が出てくることがあります」

中島さんは、妊娠が絶望につながっていくのは、教育の影響が大きいと感じています。

「日本では、諸外国で行われているような、各年齢の発達に応じた包括的性教育が行われていません。包括的な性教育では、知識だけでなく、スキルと態度も学ぶんだけれども、そのすべてが不足しています。性的な行動をとる年齢にさしかかって、自分とパートナーのために正しい知識を得たいと思っても『どこにそれがあるのかが分からない』。私たち大人が、子どもである彼らのために、それを用意している場所すらない。
もし先生から教わっていたなら先生には相談していいと思えたりするんだけれど、教えられていないし、タブー視されている情報なので、話しちゃいけないこと・聞いちゃいけないことだと思って、身近な人に相談しづらい。
それでも必要な情報を得たい、そう考えてにんしんSOS東京につながる方が多いんだと思います」

包括的性教育
性に関する知識やスキルだけでなく、尊厳の上に成り立つ関係性や自らの権利を守るための態度・価値観などを、子どもが学ぶことを目的とした教育。ユネスコが作成した「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」が国際的な標準指針となっている。

中絶をめぐる 同意の壁

ドラマでは、結が妊娠に気づいたのは、中絶可能な時期(22週)を過ぎていたという設定です。実際は、もっと早い段階で妊娠が発覚すると、妊娠を継続するか、中絶するかを決めなければなりません。
日本では、人工妊娠中絶は母体保護法によって条件が定められています。結婚している場合には「配偶者の同意が必要」とあります。しかし、未婚の場合や暴行・脅迫によって妊娠した場合などは、法的には相手の同意が不要です。今年3月には、厚生労働省が「DV被害など婚姻関係が実質破綻し同意を得ることが困難な場合は、相手の同意を不要とする」という通達も出しました。しかし実際には、医療機関から、法的に必要がないにも関わらず相手の同意を求められるケースが少なくありません。
2020年6月、愛知県内の公園で、二十歳の女子学生が赤ちゃんの遺体を遺棄する事件が起きました。女性は中絶を希望しており、病院で相手男性の同意を求められましたが、男性とは連絡がとれなくなっていました。女性は複数の医療機関で手術を断られ、たったひとりで出産するに至りました。

NHK 東海NEWS WEB特集 「愛知・赤ちゃん遺棄事件の背景」はこちら

中島さんは、妊婦が思い詰め、取り返しのつかない事態になることを危惧しています。

「日本の中絶は経口薬が使えず、諸外国と比較して約100倍もの高額な費用がかかります。そのお金を自分だけで準備するのが難しくて、同意書のことも含めて連絡をとると、もうその電話のあとからつながらなくなったり、LINEなどのSNSでもブロックされてしまうとかそういったことは珍しくないです。

母体保護法は、『女性が中絶をする権利を守っている法律』ではなくて、堕胎が刑法で禁じられている中で、中絶をする時に『医師が罪に問われないための法律』といってもいいかもしれません。男性側からの訴えが怖いので、病院は相手の同意を求めると言われていますが、実際にどれだけの裁判があるでしょうか。私たちが同行支援をする場合は、病院の方に事前に事情を説明して『同意書がなくても大丈夫』ということを確認してから伺うようにしています。本人たちだけで行ったときはうまくいかないというケースもあるからです。とても残念なことですが、背景を丁寧に聞かず、『次から気をつけなさい』と女性だけをとがめる医療者がいるのが現実です」

家の中で、誰にも言えないということ

中絶をせず妊娠週を重ねていくと、日に日にお腹は大きくなっていきます。それでも「誰にも言えない」と1人で抱え、周囲に気づかれずに過ごすことを迫られるとはどういう状況なのか。そこには、そうした女性たちが妊娠する前から抱えてきた、家族関係や生活環境における困り事があるといいます。

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相談案件について行政機関からの急な電話に応じる中島さん

「ひとりで暮らしていて周りに誰もいないというわけじゃないんです。学校に休まず通いながら、家族と一緒に暮らしている女の子の妊娠を、臨月になってもまだ周りの人が誰も気づかない、ということが現実にあるんです。
たとえば、(私が相談を受けた中に)兄弟がたくさんいて、両親は働いていて、自分がヤングケアラー的な役割を担っている女の子がいました。学校が終わったら早く帰って料理や洗濯などの家事をする生活。家の中が忙しいし、いろんなことが兄弟や家族に起きているので、彼女の異変に気がつく人がいない状況。言えないまま、もう臨月近くになっていました。ふだんの生活をし続けなきゃいけないから、『言えない』と思ってしまう。その子のいる環境での『役割』が、SOSを出せなくさせているんです」

「また、虐待を受けていて、妊娠を伝えたら暴力を受けてしまうことが予想されて言いだせないし、もう『家出するしかない』という女の子もいます。家より安全な場所を求めて、ネットで知り合った人の家を転々とするとか、アルバイトで稼いだお金でネットカフェで過ごすとか、そうやってなんとか屋根のある場所で過ごしている妊婦さんもいます」

「自分で選ぶ」を難しくする 社会の課題

画像(赤ちゃんの足イメージカット)

宿した命について、産むのか産まないのか、産んだら自ら育てるのか、誰かに託して育ててもらうのか(里親・特別養子縁組など)。妊婦が安心して決められず、命が失われている状況があります。
厚労省によると、虐待で死亡する子どものうち、17年連続で最も多いのが0歳児。平成31年度(令和元年度)は49%を占めています。さらにその3割が、産まれたその日に亡くなる「日齢0日児死亡」(「子ども虐待による死亡事例等の検証結果などについて(第17次報告)」)。
妊婦が、子どもの父親や周りの人とともに考えて選択し、必要な医療や福祉につながっていれば、守れたはずの命です。
中島さんたちは、こうした妊婦の自己決定をサポートするとき「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツ」という考え方を大切にしています。

セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツ
(Sexual and reproductive health and rights)
WHOが提唱する「性と生殖に関する健康と権利」。自身の性に関することや、妊娠する・しない、興味がない、などについて、心身共に満たされ健康でいられること、また性のあり方や生殖に関わるすべてのことを自分で決められる権利のこと

「『誰もが自分の性や妊娠・出産に関わることを自分で決めていい、子どもをもつのかもたないのかとか、何歳でもつのか何人もつのか、自分で決めていい』っていう概念で、そのための教育や医療を受けられる、そういう権利がすべての人に対して保障されているという考えです。
実際には、妊娠・出産って相手があることなので、この人が好きだから結婚して子どもを育てたいと思っても相手とうまくいかない場合もあるし、子どもがほしくてもできない場合もあれば、性被害にあって妊娠してしまう場合もあって、全てが自分の思いどおりになるわけではありません。でもだからこそ『自分が決める』を大切にしたい」

しかし同時に「本人に性の知識があったとしても、そして妊娠についてどうしたいか決めているとしても、それを実行するために必要な医療・支援に対する『アクセスが悪い』ということが、日本社会の課題としてある」と語ります。

「例えば、避妊に失敗をしたら緊急避妊薬があると知っていたとしても、諸外国ではドラッグストアで安価ないしは無料で手に入る緊急避妊薬が、日本では処方薬で全額自費です。高校生だと次のアルバイト代が出るまでお金を用意できなくて、それを待っていたら72時間以内の内服が難しい、というようなことになります。
また、高額な中絶費用を用意できず産むことになったとか、避妊、中絶、出産のひとつひとつの選択を、お金がかかるものにしちゃってるってことが問題ですよね。必要な人が手に入れられない。
本来は、医療って『コモン(common)』、みんなの共有財産であるはずのものが、使える人と使えない人がいる。子どもは社会の宝といいながら、産んでいい人といけない人がいるような、そういう社会システムのままにされていると感じています。
教育も含めて『みんなに関わることで、すべての人に必要なものである』はずなのに、法律や制度を作る立場の行政や議員、そして私たちにも、社会全体の健康を守るという視点が足りていないと思います」

日本では現在、出産や中絶、緊急避妊薬は保険が適用されていません。今年10月、緊急避妊薬を処方箋なしで薬局で購入できるようにすることについて、厚労省の検討会で本格的な議論が始まりました。今後海外の状況を調査した上で、2022年2月を目処に、論点が整理される予定です。

まわりの人ができること

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無料出張相談会「ぴこカフェ」にてスタッフのみなさん

中島さんたちは、少しでも妊婦を取り巻く環境をよくしたいと、性教育の出張授業や講演会に出向き、これまでの相談例を分析した「妊娠葛藤白書」を用いて、国や自治体に様々な提言を行っています。そして、私たち市民ひとりひとりにもできることがあると語りました。

「包括的な性教育が必要なのは女性だけじゃなくて、すべての人です。包括的な性教育って人権やジェンダー平等について考え、幸せに生きるために必要な教育になっていて、それを学ばなかった結果、誤った情報に触れ、相手の同意なく暴力的に振る舞い、加害者になってしまうこともあると思います。
時々、男の子からの相談もあるんです。避妊に失敗をしたときに彼女と一緒に電話をかけてきてくれて『どうしたらいいですか』とか。病院についていくとか費用を一緒に工面するとか、対等なパートナーシップってそういうことだと思うんです。最終的なその妊娠をどうするかという決定権は彼女にあるんだけれど、納得できる選択ができるよう一緒に考え、支える誰かの存在がとても大切だと思います。

周囲の人は、もし思いがけない妊娠を相談されたら、『よく話してくれたね』ってまずねぎらっていただきたいんです。『大変なことをよく1人きりで抱えていたね』『身体の具合はどう?』そんな風に言ってもらえると、どれだけほっとするかと思うので。
あとは、その人自身が相談に乗ることが難しいとしても、私たちのようなところもあれば、行政のいろんな相談窓口もあるので、頼り先を一緒に探して相談につきそうことなどはできるかと思います。悩む女性の多くは『自己責任』という社会の冷たいまなざしを内在化しています。彼女たちを孤立させないように、相談のハードルが下がるように関わってほしいです」

取材者である私は、2年前に出産を経験しました。妊娠に伴う心身の変化に戸惑いながらも、出産に前向きに臨んだ気持ちや感覚が記憶に残るなか、中島さんの「産んでいい人と産んではいけない人がいるみたい」という言葉にはっとしました。私もあのとき出産を選べなかったら・・・? 自分とは違う事情を抱えた人がいることを、想像する。その人も自由な選択をする機会が得られているかと、思いを馳せる。その連鎖があればと思い、取材を続けました。そしてインタビューを終えた今は、「自分で選択する」ことは「自分ひとりきりで決める」こととは違うのだと、改めて感じています。選択にはエネルギーが要るので、誰かに頼りながら進めればいい。当たり前のようなこのことを、私自身にも、悩んでいる人にも、近くで気づかずにいる人にも、いま一度届けられたらと思います。

執筆者:乾 英理子(NHKディレクター)

【お知らせ】
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ドキュメンタリードラマ「命のバトン ~赤ちゃん縁組がつなぐ絆~」
11月18日(木)[BS1]後8:00~8:50、9:00~9:50(100分)
再放送:11月23日(火・祝)[BS1]前11:00~11:50、後0:00~0:50(100分)
12月11日(土)[総合]後4:15~5:55(100分・中部7県で放送)
番組ホームページはこちら
ドラマ特設サイト #わたしにできること ~未来へ1歩~
#BeyondGender 特設サイトはこちら
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