認知症の人が暮らしやすいまち。そんなバリアフリーなまちづくりを紹介する「バリフリ・タウン」。今回の舞台は東京・町田市の竹林です。ごみが捨てられて荒れ放題になっていた竹林を認知症の人たちが整備して、きれいに蘇らせています。さらに、切り出した竹で灯籠や消臭グッズなどを作り、地域の子どもたちとの交流も。認知症になっても活躍し、自分らしさを保って暮らし続けられるヒントが竹林にありました。
緑豊かな丘陵地が広がる東京・町田市の竹林。午前10時半になると、市民グループ「HATARAKU認知症ネットワーク町田」のメンバーが続々と集まってきました。この日の参加者は10人で、そのうち5人が認知症の人たちです。彼らは、町田市が管理する土地およそ1ヘクタールの手入れを任されています。
竹林を整備するメンバーたち
もともとこの竹林は、ごみが捨てられて荒れ放題になっていた場所でした。市からの依頼で3年前から週に1度、メンバーが竹を伐採して管理しています。収穫したタケノコは地域の人たちに販売。参加者は年間1万円ほどの手当を受け取っています。
収穫したタケノコ
メンバーの1人、岡本寛治さん(80)は6年前に認知症と診断されました。高知県の自然豊かな町で育った岡本さんは、竹林のなかにいる時間が楽しくてたまらないと言います。
岡本寛治さん
「僕なんか田舎出身で、こういうところで遊んだり生活したからね。風が吹いたときに竹の木に登って、『来たぞー』って倒れていくの。それを僕の家の丘で、子どもたちと遊んでいたときにやっていたのよ。(竹林は)ちょうど俺たちが遊んだのと同じだねって」(岡本さん)
メンバーのなかには作業に加わらず、離れた場所から見つめる男性がいます。活動初期からのメンバー近江忠さん(80)です。
近江忠さん
3年前、近江さんは率先して竹を切るなど、先頭に立って活動していましたが、その後、認知症が進行。それでも毎回欠かさず参加して、みんなの作業をそばで見守ってきました。
「器用な人もいれば、不器用な人もいる。そういうもんだと思う。まあ仲良くできてるね」(岡本さん)
バリフリポイント① 誰にでも「役割」があり、それを周囲が認める
できることは違っても、みんな大切な仲間です。これこそポジティブに活動を続けるためのバリフリポイントだと、認知症介護研究・研修東京センター研究部長の永田久美子さんはいいます。
認知症介護研究・研修東京センター研究部長 永田久美子さん
「できなくなったから行けないと、周りが決めつけない。やっていたことができなくても、その代わりに、その時々の本人なりの役割があります。一緒に参加し続けて、ここにおられるだけでも大事な存在です。変化に合わせながらも一緒に活動を続けて、仲間としてつながり続けることを彼がしっかり伝えてくれています」(永田さん)
この日、メンバーが竹林整備をしている横で、岡本さんが別の作業を始めました。作っているのは竹製の滑り台。立派な車とレールは、子どものころに竹林で遊んだ経験がいきています。
完成した竹製の滑り台
参加者がやりたいことを自由に選べるのには、理由があります。実は、町田市から竹林整備の話があったとき、HATARAKU認知症ネットワーク町田の代表・松本礼子さんは助成金の申請をあえてしませんでした。
HATARAKU認知症ネットワーク町田 代表 松本礼子さん
「どうやって運営していくとか、タケノコを売ったお金をどうするとか、なるべく自分たちで考えていけるように(助成金の申請をしませんでした)。できる範囲のことをみんなで力を合わせてやっていくスタンスから離れないでいようと思っていました」(松本さん)
バリフリポイント② 自分たちの裁量で好きなことができる
だからみんな、いきいきと竹林整備を楽しめるのです。依頼主である町田市農業振興課の牛腸哲史さんも、この活動には満足しています。
「荒れた竹林を何とか再生しなければいけない。これは我々のミッションです。一方で高齢者福祉の分野でも、認知症の方の働く場は市としても大事な政策のひとつです。両方が進められる、いい取り組みだと思います」(牛腸さん)
みんなをハッピーにする竹林整備の活動。その原点は20年近く前、松本さんが介護施設で働き始めたときの体験にあります。
「高齢の人たちがデイサービスに来ても、おうちに帰りたいわけですよ。だから外へ出ちゃう。すると私たちはデイに戻そうとする。その方から見たら、『一人で家に帰ろうとしてるのに、なぜあなたが付いてくるの?』ということですよね。高齢者側から見なかったんですよ。一人ひとりの『人』だし、みんな考えがあり、思いがあり、やりたいことがあるというのは、その方に教えてもらいました」(松本さん)
その後、自らNPOをたちあげ、デイサービスの運営を始めた松本さん。認知症の人と接するときに心がけていることがあります。それは、当事者と一緒に汗を流すことです。
バリフリポイント③ 指示をするのではなく、「やりたい気持ち」を引き出す
この日は、デイサービスの裏庭を整備して畑にすることになりました。
岡本さんたちが草むしりをしていると、松本さんも手袋をはめて一緒に作業を始めます。
当事者と一緒に作業する松本さん
何気ない仕草や、ぽつりと漏らしたつぶやきのなかに、その人の本音が見えてくると松本さんは言います。
「一緒に同じことをしてると、(当事者が)思うことも、いろいろ分かる。本音でいろんなことを言いやすくなる。その人の持っている考えが出ますもんね」(松本さん)
日々接するなかで聞こえてきたのは、「もっと外に出たい」という声。それは「認知症になっても、社会と関わりたい」という切実な思いでした。そうした思いをかなえようと始めたのが、竹林整備だったのです。
竹林整備を始めて3年、うれしいことが起こりました。整備された竹林に地域の人たちが集まってきたのです。春にはタケノコの収穫祭が行われ、子どもたちの賑やかな声が竹林に響き渡るようになりました。
竹林に集まった子どもたち
地域で活動に協力してくれる人も増えてきました。近くで農業を営む青木瑠璃さんは、竹林整備の日にいつも昼食を用意しています。料理はおいしいと大好評で、食事を楽しみに参加している人がいるほどです。
料理を作る青木瑠璃さん
バリフリポイント④ 認知症の理解は一緒に過ごし、喜怒哀楽を共にすることで深まる
青木さんが認知症の人たちと関わるようになったのは、松本さんに野菜作りを教えたことがきっかけです。それまでは、認知症のことを知る機会がほとんどありませんでした。
「認知症の人って何もできないだろうとか、あまりイメージが今まで良くありませんでした。でも、(料理を)楽しみにしてくれている。岡ちゃんは認知症だけど、教えられることもいっぱいある。田舎出身で、いろんなことを知ってるんですよね」(青木さん)
ここに、認知症を理解するためにいちばん必要な要素があると永田さんは語ります。
「一緒に過ごして自然と付き合うなかで、イメージが変わっていく。テキストを見て『認知症とは』って部屋の中で学ぶよりも、外で一緒に本人がやりたいことで楽しんでみる。一緒に喜怒哀楽を共にする方が、ずっと効果的だと思います」(永田さん)
竹林整備は竹を伐採するだけでは終わりません。この日、デイサービスの一画で、ドリルを使って竹に穴をあけている岡本さんの真剣な姿がありました。
作っているのは竹の灯籠。竹の中にろうそくを立てると穴から淡く優しい光がもれて、見る人の心を癒やします。
竹の灯籠
灯籠のデザインも岡本さんたちが考えています。図面を書き、さまざまな大きさのドリルを使い分け、サイズの異なる穴をあける繊細な作業です。
「僕は武蔵野美術大学で、こういうたぐいのものをいっぱい作っていた。(卒業後は)デザイン会社を作って、図案関係の仕事をずいぶんやっていた。(デザインは)自分の畑だね」(岡本さん)
竹の灯籠は、地域の高齢者施設で行われた夕涼み会に貸し出しました。足元を優しく照らす光は参加者から好評です。
「竹のすばらしさ、ほんのりして、いい気持ちになりました」(夕涼み会の参加者)
高齢者施設に置かれた竹の灯籠
伐採された竹はほかにも活用されています。作業を行うのは、竹林整備をしていた認知症の人たちの家族。夫が切り出した竹を炭にして、消臭グッズを作って販売しているのです。
炭にした竹を袋に入れた消臭グッズ
その名も「かぐや姫工房」。作業中に介護の悩みや世間話など、おしゃべりにも花が咲きます。
かぐや姫工房
「分かり合えてもらえる。介護したことない方が心配してくださる言葉とまたちょっと違う。早く出会えて良かったと思います」(当事者の家族)
消臭グッズを制作する意義は、竹の有効活用だけでないと松本さんは感じています。
「夫が働いてる時間に、自分たちも働いてるわけです。それはWin-Winです。それで五分五分。この関係には『介護する』も『される』もないんですよね。別々のところで対等に時間を過ごしてる。その時間は介護者じゃないんですよね。人はその人らしく生きていたいはず。そういう思いですよね」(松本さん)
8月の夏休み、デイサービスの一角に地域の子どもたちが集まっていました。行われたのは、岡本さんたちによる灯籠づくりの体験会です。コロナ禍で遊ぶことも制限された子どもたちに、夏の思い出を作ってもらおうと企画しました。
子どもを指導する岡本さん
「うおー!」「すご!」
初めての体験で、子どもたちは大興奮。岡本さんも指導に力が入ります。
「押し込まないように、(ドリルの)重さだけで静かに入っていく感じ」(岡本さん)
完成した灯籠はなかなかの出来栄えです。
子どもが作った灯籠を確認する岡本さん
竹を通して生まれた地域との交流。認知症の人も、そうでない人も、同じ喜びを感じていました。
「子どもたちにとっては『認知症』とか『高齢者』という言葉じゃないはず。『穴あけドリルのうまい岡本さん』とか、本人の良い姿として記憶されていく。自分にとっていちばんうれしい姿を知ってくれる仲間が増えていく。認知症になっても、実は底力をいっぱい秘めていて、チャンスがあればできる。バリアフリーを体現しているというか、やって見せてくれています」(永田さん)
「すごく壮大なことやりたい夢はあると思うんですけど、できることの積み重ね、小さいことが積み重なって、振り返ったらこんなことができていたということが大事なんだと思うんです」(松本さん)
みんなで作る町の憩いの場所。今年、町田市から任される竹林の面積が増えました。認知症の人たちは自分のため、地域のために、今日も竹を切ります。
岡本寛治さん
「こんないい空気のなかで、好きなことして最高だよね。これは贅沢ですよ、ハハハハ!」(岡本さん)
バリフリ・タウン
(1)認知症の人が生き生きできる“場所”
(2)認知症の人との外出
(3)認知症の人でも楽しく働ける! 京都のSitteプロジェクト
(4)認知症の人が地域を元気にする! ←今回の記事
(5)認知症当事者の声から始まるバリアフリーなまちづくり
(6)認知症の仲間とつくる、仕事と働く場所
(7)チーム上京!地域の力でウインドサーフィンに挑戦
(8)認知症当事者と家族が幸せに暮らす取り組み
(9)認知症バリアフリーのまち大集合!2023 前編
(10)認知症バリアフリーのまち大集合!2023 後編
※この記事はハートネットTV 2021年9月21日放送「バリフリ・タウン(4) 当事者パワーで地域を元気に!」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。