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“生きる”ことを教わった ホームレスを支援する若者たち

記事公開日:2021年09月20日

ホームレスや生活困窮者の支援を続ける若者たちがいます。福岡県北九州市を拠点に活動する「抱樸(ほうぼく)」は、炊き出しや夜間の訪問パトロールなど社会の片隅の地道な仕事を行っていますが、参加者には20代30代の姿が目立ちます。彼らはなぜ困窮者支援を行うのか? 活動に生きがいを見いだした若者たちの思いを描き、ホームレスと若者たちの絆を見つめます。

生きる意欲を与えるのは人

福岡県北九州市の勝山公園では、ホームレスや生活困窮者への炊き出しが行われています。取り組んでいるのは、NPO法人「抱樸(ほうぼく)」。春から秋にかけては月に2回、冬場は毎週おこなってきました。職員のほか、一般の人もボランティアで参加し、お弁当の一つひとつに全国から寄せられた手書きのメッセージを添えて手渡しています。

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手書きのメッセージが添えられた弁当

抱樸は行政からの委託事業や寄付などによって運営され、職員やパート100人以上が働き、炊き出しのほかに27の事業を行っています。路上からの自立のため、一時的に入居できる自立支援住宅を提供したり、仕事が難しい人には生活保護の手続きをしたりするほか、自立後も継続して相談にのっています。

牧師で抱樸代表の奥田知志さんは北九州市で33年、ホームレスや生活困窮者の支援に取り組んでいます。奥田さんたちの支援で、これまでに3600人以上が路上生活から自立しました。

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抱樸代表の奥田知志さん

「問題はほとんど解決します。いちばん解決しないパターンは、相談しないこと。相談しないと解決しない」。「人間をもう1回奮い立たせるというか、生きようと思う意欲を与えるのは人なんですよね。僕のこと応援してくれるあの人のために頑張るとか、愛する人のために頑張るという、その部分をカバーできるかどうか。顔の見える関係、顔と名前が一致する関係の中で作るしかない」(奥田さん)

支援を続ける若者たちの思い

抱樸には、生きがいを感じながら活動する20代30代が数多くいます。奥田さんは、若者たちが前向きに参加する理由を次のように考えています。

「現場の若い人たちの姿を見ていると、すごく勇気がもらえるし、すごいなと。でも、僕自身のことで言うと、結局それって人のお世話してるんじゃないからですよ。そこが自分の居場所であったり、自分の出番が与えられている。うちの若いスタッフが献身的にやってるのは事実だけども、一方でその分ちゃんともらえてる。(支援する側とされる側の)相互性が成り立ってると思いますね」(奥田さん)

28歳の花岡真琴さんもその一人。北九州市八幡東区にある「抱樸館北九州」が花岡さんの職場です。高校生のときから何度も抱樸の活動に参加し、4年前に職員になりました。

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花岡真琴さん

「(支援が)1回止まってしまったら、『あの人、今週どうしてたかな』とか気になっちゃう。その人とつながり続けられるのが今はこれしかない。私も、私の存在を忘れてない人がいるというだけで生きていけるので、そういう人を増やしていく、お友だちを増やしていく感覚なのかなと思います。私も自分のこと大っ嫌いなので、人に肯定してもらわないと生きていけない」(花岡さん)

支援を体験してわかったこと

花岡さんが初めて抱樸に来たのは高校生のときです。当時、海外で困っている人たちを助けたいと夢見て、路上生活者の支援を体験する企画に参加しました。

「教会のワークキャンプで北九州でのホームレス支援のプログラムがあって、炊き出しとかを体験しました。路上で生活されている方とか、外に座っておられる方を初めて見たり、外で生活してた方の話を聞いたりして、すごくショッキングというか」(花岡さん)

大きなショックを受けた結果、花岡さんは苦悩してしまいます。

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花岡真琴さん

「人生の見方が180度変わった。海外で困ってる人を助けたいみたいな夢を抱いていたけど、足元が見えてない自分に気づかされてすごいショックを受けちゃって。いろいろ悩んでしまって、高校に通えなくなり、朝起きられなくなって、死にたいとちょっと思うようになって、部屋から出れなくなった」(花岡さん)

このとき出会い、花岡さんの生き方を変えた人がいます。抱樸の支援を受けて12年前に自立した西原宣幸さんです。西原さんはかつて、金属加工やタクシーの運転手をして働いていました。しかし、一緒に暮らしていた母親が亡くなったことをきっかけに生きがいをなくし、路上生活に陥りました。

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西原宣幸さん

「自分のまいた種やけど、自分が弱いとこあって、遊び(ギャンブル)と仕事を比べたら遊ぶほうが好きやったちゅうのが多くて。ホームレスになって何とか食いつなぐしかなかった。そのころはただ、何か食べるもんないかな、ちゅうばっかりで探しとった。どこに住むか全然考えんで、ただ、駅のそばにおって、ごみ箱とかあさって、きょう食べるもんないか。明日のことは考えられん。今食べるものがあれば、とりあえずお腹さえふくらめば生きとれるちゅう感じやったけん」(西原さん)

花岡さんは西原さんと出会い、その後、何度も抱樸を訪ねるようになりました。そして、西原さんが変わっていく姿を目の当たりにします。

「初めて会ったときは小っちゃくてショボンってしてた。(しばらくすると)ハキハキとみんなの前で話してて、『あの西原さん?』みたいな感じで。また来たときは、炊き出しのときに自分でもバンバンお手伝い、ボランティアをされてる。人って変われるんだなというか、こんなキラキラ輝いていけるんだなと、会うたびに見せつけられた」(花岡さん)

西原さんの変化する姿が、花岡さんにとって生きる希望となったのです。

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花岡さんと西原さん

「おいちゃんたちは、人生で何かいろいろあって、失敗したり挫折してる。でも、人のために頑張ることができたり、一生懸命生きることに前向きになれる。すごく変わっていけるのを西原さんから教えてもらった。私なんかが『死にたい』なんて思っちゃいけないと思うようになった。西原さんに会うのは私の中で希望でしたね」(花岡さん)

恩人の面影を胸に活動を続ける

北九州市に隣接する中間市の市民生活相談センターは、市から委託を受けた抱樸が運営しています。新型コロナの影響で仕事を失ったり、収入が減ったりなど、相談が急増しています。抱樸で働く30歳の田口嗣業さんは、人と人とのつながりが年々希薄になっていると感じています。

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田口嗣業さん

「ご相談に来られる方は、困ったときに相談できる(相談)先とか関係性の部分だったり、身寄りが少ない方とかがしばしばおられる。そういう人のつながりだったり、孤立の課題は非常に大きいと感じています」(田口さん)

田口さんが初めて抱樸に来たのは、14年前のことです。田口さんは、自らが「命の恩人」と呼ぶ、松井建史さん、通称「松ちゃん」の写真をいつも机に置いています。初めて炊き出しに参加したときに、路上生活をしていた松井さんと出会いました。

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田口さんと松井さん

「高校2年生でしたけれど、人間関係がうまくいかなかったり、学校生活がうまくいかなった。何のために生きてるんだろうって悩んでいて、しんどいときに出会いました。松井さんとの出会いの中で生かされてきたので、命の恩人ですね」(田口さん)

路上生活をしていた松井さんは、自立支援住宅や奥田さんの教会、その後、アパートで一人で暮らすようになりました。田口さんは、松井さんの元を度々訪ねるようになり、職員になってからも交流は続きました。

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田口さんと松井さん

「家にお邪魔しても『何しに来たの?』みたいな感じはないし、一緒に横に座ってても『いいよ』と言ってくれる。悩んでることを親にも友だちにも相談してないのに、松井さんには相談する、みたいな。『お前は考えすぎだ、やるって決めたら本気でやればいいだけだ』って言ってくれて。ちょっと年は離れてますけど友だちであり、自分のおじいちゃんみたいな存在ですかね」(田口さん)

しかし、3年前、松井さんは交通事故で亡くなりました。田口さんたちと行った温泉旅行の3日後でした。

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田口嗣業さん

「一瞬のことだったので何が起きてるのかわからなくて。それが今起きてることなのかどうなのかもよくわからないみたいな。ベッドに松井さんが横たわっていて、松井さんの手を握って『松ちゃん、嗣業だよ』と声をかけて、そこに僕がいるよって声かけしかできなかった。声をずっとかけ続けて、最後、みんなで見守りながら息を引き取られた感じでしたね」(田口さん)

田口さんは今、松井さんの面影を胸に活動を続けています。

人は一人では生きていけない

抱樸では、路上生活から自立した後も互いにつながりを持ち続けています。この日は、自立者のリーダーたちと集まる月1回の「世話人会」。みんなで、自立して地域で暮らす人たちの元を訪ね、安否を確認しています。

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安否確認の報告をするメンバー

抱樸の支援で自立した西原さんもその1人。今や一緒に活動し、高校生の頃から知る花岡さんが結婚すると聞いて喜びを隠しきれません。

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西原さんと花岡さん

「日に日に大人になってくっていうか。ほんで、今度嫁にいく、ちゅうて。ええ大人になったな、もう見守らんでいいかなって(笑)。(なんで?(笑)(花岡さん))自分の孫が成長するような感じでずっと見守っちょったんやけど、もう大人になったな、ちゅう感じです」(西原さん)

花岡さんの結婚相手は同じ職場の田口嗣業さんです。新型コロナの影響で、延期になっていた結婚式が行われることになりました。出し物の準備をしたのは、支援を受けて自立した仲間たち。そして、抱樸の代表の奥田さんが牧師として参列します。

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抱樸代表の奥田知志さん

「今日、この二人は、あなたの御前で、自らが一人では生きていけない存在であることを表明し、互いがなくてはならぬ助け手となることを約束するために結婚を致します」(奥田さん)

二人は今後の活動への思いを新たにしました。

「人間って一人で生きていけない。弱い人間の集まりが社会だし。一緒に生きることで良くもなるし、悪くもなると思う。良くもなるし悪くもなるんだったら、一緒に生きて良くなるほうにみんなで動いていけたらいい。助けたり、助けられたりしながら、また一緒にこれからも生きていってもらえたらうれしいので、より一層頑張ろうと思いました」(花岡さん)

「いろんな悩むときに、『松ちゃんだったらなんて言うかな』とか、『松ちゃんだったらなんて言ってくれたかな』みたいに考える。亡くなってもいちばん近い相談相手みたいな。松井さんとの出会いを忘れずにというか、そこがベースにあるんだとずっと覚えて、これからも活動ができたらなって思っています」(田口さん)

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活動する抱樸のメンバー

田口嗣業さんと花岡真琴さん、そして抱樸の若者たちは、それぞれの出会いに支えられてこれからも生きていきます。

※この記事はハートネットTV 2021年9月7日(火曜)放送「“生きる”ことを教わった~ホームレス支援の若者たち~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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