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カタリン・カリコ×山中伸弥 【後編】常識を疑い、未来を信じる

記事公開日:2021年09月01日

新型コロナウイルスのワクチン開発につながる研究成果を上げたカタリン・カリコさん。その歩みは決して順調ではありませんでしたが、ノーベル賞を受賞した山中伸弥さんのiPS細胞がカリコさんの研究成果を大いに前進させることになります。世界が驚く成果を生み出した2人は、常識や前例にとらわれすぎないことを大切にしていました。
※対談が行われたのは2021年5月です。内容は同年7月10日の「ETV特集」放送時点のものです。

山中さんの成果が、カリコさんの研究に光を当てた

mRNAを医療にいかす研究に没頭したカリコさんですが、炎症が起こるという難題はなかなか解決できませんでした。mRNAの長さを変えたり、形を変えたり試行錯誤を重ねますが思うような結果を得られない日々が続きます。

そこでカリコさんは、まったく別の方向から炎症の原因を探ることにしました。細胞の中に元々ある複数の種類のRNAを取り出して、改めて細胞に投与します。そして、タンパク質の材料となるアミノ酸を運ぶ「tRNA」を試すと、ついに炎症が起きなかったのです。カリコさんたちは、tRNAの特徴をmRNAにも取り入れて研究を続け、医療にいかす道筋を見い出していきました。

地道に努力を続けたカリコさんたちのmRNAの研究ですが、論文として発表した後も日の目を見ずにいました。しかし数年後、山中さんによるiPS細胞の研究成果をきっかけに、脚光を浴びることになります。世界中の研究者が一斉にiPS細胞の研究を開始したなか、ハーバード大学の研究グループがカリコさんのmRNAの技術を応用すると、iPS細胞が効率的に作れることを突き止めました。思わぬ偶然から、カリコさんたちの研究が一躍注目されるようになったのです。

2013年には、ドイツのベンチャー企業「ビオンテック」がカリコさんをヘッドハント。カリコさんはドイツへ渡り、mRNAを利用した医薬品の実用化に向けて研究を加速させます。

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カリコさんとビオンテックのウグル・サヒンCEO

ビオンテックはmRNAを利用したがんワクチンの候補となるものを次々と開発し、臨床試験も始めました。さらにインフルエンザ用の新ワクチンの開発も進めます。こうして、mRNAをワクチンとして使う技術がほぼ確立したころ、新型コロナウイルスによるパンデミックが起きたのです。

ビオンテックは新型コロナウイルスの遺伝情報が公開されると、すぐにmRNAワクチンの開発に着手。さらにアメリカの大手製薬会社ファイザーと提携し、大規模な臨床試験を行うとともにワクチンを大量に生産する体制作りを進めます。その結果、わずか1年足らずで、新型コロナウイルスのmRNAワクチンが世界に供給されることになりました。

山中:あなたは世界を救っています。コロナのパンデミックは日本でも非常に深刻ですから。

カリコ:私は貢献しましたが、私のワクチンではありません。ビオンテックがmRNA技術を進化させ、ファイザーは規模を一気に拡大して臨床試験を実施しました。学術界、小さなバイオテクノロジー企業、大企業のそれぞれがベストを尽くしました。今回はみんなが協力し合ったとてもよい例です。
私のような研究漬けの科学者が他にもたくさんいることを知ってほしいです。精一杯の努力が実を結ぶかどうかはもちろん分かりません。「自分のデータを参考に誰かが科学を発展させる」と信じることが大切です。最終的にすべての科学は人類や環境を助け、あらゆるものの改善につながると信じるのです。

山中:新型コロナのワクチンは1年も経たない短期間で開発されました。でも、それまでの長い研究の蓄積があったことを忘れてはなりません。それが科学なのです。

“形勢”を逆転させたワクチンの早期開発

今回のワクチンはなぜ、ウイルスが変異しても素早く対応できるのか? それは、たとえ変異したとしても遺伝情報さえ分かっていれば、それに合わせたmRNAをすぐに作れるからです。その後の製造工程は今回のワクチンと同じです。

カリコ:この技術はとてもシンプルで調整しやすいので、新たなウイルスが出現しても素早くワクチンを作ることができるのです。

山中:それは重要ですね。

カリコ:ワクチンはこのパンデミックを収束させるでしょう。私たちはある程度は普通の生活に戻れます。依然として注意は必要ですが。

山中:日本はワクチン接種が遅れています。多くの日本人ができるだけ早く接種を受けることを願っています。このワクチンは形勢を大逆転させますから本当に必要です。経済や社会に対する影響は極めて大きいので、日本のワクチン接種が早く進むことを願っています。

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カタリン・カリコさんと山中伸弥さん

カリコ:私もより多くの日本人がワクチン接種を希望し、受けることを願っています。ワクチンを通して(社会に)影響を与えられたことがとてもうれしいです。いろいろな人が私に手紙をくれます。両親や孫に会えると、個人的なコメントを寄せてくれることにとても感動しています。
私のことをヒーローと言う人がいますがそれは違います。なぜなら、患者を治療する医師や看護師、それに清掃作業の人たちは感染のリスクがあり、命を危険にさらしています。彼らこそがヒーローです。私は研究室で仕事をしていただけです。

共通点「常識にとらわれない」

世界が驚く発見をしたカリコさんと山中さん。共鳴したのは、「常識にとらわれない研究姿勢」についてです。カリコさんは、mRNAを医療に応用する道を切り開きました。一方、山中さんはさまざまな組織や細胞に分化できる万能細胞「iPS細胞」を動物の細胞で作製することに成功、パーキンソン病など難病の治療法の開発につながる道を開きました。

カリコ:あなたの研究成果は本当に驚きです。哺乳類の細胞は分化できないと私たちは学校で学びました。でもあなたはそれをしました。ですから、不可能だと教わったことでも、それを不可能とは知らない人が可能にするかもしれません。

山中:とても重要なポイントですね。私がiPS細胞を作る研究を始めたころ、皮膚の細胞からES細胞(胚性幹細胞)を作るのは不可能に近いと思っていました。しかし、私が研究について講演をしたとき、植物生物学の教授が「植物ならばとても簡単なことです」と言いました。その言葉が私の考え方を変えてくれました。もしかしたらできるかもしれないと。植物ではできるのだから、動物でもきっとできると思うようになったのです。

カリコ:それは若者たちにも伝えるべきメッセージですね。世の中には多くの知見があり、自分の知識不足が不安かもしれません。しかし、知らないからこそ実現できることもあります。不可能だという思い込みが、挑戦することを妨げてしまいます。

画像(カタリン・カリコさんと山中伸弥さん)

山中:そのとおりです。時には教科書に書いてあることや、先生が言ったことを無視するべきです。ときには、ですが(笑)

2人が展望する未来とは?

常識を覆した2人の研究成果。いま、カリコさんと山中さんに見えている近未来の姿とは?

カリコ:mRNAはインフルエンザなど、他の病気への応用に向けてすでに開発が進められています。例えば、心不全の患者の心臓で血管を作るために注入する臨床試験が始まっています。また、マラリア用のワクチンについても研究が進んでいます。ワクチンとして、また治療での利用も今後さらに発展していくでしょう。

山中:このパンデミックで私たちはmRNA技術とワクチンがいかに有効かを学びました。パンデミックが終わっても、いずれ次のパンデミックがやってきます。それは10年後あるいは20年後になるかもしれません。でも、この技術を手にしたことで、未来に備えることができます。

画像(カタリン・カリコさんと山中伸弥さん)

カリコ:(iPS細胞は)医薬品への応用や臨床試験は進んでいますか?

山中:多くの臨床試験を行っています。パーキンソン病、心不全、血液疾患、がん免疫療法などです。また、いくつかの薬剤候補が患者由来のiPS細胞を使って特定でき、臨床試験をしています。ここまでは順調ですが、非常に長い時間がかかります。

最後に、カリコさんから私たちへのメッセージがあります。

画像(カタリン・カリコさん)

カリコ:どうか夢を追ってください。難題があれば、どうすれば克服できるか考え、夢を追い続けるのです。そして、自分が取り組んでいることを愛してください。一日中やり続ければあなたの趣味になり、人生そのものになります。私にとって科学は呼吸みたいなものです。すべてが科学なのです。あなたも情熱の対象が何であっても、それを追求すべきです。
ワクチンを打っている最中に、私を相手にしてくれなかった人たちのことを思い出しました。でも私は幸運だったと思います。彼らがいなければここまでたどり着かず、今回のワクチンもできなかったかもしれません。「もっといい実験をしたい 効果を証明したい」と思ったことで研究が進み、科学が進歩しました。
私たちは次に何をすべきか考えています。なぜなら科学者はロックバンドに似ているからです。ロッカーたちはたとえ老いても、誰かが聞いている限り、エネルギーのある限りプレイし続けます。科学者も同じ。研究し続けるのです。

カタリン・カリコ×山中伸弥
【前編】ワクチン開発につながった強い思いと苦難の研究生活
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※この記事は2021年7月10日放送 ETV特集「世界を変える“大発見”はこうして生まれた カリコ×山中伸弥」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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