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虐待・DV 家族に住所を知られたくない人のために

記事公開日:2021年08月17日

家庭内の苦しい関係から逃れるために引っ越した人にとって、家族に現住所を知られないようにすることは、安心して生活し、心の回復をしていくためにとても大切です。そのため、各自治体の役場では、本人以外が住民票の情報を請求しても開示しないようにする「支援措置」という仕組みがあります。しかし、支援措置を希望する人が窓口に行っても、役場内でルールが周知されていなかったり、事態の切迫性が認識されていなかったりするために、手続きができないばかりか、やりとりのなかでトラウマを喚起される「二次被害」が続発しています。
虐待のトラウマを抱えた大人たちの相談を受けている高橋亜美さんのもとには、新型コロナウイルスの影響で支援措置に関する相談が急増しているといいます。高橋さんに問題の実態と、支援措置で悩んでいる人へのメッセージを聞きました。

画像(高橋亜美さん顔写真)高橋亜美さん アフターケア相談所「ゆずりは」所長
自立援助ホームのスタッフを経て現職。虐待のトラウマを抱えた大人の生活、仕事、進学などの相談を受けている。

支援措置の必要性と手続き

――「支援措置」という言葉を知らない人も多いと思います。まず、支援措置とはどのような制度か教えてください。

高橋:昔は閲覧制限と言っていました。婚姻関係や、親子関係にある人は住民票や戸籍の住所を無条件で見ることができるため、虐待やDVから逃げて引っ越した人が新しい自分の居場所を知られないために、住民票や戸籍の閲覧を制限する制度です。現在は支援措置と呼ばれ、転入届を出した役場で手続きができます。
アフターケア相談所の「ゆずりは」をはじめて11年目になりますが、当初から、支援措置の手続きを相談者と一緒にやっていくということはありました。たとえば児童養護施設や里親家庭を巣立ったところに、親が「働けるんだからお金を寄こせ」みたいに言ってくることがあって、施設にいるときは身を守られていたけど、出たあとだからこそ支援措置をかけなきゃいけない。他にも、見えにくい支配や虐待を受けてきたために、施設には保護されなかったけど、大人になってやっと逃げられて支援措置をかけるっていうことも。

――そこにコロナ禍で、新しいニーズが出てきたとお聞きしています。

高橋:今までになかった相談者層が増えています。たとえば今、大学生で、親を殺したいと思うほどの苦しい関係だけど、学費は親に払ってもらっているから、なんとか大学は卒業して、その後は縁を切りたいと思っていた人。それがリモート授業になって、支配的な親や暴力的な親と一緒にいる時間が長くなったり、コロナでアルバイトなどのレスパイト先(小休止の意味。そのような親と一時的にでも離れられる場所のこと)がなくなったりして、もう学校は休学しても辞めてもいいから、逃げたいですっていう。
親から逃げて新しい暮らしを始めることと支援措置はセットです。

――どうすれば支援措置が受けられますか?

高橋:基本的には、自治体の住民課で「支援措置をかけたいです」と言えばいいはずです。ただ、伝わらないことがあって、なかには支援措置という言葉自体が分かっていない役場もある。そうした窓口では「住民票を家族から見られないように手続きしたいです」と言えば通じるはずです。
その後は書類を渡され、それが児童虐待防止法なのか、DV防止法なのか、どの法律に基づく被害を受けているかを分類するための情報を記入して、受理されると支援措置がかかるようになります。その書類には第三者が被害を証明するハンコが必要。そこでいろいろ問題が起きています。

申請時の苦しいやりとりが悪循環に

――どういう問題が起きるのでしょうか?

高橋:被害の認定のために住民課のほかに、役場の女性相談員やケースワーカーが立ち合います。その人が被害を聞いて、被害内容を受理すれば手続きはおしまいだけど、スムーズにはいかないことが多いです。被害を伝えると、「本当にそんなことがあったの?」「家族だからそういうこともあるよ」「あなたを大切に思っているから、怒ったんじゃないの?」といったことを言われたりして、訴える被害をそのまま受け止めるのではなく、親子は、あるいは夫婦は本来仲がいいはずだと、自分の解釈を加えてくる人が少なくない。

――家族は仲が良いはずだという前提で言われると、仲良くできない自分はふつうではないと思ってしまいますよね。

高橋:そうですね。たとえば、申請書には親の生年月日を記入する欄があって、別に書かなくても、書けなくてもいいのだけど、あるとき、書けない子がいました。すると、対応した女性相談員が「お母さんの生年月日だよ?」と、親子なら知っていて当たり前というような態度をとる。でも、子どもの頃から毎日自分を殴ったり、寝ているときに足で踏んだりしてくる母親の情報はなるべく取り入れたくないでしょう。それは自分の身を守るひとつでもある。
ところが、相談員から非難めいたことを言われると、「すみません」と母親の生年月日すら知らない自分を責め、自分が母親を怒らせることをしていたかもとか、殴られたり頭を踏まれたりしても仕方がないというように考えてしまったり、フラッシュバックが起こるきっかけになることもあります。
そのときは私が一緒に同行していたので、「母親の誕生日は別に知らなくていいよね」と言うと、相談員が「ああ、そうですね」と言って終わりましたが、相談員の何気ない一言でも、当事者にとっては自分を責める一言として心に残る。申請書1枚を出すだけでもすごく大きなエネルギーを使うことだし、緊張を伴ってやっているということを分かってほしい。

――虐待やDVを受けてきた人の精神状態に思いを馳せることも大切ですよね。

高橋:そうですね。「お前のために怒ってるんだ」とか、「お前が言うことを聞かないからだ」と、加害する側が正当化することを日常的に行うと、被害者は思考を奪われます。最初はおかしいと思っていても、自分が悪いから怒らせていると考えはじめてしまう。虐待にしてもDVにしても、自分自身を奪われてしまうことが、いちばん怖いことだと私は思います。
そんなふうにたとえば自分を90%奪われているような状況でも、「やっぱりこれ違う、こんなことされたくない」と思って、窓口に行くことは、ものすごく勇気がいることなんだけど、そこでまた「それほどの被害を受けてるんだったら、なんで言わないの?」みたいに言われてしまうと、たちまちまた支配下の感情というか、「私が悪いのかな」っていう思考に戻っちゃう。

――やっと出した勇気の芽が、窓口で摘まれてしまうこともあるということですね。

高橋:ほかには小さい頃は親から軟禁され、殴られ続けていたけれど、歳を重ねるうちに体が大きくなって、今はそこまでされていないという人もいます。でも、親から逃げたいと思っても、支援措置が受理してもらえない。なぜなら、支援措置が今、被害を受けている人のための措置と解釈されていることもあるから。
でも、過去に受けた心の傷や、植え付けられた恐怖は、何かをきっかけにフラッシュバックで蘇ってくる。本人にとっては過去に起きている恐怖ではなく、今起きている恐怖でもあるんです。
さらに、支援措置は受理されても1年ごとに更新する必要があって、毎年更新のたびに「今も被害を受けていますか?」といったやりとりをしなくてはいけないようになっています。

――当然、支援措置がかかっている間は住所を知られないので、通常であれば新しく被害を受けることはありません。

高橋:そうです。役場や担当者によっては、1年間、親が家に来なかったから被害がない。だから、支援措置の継続は必要ないと判断されることもあります。でも本当は、相手がいつ来るか分からないという恐怖がまだあるなら、それは被害を受け続けている状況。被害を受けているかどうかは周りの人が決めるのではなく、本人が決めていいこと。本人が「もう大丈夫」となってから、支援措置を解除すればいいと思います。
支援措置を申請する時のやりとりによって、「自分は支援措置をするほどではないんだ」と思いこんでしまったり、「現在進行形でひどい目に遭っていないから、支援措置はできない」と諦めてしまった人たちがたくさんいます。

――自分が受けてきた被害がたいしたものではないと思ってしまうと、どのような影響があるのでしょうか?

高橋:この程度の被害で苦しいと言ってはダメなんだと自分を押し殺したり、自分の苦しみや痛みに鈍感になってしまいます。でも、本当に鈍感になりきることはできないので、人と話すのが怖くなったり、夜、眠れなくなったりする。あるいは大量に薬やお酒を飲んだり、お金をたくさん使うなど、さまざまなことに依存したり、はけ口を求めて自分が支配する人になってしまうケースもあるし、自分自身を痛めつけたり、誰かを傷つけたりといった悪循環にもつながっていきます。

支援措置を認められないことは、「あなたが受けているのは被害じゃない」と言われることと同じなので、誰かに相談すること自体が怖くなってしまう。暴力と支配が続いているのに「助けて」と言ってはいけないと思ってしまい、さらに追い詰められてしまいます。

警察による被害の認定は必須ではない

――役場でのやりとりで二次被害が起きるほかには、どんな問題が起きていますか?

高橋:以前はこの制度ができたときに、警察が被害の認定をするのが定例でした。当時は窓口に支援措置を申請すると、まず警察で被害のこと話してくださいと言われ、警察が被害を認めたらハンコを押し、その書類を持ってもう一度、住民課に行くという流れでした。
でも警察のなかには虐待やDVが起こる背景に詳しくなかったり、親子は仲がいいはずだとか、時には体罰も必要だといった考えの人も少なくない。男女についての固定観念を持っている警察官もいて、女性から男性に対するDVだと、男性が被害を訴えても「もっとしっかりしろよ!」とか「本当に?」といったことを警察で言われた人や、反対に夫から日常的に暴力を振るわれている妻が相談しても、「旦那さんは外で仕事して大変なんだよ」と言われた人もいます。
そうでなくても取調室のような場所で、親や恋人、パートナーからの被害を伝えることは、役場の窓口以上にエネルギーが必要になる。

そうしたなかで平成24年に総務省が全国の自治体に通達して、被害を認定するのは警察だけではなく、役場の女性相談員や児童相談所、私たちのようなアフターケア事業所も第三機関として認められるということが改めて明示されました。にもかかわらず、いまだに多くの自治体では、警察にまず行ってくださいと言われるケースがあります。

市町村においては、個別のケースに応じ、都道府県公安委員会が指定する「犯罪被害者等早期援助団体」を始めとした民間被害者支援団体等、未成年者が入所していた児童福祉施設を運営する社会福祉法人、未成年者の権利擁護の活動を行う法人、未成年者のシェルター(緊急一時避難所)を設置運営する法人等からの意見等の聴取、精神科等の医師による診断書等により措置の必要性を確認しても差し支えないものと考えます。

平成24年9月26日に総務省自治行政局住民制度課長から各都道府県住民基本台帳担当に通知された「ドメスティック・バイオレンス、ストーカー行為等の被害者の保護のための措置に係る支援措置申出書の様式の変更と児童虐待等の被害者の支援措置の実施に関する留意点について」より一部抜粋

――総務省から役場に通知がだされた現在も状況は変わっていないのでしょうか?

高橋:はい。理想は、役場にいる常駐の相談員などに話を聞いてもらって、OKされればすぐに支援措置が受理されること。横浜市をはじめ、手続きがすぐにできる役所もいくつかあるけれど、多くの自治体では警察以外でも認定できることが周知されていません。
さらに、そのことを指摘しても「今まで同様に警察に行ってもらいます」と言われたり、通知を見せても「前例がないから」と言われるケースもある。大半の自治体から「警察に行ってください」と言われるので、私たちは総務省の通達のコピーなどの“総務省セット”を持っていくようにしていて、「第三者機関が認定できますよね?」と確認すると、ようやく認める役場もあります。

――相談を受けた窓口の対応によって、どんな被害があったのでしょうか?

高橋:たとえば親から虐待を受けている本人(Aさん)ではなく、その友人から相談がきたこともあります。Aさんは幼い頃から、父母からの殴る蹴る、足の形がかわるほど長時間立たされたりっていう身体的虐待と精神的虐待を日常的に受けていて、1日18時間以上の勉強を強要する、インフルエンザ発症で高熱時でも勉強を強要するなどの教育虐待も受けていました。
Aさんは何度も学校や児童相談所に相談しようと考えていたけど、親が社会的に信用されているので、さらにひどい状態になるのを恐れて誰にも相談できなかった。そのAさんが父親と母親の元からようやく逃げ出して、相談した役場でも「そもそもあなたが悪いのでは?」と言われるようなやりとりが重なってしまって、私たちのような支援者に対しても不信感を持っていました。それで、本人ではなく友人が連絡してくれたんです。

Aさんが残していた記録によると、最初に警察で「うちじゃ何もできないから帰れ」と言われた上に、「暴力を受けた日に相談していないよね?ふつう相談するだろ」とか、「過去に受けた被害なんかどれだけでも嘘つけるんだ」と言われたようです。被害を否定されると、認めてもらうためにもっと言わないといけなくなる。そのなかでいっぱい、受けてきた被害を思い出して、傷口が広がっていってしまうんです。
さらに「親に確認しに行くしかないな。電話番号を教えて」「それが本当だったとしたら相当悪いことしたて、親を怒らせたんじゃないか」と言われ、Aさんはこのやりとり自体に、親と同様のDV的なものを感じ、すごく怖くなってフリーズしていました。すると「電話番号、言うのか言わないのか、どっちなんだ」とさらに問い詰められたそうです。
最後には、心療内科に通院していることを指摘され、虚言を言っているのだろうとまで言われたそうです。Aさんは警察への相談を断念せざるを得ませんでした。
そのあと、警察でのやりとりを役場に伝えたら、「そっか、じゃあ手続きは難しいかもね」と言われて終わり。その日Aさんは、心療内科で処方されていた薬などを大量服薬して、自殺を図りました。「相談するのが怖い」を超えて、「死にます」っていうことにもなるんだよっていうこと、この手続きに関わる人たちに知ってほしいです。

――安心のために逃げているのに、「親に連絡するぞ」とは…。

高橋:そう。支援措置の目的は、「うちの親を捕まえてください」ではなくて、「安心して生きていきたい」だけ。そのために書類にハンコを押してほしい。支援措置は被害を受けてきた人にとって大切なお守りのような手続き。でも窓口の人に寄り添う気持ちがないと、そうはなりません。こういうことが頻繁に起きています。

※Aさんはその後、高橋さんが役場に同行して再度手続きを行い、支援措置が認められました。

自分の安心安全を大切にしてほしい

――1人で窓口に行って支援措置の手続きを進めるのはハードルが高いということですね。

高橋:どこの役場でもスムーズに手続きできるのが理想だけど、現状はなかなか難しい。1人で行くと、もっと自分を責めてしまうとか、苦しいことが起きるかもしれません。そういうときは私たちみたいな機関に相談してもらえたら、一緒に手続きしに行くこともできるよと伝えたいですね。私たちが一緒に同行して受理されなかったことは一度もありません。

――誰かに同行してもらうと、どんないいことがありますか?

高橋:手続きがスムーズになるだけでなく、そのなかでの苦しい思いを最小限にとどめることができることだと思います。たとえば親からされてきたことで今も怖い思いをしていることを、私たちが窓口の人に伝える。それを横で聞くことで、「怖いって思っていてもいいんだ」と思えるとか。
単純に手続きを成立させるだけじゃなくて、そのなかで「とっても勇気がいることだったね」とか、「頑張ったね」とか、ねぎらうことも大切にしています。私はそのあとけっこう、「おつかれさま」って気持ちで一緒にお茶飲みに行ったりしちゃうんだけど、そんな時間を過ごしたりして、それまで自分自身を奪われてきた人に、自分の人生を生きていくことへの安心が生まれたらと思っています。
そしたら、次のまた安心できる誰かとの出会いにもつながるかもとか…なんかちょっと立派なこと言ってるみたいになると嫌だけど、そこに詰まっているものがいっぱいあると思うんです。ただ手続きを成立させるだけじゃないっていう思いが、私たちにはあります。

――制度として確立されている支援措置ですが、その運用でさまざまな問題も見えてきました。高橋さんは、役場や警察の人に、どうしてほしいと考えていますか?

高橋:「窓口に行って、相談して良かった」と思えるやりとりをしてほしい。誰も、やりたくてやっている手続きではありません。担当者と安心したやりとりができると、次にまた困ったとき、安心して相談したくなると思います。
本当はどの役場でも、住民課の担当者がまず話を聞いてくれて、「話しづらいことを話してくれてありがとうございます」と始まるといいけど、実際にはなかなか難しいかなと思っています。警察でも今は性被害を担当する警官が教育を受けるなどして、被害者に寄り添える人が増えてきました。支援措置でも専属の担当者をもうけて、ノウハウが引き継がれていくといいなと思います。
それから総務省は、各自治体に通達するときに、「相談する人が安心して手続きが進められるように」とか、「その手続きを従来の警察を介したやり方でやっていくのは、相談者にとってとても負担が大きい」ということとか、通達に至った背景に触れる言葉をちょっと入れてくれるだけでも、それを窓口の人たちが読んだときに、手続きにくる人の状況に思いが馳せられるんじゃないかなと思います。

――最後に、家族から逃げたいと思っている人たちへのメッセージをお願いします。

高橋:どんな親子・血縁関係だって、その関係が嫌だ苦しいって言ってもいいし、終わりを告げることもしていいと思います。支援措置を申請することに罪悪感を抱く人もいるかもしれないけれど、相手との関係を大切にしたいからこそ、距離を取ったり、時には縁を切る決断も必要になるのだと私は思います。あなたの勇気が、あなたのこれからの人生に自由や安心をもたらしてくれると私は信じています。

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