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【特集】生きたいと言える社会へ(2) 相模原事件から5年 “わたし”からの問いかけ 後編

記事公開日:2021年07月21日

神奈川県相模原市にある知的障害者の入所施設「津久井やまゆり園」で、2016年に起きた障害者殺傷事件。犯人は「障害者は不幸を作ることしかできない」と主張し、利用者19人の命を奪いました。事件は社会に大きな衝撃を与え、“ともに生きる社会”を作っていくことが必要とされました。あれから5年、障害のある人本人や家族、支援者は事件をどう捉え、「ともに生きる」という理想をどう感じているのでしょうか。様々な立場の“わたし”たちの声を聞くシリーズの後半。「一緒に学ぶこと」「施設を出て暮らす」という視点から考えます。

一緒に学びたい“わたし”から ~医療的ケアが必要な佐野凉将くん~

伺ったのは、神奈川県相模原市に暮らす男の子の自宅。佐野涼将くんは今年9歳になる小学3年生です。24時間人工呼吸器をつけていて、たんの吸引や胃ろうなど医療的ケアが必要です。

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佐野涼将くん

父親の政幸さんにとって、相模原事件は他人事ではありませんでした。

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父親の政幸さん

政幸:事件を見たときは本当に衝撃的でした。ニュースを聞いた限りだと、何もできない人から順番にという話だったので、端から見たらうちの息子もそういうふうに見られてもおかしくない状態なので、いちばん最初に・・・なんていうふうなことも考えてしまいました。

涼将くんは、右手の人差し指のかすかな動きでコミュニケーションを取ります。さらに顔色や脈拍を見て、胃ろうに注入するミキサー食などの好き嫌いなどを判断します。自分の好きなことを言葉で伝えられない涼将くんのために、母・綾乃さんは、山登りや海水浴など様々な経験をさせてきました。

綾乃:初めてのことをして、涼将が違う反応を示したとき、涼将なりに何か感じ取ったんだなというところはすごく私たちもうれしく思うので。自分の中での選択肢みたいなものを増やしていくことが大事なのかなと思って。本人の好きを見つけるお手伝いを私たちがしている感じです。

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母親の綾乃さん

凉将くんが小学校に通う年齢になったときも、両親は特別支援学校しかないと決めつけず、地元の小学校に通うという方法もあるのではないかと考えました。

綾乃:友だちじゃなきゃ学べないこと、私たちがまだ知り得てない友達同士のいろんなことを、上のお兄ちゃん、お姉ちゃんと同じように経験させてあげたいなって。ただ、一方でわがままというか、障害があるのに普通の学校を望むのは親のエゴじゃないかっていう気持ちもあったので、支援学校を本人に体験させて、地域の小学校も経験させて、本人の様子を見たり、お兄ちゃんお姉ちゃんに相談したりした上で決めたんです。

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地元の小学生と一緒に登校する涼将くん、政幸さん、綾乃さん

両親は教育委員会とも相談し、1年生のときは、凉将くんは地元の小学校と特別支援学校の両方に通いました。

綾乃:はじめのうちは距離を取っていた子どもたちも、時間がすごくかかりましたけど、だんだんと近づいてきて、「これは何?」って同じ質問を毎日してきて。どういう状態の子っていうのが分かると、次に涼くんの気持ちとか感情を知りたがってくれる子たちがでてきて、「涼くん、今こう言ってるよ」って私に教えてくれる子がでてきたり、「かわいそうだよ」と涼くんのことを思って言ってくる子がでてきたりとか。

2年生からは地元の学校だけに通うはずでしたが、支援体制が整わなかったため実現できていません。今は話し合いを重ねながら、朝の登校だけを続けています。小学校で築いてきた凉将くんと友達との関係を、少しでも保つためです。
地元の学校の教室で一緒に学ぶ日を待つこと1年以上。凉将くんと両親にとって、“ともに生きる社会”とはどのように映るのでしょうか。

政幸:接してもらうことで「何が好き」とか「どういったことができる」っていうのも分かってもらえる、理解してもらえると思うので。まずは障害を持つ持たない関係なく受け入れてもらえる、みんなと一緒に過ごすっていうふうな場を作ってもらうっていう社会ができるといいなというふうに思っています。

綾乃:地域の小学校に行き始めて何が変わったかというと、涼将を連れてこの辺を歩きやすくなったっていうのはすごくあって。ここに住んでいるから朝も通っているし、いて当たり前な子なんだぞって思えるようになりました。共生社会とか、この子を受け入れてくださいなんて言ったって、「おおウエルカム」なんて、そんな大多数の人ができるわけないから。やっぱり1年生の子どもたちの距離感のように知ってもらって、いることが当たり前になって、距離が縮まって、障害のある人、ない人の壁を作らないっていう環境、チャンスを与えてほしいなって思います。

画像(親子で並ぶ佐野涼将くん、政幸さん、綾乃さん)

施設を出た“わたし”から ~津久井やまゆり園元利用者・尾野一矢さん~

最後に訪ねたのは、神奈川県座間市です。
津久井やまゆり園の元利用者・尾野一矢さんは、5年前の事件で首・のど・腹部などを刺され、ひん死の重傷を負いました。去年、津久井やまゆり園を退所し、現在はアパートで介助者と一緒に暮らしています。

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尾野一矢さん

好きなものを食べたり、自由な時間にテレビを見たりなど、新しいわが家での暮らしを満喫する一矢さん。一方で、時折出してしまう大声に近所から苦情が寄せられるなど、課題も抱えています。この日は夕食を終えると、
「おなかいた~い!おなかいた~い!」
と、大声で繰り返し訴えました。介助者の大坪寧樹さんは、じっくりと一矢さんの背中をさすります。スキンシップを重ねることで、大声が和らぐことがあるといいます。

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一矢さんのアパート暮らしを気にかけているのが、NPO「ぷかぷか」の代表・高崎明さんです。
苦情を訴えた相手に対して、直接一矢さんが挨拶に行った方がいいのではないかと提案しました。姿を知らない人が大声を出しているのは、怖いだろうと考えたのです。

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障害者就労支援NPO・ぷかぷか代表 高崎さんと尾野さん、介助者の大坪さん

高崎さんのアドバイスを受けて、あいさつに行く予定だった6月某日。一矢さんの機嫌があまりよさそうではありません。見かねた介助者の大坪さんは、一矢さんに無理をさせず、自分1人であいさつに行くことに決めました。手土産を持って訪問しましたが、不在でした。

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地域で暮らす上で、隣近所との関係が大切であることは言うまでもありません。しかし大坪さんは、まず一矢さんの気持ちを最優先に、障害を踏まえた対応が必要だと考えています。

大坪:大声を出しちゃいけないって言われる場面も今までたくさん経験していて、本人は嫌というほど言われているので、ある程度意識はしていると思うんですけど、どうにもならないときがある。責めたり、反省してくださいって言ったりしても、どうなる話ではないし。逆に本人が負い目に感じることがいちばんまずい。ご機嫌で静かにしていることもあるわけですし。

画像(尾野一矢さんと介助者の大坪寧樹さん)

一矢さんがアパート暮らしを始める前から交流を持っていた大坪さん。相模原事件の裁判で初めて明らかになった一矢さんのある行動に、驚いたといいます。

大坪:結束バンドで動きのとれない職員の方が、「携帯電話を取って」と一矢さんにお願いして、一矢さんもひん死の重傷、怪我の状態でありながらもリビングまで探しに行きました。どこに犯人が潜んでいるか分からない状態の中で探しに行って、職員に手渡して、それが通報につながった。衝撃的でしたよね。何も語らないだけに。今まで気づかなくて申し訳なかったというか。
本来だったら守らなければいけない立場にあるのが施設だし社会だし、にもかかわらず、一矢さん命がけの動きをして。犯人の「不幸しか作れない」という主張と真っ向から対立というか。一矢さんがどれだけ社会の役に立ったかってすごく思いますね。

大坪さん自身、一矢さんと出会ったばかりのころは、受け入れてくれるかどうか不安だったといいます。

大坪:最初に会った時に、拒否されるんじゃないかってすごく思ったんですよ。人間不信になったりとかして、もう来んなって言われるかもしれないし、嫌な顔してね、閉ざしてたかもしれないのに、「また来てくれる?」みたいなことを(一矢さんが)言ってくれたんで。僕自身はそれに救われたというか。だからその気持ちにどこまでこっちは応えられるかって、そんな思いですよね。
いろんな人たちがこうやって会いに来たりしても、嫌な顔しないじゃないですか。だから、一矢さんは他を差別したり排除したりしないのに、周りがそれをしているわけですよね。にもかかわらずこっちを許してくれたっていう、僕はそういう感じがすごくして。

出会ってまもない私たちの取材も、嫌な顔せずに受け入れてくれた一矢さん。「いろんな人が来るのは楽しいですか?」と尋ねると、「楽しい~」と答えてくれました。その直後に、満面の笑みを浮かべたのです。その笑顔を見た大坪さんが言いました。

画像(笑顔の尾野一矢さん)

大坪:「お互い存在していいんだ」って言ってるように僕には思うんですよ。こうやって笑いかけて。みんなにね。

新しいわが家での暮らしと出会いを通じて、一矢さんは“ともに生きる社会”を作っているのかもしれません。

【特集】生きたいと言える社会へ
(1)相模原事件から5年 “わたし”からの問いかけ 前編
(2)相模原事件から5年 “わたし”からの問いかけ 後編 ←今回の記事
(3)京都ALS嘱託殺人事件から1年 “あなた”に会う旅

※この記事はハートネットTV 2021年7月6日放送「特集 生きたいと言える社会へ 第1夜 ~相模原事件から5年 “わたし”からの問いかけ~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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