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“好きなこと”を心の支えに前向きに生きる 発達障害の当事者3人の歩み

記事公開日:2021年07月16日

生きづらい、しんどい。そんな思いを抱えた発達障害のある子どもたちを、“好きなもの”が救ってくれることがあります。今回集まってくれたのは、アニメ、絵を描くこと、勉強など、夢中になれる“好き”を見つけて生き生きと活動する若者たち。どん底をどうやって乗り越えたのか? 将来の夢は? 専門家の話も交えながら、“好き”を心の支えにして前向きに生きるヒントを探ります。

「好き」が社会とつながるきっかけに

発達障害のある当事者として、“好き”に夢中になることの大切さについて話してくれるのは、菊田有祐さん(18歳)、有松啓太郎さん(24歳)、渡邊結月さん(18歳)の3人です。

画像(菊田有祐さん)

菊田:小さい頃から周りと違うこと、周りができるのに僕にはできないことで、よく悩んでいました。ですが、母から「好きなことを追いかけていいんだよ。できないことは諦めていいんだよ」と言われてから、夢中になって好きなことを追いかけてきました。

画像(有松啓太郎さん)

有松:僕の好きなことはアニメとかで、とくに『機動戦士ガンダム』シリーズが好きです。「ガンダム」の魅力は、世界観がすごいところです。

画像(渡邊結月さん)

渡邊:好きなことは絵を描くことです。今日はよろしくお願いします。

発達障害のある人が“好き”に夢中になることの良い面について、信州大学医学部教授の本田秀夫さんはこう話します。

画像(信州大学医学部教授 本田秀夫さん)

本田:その人が生きていける、活躍できる芽がどこにあるか考えると、苦手な部分じゃなくて、好きなものからなんですよね。そういったことに目を向けることによって、生きがいを求めることや、人生の目標を持つことなどがより可能になる。3人のこれまでの生活と、今のあり方が示してくれているんじゃないかなと思います。

有松さんがガンダムに深くハマっていったのは中学生の頃。つらい思いをして、不登校を繰り返していました。家にひきこもり、生活リズムもぐちゃぐちゃ。そんなとき、自宅でガンダムを見て、すっかり夢中に。でも、ひきこもりがちな生活は変わりませんでした。それが18歳のときに、転機を迎えます。

発達障害の支援をする東京・港区のNPO法人ネスト・ジャパンへ足を運んだときのことです。アニメやゲーム好きの人たちが集う会に参加。そこでガンダムの話題で盛り上がったのです。

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ネスト・ジャパンで楽しそうに仲間と談笑する有松さん

「ただただ、自分の好きなことの話をして。安心できて楽しい場所だっていうのがわかって、『今日、外に行けた』『次、また行けた』というのが少しずつ積み重なって、自信がついた感じがします」(有松さん)

徐々に有松さんは変わっていき、24歳になった今はNPO法人でアルバイトをするまでに。発達障害の支援に携わっています。

有松:いつもあっという間に時間がたって、足りない感じにもなったりするし、楽しい時間は本当に一瞬です。ガンダムは(今も)心の支えにもなっていますし、ネスト・ジャパンでは自分のほかにもガンダムの話が好きな子がいるので、いろいろ研究しておいて良かったなとすごく思いますね。

菊田:ガンダム好きなのがすごく伝わってきました。僕も小学校に行けなくなったときに、「家でゲームをするな」と言われると、「じゃあ逆に何をすればいいんだ」ってなるじゃないですか。そういう面でいくと、好きなことを支えに、ガンダムにハマったのはいいことだったんじゃないかなと思います。

本田:ネスト・ジャパンは、発達障害の人たちの余暇活動をより充実させることの支援を目標として、10年前に作ったNPO法人です。基本的には発達障害の人たちが好きそうなことを企画して、興味がある人たちに集まってもらって、さまざまな活動をしています。

渡邊:すごく大事なことだと思います。私もそういうよりどころがあったからこそ、今この場に立てているので。集まって触れ合う機会を設けることで、人のために活躍できる基盤ができていくっていうのがすごくいいと思います。

画像(菊田さんと有松さん)

菊田:支えられた側から支える側になったのは、自分の中でどうでしたか。

有松:アルバイトとかも1回もしたことがないので、最初は、僕なんかでいいんですかって。でもこういう立場もすごく楽しいなって思えて、慣れてきて、どんどん仕事の量が増えたり、頼りにしてもらって、達成感もあって。自信とか前向きさを取り戻して、今に至るって感じですね。

本田:はじめは利用者として来てもらっていたんですが、彼が参加しているほかの人たちにも目配りしていることがわかったので、こちらから「ちょっと働いてみないか」と声をかけて、快く引き受けてくれたので、今とても助かっています。

画像(菊田さん、有松さん、渡邊さん)

有松:頼りにされてすごくうれしいですし、働かせてもらっているのは心の支えのひとつにもなっているので、このまま続けていきたいと思っています。僕の場合は、動こう、どうにかしなきゃっていう思いがずっとありました。今、落ち込んじゃっている人は、好きなことに触って体調を戻していって、進んでいったほうがいいと僕は思っています。

有松さんが社会とつながるきっかけとなった“好きなこと”。診察室や講演会でたくさんの悩みに向き合ってきた本田さんによると、「役立つものを好きになってほしい」と思う親もいるようです。

本田:好きだから必ず誰かの役に立つとも限らないんですよね。だから僕はそれを、あまり目標にはし過ぎないようにしていて、目の前の楽しいと思えることに夢中になることそれ自体が大事だと思っているんです。結果として人の役に立つこともあるんだけど、そうじゃなくたって別に構わないと思っていて、あまり利益みたいなことに結び付けようと思いすぎないほうがいいと思います。

菊田:つらいときこそ“好きなこと”を子どもから取り上げないでほしいなと思いますね。

本田:遊びってエネルギー源なんです。学校に行けなくてつらいときとか、なかなか先が見えなくてしんどいときに、目の前にある“好きなこと”にとりあえず没頭してみることで、ちょっと充電してるみたいなところがあるんですよ。しんどいときだからこそ、好きなことを少しでもやって、気持ちを充電していって、何かきっかけがあるときにね、少し前に出てみようっていう力にしてもらえるといいなと思います。

ザルに残ったのは「ただ絵が描きたい」

渡邊さんは、小学校の高学年の頃から不登校の状態でした。発達障害の特性で、周りの空気が読めず、つらい思いをしていたのです。

部屋にひきこもる生活が続いていた中学生のとき、もう限界だと感じました。部屋にこもり、包丁を腹に突き刺そうとしたこともあったといいます。

転機となったのは、美術科のある高校への進学でした。小学生の頃から大好きだった絵を描くこと。その“好き”に夢中になることで渡邊さんは救われていったのです。

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高校生の頃の渡邊さん

「嫌なことがあっても作品にすることができるので、悩みが自分の作品につながったりもする。悩みがあるからこそ自分の絵や作品が濃くなっていく」(渡邊さん)

渡邊さんは、絵を描き続けたいという目標を見つけ、歩み始めました。今年4月、東北芸術工科大学に進学。親元を離れ、絵を学ぶ日々です。

画像(渡邊さん)

渡邊さんに、「昔の自分のような人がいたら、どういう言葉をかけたいか」と聞きました。

渡邊:「あなたの今やってることは絶対に間違ってない」っていうことですね。これまですごく散々だったとしても、これからもっとひどくなったとしても、絶対に先につながっているから、それがまた直結して、また新しい縁が生まれたり、新しい気付きを得たり、絶対に太い芯になっていくから。今を「こんな自分なんか」とか思うんじゃなくて、どんどん肯定していってほしいし、自分を諦めないでほしい。私は諦めなかったからこそ今があると思っています。

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渡邊さんの作品

菊田:頑張れたら、誰だって頑張りたいと思うんですよ。それでも頑張れないときって絶対あると思いますし、そういう期間に、少しでも支えがあるっていうのは大切なことなんじゃないかなと思いますね。たとえば死のうと思っていたことも、作品を描くことで、もうちょっと生きてみようかなって心が変わっていったのかなと思って、そこを聞かせてください。

画像(渡邊さん)

渡邊:作品は「ザル」みたいなものだから、落ちたものは落ちたなと思って、残ったものを大切にしていく姿勢がすごく重要だと思うし、これから自分の要になっていくと思う。作品を通して、自分が今やりたいこと、やり遂げたいこと、将来どうしていくかみたいなものがザルに残るので、それを大事にしていく。負の感情と自分の大切にしたい感情を仕分ける動作や作業のたとえで、ザルと言っています。

画像(有松さんと渡邊さん)

有松:そのザルをふるいにかけときに残ったものはなんだったんですか。

渡邊:自分は「ただ絵を描きたい」って。

有松:ああ、やっぱり。そういうので残るのって好きなことだと思うんですよ。

菊田:向き合った上で結局好きなものが最後に残るっていう感覚は、大切なのかなと思いました。

本田:いろんな感情があるんだけど、自分を突き詰めていったときに、「やっぱり好きだ」っていうのが残るのはとってもいいなと思って。そういうのが活力につながっていくと思うし、本当に好きなことを頑張ろうというときって、多少の困難を乗り越えていくパワーが生まれてくるんだと思うんです。

突き詰めて見つけた“好きなこと”。しかし、「子どもがゲーム好きで勉強しない」という悩みが親から寄せられることもあると本田さんは言います。

本田:今、診察室でいちばん多いかもしれない質問ですね。好きなことにのめり込むのは充電なんだよと言っても、親御さんからすると、「充電はいいけど、やるべきことだってあるんじゃないの」という理屈が必ずあるわけです。これは難しいんです。やらせたいと思っている勉強の量が多すぎるとか、1人でやるには難しすぎるとか、あまりにも興味がなさ過ぎて集中できないとか、そういったことで、勉強しようという意欲が落ちている場合があるので、そこは見直していただけませんかとは言っています。
いくら、好きじゃないとはいっても、ある程度の時間でこなせる程度の勉強であれば、嫌々ながらもやるんですよね。それができないぐらいゲームにばかり没頭している場合、ゲームが悪いというよりも、やらせたいと思っている勉強のほうに無理な部分があるのかもしれないということを、一度、見直しておく必要があるんじゃないかなと思います。

また、本田さんは、「好きなことを仕事にしたほうがいいのか、趣味のままのほうがいいのか」とよく聞かれると言います。

本田:正直、どちらでもいいとは思っています。ただ、仕事にすると締め切りがあったり、他の人から「こういうふうにやってよ」と言われると自分が本当にやりたいこととは違う注文でも渋々やらなきゃいけないとか、楽しいだけでは仕事ができない部分もある。それでも仕事にするほうが楽しいと思えそうであれば仕事にしたほうがいいと思うし、自分が好きなことは自分の好きなように楽しみたいということであれば、趣味にしておくほうがいいのかなと思うんですよね。

学習方法の転換で「勉強が大好き」に

菊田さんには、夢中になれるものがありませんでした。学校はただただつらい場所。学校へ行きたくない原因には発達障害のひとつ、学習障害がありました。

文字や数字を書くことがとても苦手で毎日が苦痛でした。劣等感から周りの友だちともうまく接することができなくなり、いつしか孤立して、いじめられるようになりました。

しかし、小学5年生のとき、転機がおとずれます。キーボードを使えば、書きたいことが簡単に文字にすることができました。たったこれだけのことで大嫌いだった勉強が大好きになったのです。

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小学5年生の菊田さん

「できるようになってからは、ずっと勉強にハマっていたかもしれないです。いちばん人生で大きいハマりなんじゃないかな。勉強は好きですかね、僕は」(菊田さん)

菊田さんの場合、知的好奇心が高まり、興味のあることがどんどん広がっていきました。自ら調べてパソコンを組み立てたり、Tシャツのデザインやアクセサリーを作ったりするようになりました。

画像(菊田さん)

そして今年4月。慶応大学に進学。環境情報学部で学ぶ日々です。

「自信が持てるから周りにも自信を持って接していける。周りの評価もそれに伴って上がっていく。学生のうちからいろんな勉強していろんな経験をして、全部糧にして起業家になりたいと思っています。結構、自信あります。これだけ学ぶことがたくさんあるんだったらいけるんじゃないかなって」(菊田さん)

渡邊:私はどっちかというと狭いところで深く掘り下げていくタイプなので、幅広い分野でいろいろ手を伸ばして自分の糧にしていくのが素晴らしいなと思います。

菊田:僕は勉強っていう言葉を、学校の勉強や塾の勉強だけじゃなくて、興味があることを学んでいくことを「勉強」と表現しているのが近い。

有松:僕も勉強っていう言葉を同じように考えていて、すごく共感できました。僕も幅広くいろいろ興味があって、僕もいつか自作PCを勉強して作ってみたいなと思うときがあります。

本田:ひとつのことだけに没頭する人もいれば、いろんなことに夢中になるんだけど、ある程度やったらまた次に移るっていう人も大勢おられます。だから必ずしも何かひとつのことだけに没頭しなきゃいけないわけでもありません。ほかには、ひとつのことが好きでも、そこからたくさん知識を得る人もいれば、本当に狭いところだけに没頭する人もいるんですね。だから、自分の心が満たされるように楽しめていれば何でもありなんですよね。

しかし、好きなものなら何でもいいと言われても、親としては「もし子どもが夢中になっているものが人に迷惑をかけるようなことだったら」という悩みは尽きません。本田さんはこうアドバイスします。

画像(本田さん)

本田:好きなもののなかでも、これはさすがにまずいというものもあります。人を傷つけたり、自分の体に危険がおよぶような事柄とか、法律に触れるようなことですかね。そういうことは、長く社会生活をする上でトラブルになってしまう可能性がありますから、控えたほうがいいとは言うことがあります。ただ、ほとんどの子どもはそういうものにあまり興味を示さないんですね。子どもが興味を示すけど、トラブルになることというのは、親から見て、ちょっと快く思えないようなことにすぎなくて、決して将来、害になるようなことではないんです。たとえばゲームとかインターネットはむしろ大人になったら活用できるものもたくさんあるので、ちょっと大目に見ていただくほうがいいのかなという気がします。

最後に、これからについてみなさんに伺いました。

画像(菊田さん、有松さん、渡邊さん)

有松:自分の好きなものや興味あるものを大切にしつつ、それを伸ばしたり広げたりして、さらにそういうのを大きい、小さい関係なく生かせるような感じの生活をしていきたいと思いました。

渡邊:ちょっと迷ってるんですけど、自分の内に秘めたものを、ただひたすら創造していくことを続けてやっていきたいと思っています。

菊田:あらためて、好きなことは十人十色で、それぞれの生き方があるんだなというふうに思いました。僕は起業家になりたいと思っています。母の実家の鹿児島県阿久根市は自然も豊かで、レジャーをしたら楽しいし、おいしいものもたくさんあるのに、誰もその魅力に気付いてない。僕はそこを楽しめるようなリゾートを作りたいと思っていて、それが人生の最終目標です。社会に今までお世話になったぶん、それを倍にして返せるぐらい、立派になった姿を見せたいです。今、夢中になれるものがなくて悩んでいる人は、もう少しだけ耐えれば、絶対自分が活躍できる、好きなもの、生かしていけるなと思うことが出てくると思うので、もう少しだけ辛抱して、見つけにいけたらなって思います。

本田:発達障害(のある人)はものすごく数が多くて、国際的にもだいたい10人に1人ぐらいは何らかのそうした特性を持っていると想定されています。「発達障害は問題があるからなんとかしなきゃ」という発想だけでは、3人のようにはならないんですよね。(3人の姿を見て)こんなふうな未来が待っているんだということを、多くの親御さんたちや当事者の方に知っていただければと思います。僕自身とても勉強になりましたし、心が力づけられるような気持ちがしました。

発達障害のある人が“好き”を支えに前向きに生きること。3人のこれまでの歩みは、そのヒントに満ちています。

※この記事はハートネットTV 2021年6月28日放送「“好き”を心の支えに~発達障害と共に~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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