認知症の人が暮らしやすいまち、バリアフリーなまちづくりを紹介する「バリフリ・タウン」。今回のテーマは「外出」です。認知症になると、気軽に散歩や買い物に行けなくなると不安になるかもしれません。そのような心の「バリア」を取り除いた、2つの地域の取り組みを紹介します。どちらも認知症の人の意思を尊重するサポート体制がありました。
神奈川県鎌倉市で、認知症の人でも安心して外出できる取り組み「かまくら散歩」が開催されました。集合場所は市内のフラワーセンター。ここで1時間半、散歩を楽しみます。
かまくら散歩を楽しむ参加者
実は、かまくら散歩は12年も続く人気のイベントです。初めての人も含めて、この日は6人の当事者とその家族が参加。介護福祉士などスタッフ9人がサポートします。
園内に入ると、参加者は写真を撮ったりお話をしたり、バラバラに動き出します。集まってもすぐに自由行動にしているのは、過去の経験によるものです。以前のスケジュール表を見ると、細かいスケジュールで行動を制限していました。
それには理由があったと、かまくら散歩を主催する稲田秀樹さんは振り返ります。
かまくら散歩の主催者 稲田秀樹さん
「何か不安があってはいけない、心配があってはいけないと、丁寧に(スケジュールを)作っていた。あるときから少しずつ解きほぐしていったんですね。そうしたら、ただ歩いているだけなのに『楽しい、楽しい』とみなさんおっしゃる。なぜだろうというのが、私の最初の気付きでした」(稲田さん)
その経験をいかして、今ではすっきりさせたのです。
「散歩って、自由に気ままに歩くことだと思います。きれいな花を見つけてじっくり見たいとか、写真を撮りたいとか、ほかの参加者の人たちとお話をしたいとか。小さいことだけど、そういう自由度が大切じゃないですかね」(稲田さん)
細かいスケジュールを組まないのが、かまくら散歩のバリフリポイントです。
かまくら散歩の工夫はほかにもあります。参加者が自由に散歩できるように、スタッフの人数を多めにしているのです。
この日は、認知症の人6人に対して、介護福祉士など9人のスタッフで個別対応。スタッフは参加者と程よい距離感を保つように心がけてきました。本人が一人になりたそうなときには黙って見守り、会話したそうなときには距離を縮めます。散歩する場所も市内の公園などを中心に、坂道が少なく、自由を満喫できる場所を選んでいるのです。
とにかく自由さを大切にするかまくら散歩は、参加した本人もその家族もみなさん満足しています。2年前から欠かさず参加している仲藤正雄さんもその1人。正雄さんはふだんから生き生きとするようになり、かまくら散歩がいい気分転換になっていると妻の由希子さんは感じています。
仲藤正雄さんと妻の由希子さん
「ふだん歩くこともなく、2人で一緒に歩くのはお医者さんに行くくらいだったんです。(かまくら散歩に)行くようになって、花を一緒に楽しんでいます。昔はよく行ったんですけど、今は全然そういうところに行かれないので、2人で楽しみにしています」(由希子さん)
認知症に詳しい永田久美子さんは、かまくら散歩の取り組みに期待しています。
「今までのいろいろなサービスや制度では、外出という部分が抜けていると思います。外出は不可欠なはず。本当に必要なものを、ないなら始めてみよう。それも大がかりにしないで、シンプルに集まり、みんなが安全を大事にする。お互いが力を出し合いながら作り出すことの大事さを教えてくれる活動だと思います」(永田さん)
続いては、岩手県滝沢市で行われている「スローショッピング」です。スーパーマーケットで週に1回行われ、認知症の人と家族はまずイートインスペースに集まります。
ここで、買い物をサポートしてくれるボランティアと合流。「パートナー」と呼ばれるボランティアは、地元の社会福祉協議会などが集めた近所の人たちです。さらに毎回、医師や看護師、ケアマネジャーも参加するため、家族はいろいろな相談もできます。
スローショッピングに関わる人たち
認知症の人にとって、買い物にはたくさんのバリアがあります。例えば、似たような商品がたくさん並んでいるので選びきれなかったり、同じ商品をいくつも買って家族に注意されたりなどさまざまです。しかし、スローショッピングならパートナーがバリアフリーにしてくれます。
例えば、漬物用の調味液はたくさんの種類があるので迷いますが、パートナーが商品をしぼって提案。味の違いなどわかり、認知症の人でも選びやすくなります。また、同じ商品を買いそうになったらやさしく本人に伝え、商品選びのバリアをパートナーが取り除いてくれるのです。
パートナーのおかげでショッピングを楽しめますが、認知症の人には最後に大きなバリアがあります。それは、商品の会計です。財布からお金を出すときに手間取ったり、ほかのお客さんの視線が気になったり、ますます買い物が苦手になってしまいます。
しかし、スローショッピングなら認知症の人優先の「スローレジ」があります。誰にもせかされることなく自分のペースでお金を支払えるので、人の目を気にしなくても大丈夫です。
ゆっくり会計ができる「スローレジ」
スローショッピングを終えると、参加者たちは再びイートインスペースに集まります。毎回、スローショッピングの後に本人や家族の声をヒアリングして、課題を見つけて今後にいかすのです。
スローショッピングの後のヒアリング
過去にも参加者の声をもとに、商品が一目見てわかるように案内板をイラスト付きに改善しました。
スローショッピングは当初から順調だったわけではありません。これまで試行錯誤があったと、パートナーの浅沼英美さんは振り返ります。
「最初のころは当事者をメインで考えられていなかった。メモ紙をサポーターが手に取って、(商品が)どこにあるかと自分たちのペースで歩いてショッピングしたケースが多々あった。回数を重ねるたびに改善されてきたと思います。それは反省会の効果でもあったと考えています」(浅沼さん)
利用しやすいお店になったことによって、参加している櫻野正之さんは、妻の順子さんの変化を感じています。
「(順子さんは)パンが好きでよく買うんですけども、食べたいパンを自分で取って、自分で買い物かごに入れられる。日常ではあまりないんですけども、スローショッピングではそういうことができます。本人の意思をできるだけ反映させるので、認知症の人にとってはすごくいい刺激を受けていると思います」(正之さん)
スローショッピングの取り組みを見たかまくら散歩主催の稲田さんは、新たなアイデアが膨らんできました。
「すてきですね。今日は何を買って帰ろうかなという行為は、人の尊厳に関わる部分ですよね。かまくら散歩と合体してやりたくなっちゃいます。“まちなか”散歩みたいな。町の中を歩きながら、ちょっと買い物に寄って、花を見たり、公園でくつろいだり、おしゃべりしたり。アイデアをいただけたらいいなと思います」(稲田さん)
スローショッピングにはスーパーの協力も不可欠です。統括マネージャーの辻野晃寛さんが活動に加わる意義を語ります。
「スーパーマーケットでも過去の経験則では、認知症の方々と応対していくのが難しいと実感していました。こういう活動を通じて、どういうことが求められているのか、どういうことをしなければいけないのか、日々勉強しながら活動しています」(辻野さん)
今後も気軽に買い物できる場所が増えることが望まれます。そのためには、まず行動を起こすべきだと医師の紺野敏昭さんは提案します。
「ボランティアの方々を集めて、組織の形態を作ってから始めようと考える方が多い。そうじゃなくて、ある程度の形ができたら始めてください。そうすれば、いろいろなことが見えてきます。形ができてからやろうとすると、どんどん先に延びてしまう。ですから、我々はパートナーの方々には、当初からあえてマニュアルは作っていないんです。マニュアルを作ると、それに縛られてしまうのが人間の本性ですから、マニュアルを作らないで試行錯誤しながら対応していこうと。できれば全国に広がってほしいなと常々思っています」(紺野さん)
2025年には高齢者の5人に1人が認知症になるといわれている日本。今こそ各地でバリアのないまちづくりを進めるべき時期に来ているのです。
「認知症の本人たちがどこに行きたいか、誰に会いたいか、何をしたいか、ささやかな願いを出してもいい。出してくださった声を聞いて、一緒に外に出かけることで、見えにくいバリアが浮き上がってきます。認知症のある人にとって、外出は心と体、生活に大きな影響を持っている。外出は危ないとか、誰かがついて行かないとできないとか、外出を阻む考え方のバリアがとても多い。今こそ外出し続けるためのバリアフリーをそれぞれの町で丁寧に作り上げる、とても大事な時期になっていると思います」(永田さん)
認知症の人の外出に対する心のバリアを取り除く2つの取り組み。今後もハートネットでは認知症の人が暮らしやすいまち、バリアフリーなまちづくりを紹介していきます。
バリフリ・タウン
(1)認知症の人が生き生きできる“場所”
(2)認知症の人との外出 ←今回の記事
(3)認知症の人でも楽しく働ける! 京都のSitteプロジェクト
(4)認知症の人が地域を元気にする!
(5)認知症当事者の声から始まるバリアフリーなまちづくり
(6)認知症の仲間とつくる、仕事と働く場所
(7)チーム上京!地域の力でウインドサーフィンに挑戦
(8)認知症当事者と家族が幸せに暮らす取り組み
(9)認知症バリアフリーのまち大集合!2023 前編
(10)認知症バリアフリーのまち大集合!2023 後編
※この記事はハートネットTV 2021年6月16日(水曜)放送「ハートネットTV バリフリ・タウン(2)『レッツ!外出』」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。