「そもそも性教育って、どこまで何を教えたらいいの!?世界の性教育ってどうなっているの?」そんな疑問を、WEBや書籍でレズビアンとしての思いを発信している文筆家の牧村朝子さんが、『教科書にみる世界の性教育』という本をまとめた女子栄養大学名誉教授・橋本紀子さんにぶつけます!2回目の今回は「アジアの性教育」についてみていき、日本の性教育についても考えます。
牧村:前回は、橋本先生のご専門であるフィンランドを中心にヨーロッパの性教育について教えていただきました。今回はアジア編です。まずは、割と日本と状況が近いのかな…という韓国について教えてください。
橋本:韓国は日本と同じように、1つの単元や1冊の教科書ではなく、複数の教科にまたがって性教育が行われています。小学5年の保健では、男性の性器の形や、勃起・包茎の説明、そして6年生では女性の性器の説明があります。
牧村:6年生では、割と詳しく描かれているんですね。
橋本:さらに性暴力被害を受けそうになったときの対処方法がまとめられています。
「嫌です!」とか「火事だ!」などと大声を出すように、とかね。そして、緊急時の電話番号まで書いてあります。「もうどこも逃げられない」なんていうときには、できるだけ抵抗してかじるとか、逃げるチャンスをうかがえって書いてあるのね。
牧村:性暴力被害に対するSOSマニュアルのようなことが書かれているんですね。
橋本: 中学校の「保健」では、LGBTのことも教えてますね。男の子がラブするっていうのがあって、いろんな関係性があることを教えています。
牧村:これは高校の「保健」ですが、思いきりレインボーフラッグ(※)が描いてありますよね。
(※1978年よりLGBT解放運動の象徴として使われてきた、6色の虹の旗。)
橋本:「同性愛差別の禁止」とか書かれていますね。「現在の韓国は国家人権委員会の勧告で、同性愛者への差別を禁じている」って書いている。ただ、両論併記ですね。それに反対している勢力もいると。それは異常性行動だっていう人たちの反対意見も書かれています。
橋本:中国はすごく大きいですよね、だから地域によって違いが大きい。
農村部などでは難しいですが、都市部の、ある程度整備されているところでは性教育の教科書があって、オランダとかフィンランドとかでやっているような人間生物学的な内容を導入して、きちんと生物学なんかで人間の生殖のことを取り上げている。でもとにかく全体に広めるのには時間がすごくかかると思います。
牧村:都市部の性教育は、日本よりも進んでいるんですね。
橋本:最近は、ユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」とか、他の関連機関の文書や勧告を受けとめて、独自に進み出しています。例えば、2012年には、中国性学会によって「青少年性健康教育指導綱要(試行版)」が出されました。これは、中国国内の実践の他、香港、台湾などの性教育プログラムを参考に、主に、ユネスコのガイダンスを指針に作られた包括的性教育プログラムです。この指導綱要に基づいた教科書も発行されていて、国の指針とは違って強制力はありませんが、一定の影響力をもって、中国の性教育の刷新に貢献しているようです。ただ、包括的性教育が全体に及んでいるかっていうと、まだそうではないみたいですね。
橋本:ただ言っておきたいのは、90年代には日本のほうが進んでいたんですよ。
橋本:ここに、当時の中学生の副読本『おとなに近づく日々』がありますが、こんなのだって、「クリトリスは男性のペニスに相当するところで、海綿体からできており、興奮すると膨張します」とか全部教えています。
牧村:これ、日本でも言ってほしいです。
橋本:だいたい東京なんかの保健室や学級文庫には、入っていたと思いますよ。ここには、「さまざまな姿を見せる性」とか、「将来誰と暮らしますか―結婚」「恋愛文学を読もう」とかがあって、最後に『おとなに近づく日々』が来て、青年期を生きる中学生にエールを送るようになっていました。その世代の大人たちのメッセージが込められていたのです。
橋本:90年代はエイズ予防との関係で、性教育を進めなければいけないということで、このような性教育がやれていたんです。その後、国際的には、もっと社会的な視野から人権を問題にするとか人間の多様性、多様な人間を発見していく、その人間存在をきちんと承認していくというような方向にぐっと進んできているのに、日本はなかなかそういうふうに多様な人間が豊かに生きていく、という方向に行かなかったんです。ジェンダー平等教育や性教育がバッシングされてしまったから。
牧村:もったいないですね。
橋本:日本の子どもたちだけが発達段階が異常に遅いとか遅れてるとか私は思わないし。日本の子どもたちも、きちんと理解する能力も判断する行動力もあるわけだから、国際標準の包括的性教育を提供すべきだということが一番言いたいです。
牧村:本当にそうですね。
橋本:日本の場合、あとは、性の自己肯定感をどういうふうにするかですよ。
性被害を受けても、自分に自己肯定感と自信がなければ声をあげないですもの。「自分に落ち度があったから仕方ない」ってなっちゃうから。
牧村:「私が悪いんだ」と。
橋本:そう。だから、ありのままの自分を受け入れて、それで自己主張できるような、自信を持てるような教育が必要なんです。
牧村:それぞれの体で、それぞれの命を生きている。そのかけがえのなさに気づくため、相手も自分もかけがえのない大切な存在なんだと気づくために、教育が成せることはたくさんあると思います。ありがとうございました。
牧村朝子さんは、ハートネットTV『ブレイクスルー2020→ もうひとつの“性”教育プロジェクト』のプロジェクトメンバーも務めています。
今回の取材を終えて、牧村さんに改めて思いを伺いました。
― 牧村さんが「もうひとつの“性”教育プロジェクト」を立ち上げたいと考えた、その思いを改めて教えてください。
中学の通学路には露出狂。高校の近くのコンビニにはJKもののエロ本。子どもだからと性的な目線にさらされながらも、「子どもには早い」と性に関する情報を隠される子ども時代を私は過ごしました。
そのように性を「いけないこと」扱いする空気は、そのまま性暴力被害者が「いけないことをされたんだ」と黙り込んでしまう息苦しさにつながります。私たちは皆、大人も子どもも、生まれた瞬間から、肉体を持って生きています。一つとして同じ肉体はありません。その違いを知ることは、自分の体も、相手の体も、同じように尊重し合うことにつながるのではないでしょうか。
テストの空欄に「卵巣」「精巣」って書くだけじゃ埋まらない溝を越えて、もっとわかりあうために。わいせつじゃない、たいせつなこと。エッチじゃない、いのちのこと。産むためだけじゃない、生きるための性教育プロジェクトをはじめたいと思いました。
― 今回、橋本先生に「世界の性教育」について取材をしてみて、どんなことを感じましたか?
「いのちある世界は、何もかもすべてつながっている」…ヒトの性行動を研究した学者、アルフレッド・キンゼイが論文に冠した一文です。しかしながら人間社会は、世界を切り分けて認知し、管理することで成り立っています。男と女。大人と子ども。人間と動物。マジョリティとマイノリティ。家族と他人。自国と外国…。
確かに、そうした区分けは便利です。子どもは子ども向け映画を楽しみますし、男女で恋をしたい人は男女に分かれて合コンをします。しかし、誰が子どもか、恋とは何か、どんな基準が人を男および女たらしめるのかということは、時代、文化圏、個人の価値観によって違うことなのです。日本でもちょうど、大人と子どもの境目を20歳から18歳に移そうという議論が続いているところ。分かれていることなのではなく、分けたことなのです。
世界を切り分ける言葉でつけられた傷。「子どもだから」「女のくせに」「男ならば」と、つけられた傷。そうした傷を癒すのもまた、言葉なのではないでしょうか。いのちある世界を、またつなぐ言葉を探して。「もうひとつの“性”教育プロジェクト」続きます。どうぞご期待ください。
前編は、こちらから 世界をヒントに考える これからの性教育① ヨーロッパ編
NHKハートネット(福祉情報総合サイト)の中にある「みんなの声」で「もうひとつの“性”教育 プロジェクト」へのアイデアや体験談、募集中しています。
橋本紀子さん
女子栄養大学名誉教授。ジェンダー平等をすすめる教育全国ネットワーク世話人代表。専門は教育学・教育史。
聞き手:牧村朝子さん
文筆家。レズビアンとしての思いをWEBや書籍で発信している。2012年に渡仏、フランスやアメリカで取材を重ねる。現在は日本を拠点とし、執筆・メディア出演・講演を続けている。