認知症の人が暮らしやすいまち、バリアフリーなまちづくりを紹介する「バリフリ・タウン」。今回は大阪のカフェと新潟の農業用ハウス。どちらも知恵と工夫とサポートがあればバリアフリーは実現できることを証明しています。2025年には高齢者の5人に1人が認知症になるといわれている日本。認知症とともに生きる各地の活動は、私たちがこれから暮らしていくうえで多くのヒントがあります。
大阪の阪南市にある「マスターズCafe」。運営するのは、認知症の人と家族、そしてボランティアです。毎週木曜日にオープンし、午後1時半の開店と同時に店内は満席になります。
マスターズCafeの様子
このカフェが誕生したのは2年前。男性の当事者が気軽に利用できる場所として作られました。提供するのはコーヒー、紅茶など飲み物だけ。値段はすべて100円です。
マスターズCafeでは「ウェイター」ではなく、全員「マスター」と呼ばれます。それは、店の顔として一人ひとりが誇りを持ちながらお客さんの前に立っているからです。マスターは50代から80代の男性たちで、メンバー全員で接客・配膳・片付けなどを行います。給料はありませんが、みなさん笑顔です。お客は多いときで1日90人も訪れ、忙しいほうがやりがいあるとマスターは感じています。
このカフェには、マスターたちが生き生きと活躍するためのアイデアがあります。その1つが、お店ではおしゃれな身だしなみをすること。マスターズCafeの代表の藤井房雄さんが、身だしなみのポイントを教えてくれました。
マスターズCafeの身だしなみポイント
「(エプロンは)全部注文したんです、メンバー全員でつけましょうと。清潔感ある白シャツと黒(ズボン)にしましょう、(マスターズCafeの)ステッカーをつけましょうと。これでサービスすればビシッと仕事ができる」(藤井さん)
家にいるときとは違うおしゃれな身だしなみをすることで、気持ちが切り替わる。これがマスターズCafeの1つ目のバリフリポイントです。
マスターたちが生き生きと活躍できる2つ目のバリフリポイントは、お店の場所です。マスターズCafeがあるのは阪南市立図書館の一角。図書館の市民協働スペースを無料で借りて運営しています。公共の場は多くの人が行き交うので、子どもたちとの触れあいや、いろいろな世代の人との新しい出会いが生まれる楽しみがあるのです。
3つ目のバリフリポイントは、お客の人数に対してマスターの数が多く、決められた役割分担がないこと。キッチンで働くマスター、ウェルカムメッセージを書くマスター、テラス席でお客と話し込んでしまうマスター、それぞれがやりたいことを自由にしています。しかし、接客がストップすることはありません。この日は9人のマスターがいて、人数が多いからこそみんなで支え合うことができます。
多くのマスターが活動するマスターズCafe
「認知症の方を特別扱いするんじゃなく、一緒だと。自発的に自分の立場でできることをみんなやっている。そしてそれが総合的にひとつのカフェになっているということです」(藤井さん)
マスターズCafeにはさまざまな可能性を秘めていると、認知症介護の研究に取り組む永田久美子さんは考えます。
認知症介護研究 永田久美子さん
「たとえば認知症と言われてしまうと『もうできない』とか『やってもらうのは無理』と思い込んでしまうけれど、決してそんなことはありません。一人ひとりがもともと持っているものをよみがえらせたり、場合によっては新しいことを学んでチャレンジしている人もきっといると思います」(永田さん)
藤井さんがマスターズCafeを作ろうとしたのは、妻の認知症がきっかけです。
マスターズCafe代表 藤井房雄さん
「私の家内が2015年くらいに、ちょっと記憶が薄れて、感情の高ぶりがあった。『あれ?おかしいな』と検査をしたら、やはり認知症だという判定があって、驚いて私自身がうろたえていました。認知症かどうか疑問を持ったときに相談できる場所ということで、カフェ作りに奔走したわけです」(藤井さん)
このカフェには生活上の困り事にも対応できるように、認知症地域支援推進員や市の介護保険課職員など、認知症の専門職が常駐しています。認知症の人やその家族が気軽に相談できる体制が作られているのです。
「行政や専門職のところに本人がわざわざ行くよりも、本人や家族が集まっている場所に専門職の人が来て相談できる。堅苦しい相談の場じゃなくて、一緒にお茶を飲んだり、自然体で本音の相談ができる。本人と家族にプロや行政が近づいていくことはとっても大事だと思います」(永田さん)
もうひとつのバリフリ・タウンは、新潟市西蒲区の緑豊かな広大な田園の中にある「marugo-to(まるごーと)」。大型の農業用ハウスで毎週月曜に開かれています。そこでは農作業だけではなく、活動はさまざまで、おやつを食べる人、パズルに没頭する人、卓球をする人、さらに話をしているだけの人もいます。
自由に活動するまるごーとの参加者たち
まるごーとのバリフリポイントは、「やりたいことならまるごとOK」なのです。代表を務める岩﨑典子さんが、まるごーとの魅力を語ってくれました。
「お互いがお互いの心地よさや、お互いを邪魔しない関係。それがいいのかなと思います」(岩﨑さん)
メンバーの阿部まやさんは、6年前に認知症と診断されました。会話は難しいこともありますが、大好きな曲が流れると自然と口ずさみます。週に5日はデイサービスに通い、自宅では夫の晋哉さんと過ごしています。
阿部まやさんと夫の晋哉さん
「家に2人でいるよりずっといいと思います。もともと社交的な人なんです。人が集まっているのが好き。だからしゃべらないにしても、ここの中にいるだけでも落ち着くのかもしれない。ここは楽しいみたいですね」(晋哉さん)
まるごーとが最近始めた、日常生活には欠かせないサービスがあります。それは、「出張美容室」。プロの美容師が月に1度、髪を切りに来てくれます。まやさんは顔なじみではない人がそばにいるのは少し苦手ですが、ここなら大丈夫です。
美容師に散髪してもらうまやさん
まるごーとが開かれている農業用ハウスは、農業を営む岩﨑さんの両親の持ち物です。
農業用ハウスを活用しているまるごーと
「(農業用ハウス)は私の両親の持ち物なんです。もともと農業をやっていましたが、年とともにちょっと難しいということで、使わせていただいています。新しいものを作るのではなくて、広い目で周りを見渡したときに、まだまだ活用できるものがあるんじゃないか。そのひとつの視点が、このビニールハウスだったという感じです」(岩﨑さん)
既存の資源を有効活用する発想が今後も必要だと永田さんは考えます。
「自分の町をもう一度見つめ直すと、きっとそれぞれの町ならではの場所があるはず。使われてないけどそこをいかせば、みんなにとって集まりやすい場所も生まれてくるかもしれない。それぞれの町でどう自分たちの町を大事に、町の宝を作り出すかみたいなことだと思いますね」(永田さん)
まるごーとのバリフリポイントはまだあります。
3年前に脳腫瘍を患った中村章さんが、10キロほど離れた自宅から1時間半かけて自転車でやって来ます。日付や人の名前を記憶することは苦手ですが、まるごーとに3年間通い続けてきました。中村さんのほかにも、精神障害のある人、ひきこもりの人など、参加するメンバーは認知症の人だけではありません。いろいろな人が集まることで、会話や活動に幅が生まれるのです。
「障害のある方も、生きづらさを抱えている人たちも、みんな一緒にいる社会がふつうにあって然るべきじゃないかな」(岩﨑さん)
自由な雰囲気もまるごーとの心地よさだと阿部まやさんの夫、晋哉さんは感じています。
「環境もそうだけど、開けっぴろげでいろんな人がいます。認知症の人だけじゃなくて、元気なお年寄りの方もいるし、ほかの障害の人もいる。『あれせぇ、これせぇ』もない。自分がやりたいことを見つけて自分でやる。そういうところで居心地はいいですね」(晋哉さん)
集まりの最後はいつも、中村さんが作った「まるごーと賛歌」を参加者全員で歌って締めくくります。
まるごーとの新しい取り組みについて、永田さんは今後も期待を寄せています。
「たくさん医療、介護、地域支援の場ができていますけど、場所やサービスがあって、そこに本人や家族が合わせる形が多い。あるものに合わせるんじゃなくて、本人と家族の力が保たれたり、伸びるように、本人や家族とともにどう作り出していくか。まるごーとは自然体でやっていますが、これまでのやり方を大きく変えていく、かなり大事なチャレンジをされていると思います」(永田さん)
大阪のカフェと新潟の農業用ハウスでの活動は、私たちがこれから暮らしていくうえで多くのヒントが詰まっていました。
バリフリ・タウン
(1)認知症の人が生き生きできる“場所” ←今回の記事
(2)認知症の人との外出
(3)認知症の人でも楽しく働ける! 京都のSitteプロジェクト
(4)認知症の人が地域を元気にする!
(5)認知症当事者の声から始まるバリアフリーなまちづくり
(6)認知症の仲間とつくる、仕事と働く場所
(7)チーム上京!地域の力でウインドサーフィンに挑戦
(8)認知症当事者と家族が幸せに暮らす取り組み
(9)認知症バリアフリーのまち大集合!2023 前編
(10)認知症バリアフリーのまち大集合!2023 後編
※この記事はハートネットTV 2021年6月15日(火)放送「ハートネットTV バリフリ・タウン(1)『生き生きできる“場所”』」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。