いま、高齢者施設で新型コロナのクラスターが次々に発生し、多くの命が失われています。とくに認知症のお年寄りはマスクをつける、人と距離を取るといった感染対策を理解するのが難しいため、よりリスクが高いと言われています。クラスターを食い止めることはできないのか?介護職員たちの挑戦が始まっています。コロナと闘う介護現場からの報告です。
去年から今年にかけて、高齢者施設でのクラスターは全国で1600件以上発生し、今も増え続けています。そんななか、早い時期から独自の対策を講じてきた施設があります。
仙台市を中心にグループホームなどおよそ50の介護施設を運営し、利用者1500人の暮らしを支える法人。現場で指揮を執るのは精神科医の山崎英樹さんです。
目指してきたのは、たとえ感染者は出ても決してクラスター化させない体制づくりです。
ここで毎日のように行われているのは、職員や利用者のためのPCR検査です。検査装置も独自に導入するなど、コロナへの備えを徹底しています。感染者が発生した場合を想定した訓練も行っています。実際に防護服を着て、一日介護を行います。利用者にも協力してもらいます。
高齢者施設の訓練の様子
山崎さんがこのように積極的な取り組みを行う理由は、行政が進めるコロナ対策には認知症に対する理解が欠けていると感じているからです。
「コロナの中で、厚労省の通知を一生懸命読みましたが、杓子定規にマスクで個室っていうのは、認知症という障害のことを分かっていないと思ったのです」(山崎さん)
山崎さんが認知症医療を志した原点は、医師になって間もなく。当時の老人病院で当たり前のように行われていた、ある行為を見たことでした。
夜、認知症のお年寄りが歩き回らないよう、ベッドに縛り付けていたのです。
身体拘束されている高齢者の写真。撮影 田邊順一
このように自由を奪うことが本当に必要か。山崎さんは強い疑問を持ちました。
「この人たちを縛ったり、閉じ込めたりしない医療って何だろうって。そこから始まっていました」(山崎さん)
コロナ禍で、どうすればこれまでの介護を続けることができるのか?山崎さんは職員たちとともに探り続けています。
山崎さんがコロナについて取り組み始めたのは、去年3月。きっかけは、全国を駆け巡ったニュースでした。
千葉県の障害者施設で、クラスターが発生。利用者や職員など100人以上が感染したのです。施設の中で、残されたわずかな職員が利用者を看病していると、伝えられていました。
山崎さんは動き出します。地域で認知症の人の暮らしを支える人たちに、情報交換を呼びかけました。参加したのは、認知症の本人や、自宅で認知症の人を介護する家族、そして施設で働く人など。全員が、行政が主導するコロナ対策だけでは暮らしを支えきれないと感じていました。
「宮城の認知症をともに考える会」の人びと
山崎さんは感染症の専門家を施設の顧問に迎え、認知症に対応した独自のコロナ対策にとりかかりました。
今年3月からは、およそ50の施設すべてで、感染者が見つかったときに備える訓練を始めました。
こうした入居施設では、感染者が1人いれば、利用者と職員のほぼ全員が濃厚接触者になります。クラスター化させないためのカギは、濃厚接触者を感染者と同様に分離することにあります。
少しでも感染の疑いのある人を確実に隔離することによって、クラスター化を防ぐのです。
利用者も職員もほぼ全員が濃厚接触者
利用者は自室で14日間
濃厚接触者の職員が介護を続ければ感染を広げるおそれがある
職員は自宅で14日間。濃厚接触者全員を確実に分離する
かわって介護にあたるのは、山崎さんの法人の別の施設の職員です。気密性の高いマスクに交換し、さまざまな防護具を身につけます。
別の施設の職員が防護具を身に着けている様子
感染を食い止めるもう1つのポイントは、濃厚接触者がいるレッドゾーンと、安全なグリーンゾーンの区別を徹底することです。自分の部屋から出てしまう利用者が居ても、職員が個別に付き添い、グリーンゾーンに出ないように注意を払います。
グリーンゾーンとレッドゾーンを仕分ける張り紙を貼る職員
国のクラスター班のメンバーで、山崎さんたちの取り組みにも助言をしている東北大学教授・小坂健さんは、この独自の取り組みをどう見ているのでしょうか。
「新型コロナの感染管理・対策は、主に病院のものをそのまま介護の現場に持ってきたということが多いんですね。そうすると、やっぱり介護の現場でなかなかうまくできないことがある中で、山崎先生たちは、実践的かつ最新の知見に基づいた素晴らしい対策を作り上げていると思っています」(小坂さん)
こうしたなかで、施設で感染者が出たときに被害を最小限に食い止めるため、山崎さんたちが提案したのが、法人の枠を超えた応援職員の派遣です。
ある介護施設で感染者が発生し、介護する人が足りなくなった場合、施設は県に応援職員の派遣を依頼します。県はほかの法人の介護施設と協議して職員を派遣、介護にあたれる人員を確保してもらうというもので、費用は県が負担します。
応援職員の派遣の仕組み
小坂さんは、この仕組みによって介護崩壊を防ぐことができると、有効性を説明します。
「介護施設は感染者が出ると、スタッフを含めてみんなが濃厚接触者になってしまい、介護をする人がいなくなってしまいます。別の介護施設や法人から介護者を派遣するシステムによって介護崩壊を防ぐことができると思っています。このような仕組みを作っているところはたくさんあると思いますが、本当に感染者の出たクラスターのある介護施設に入っていくことはなかなかできていないというのが実情です」(小坂さん)
しかし、まだ乗り越えるべき課題があります。県の要請を受け、各団体が介護施設に対して応援派遣への協力を呼びかけたところ、意義を理解してもらえなかったり、自分事として受け止めてもらえなかったりと、スムーズには進まなかったのです。
そんななか、山崎さんが心配していたことが現実になってきました。宮城県でも感染者が増え、施設でのクラスターが各地で起き始めたのです。
山崎さんの法人に、県から応援要請が伝えられました。1年前からコロナについて学び、訓練を重ねてきた職員たちですが、実際にクラスターが発生している現場に入るのは全く別の体験でした。死者が出ているところもありました。
応援職員の証言をもとに同僚が描いたイラスト
一度レッドゾーンに入ると、防護服やマスク、フェイスシールドなど一切外すことができません。熱がこもって、あっと言う間に汗だくになり、疲れ切ってしまいました。
感染リスクを減らすため、介護の内容は食事や排せつにかかわることなど必要最小限。職員たちは、十分な介護ができないことにもどかしさを感じていました。
職員たちがもっとも戸惑ったのは、感染対策の方針が施設によってまちまちで、多くの場合、自分たちが学んだことと大きく食い違っていたことでした。
「その施設では、休憩スペースがレッドゾーンの中にあったんです。『休憩入ります』とその職員さんが(ガウンなどを)全部脱いで、ノーマルの状態でカップラーメンとかを食べ始めるんです。自分が今まで備えとしてやってきたものは、ガウンはレッドゾーンの中では絶対脱ぎませんし、手袋などももちろん身につけて、それこそ素手ではものには触りません(応援に参加した介護職員)
宮城県のコロナ対策の参考指針
山崎さんは、感染症の専門家や各団体の代表と話し合い、応援先で行うべき共通の「参考指針」を作りました。そこには、レッドゾーンの中でマスクやガウンを交換してはいけないなど、感染対策の基本的ルールや、感染を避けるため中止すべき行為が明記されています。また、お年寄り一人ひとりを介護するためのポイントを紙に書き、情報を共有することを求めています。
応援先で何を行うかがはっきりしたことで、職員の派遣をためらっていた施設も安心して協力してくれるようになり、応援派遣はこれまで6つの施設に対して行われ、63人が参加しました。
応援職員たちにとって何よりもうれしいのは、感染リスクを怖れてあきらめていた介護を再開できること。お年寄りの暮らしが少しずつ豊かになっていくのを見ることです。
精神科医 山崎英樹さん
「『外になんで出られないの?』と言っていた人が、介護施設の敷地内だけど散歩したそうです。職員もご本人もすごい笑顔で、本当にこのために応援に入ったんだと思ったという報告でした。日常が、当たり前が戻ってくる。笑顔を一緒に共有できる。それがこの応援の成果だし、証明だと思うんです」(山崎さん)
開始当初は戸惑いが見られながらも、感染対策の指針を作るなどして軌道に乗ってきた応援派遣。こうした取り組みをうまく機能させるためには、どのような課題があるのでしょうか。
東北大学教授・国のクラスター対策班メンバー 小坂健さん
「応援派遣にいちばん最初に入るのは、医療従事者でも非常に怖いわけですよね。その中で、訓練を重ねて、施設側から了解も得られて、信頼感があったからこそ、最初の突破口を開けたと思います。課題としては、もともとの施設の人たちと、新しく入ってくる応援の人や保健所の人たちをうまくコーディネートするような機能が必要です。これまでの介護と違うこともやらなければいけない中で、どうしても衝突が起きる場合がある。そこを調整する人は必要だろうと思っています。また、クラスターが起きた介護施設では、何とか自分たちだけで対応しようして情報発信が遅れてしまう場合もあります。せっかくこういう仕組みを作っても、なかなか応援を求められないという施設もあるので、みんなでSOSを出しながら応援を求めていく。介護の現場を守るためには、あえてそうやって発信をしていくことがより重要です」(小坂さん)
クラスター発生を食い止める取り組みの一方で、山崎さんの施設では認知症ケアの根本に関わる問題に直面しました。
今年1月、山崎さんの施設で、ひとりの男性の感染が確認されました。男性には、指をなめる癖があり、職員たちが「個室にいて欲しい」と言っても、さまざまなものにつばをつけて歩きました。
「このままではウイルスをまき散らしてしまうおそれがある」
男性が部屋から出ないように、職員たちは指相撲をするなどあの手この手を試みました。そうしたなか、対策を話し合う会議で、山崎さんは自身の施設が掲げてきた原則「身体拘束をしない介護」への迷いを口にしたのです。
「想定していなかったことですが、(身体)拘束があり得るということなんですね。拘束せざるを得ないことがある。(他の利用者や)職員を感染から守るためにはやむを得ない処置だと」(山崎さん)
リモート会議で話す山崎さん
他の利用者や職員の安全を守るためには、介護の原則を変えるしかないのか?山崎さんは今も自問自答を続けています。
「自分がまさか拘束を決断をするとは、夢にも思いませんでした。自分で自分を否定することになるし、何とも言えない気持ちでしたね」(山崎さん)
結局、山崎さんの施設では男性の拘束はしませんでしたが、小坂さんは、この問題は社会全体で重くとらえるべきだと話します。
「山崎先生が身体拘束をせずに介護の力でやっていこうと頑張ってきた。それでも、スタッフを守るために身体拘束も考えなければいけなかったことは、非常に重い問いだと思っています。感染管理をすると『何をしてもいいんだ』みたいな形になってしまいますが、一方で身体拘束をなくしていくのは当たり前なんですね。今回の新型コロナの大流行やパンデミックが起きたときに、『本当に身体拘束なしでできるのか』ということを突き詰められる。本当にみんなに対しての問いだと思っています」(小坂さん)
新型コロナという脅威にどう立ち向かうのか。介護の現場の模索は続きます。
【特集】認知症
(1)クラスターを食い止めろ ←今回の記事
(2)39歳で診断された丹野智文さんからのメッセージ
※この記事はハートネットTV 2021年6月8日放送「特集 認知症は今 第1回 クラスターを食い止めろ ~ある介護現場の挑戦~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。