先日、都内の中学校で避妊を教えたことが都議会で指摘され、都教委は問題があったとの見解を発表しました。そもそも性教育って、どこまで何を教えたらいいの!?世界では性教育のスタンダードってどうなの!?文筆家で、レズビアンとしての思いをWEBなどで発信している牧村朝子さんが、『教科書にみる世界の性教育』という本をまとめた女子栄養大学名誉教授・橋本紀子さんに聞きました。今回はヨーロッパ編です。
橋本:まず、世界の国々に大きな影響を与えているのが、このユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス(※1)」というものですね。
※1 ユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」
2009年ユネスコが中心となって開発した性教育を行うためのガイダンス。そこでは関係性、価値・権利・文化、ジェンダーの理解など非常に広い範囲を教える“包括的性教育”を行うことが記されています。強制力を伴うものではありませんが、世界中の教育現場で活用されています。
牧村:性教育に反対する方が、「性教育は寝た子を起こす」とおっしゃるのを聞いたことがあります。「何も知らない子どもに性のことを教えたら、性的なことをしたがるようになってしまうじゃないか」というようなご意見ですが、性教育は本当に「寝た子を起こす」ものでしょうか。
橋本:起こしていないです。例えば、包括的性教育が初めて性交した年齢にどう影響したかについて世界各国の調査を調べたデータが載っています。性教育をした結果、初めての性交を遅らせたというのが37%、初めての性交を早めた国はゼロだという調査結果がでています。
牧村:橋本先生がまとめた本『世界の性教育』にも、黒板に性的な落書きを繰り返していた子が性教育でおとなしくなった、という事例が出てきますね。「わからないからやってみたい」という興味は、放っておくと問題行動になるけれど、性教育によって正しい知識に結びつけることができるのではないでしょうか。
橋本:「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」で特徴的なのは、発達段階(5~8歳、9~12歳、12~15歳、15~18歳)に即した学習目標を作ってやっているっていうことですね。具体的には、次のようなことが挙げられています。
●生殖の項目(9~12歳の場合)
・どのように妊娠するのか、避けるのかを説明する
・基本的な避妊方法について確認する
●避妊の項目(12~15歳の場合)
・意図しない妊娠を防ぐ効果的方法と、関連する効果について説明する
・避妊の様々な方法の有効率、効果、利点、副作用、副効用について、コンドームや緊急避妊ピルなどについて教える
牧村:中絶も避妊も教えるべきだってはっきり書いてありますね。確かに、こうした年齢で性暴力にさらされる子どもは、残念ながら現実問題としているわけですし、12~15歳なら初潮を迎えている子も多い。身を守る知識は必要です。ただこういった国際会議での「性のことを教えるべきだ」という意見は、要するに欧米の意見じゃないかっていうのが非欧米圏から出される批判ですよね。
橋本:でも、これに関していえば中国も韓国も台湾もみんな実施していますし、私が最近行ったタイでもやっていました。アジアでも多くの国が受け入れています。だから「アジアだから遅れている」なんて嘘、そんなことはないですよ。みんなどんどん進んでいる。日本だけ置いていかれている、本当に。
牧村:ここからは、世界の性教育について具体的にみていきたいと思います。
まずは性に関しても進んでいるというイメージのあるフランスですが…。
橋本:フランスには、そもそも保健や健康教育のような教科はなく、「サイエンス」という教科の生物領域のなかで「人間の性」を扱っています。中学の教科書では、基本的な生命誕生の仕組みを細かく教えたあとに避妊の説明になり、女性用コンドームやコンドームとピルを使用したときの失敗率などのデータなどまで、具体的に踏み込んで教えています。
牧村:女性用コンドームは教科書になかった気がします。わたしが日本で受けた教育だと。
橋本:フランスではそういうことを中学生がちゃんと習う。日本では中学生は性行動をしないものとする前提だから、全く教えない。だけどフランスではこういうピルはこういうふうにして使うという具体的な用法や、「もし使い忘れた時は」ということも教えています。
牧村:ピルの写真も出てきますね。月経困難症のためにピルを飲んでいる人がいることも、これできちんと理解されますね。
橋本:緊急避妊用ピルについても教えています。先日行ったタイでも教えていましたよ。
私、タイの薬局で「年齢制限あるんですか。高校生が来ても売ってくれるんですか」って聞いたら「年齢制限なしです」って。他の国でも緊急避妊用ピルはね、フィンランドだってみんな高校生は知っているし、買いに行きます。
牧村:性暴力の対象にされるのは、年齢関係ないことですからね。
橋本:これは高校2年(17歳)を対象とした理系の教科書です。
「女性と男性になること」という項目では、まずホルモンの働きや体の仕組み、ピルなどの避妊の話を中学校の復習でやります。そのあとで、胎児の性決定の際の性染色体の役割が説明され、XXの染色体をもちながら、通常の外見を備えた男性がいることを教えます。
さらに、性分化疾患(※2)の例とか、トランスジェンダーについても説明され、次のページにレインボー・パレードやトランスジェンダーの人たちによる人権擁護デモの写真が掲載されています。
※2 性分化疾患とは
性の分化では、遺伝的性により性腺の性が決定され、それに従って、外陰部の性や脳の性が分化します。そして社会的性は、通常、出生時の外性器の性によって決定されます。
性分化疾患は、このプロセスのどこかが非典型的である状態と定義されます。
(厚生労働省難治性疾患克服研究事業:性分化疾患の実態把握と病態解明ならびに標準的診断・治療指針の作成に関する研究班 HPより)
牧村:その流れでLGBTについても学ぶんですね。日本の教科書では「男子は男らしく、女子は女らしく発達します。それが正常の発達です」って書いてあるだけですよね。
橋本:生理学的機序の学習を抜きにしたLGBT教育は、ややもすると差別意識を伴った「誰にでも優しく」といったレベルの単なる「道徳」で終わってしまいがちですよね。
だけど、この教科書のように、最初に、人間が誕生するときには多様な形態が出現しうる可能性があるという科学的事実を教えることによって、生徒は「誰にでも起こり得た」ということを理解できるようになるのです。だからちゃんとサイエンスの授業になっているんですよ。
牧村:次はヨーロッパの中でも、橋本先生のご専門でいらっしゃるフィンランドです。
特に「人生をトータルで俯瞰しながら性を語る」ところが特徴的とのことですが…?
橋本:フィンランドでは、中学校の人間生物学の教科書で、「思春期の性のめざめ」について教えています。ここには「性は人間の本質的な部分であり、子孫を残し、生命を維持する能力だ。人間の性行動は脳とそのメッセージを伝えるホルモンによって管理される。恋や愛、性的快楽などの感覚は脳で生まれる。一方で、当然ながら性は思考や判断にも関係する」と書いてあります。愛と性の快楽なんて教えないですよね、日本では。これ、生物の教科書なんですよ?
牧村:日本の教科書では、性的快楽については一切書かれていないですよね。それから、多くの場合、クリトリスがないことになっている。
橋本:フィンランドの教科書では、「クリトリスは特に刺激に敏感な部位であり、男性の勃起組織と似ています」と書いています。そんなこと当たり前なのに、各国の教科書にはみんな書いてあると思うけど。
牧村:日本のポルノを支えるファンタジーって色々あるんですよね。クリトリスじゃなくて膣によって得られる性感が正しいとされているとか・・・。そうしたことでコンプレックスに苦しんだり、パートナーとの関係がぎこちなくなったり、自分の体に肯定感を持てなかったりする人がどれだけいらっしゃることか。
橋本:私が調査で訪れたフィンランドのある学校では、学校から5分ほどの所にある「ラーステン・ネウボラ」という子どものアドバイスセンターに、中学校の先生が生徒を連れて行き、最初の授業をするカリキュラムがあるんです。そこで妊娠検査と性感染症検査などの体験をしたり、ピルを6か月まで無料でもらったりすることもできる。
牧村:生徒の「受診に対する抵抗感」を少なくするっていうことですよね。
橋本:そうですね。そして、自分の健康を守るために避妊が絶対に必要だということをちゃんと教える。どんな結果になるかも全部教えた上で、選ぶのはあなたですって。だから「選ぶあなた」を強くしないと。情報を得るっていうことが権利なんです。性教育を受ける権利。
牧村:本当にそうだと思います。
橋本:これは鈴木誠さんたちが日本語に翻訳した『フィンランドの理科教科書 生物編』だけど、私がすごく好きなところはね、「11章ヒトの一生」のラスト。これ中学の理科の教科書なのに、こう書いてある、「幸福な人生とは」って、本当にもう哲学的なの。
牧村:本当にそうですね!
橋本:「かけがえのないあなた一回きりの人生だから、しっかり責任を持って大事に生きなさい」みたいなことを教育の中で言ってるの。これすごいですよ。繰り返しますけど、中学校の理科の教科書ですからね。性や性行動をどのように考え、選択するか、というようなことは、生き方の問題ですよって、教科書で非常にはっきりと教えている。「一生に一回しかないかけがえのないあなたの人生をちゃんと生きなさい」みたいな生の肯定感につながっている。だから、性教育だけの問題じゃないんですよね。
牧村:ヨーロッパ編だけでも、とても中身の濃いお話をありがとうございました。
後編では、アジアの性教育についてみていき、日本の性教育についても考えていきたいと思っています。
後編は、こちらから 世界をヒントに考える これからの性教育② アジア編
NHKハートネット(福祉情報総合サイト)の中にある「みんなの声」で「もうひとつの“性”教育 プロジェクト」へのアイデアや体験談、募集中しています。
橋本紀子さん
女子栄養大学名誉教授。ジェンダー平等をすすめる教育全国ネットワーク世話人代表。専門は教育学・教育史。
聞き手:牧村朝子さん
文筆家。レズビアンとしての思いをWEBや書籍で発信している。2012年に渡仏、フランスやアメリカで取材を重ねる。現在は日本を拠点とし、執筆・メディア出演・講演を続けている。
ハートネットTV『ブレイクスルー2020→ もうひとつの“性”教育プロジェクト』のプロジェクトメンバーでもある。