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老“ろう”介護 当事者の悩みと解決のヒント

記事公開日:2021年05月26日

「老ろう介護」という言葉があります。老いた人同士の介護を意味する「老老介護」ではなく、耳の聞こえないろう者が、老いた親などを介護することを指す言葉です。その現場で持ち上がっている大きな課題が「コミュニケーションの難しさ」。加齢が進むと口話や手話が困難になったり、医師と聞こえる家族だけで治療方針を決めてしまったり、聞こえない介護者は孤立を深めています。どうすればよりよい「老ろう介護」ができるのか、当事者たちの体験談からヒントを探ります。

当事者たちが抱えている悩み

聴覚障害のある人が高齢の親など家族の介護をする「老ろう介護」には、多くの問題があることが最近の調査で明らかになってきました。現在、そして、過去に老ろう介護の経験があるという3人のろう者も、それぞれの立場で課題を抱えてきました。

過去に父親の介護、現在は母親の介護をしている平川美穂子さんは社会福祉学の研究をしており、自身の経験を元に「老ろう介護」問題を論文に書いたことがあります。両親ともに聞こえますが、高齢になるにつれてコミュニケーションの難しさを感じてきました。

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平川美穂子さん

「私の場合、両親とも聞こえます。手話はできず、母とはずっと口話で会話をしていました。ですが、母の口の形が加齢にともなって非常に小さくなって、読み取りにくくなっています。母の気持ちをしっかり掴むことができているかどうか、不安があります」(平川さん)

平川さんが論文を書いた際に行ったアンケートによると、およそ100人のろう者・難聴者のうち50%以上の方が家族や介護する親たちとコミュニケーションがとれなくて悩んでいるという結果がでています。

「50%となっていますが、この調査には障害の重さが軽度の当事者も含まれているため、障害が重度のろう者、難聴者に限った場合は、より深刻な数値になると考えられます。また、老ろう介護にはいろいろなケースがあります。介護者・被介護者ともにろう者で手話を使ってコミュニケーションする場合もあれば、ろう者が聞こえる親を介護する場合もあります。手話を使わない聞こえる親と話しがうまく通じないせいで、介護を受ける両親も不安定になり、手をあげられたという回答もありました」(平川さん)

親との時間を大切に過ごし、納得のいく介護や看取りをしたい気持ちがある人にとって、意思疎通ができなくなるのはつらいことです。親子ともにろう者の高山久子さんも同じ思いをしてきました。

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高山久子さん

「両親も私も耳が聞こえないデフファミリーです。父は元気なときには手話で私と会話ができていたのですが、5年前に脳梗塞になった影響で認知症も発症し、手話がほとんどできなくなってしまって、施設に入っている間、父は不安だったらしいんですね」(高山さん)

とくに大変だったのは徘徊が始まってからだと高山さんは言います。

「何度も施設から呼ばれて、どうしたらコミュニケーションがとれるのか相談しました。その後、家に帰ってきたのですが、徘徊して寝るところも忘れてしまったりして、家族が面倒をみるのが大変でした」(高山さん)

岩田恵子さんは福祉関係の仕事をされています。現在、ろうの実母を見守り支援中で、過去には聞こえない実父、聞こえる義理の叔母と義母の介護など、約10年にわたって経験。それぞれにコミュニケーションの課題を感じてきました。

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岩田恵子さん

「私の両親はろうで、7年前に父は亡くなりました。コミュニケーションは、最初はうまくいっていたのですが、高山さんと同じような経験をしました。例えば『大丈夫』という手話や、『OK』という手話も身振りがとても小さくなりました」(岩田さん)

例えば「ありがとう」という手話も、動きが小さくなると「ダメ」というジェスチャーに見えることがあり、間違って読み取るケースが少なくないのです。

画像(間違って読み取ってしまう手話の例)

運動機能が落ちて手がうまく使えなくなると、手話だけでなく筆談さえも困難になります。そこで高山さんは、手話ができなくなってもコミュニケーションを円滑にするために工夫していることがあります。

「身振りや指さしを使いました。例えば、コップがあるとして、それを見せて指を差す。『何か飲みたい?』というときは、飲むという身振りをします。トイレについても、トイレに行きたいというとき、ドアを開けて、ここに行きますか?と実際に見てもらって分かるという感じでした。このような工夫をした結果、伝わり、本人もホッとして、表情が柔らかくなりました」(高山さん)

指さしやジェスチャーなど、簡単なルールを決めるだけでも、お互いのストレスが減り安心感が増したのです。平川さんの母親は、自身でも少しずつ手話を覚えたり、ジェスチャーを積極的に使うようになりました。

コミュニケーションにアプリを活用

89歳になる母親のセツさんを在宅で介護している平川さんは、最後まで気持ちを通じ合わせて看取りたいと願い、新たなコミュニケーション方法を模索中です。要介護3のセツさんには持病があり、2週に1度の訪問診療で体調チェックや薬の相談、今後の治療方針について医師と話し合っています。

聞こえるセツさんと医師のやり取りは声での会話なので、平川さんが参加するときに活用するのは音声を認識するアプリです。

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音声認識アプリ

2人の会話をリアルタイムで文字化してスマートフォンの画面に表示し、平川さんは文字を読み取りながら議論に参加できます。音声認識アプリを使うようになったのは新型コロナウイルスの流行がきっかけで、医師もその有効性を実感しています。

「以前はマスクを外せば口のしゃべり方で話を聞き取ることができたのですが、今はコロナの時代なので、あまりマスクを外すことができません。このツールはとても役に立っています」(医師)

音声の誤認識もありますが8割程度は会話を理解でき、医師との連携がスムーズになりました。平川さんが積極的に介護に参加できることが、母親のセツさんの安心にもつながっています。

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医師と会話する平川さんとセツさん

医療関係者とのコミュニケーションについて、平川さんは次のように話します。

「ケアマネージャーやヘルパー、医師のほとんどは聞こえる人たちです。一方で介護を受ける人たちは聞こえない人たちですから、医療関係者や福祉関係者はどのようにすればいいのか迷っているというのが現状だと思います。
アンケートのなかには、『医療関係者から耳が聞こえない家族がキーパーソンだと困る。聞こえる人にかわってほしいと言われた』という回答もありました。
また、医者からの連絡について、メールでは受けられない、ファックスでもダメ、電話だけだと言われて困ってしまったという回答もありました。医師、看護師、福祉介護職の人たちとの連携をとりながら、常に具体的なルールを決めていくことも大切だと思います」(平川さん)

医療・福祉関係者との連携をどうとるか

よりよい介護のためには、病院やデイサービスなど外の施設との連携も重要です。しかし岩田さんは、施設の利用で壁を感じた経験があります。

「私は叔母を介護したときに、施設から『聞こえる人で電話のできる人を緊急連絡先に入れてほしい』と言われました。
私はろう者なので『ファックスができる』と言ったのですが、『電話にしてください』と言われました。仕方なく県外の従兄弟の電話番号を書いて、ようやく認めてもらったことがあります。
去年、母が亡くなりましたが、その施設からはメールをもらってすぐに行くことができました。
時代の変化もあると思いますが、聴者からも、ろう者の家族に電話リレーサービスを使って電話できるようにしてほしいと思っています」(岩田さん)

一方、高山さんは工夫することによって、施設とのコミュニケーションを円滑に進めることができました。

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高山久子さん

「私の父は1週間に3回のデイサービスと、月に1回程度のショートステイを利用していました。最初の頃は、施設はろう者について理解がなかったので、行く前に『父が孤立しないように配慮してください』と細かく書きました。
例えばお昼ご飯のときは、皆さんと一緒のテーブルの席につかせてほしいということや、ゆっくりしているときも、テレビは一緒に見られるようにしてほしいということ。デイサービスではカラオケをしたりするのですが、そのとき、父は聞こえないので、踊りや運動ができるように、音楽のかわりに何か動けるようにと伝えて、父が楽しめるようにしてもらいました。
ショートステイの場合は、個人個人の1人部屋なので、父だけは特別にドアを開けておいて、何かあったらすぐにスタッフが助けにいけるようにしてほしいということも伝えました。
手話での説明ができないときは、指さしや身振りを多用してほしいと強く要望して、それを書いて皆さんに渡しました。その結果、施設のスタッフが身振りなどを勉強してくださり、父はすごく喜んで楽しく通っていました。皆さんも遠慮なく、積極的にそういった手紙などを書いたほうがいいと思います」(高山さん)

平川さんも同様に紙に書くことでうまくいっていると話します。

「医師や看護師と相談したいことがある場合には、事前に内容を紙に書いておいて、受診のときにそれを渡して見てもらうことでうまくいっています。
例えば、母が入院している期間は動けずに筋力が落ちることが心配なので、それらを書いてどうすればいいか、先生に相談していました。母と相談して、聞きたいことが何か、何が不安かを整理して、ひとつひとつ、紙に書いておくんですね。私の声だと、聞いて理解してくれることもありましたが、詳しい内容、細かい内容になってくると難しいこともあります。ですから、薬のことや体の状態を表す言葉などを書くことで、確実に伝わりますし、相手も私の言いたいことを正確に理解して回答をくださる。
筆談は改めて読んで確認できるというメリットもありました」(平川さん)

手話通訳のメリット

コミュニケーションを円滑にできる手段として有効なのが手話通訳です。しかし、高山さんは利用するうえでプライバシーが気になっています。

「家の外であればいつもは手話通訳者を呼んでもよいのですが、家の中のことになると、ちょっと難しいですね。手話通訳の人もいろいろな人が来るので、私のプライベートをいろいろと見られてしまうという面があります。できれば同じ人に来てほしいと思いますが、派遣している市が認めてくれません。必要だということは分かっているので、どうしてもというときに来てもらっています」(高山さん)

岩田さんも手話通訳者に知られたくないことがありますが、それ以上にメリットは大きいと考えています。

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岩田恵子さん

「私も聞こえる母や叔母とのコミュニケーションが非常に難しく、手話通訳の必要性を感じていました。
ただ当初、2人は手話通訳を呼ぶことを嫌がったため、しばらくは筆談をしていました。それでも医師やケアマネージャーと話をするときには、手話通訳が必要だということを伝えて、手話通訳を交えて話したところ、『手話通訳と一緒のほうがコミュニケーションがとれるのね』と分かってくれて、その後は手話通訳を呼ぶようになりました。
手話通訳には守秘義務がありますので、割り切ってお願いをしていました。ただ、いろんな方が来てしまうと困るので4人ぐらいに限定してもらい、ローテーションを組んでもらいました。
(聞こえる)義母の気持ちと、私の気持ち、お互いに言いたいことを言い合えたのは、手話通訳者がいたから腹を割って話せたんだと思います。時々けんかもしましたが、それも懐かしい思い出です。
手話通訳者の手配については、地元の手話通訳をファックスやメールでお願いすることができますし、私の住んでいる地域では時間外のときには消防や警察などに依頼をして、時間外に手話通訳を頼んで来てもらうということもできます」(岩田さん)

手話通訳の利用とあわせて、平川さんは広く聴覚障害について学んでもらいたいと話します。

「医療関係者や介護関係者の方に手話や聴覚障害について学んでいただくことも必要だと思います。
聞こえない人が病人になったり介護者になったり介助者になったりする可能性は大いにあります。全国の学校で手話や聴覚障害者についての学び・勉強をやるということをぜひ、お願いしたいと思っています」(平川さん)

当事者から伝えたいこと

最後に、3人から当事者の立場として伝えたいことがあります。

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左から平川美穂子さん、岩田恵子さん、高山久子さん

「親、または家族の介護にずっと向き合って、誰に相談したらいいか分からないと、孤立してしまうろう者もたくさんいると思います。同じろう者同士で情報を共有することができる場所、話し合いの場、『自分はこうだった』『あなたの場合はどうだった?』とお互いの不安な気持ちを聞いてもらう場が必要だと思いました」(平川さん)

「苦しいときには誰か助けてくれる人が近くに必ずいると思います。ケアマネージャーさんや友だち、医療関係者の中にもたくさんいるはずです。
コミュニケーションがとれないときには手話通訳を使ってもいいし、音声認識アプリを使ってもいい。
さまざまな人たちが一生懸命介護を頑張っていますが、頑張らない介護、というのも必要だと思います。頑張りすぎると共倒れになってしまいますので、頑張らない、助けがほしいときにはすぐに頼むことも大切なことです。
介護は1人でできるものではなく、みんなで助け合うからできるもの。今の介護は、将来の私が受ける介護だと前向きに考えてほしいなと思います。みんなで一緒に楽しく人生を送りましょう」(岩田さん)

「母は86歳ですけれども自立できています。趣味もたくさんあって、1週間に2回スイミングに通ったり、手話サークルに通ったりしています。(今後)母ができないこともでてくると思いますが、それを維持しながらいろいろとやりたいことをしていきます。
ろう者の介護、『老ろう介護』については私もいろいろ考えてまして、介護関係のことを話し合う場を作ってほしいですね。また、将来は手話のできるケアマネージャーさんが増えてほしいなと思います」(高山さん)

※この記事はろうを生きる 難聴を生きる 2021年5月8日(土)放送「老“ろう”介護を考える」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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