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私たちは「逃げろ」の声が聞こえない(1)~災害時にスマートフォン・SNSで命を守る~

記事公開日:2021年03月31日

今から10年前に発生した東日本大震災。聴覚障害者の死亡率は、住民全体の死亡率の1.7倍にものぼりました。聞こえないことが命を守るために不利に働いてしまう現実が数字に表れています。そんな中、近年、聴覚障害者が命や生活を守る方法として期待されているのが、スマートフォンやタブレットなどのITC機器を使用した防災・減災の方法です。どんな方法があるのか、過去の事例などを元に紹介します。

どこに行くと何が得られる? ~SNSでローカル情報を入手する~

実際に聴覚障害者が被災した場合にまず課題になるのが、情報の入手です。当事者にとって情報の入手は災害時に限らない課題ですが、特に被災したときは命を守るために適切な避難行動をしたり、物資の情報を得て生活を守るために欠かせない要素になります。

当事者が活用できるのは主に、ファックスやテレビ、携帯メール、市役所などから自動で配信される防災メール、スマホやタブレットに加えて、直接人づてに聞くという手段などです。

画像(情報を入手・発信する手段のイラスト)

情報入手は、このように複数の手段を確保できるようにも見えますが、実際に活用するのは難しかったと振り返る人がいます。東日本大震災を仙台市で被災した、宮城教育大学の松﨑丈准教授です。生まれつき耳が聞こえないろう者で、東日本大震災以降、当事者の災害対策について研究をしてきました。

画像(宮城教育大学 准教授 松﨑丈さん)

「10年前に震災が起きたときに、実際に使えた方法は非常にわずかでした。停電のため、FAXやテレビは使えません。また、メールもたくさんの人が使って回線が混雑し、送受信に2時間ほどかかりました。行政からの防災メールがありますが、一部は不具合のため配信できなかったという状況でした」(松崎さん)

多くの手段が使えなくなるという想定外の事態が発生し、当時松﨑さんが頼ることができたのは、持っていたスマートフォンでツイッターを利用する方法でした。実際に活用してみると、情報入手に有効な点も実感したといいます。

松﨑さんが使ったのは、ツイッターの検索機能でした。大きな揺れが収まった後、松﨑さんは自分が住む町の地名や、スーパーマーケットの名前を検索しました。すると、徒歩15分の距離にあるスーパーマーケットが営業しているとの投稿を発見し、食料を確保することができたそうです。

「SNSは、ローカルな情報に強い傾向があります。テレビは性質上、地方や県といった広域レベルでの情報を集約・発信することが多いですが、ツイッターでは地震情報、被災状況、生活物資のよりローカルな情報を得ることができました」(松崎さん)

松﨑さんがもう1つ工夫した点があります。それはツイッターのリスト機能の活用です。
リスト機能とは、複数のアカウントをリストにしてまとめて登録することで、そのリストに登録されたアカウントだけのツイートを表示することができる機能です。災害情報を発信するアカウントだけをリストに登録し、膨大な情報が溢れるタイムラインと区別することで、より効率的に災害の情報を得ることができます。

また、災害時にはSNS上でデマや、信頼できない情報が出回ることがあります。そういった情報に惑わされないためにも、リストには公官庁や新聞、テレビメディアのアカウントなど、より信頼度が高いと思われるアカウントをまとめたといいます。

一方で、災害発生時に当事者自身がSNSを使って情報発信を担った事例もありました。
2016年4月に発生した、熊本地震での事例です。熊本県難聴者中途失聴者協会では、震災以前からフェイスブックのグループ機能を使い、会員にイベント情報などを周知していました。4月に熊本地震が発生した直後からは、支援物資、福祉避難所の開設状況、補聴器の電池の在庫の情報に加えて、手話通訳ができるボランティアがいる場所などについても発信し続けました。

「グループで発信していたのは、熊本県聴覚障害者情報提供センターが配信しているインフォメールの内容でした。このインフォメールは登録している人のみに配信されるものだったため、より広く発信するためにグループ機能を活用しました。また、グループは公開設定にしていましたので、会員以外の方への周知もできましたし、外部の方からの情報提供もありました」(熊本県難聴者中途失聴者協会 理事長 宮本せつ子さん)

声ではなく手話で ~ビデオ通話でSOSの発信~

聴覚に障害がある人には、もう1つの課題があります。それはSOSの発信、救助の要請です。聞こえる人の場合であれば電話で119の通報が可能ですが、支援がない場合には電話ができない当事者も多くいます。

実際に通報が必要となる状況に直面したろう者を取材することができました。2019年10月、台風19号で床上浸水に見舞われた、佐藤邦子さんです。福島県郡山市でろう者の夫と二人で暮らしています。

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福島県 郡山市 佐藤邦子さん

「夜中の3時半ごろ、トイレに行こうと起き上がったんです。そしたらベッドが船のようだった。前の震災の時の津波を思い出してしまったんです」(佐藤邦子さん)

川の水が家の中に押し寄せて、水位は邦子さんの腰の高さにまでなったといいます。夫婦は家の二階に避難。頼りのFAXは停電で使えず、どう救助を求めれば良いのか、途方に暮れていました。

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佐藤さんが自宅二階から撮影した写真。車は沈み、人の腰の高さ以上の水位に。

そんな中、2人が思い立ったのは、LINEを使用したビデオ通話でした。
当時郡山市では、LINEのビデオ通話を利用した、「遠隔手話サービス」をスタートしていました。通院などの外出先で手話通訳を遠隔で受けることができたり、電話の代理をお願い出来るサービスです。

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福島県郡山市のYouTube動画より 遠隔手話サービスの説明動画

佐藤さん夫婦は、LINEと市の遠隔手話サービスによって消防に通報。日常生活を支えるための制度が思わぬ形で災害時に生かされたのです。

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佐藤夫妻が遠隔手話サービスを利用した当時の関係図

「ふだんならメールのやり取りで伝わると思います。ただ緊急時になりますと、なかなかメールでは自分の気持ちを伝えることができません。手話でしたら思いを全て表すことができるので本当に安心できました」(佐藤さん)

実際に市役所で遠隔手話に対応した手話通訳者の渡邉ひろみさんにもお話を伺いました。当時の遠隔手話サービスをこう振り返ります。

「遠隔手話サービスは、台風19号の直前、同じ年の5月にスタートした制度でした。実はスタート当初は遠隔手話サービスが災害時に活用できるとは想像していなかったのです。今回の経験があり、このサービスが災害時に有効であることを認識しました。現在は災害時に24時間遠隔手話サービスが利用できるよう、準備を進めているところです。」(渡邉さん)

LINEやスカイプのビデオ通話には、今回のように通報に役立った事例以外にも、期待されている点があります。例えば、過去には避難所生活で手話通訳を受けられず、孤立を深めたり、配給の情報や生活のルールを知ることができない当事者もいました。現地の手話通訳者も被災して派遣ができなかったためです。しかしビデオ通話を活用できれば、通訳者がその場に駆けつけられなくても情報保障ができる可能性があります。SOSの発信だけでなく、情報保障・情報入手にも活用できるのです。

昨今の新型コロナウイルスの対策のため、ソーシャルディスタンスを保ったままの通訳方法としても注目されている遠隔手話サービス。自治体によっては未整備の地域もありますが、令和2年にサービス整備のための予算も組まれ、全国に広まっていく見通しです。遠隔手話サービスの利用は、多くは事前登録が必要となっています。遠隔手話サービスの有無や利用方法につきましては、お住まいの自治体にお問い合わせ下さい。

ICT機器の活用 大切な考え方は?

最後に災害時に聴覚障害者がICT機器を利用する際の考え方を松﨑さんに伺いました。

「私の事例ではSNSの活用の効果を実感することができました。しかし過度に依存することもリスクがあります。何よりICT機器の利用は、使いこなせる技術があること、充電や電気を確保できることが前提となっています。使えなくなったことを想定して、複数の選択肢や手段を用意することも忘れてはいけません。このことを踏まえてICTをどのように有効活用していけるのか考えていくのが良いと思います」(松崎さん)

この10年で目覚ましい発展を見せた、スマートフォンやアプリの機能。視覚情報が多く、聴覚障害者の災害時の活用も注目され、国連での提言もなされるほど。しかし使いこなすことが難しい人がいたり、情報の取捨選択が必要であることも事実です。デメリットも認識した上での活用が大切です。

前編では、災害時に聴覚障害者が命を守るために、ICTツールをどのように使うのか、過去の事例を交えて紹介しました。後編では災害の起こる前にできる備えについて考えます。

※この記事はろうを生きる難聴を生きる 2021年3月6日放送「東日本大震災10年 命を守るための提言」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

私たちは「逃げろ」の声が聞こえない
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(2)~日ごろの備えでニーズを把握する~

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