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【特集】施設で育った若者たちは今(2) withコロナ時代のアフターケア

記事公開日:2021年02月03日

新型コロナの感染拡大が長期化するなか、児童養護施設などで育った若者たちが苦境に立たされています。番組で実施したアンケートによると、経済面だけでなく精神面にも打撃を与えていることが分かりました。頼れる人がいなくても18歳で“自立”を迫られる今の制度の問題など、さまざまな課題がコロナ禍で顕在化しています。施設で育った若者たちの現状を伝え、どのように支えればよいか専門家とともに考えていきます。

コロナで露呈した若者たちの窮状

今、虐待や貧困、親の病気などの理由で、家庭で暮らせない子どもたちは全国でおよそ4万5千人います。そうした子どもたちは、まずは児童相談所が保護し、児童養護施設や里親などのもとで育てられます。

画像(親と暮らせない子どもたちを保護する仕組み)

しかし国の法律によって、子どもたちが施設などで暮らすことができるのは原則18歳まで。進学や就職をして自立を求められますが、施設を出たあとの支援「アフターケア」が大きな課題となっています。

心に傷を抱えた子どもたちの心理が専門の山梨県立大学教授 西澤哲さんは、新型コロナが施設出身の若者たちへ経済的に大きな影響を及ぼしていると語ります。

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山梨県立大学教授 西澤哲さん

「(施設出身者は)コロナ以前から親とか親族といった後ろ盾や、支援のネットワークを持たない。経済的にも非正規雇用が多く、薄氷を踏む思いでやってきたわけです。それがコロナによって薄氷すら打ち砕かれてしまったのが実態です」(西澤さん)

自身も児童養護施設で育った経験があり、現在は自助グループの代表としてボランティアで支援活動を行っている山本昌子さんも、若者たちが追い詰められていると実感しています。

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ACHAプロジェクト代表 山本昌子さん

「私は250名くらいの子と関わりがありますが、地方の子が『明日食べる物がない』とか、『もやしをずっと食べている』とか、『早く支援物資が欲しい』という声を届けてくる。そして、独りぼっちで家にいるつらい気持ちとか、不安を誰に打ち明ければいいか分からず、心の孤独感がすごく強いと思います」(山本さん)

若者に行き渡らない支援制度

支援につながらず深刻な状況に陥っている若者たち。一般的に、生活に困窮した人のために公的な支援制度が用意されています。「緊急小口資金」はコロナの影響で収入が減少した人を対象にした20万円以内の貸し付け、「休業支援金・給付金」は、中小企業に勤める人に支給される給付金です。

画像(生活困窮の際に利用できる公的制度)

ただし、こうした制度には条件があります。「休業支援金・給付金」は未成年の場合、原則として親の同意書が必要です。しかし、施設出身者のなかには保護者がいない場合や、親との関係が良好でないケースが少なくありません。また、「生活保護」は学生を対象外としています。こうした制度のあり方について、西澤さんは実情に合っていないと指摘します。

「縦割り行政的といいますか、休業支援金・給付金や生活保護などは、施設とか里親家庭で育った人たちが利用することを想定していない。だから、とんでもない条件がついてしまう。そうなると、施設で育った子どもたちは排除されてしまう」(西澤さん)

子どもに支援が行き渡っていないという声は、山本さんにも届いています。

「私が支援している子のなかには、親御さんが勝手に申請して、お金を親御さんが受け取ってしまった。あと、通帳とか口座の管理を親がして、学校の奨学金などを勝手に引き出してしまって、支障をきたしている子がいる。国からの10万円の給付もありがたいですが、『きちんと申請できてる?』と声をかけたところ、5~6人の子は『いや、親が…』と話をしていたのが現状です」(山本さん)

施設で育った多くの若者たちが公的な制度を利用できずにいるなか、支援に乗り出した民間団体があります。千葉県にある支援団体「Masterpiece」では、施設や里親のもとで育った若者たちに向けて、食料支援や住居の提供などを行っています。

代表のまりっぺさんは支援を拡大していくなかで、若者たちの多くが心理的な負担から公的な支援制度を使うことができずにいることが分かってきました。

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支援物資を用意する「Masterpiece」代表のまりっぺさん

「行政に相談に行ったら、すごく複雑なケースとして扱われたり、言いたくない親のことを聞かれる。それもトラウマになるんですよね、話すことによって。こんなしんどい思いするなら自分でやり過ごすみたいな感じで、支援に行き着かない子が若ければ若いほど多い」(まりっぺさん)

支援活動から見えてきた、制度を使う前に立ちはだかる心理的な壁。山本さんは、窓口の対応に配慮を求めます。

「自分が虐待された事実を誰かに伝えることは、すごく心のエネルギーを使うことだと知ってもらいたい。また、担当の方がかわると、同じ話をしなければならない。そんなにつらい思いを何度もしたくないので、諦めてしまう子が多い。(窓口で)やさしく『大変だったんだね』という一言があるだけでも変わってくると思います」(山本さん)

西澤さんは、窓口の職員が児童養護施設や里親家庭の仕組みを理解していない場合が多いと指摘。そのうえで、若者たちの心理的な負担を和らげるために、信頼できる大人が窓口に同行することを提案します。

「話すこと自体がトラウマになる。それはセカンダリートラウマ、二次受傷といいます。制度が子どもたちに再度トラウマ体験をさせているわけです。これは考えなければならない。アフターケア事業所という、施設出身の子たちの相談に乗る機関がありますが、全国で極めて少ない。出身した施設のケアワーカー、あるいはソーシャルワーカーが一緒について行って、説明を窓口の職員にする努力は必要だと思います」(西澤さん)

コロナで孤立する若者たち

コロナの影響は経済面だけでなく、若者たちの心にも大きな打撃を与えています。番組で施設や里親のもとで育った経験のある方々に「コロナの影響で精神面に不調を感じたか」と聞いたところ、52%が「強く感じた」、26%が「やや感じた」と回答。約8割の若者が精神面に不調を感じていました。

画像(「コロナの影響で精神面に不調を感じたか」の質問に対する回答)

山本さんは若者たちが心の拠り所を失い、孤独感を深めることで心配なことがあります。

「私の支援している子たちは90%くらいが一人暮らしです。外出自粛で外に出ないと、1週間誰とも話をしなかったり、孤立して孤独感が深まる。孤独感が深まったときに、児童養護施設で自分が育って家族がいないことを実感する。孤立して誰とも関わらないことで、悪い方向に考えてしまう。最悪のときは『死んでしまおうかな』と。そのときに、死にたい気持ちを受け止めてくれる人がいない状況は避けたい」(山本さん)

西澤さんも、コロナによる経済的な面と同時に、精神面へ与える影響も深刻だと考えます。

「家庭で虐待を受けた子どもたちはトラウマを抱えている可能性が高いわけです。そこにコロナの不安やストレスが重なって、自分が無力であるとか、孤独であるという気持ちがさらに強まる。彼らは自分から助けを求めることがなかなかできない。感染対策をしっかりとする前提で、施設のほうから『帰っておいで』とか、『いつでも相談に乗るよ』と声をかける試みが必要だと思います」(西澤さん)

そして、施設で育った若者たちの孤立を防ぐための制度が十分に活用されていない現状を明らかにします。

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山梨県立大学教授 西澤哲さん

「施設や里親で養育されるのは18歳までが原則ですが、実は児童福祉法には『措置延長』制度があり、20歳まで施設での養育を可能にしている。それでも自立が難しい子のためには自立支援事業があって、22歳まで施設で生活できる制度があるわけです。国はそれを推進しようとしていますが、都道府県等が二の足を踏んでいるのが現状だと思います」(西澤さん)

必要なのは社会全体で支援する仕組み

社会は、児童養護施設などで育った若者たちをどう支えていけばいいのでしょうか。アメリカで行われている「パーマネンシーパクト」という取り組みがヒントになるかも知れません。若者たちの孤立を防ぐため、児童相談所のケースワーカーを仲介役として、若者本人が信頼できる大人を選び、社会に出たあともその大人から必要な支援を受けられるというものです。

たとえば引っ越しの手伝いやスマートフォンの契約、食事を一緒に食べるなど、市民の一人ひとりが可能な範囲で支援します。

画像(「パーマネンシーパクト」のサポートリスト 翻訳・日本語作成 IFCA)

山本さんは自身の経験から、施設を出たあとも大人と関係を結べるこの取り組みに心強さを感じるといいます。

「私自身も卒園したあとは施設の先生は忙しいだろうなという部分と、誰に相談すればいいのか思い浮かばないという部分ですごく孤独を感じた。自分は独りぼっちだという思いがあったので、『ここに相談してみよう』という人がいるだけですごく心強いと思います」(山本さん)

アメリカでこのような取り組みが行われている背景と、日本との違いを西澤さんが説明します。

「(アメリカでは)施設や里親家庭で育っている子どもたちを、市民社会が応援しようという姿勢があります。残念ながら日本では、保護された子どもたちは施設に任せればいいだろうと、市民が自分たちにできることを考えない」(西澤さん)

そこで日本では、自助グループと市民が連携する仕組みが受け入れやすいと考えます。

「まず自助グループを公的資金などでサポートして、さらに応援する市民団体が自助グループにつながっていく。そのうえで『インケア』と呼んでいますが、施設で育っている子どもたちに支援の手を伸ばしていく。そういうのが日本では馴染むと思います」(西澤さん)

信頼できる大人からサポートを受けることが「アフターケア」の根幹。市民の一人ひとりが、施設で育った若者たちへ目を向けることが大切です。ハートネットTVでは支援のあり方について、今後も引き続き考えていきます。

【特集】施設で育った若者たちは今
(1)寄る辺なき孤独とコロナ
(2)withコロナ時代のアフターケア ←今回の記事

※この記事はハートネットTV 2021年1月13日(水曜)放送「【特集】施設で育った若者たちは今(2)「withコロナ時代のアフターケア」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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