ハートネットメニューへ移動 メインコンテンツへ移動

【特集】京都ALS患者嘱託殺人事件(2) 実行された嘱託殺人

記事公開日:2020年11月30日

2019年11月に京都で起きたALS患者の嘱託殺人事件。この事件で亡くなった林優里さんは生前、ツイッターやブログなどに多くの言葉を残していました。ALSのこと、趣味のこと、同じ難病患者への励まし。周囲との温かなやりとりも読み取れる一方で、赤裸々につづられるALSの厳しい現実。林さんはどのようにして安楽死へと向かっていったのでしょうか。

悪化する症状 趣味を通じた交流

徐々に身体が動かなくなっていく難病・ALSを患っていた林優里さん。事件で亡くなるおよそ1年前、林さんがSNSに投稿する内容にはALSの症状の進行を訴える投稿が目立つようになります。

画像(林優里さん)

嚥下が悪くなってから車椅子でも普通に顔を上げていられなくなった。
唾液が喉に流れ込んでむせるからだ。
うつむいていないと苦しい。
だからめっきり外出しなくなった。
ベッドに寝ていたくない。
起きて外に出たい。

でも外に出て他人を見ると自分はあんな普通のことさえできない身体なんだな、、、と身にしみて感じる。
そして改めて どんな楽しいことを計画しても、こんな身体で生きるこの世に未練はないな、、、と思ってしまうのだ。

目のヒリヒリ感に眼科の往診に来てもらった。
すぐに原因は判明。
きちんとまばたきが出来てないせいの乾燥。
瞼の力が弱くなって完全に目を閉じられてない。
確かに力を入れないと出来ない。
反対に眠たい時はなかなか開けられない。
目が開けられなくなる、って恐怖ったら半端ない。。

2018年12月、後に嘱託殺人の罪で起訴される大久保医師が、ツイッター上で林さんと言葉を交わすようになります。

たしかに作業はシンプルです。
訴追されないならお手伝いしたいのですが。
(大久保医師の言葉)

「お手伝いしたいのですが」という言葉が嬉しくて泣けてきました。
おかしいですよね?
自分でも変だと思います。

しかし、医師とのやりとりの後、すぐに死を決めたわけではありませんでした。2019年2月14日に投稿した言葉には、ヘルパーへの感謝の思いがつづられています。

しまった!バレンタインだったのか!
昨日友達にチョコ頼めばよかった、、
昨日の昼間から夜勤に続き、今日も入ってくれてる1番仲良しのヘルパーくん。
まだ20代、もう4年目になるかなー?
彼と気があったおかげで男性ヘルパーを受け入れるようになったありがたい存在。あーチョコあげたかったなー

林さんは、趣味だったテニス観戦に関する投稿も、数多く残していました。

画像(暗い部屋でテニス画面の画像)

私はテニスにハマっていて応援するのが今一番の楽しみです。
結構現実逃避できます。
仲間とあーだこーだ言うのも楽しいでー。

アスリートのストイックな生活とメンタルのきつさは想像もつかないけど、全てを賭けて戦う姿には心打たれる。
あんな風に生きたらどんなものが見えるんだろう?

2019年3月、林さんにテニスの話題を共有できる仲間が見つかります。

画像(林さんのツイッター画面)

テニスという趣味で林さんと意気投合した女性がインタビューに応じました。

「前からテニスが好きな方もいらしたのでその方と話をしていたんですけど。そこに彼女が突然入ってきたっていう感じですかね。どういう人なんだろうって普通調べますよね。彼女のアカウントを見たら安楽死をしたいっていうのが自己紹介のところにあったので、ああ、そうかと思って」(テニスを通じてつながった女性)

画像(林さんとテニスを通じたつながった女性)

女性は次第に、趣味の話題だけでなく林さんの内面にも触れるようになりました。

「いつも人の気持ちって振り子のように揺れていると思うんです。その中で彼女はいつもそこの部分で揺れていたんだろうと思いますし、揺れていたのであれば死ぬほうに振り切っちゃうんじゃなくて、生きるほうに戻してあげたかったことは確かなんですけど」(テニスを通じてつながった女性)

止められなかった嘱託殺人事件

ツイッター開始から1年、林さんの投稿は症状の悪化と“安楽死”を訴える内容が増えてゆきました。

症状が一気に悪化
唾液は異常に増え息苦しい。

左向いてもテレビが見えるようにと置いた鏡。
避けてきた自分の姿を見るはめに。
普通にしてるのに眉間にしわの辛そうな顔。
操り人形のように介助者に動かされる手足。
惨めだ。こんな姿で生きたくないよ。
今更自分の姿を見てこんなこと言ってるのは私ぐらいだろうな。どうしようもなく弱いな。

主治医に対してもこの頃“安楽死”を訴えていたことがうかがえます。

7年間一貫して言い続けてきた「早く終わりにしたい」という思いは
先生は十分に理解してその対応の心構えがあることに安心した。
まだ話さなければならないことはたくさんある。

やっと何も思わなくなったけど、ずっと周りの人が来た人にお礼を言うのが不快で仕方なかった。
私が言うなら分かる なぜあなた達が?
友人同士でも訪問してくれて ごめんなありがとうって 何?
私はやっかいな仕事かなんか?
こんなショーモナイこと気にしてるから死にたくなるんやろなー。

テニスを通じてつながった女性です。病状が悪化して死に傾いていく林さんを、気にかけていました。

「私、本気で止めようと思うんですけど、ただ言葉を選んで彼女の心に届くように止めるっていうのはとても難しくて、なんとかやんわりと引き戻すことができないだろうかって一応試みてはいたんですが、なかなかうまくいかなかったし。そのうちに彼女からの言葉がこちらに届かなくなってきたので、これはちょっとなっていう心配もあったし・・・」(テニスを通じてつながった女性)

画像(林さんとテニスを通じてつながった女性)

まだ、タンゴレオさんと、ツイッターで繋がっていたいです。
まだです。。。

ありがとう、、、ありがとう。。。

画像(林さんのツイッター画面)

「ありがとうとは言っても、なんかもう、そのときは、死ぬほうに振り切っちゃってるんじゃないかなという感じがしました。だから『ありがとう』。私にありがとうっていうのは、ある意味さようならの言葉だったんじゃないかって」(テニスを通じてつながった女性)

なんとも答えようがない私のツイートにみなさんが温かい言葉をくださる。
そのお言葉を心の中で何度も繰り返す。
1日に何度も、、それでなんとか毎日過ごせます。

視線を動かす力も徐々に弱まっていった林さん。事件の1か月前には徐々に投稿の数も少なくなっていました。

暫く現実を見たくなくて何も考えたくなく離れていました。
心配してくださった方ありがとうございます。
かなり文字が打てなくなり返信遅れます
すみません。

亡くなる5日前、林さんが投稿したのは、“死ぬ権利”の主張でした。

先日スポーツニュースで
欧州サッカーチームの名将が
ヨーロッパの選手は好き勝手にプレーするけど、
日本人は個人を優先することを知らない メンタルが弱い って言ってた。
死ぬ権利を求めることはわがままじゃぁないんだと思った。

事件が起きたのは2019年11月30日のこと。ツイッターの発信を開始してから586日目でした。
この日、医師2人が林さんのマンションを訪ねます。滞在時間はわずか10分ほどでした。
事件直前、医師の口座には林さんから現金130万円が振り込まれていました。

事件をどう受け止めるのか

生前SNSでつながった人々は、事件をどう受け止めたのでしょうか。
林さんとSNSでやりとりを交わしたことのある、難病の女性はこう話します。

画像(林さんとSNSでやりとりを交わした女性へのインタビューの様子)

「割と頻繁にツイートをされる方だったので、最近ツイート見てないなって気づいたのが途絶えてから1、2か月たったころだと思いますね。ただ亡くなったのだとしたら、どのような方法にせよタンゴレオさんにとっては心の平穏をやっと手に入れたのかなと肯定的に受け止めたいと思っています。いま、やりとりできないのは残念ではありますけど、いっときだけでも自分だけがこんな気持ちじゃないんだなって思わせてくれたのは、私にとってはすごく大切な思い出なのかなと思います。ただ、事件のありようといいますか、その是非に関しては考え始めるとどんどん深く暗いところまで行ってしまい、結構精神的に負担になってしまうので、そこまで思いを巡らせる余裕が私自身にはないですね」(難病の女性)

林さんとテニスを通じてつながった女性はこう話します。

「あぁ、やっぱりねって。落ち込みましたね。かなり眠れなかったですね。これ、医者じゃない人がたとえば林さんの所に行って、首絞めて殺したならば、たぶん『よかったね』とはみんな言わないでしょう。でも、それと同じことをあの医者はしてるんですよね。ただ医者だから、よかったよねってなるのが私には理解できない。でも私のような意見はもしかしたら、少数意見なのかなって思うくらい、よかったよねっていう意見が多かったですよね。生きててもしょうがないよねとか、生きててもつらいよねとか、そういう部分で共感して共有してしまったからじゃないですか。ただ重い病気だった、そういう人に対して、死んでよかったよねって、それはあまりにも乱暴だと思います」(テニスを通じてつながった女性)

生前、林さんは友人に、「東京オリンピックでテニスを見るなら、それまで生きていてもいいかなと思っている」と語っていたそうです。生と死の間で揺れ動いていた心の内がうかがえます。

林さんは“安楽死”についてこんな言葉を残しました。

安楽死が認められれば救える命がある、いや、もっと言えば救える魂がある。
「どうしようもなくなれば楽になれる」と思えれば、先に待っている「恐怖」に毎日怯えて過ごす日々から解放されて、今日1日、今この瞬間を頑張って生きることに集中できる。

一方で、他の人の死についてはこんなことも書いています。

自分は死ねずにとても悔しい思いをした。
だからと言って、その人に「今のうちに自殺しといた方が良いよ。」と言う気にはなれない。
自分以外の命の方が重く感じてしまう。
他人の「死」を考えるのって難しいな。

林さんが社会に投げかけた言葉を、私たちはどう受け止めたらよいのでしょうか。(3)では当事者や専門家などから、“安楽死”をめぐるさまざまな声を聞き考えます。

※文中に掲載した林さんの言葉は、本人のツイッターとブログから引用したものです。内容の一部を省略して掲載しております。

【特集】京都ALS患者嘱託殺人事件
(1)「生きたい」と「死にたい」のはざまで
(2)実行された嘱託殺人 ←今回の記事
(3)“安楽死”をめぐる声
(4)生きる希望の支援へ

※この記事はハートネットTV 2020年11月3日放送「シリーズ京都ALS患者嘱託殺人事件 第1回 視線でつづった586日」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

【関連リンク_健康チャンネル】
ALSをはじめとする「脳・神経の病気」についてのまとめページがあります

あわせて読みたい

新着記事