見る人のテンションをあげ、企業や地域の活力をあげ、世の中を元気にする「あがるアート」。
今回紹介するのは、神奈川県の福祉事業所の「あがるアート」です。今や
東京の雑貨店やネットのショッピングサイトで人気商品となったアート作品の数々。でも、その価値が認められるまでの道のりは簡単ではありませんでした。かつて「ゴミ」とまで言われた福祉施設の創作物をいかにしてアート作品に高めたのか。逆転の発想に迫ります。
相模湾に面した神奈川県・平塚市。ウワサのアーティストたちは、駅前の商店街を抜けたレトロなビルにいます。
クーカのカフェの入り口
アーティストたちが切り盛りしているカフェの隣にあるギャラリーには、月替わりでメンバーの作品が展示されます。ギャラリーの横には、さまざまなアートグッズが販売されています。
クーカのグッズ販売スペース
カフェのあるビルの2階にあるのが、アーティストたちの工房です。
工房の様子
現在所属するアーティストは、なんと100人! 知的や精神、身体に障害のある人たちが、毎日アート活動に励んでいます。
お給料は時給制。毎月、事業所の売り上げから経費を引いた金額を全員で分配しています。一点モノの作品が売れると、売り上げの半分がその作者に支払われます。
施設の名前は「studio COOCA(スタジオ・クーカ)」。「どうやって食うか」という問いかけが由来となっています。
クーカでは一体どうやって個性的な作品が生まれているのでしょうか。
こちらは売れっ子アーティストの1人、栗田佳子さん。この日描いていたのはマグロです。
栗田さん、マグロの絵の中に
「マグロがおおきのいなせ」と文字を入れました。
絵のモチーフとなった本には「マグロがおおきいのはなぜ」とと書かれています。スタッフによると、こういう字の間違いは直したりせず、そのままにしたほうがおもしろい、とのこと。
クーカの施設長・関根幹司さんはこう話します。
「基本、まず否定しない。認める。あと欠点を突くというよりは、ほめるように、いい所を指摘するように心がけています」(関根さん)
売れっ子アーティスト、水野貴男さんは、植物や動物を150色の色鉛筆を使って強い筆圧で描いています。丁寧に塗り込んだ作品は、圧倒的な存在感を放ちます。ペンギンのポーチや鳥のトートバッグなど、絶妙な色使いのグッズが大人気。
アーティスト 水野貴男さんとその作品
しかし、クーカにいる100人のメンバー全員が売れっ子かというと、そうではありません。むしろ水野さんのようなアーティストは30人ほど。しかし、売れる人がいることが他のメンバーにとっても目標となり、創作意欲をかき立てているそうです。
「利用者全員のものが商品化できるわけではないですね。やっぱり偏ります。ただその偏りに関して利用者から不満不平が出たことはなくて、『いつか自分も商品になるといいな』とか『売れるといいな』という思いで、結構、切磋琢磨してる。やっかみ、ひがみはないですね。素晴らしいと思います」(関根さん)
一体どうやってクーカはアーティスト集団になっていったのでしょうか。
話は30年前にさかのぼります。大学卒業後、福祉施設で仕事をしていた関根さん。
この時はじめて、利用者の描く絵に心を惹かれました。
「彼らの絵、表現行為っていうんでしょうかね。すごいな。これ何とかならないかな、という思いで、施設をスタートしたんです」(関根さん)
1992年、関根さんが37歳のとき、作業所を設立。アート活動を始めます。
クーカ設立当時の関根さん 撮影:飯塚聡
ところが、利用者の親たちから思わぬ反応が返ってきたのです。
「うちの子はこんな事しかさせられませんか?と言われました。みなさん、ボールペンが組み立てられる、これが生産活動だと。いかにこういう事ができるようになるかがみなさん期待していることですし、1本でもいいから組み立てられるように訓練するのが施設の役割だと。絵なんて描かせて、遊ばされては困ると」(関根さん)
きちんと“仕事”をさせてほしいと訴える親たち。さらにこんな声も。
「うちの子の作品なんてゴミですよ。捨てる事しか考えたことない。飾るなんてとんでもない。誰が見るんですかって。こんなの飾られたら、『私はこんな事しかできない障害者でございます』って宣伝してるようなものだと。やめてくれ、っていう方たちが結構いましたね。その絵を見ると、うちの子はやっぱりこんな絵しか描けない障害者なんだって思い知らされる。なので、絵なんか絶対見たくありません、と」(関根さん)
しかし、利用者の作品にアート性を強く感じていた関根さんは、あきらめきれません。そこで、思い切って東京で評価してもらおうと発想を変えました。
「東京のギャラリーは、どういう方が客で来るかっていうと、本当に絵を買いたい人ですよね。あと、仕事にされているクリエーターの方たち、勉強されている学生さんがメインのお客さんで、逆に冷やかしは入ってこられない」(関根さん)
関根さんは、地元・平塚を離れ、東京の画廊を手当たり次第回りました。そしてようやく、手が届く使用料の画廊を発見。6日間24万円で借りると関根さんは決意しました。
「もう本当に清水の舞台から飛び降りるって感じ。もうしょうがない。やろうっていう。身銭切ってやりましたね」(関根さん)
関根さんの狙いは当たりました。
「売れたんです。もちろん見合わないですよ。1点、2点の話です。でも、売れたっていうのはすごい評価で、なおかつ、目の高いお客様に『カッコいい』って言っていただいたっていうのは、当然ね、ものすごい自信につながったんですよ。親御さんがものすごい衝撃を受けて、『これ、ゴミじゃないんですね!これアートなんですか?』って」(関根さん)
画廊への出品で、アート関係者の人脈が広がった関根さん。1993年、東京・代官山の有名なお店と契約。グッズのコーナーが作られ、ダンボールのフレームに入れた絵は人気アイテムとなりました。
そんな中、事業所の活動を新聞で読んだ、ある母親からの言葉を忘れられないと言います。
「自分の子どもも重度の自閉症でこの子に夢なんか絶対見ちゃいけないって今までずっと育ててきたと。でも、この記事読んで、ああ、夢見ていいんだ。こういう人生がうちの子にもあるんだって思えたと。そのとき、やったなと思いましたね」(関根さん)
その後、クーカでは希望をかなえるメンバーが続々登場。
横溝さやかさんもその1人。自閉症のあるさやかさんは、幼いころからこだわりが強く、親との会話も困難でした。幼いころから興味がある絵を描くこと以外、受け付けません。学校での職業実習は、あらゆることが苦痛のようでした。
そんなときに出会ったのが、関根さんの事業所。本人の好きなことを尊重してくれるこの事業所は、居心地の良い居場所となっていきました。そして、描き続けること3年。逗子市が主催した手づくり絵本コンクール一般の部で、最優秀賞を受賞します。
「第4回逗子市 手づくり絵本コンクール一般の部 最優秀賞」を受賞したさやかさんの作品
「本当にびっくりして。表彰式があって、この子の絵は、すべてが平等というすごく不思議な世界って言ってくださって」(母・幸代さん)
さやかさんの描く平等な世界観は、自治体や企業から認められ、いろんな仕事が舞い込むようになりました。
これは2年前、東京の国立新美術館の展覧会に招待された作品。オリンピックをテーマにすべての種目を描き入れています。
「この子の描く世界の中に、すごくいいものがある、それはすごくうれしくて。本当にただ好きで描いてた絵で仕事をするようになるとか、まったく考えていなかったです」(母・幸代さん)
さやかさんは好きな絵を描き続けられたことで、自分の世界をグレードアップさせることができました。
勢いに乗るクーカのようですが、関根さんはたくさんの壁に頭を悩ませています。
「今でも残念ながら、作品展をやってバンバン作品が売れるっていう状況ではないんです。作るのはできるんだけど、営業ができないんですね」(関根さん)
営業の壁。
この日、商品企画を担当するスタッフが、吉祥寺の雑貨店を訪ねました。店主の藤本光浩さんとは8年前からの付き合い。「クーカはクオリティーが高い」と、これまで多数の商品を扱ってくれています。そんな藤本さんに、新商品のキーホルダーを売り込みますが…。
「クオリティーは高いし、レーザプリンターはカットもきれいだと思うけど、キーホルダーで1650円か」(藤本さん)
ぶつかったのは価格の壁。制作コストを考えると、どうしても1650円という高額になってしまったのです。取り扱いは難しいという結論でした。
店主の藤本さんにキーホルダーを売り込むスタッフ
「これ置かないよっていうのは全然いいと思うんです。ハンディキャップがある人、ない人、というよりは、これは売れる。もしくはこれは“すごく素敵”“個性的”“いいな”と思ってくださったものを仕入れてもらうのが、私たちにもフェアだし、ありがたい事だと思っています」(商品企画担当のスタッフ)
障害者が作ったものだからという情けは無用。厳しい目で、商品価値を見定めてくれる会社との取り引きを望むクーカ。地道に少しずつ、でも着実に、活動の輪は広がっています。
9月半ば、ある会社の新しい商品ができ上がりました。7人のアーティストの絵がチョコレートと紅茶のパッケージに起用されました。
新商品と一緒に顔写真を撮影するメンバー
アーティストの顔写真と一緒に商品をPR。この秋、全国150を超えるお店で販売されています。ただし、商品を売る事だけが目的ではないと関根さんは言います。
「不思議なことにアートで自信をつけてくると、生活全般のモチベーションが上がってくるんです。恋人ができて、結婚したいって話になったときに、結婚資金を貯めなきゃってことになって、就職する。僕らが突き詰めたいと思うのは、ある種、広い意味でアートっていうかな。どういうふうに生きていくか。自信を持って“この生き方で”っていうのを、見つけられたらいいなと思うんですよね」(関根さん)
クーカのアーティストによる「あがるアート」は今も生み出され続けています。
“あがるアート”
(1)障害者と企業が生み出す新しい価値
(2)一発逆転のアート作品! ←今回の記事
(3)アートが地域の風景を変えた!
(4)デジタルが生み出す可能性
(5)全国で動き出したアイデア
(6)アートでいきいきと生きる
(7)福祉と社会の“当たり前”をぶっ壊そう!
(8)PICFA(ピクファ)のアートプロジェクト
(9)「ありのままに生きる」自然生クラブの日々
(10)あがるアートの会議2021 【前編】
(11)あがるアートの会議2021 【後編】
(12)アートを仕事につなげるGood Job!センター香芝の挑戦
(13)障害のあるアーティストと学生がつくる「シブヤフォント」
(14)「るんびにい美術館」板垣崇志さんが伝える “命の言い分”
(15)安藤桃子が訪ねる あがるアートの旅~ホスピタルアート~
※この記事はハートネットTV 2020年11月30日(月曜)放送「あがるアート File2. 一発逆転のアート作品!」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。