2020年4月から始まった「#隣のアライさん」プロジェクト。第3回のテーマは“てんかん”です。「みんなの声 『てんかん』あなたの体験を教えてください」には、“偏見”や“差別”を感じたことがあるという投稿が多数寄せられました。(2)では、日本てんかん協会・理事の田所裕二さんにお話を伺いながら、専門医についてのほか、出産・子育て、自助グループなど、具体的な当事者の生きづらさを見ていきます。
田所裕二さん 日本てんかん協会 理事・事務局長
大学時代のボランティアをきっかけに、てんかん支援に携わる。30年に渡り当事者・家族との相談業務、てんかんを巡る政策・制度への提言を続けている。
なぜ秘密?なぜ好きなことをやめねばならぬ?
小3で発症。親に誰にも言うなと言われていました。小学生からずっと吹奏楽やってましたが、てんかん専門医がいない田舎にいたためか、脳波が乱れるからと高校時代も大学入ってからも楽器を吹く事を禁じられました。やめなくてよかったのにとあとから聞いて悲しくなりました。何か蓋をされて生きてきた感じがしました。
きりたんぽさん / 千葉県 / 女性 / 40代 / 母親、一人娘、シングルマザー、患者本人
―きりたんぽさんのほかにも、専門医に巡り合うまで治療が滞っていたこと、専門医や専門病院が少ないことへの投稿が目立ちました。てんかんの治療に関する地域間格差はあるのでしょうか?
田所:てんかんの専門医(※)自体が少ないため、地域間格差はあります。てんかんの専門医は民間の資格で、認定を受けている方はまだ全国に700人ぐらいしかいないんじゃないでしょうか。
ただ圧倒的にお子さんの時期に起きることが多いので、小児神経科の先生方は専門医の資格がない方でも比較的てんかん診療の基本があったり、地域のネットワークも持たれています。
しかし当事者全てがそういった医師にたどり着けてないというのもあるかもしれません。そもそも小児神経の看板を掲げている先生が少ないこともありますが、地域診療のネットワークが弱いというのもあるかもしれません。
※てんかん専門医…1999年~ 日本てんかん学会による試験によって認定される。
―ネットワークが弱いというのはどういう意味でしょうか?
田所:てんかんは、小児神経科、精神神経科、脳神経内科、脳神経外科、だいたいこの4つの領域で診ています。でも脳神経外科といっても、すべての医療機関がてんかんを専門にしているわけではありません。せっかく行ったのに専門にしていないなど、わかりにくい。加えて、先生方の横のつながりが薄い。「てんかんかもしれない」と思ったときに「この地域だったら、あの病院に頼めばいい」というのが少ない。昔だと「てんかんなら、あの薬を出しとけばいい」という薬があって、それをどの発作かわからないのに飲ませていて、治せてないというお医者さんがいたり、「うちではわかんないから」と放置してしまう先生がいたり。
そうしたこともあって、てんかんの地域診療ネットワークを作ろうという動きが、2015年度から国のモデル事業として始まっています。都道府県に、だいたい大学病院になるんですが拠点病院をつくってもらって、裾野を広げる仕組みです。この地域でてんかんのことで不安になったら、まずあそこの先生に診てもらおうと。そこで3か月診て、自分の手に負えなかったら、総合病院に回す。それでも困ったときには拠点病院で相談するという仕組みです。しかし2022年度中に取り組む予定を含めても、まだ約25都道府県に留まっています。これが先ほど言われた地域間格差です。専門の先生が1人しかいないなど、ネットワークの核になってくれる医療機関がない県がまだまだあります。
―まだ全国にネットワークが行き渡っていないんですね。
田所:日本てんかん協会に相談があれば「お宅の近くなら、ここにこういう先生がいますよ」というアドバイスができますが、全国の各支部はお父さん、お母さんのボランティアでやっているのが実状で、行政や医療関係者などとの十分な連携はこれからという地域もあります。ですから情報提供が今追いついてない状況は申し訳なく思います。
てんかんと妊娠出産
てんかんと妊娠出産に関してあまり情報がなく、妊娠中からとても不安でした。幸い妊娠中も出産後の今も発作はなく、忙しい育児の中でうまくてんかんと付き合っていけています。しかし妊娠中の小さい身体の変化や出産後の授乳や子どもの変化に自分が飲んでる薬が関係してなにか影響が出ているのではないかと不安な日々を送っています。
てんかんママさん / 静岡県 / 女性 / 20代 / 本人
―妊娠、出産にためらいを感じる当事者はたくさんいると思います。てんかんママさんの投稿には「不安」という言葉が2回でてきました。
田所:不安の1つは薬の胎児への影響だと思います。てんかんの治療薬でかつていちばんオーソドックスとされていたバルプロ酸ナトリウムは胎児の器官形成に影響があるため、妊婦さんには処方を減らす必要があります。ですが、減らしすぎると発作が起きる。だから、どれぐらい処方するかを産科の先生とてんかんの先生とで調整をしながら、妊娠の最中は薬の量を減らしたり、ほかの薬で代替してというのが一般的なんです。
今はインターネットで調べたりすると催奇形性(※)の問題っていうのは必ず出てくるので、非常に不安だと思います。必ず異常が起こるわけではありませんが「ではどれくらいの確率なんだろうか」と、よけいに不安になる。
産科医と担当医の連携について考えるなら、大学病院や総合病院が安心です。特に多くの大学病院にはてんかんの専門医がいるので、産科の先生と連携してもらいやすくなります。
※催奇形性(さいきけいせい)… 妊娠中の女性が処方薬などを服用したとき、胎児に異常が起こる可能性。
―(1)でも遺伝の話がありましたが、これについてはいかがでしょうか?
田所:協会では、てんかんがそのまま遺伝することはありませんと言っています。がんの体質と同じように、「てんかんになりやすいタイプ」が遺伝するのは、いくつかあるらしいのですが、その確率と、てんかんではない人の子どもがてんかんを発症する確率とでは、それほど変わらないようです。そういう意味では、社会に対しては「遺伝病ではない」という言い方をします。
―ただ、そう言われても不安でしょうね。不安を解消するにはどういうことができるでしょうか?
田所:やはり当事者や先輩ママ、親の会と接するのがいちばんです。全国に当事者や元気な先輩お母さんがいるので、相談があるとそうした方を紹介します。コミュニケーションをとってもらうと、すぐに安心して「ほっとしました」と。先輩が伝えていくという意味で、親の会みたいなのは大事だと思います。
―出産と同じように、子育てにも不安はつきまといます。安心して悩みを吐き出したり、不安を解消したりするにはどうしたらよいでしょうか?
田所:日本てんかん協会には都道府県ごとに支部があって当事者同士や家族同士、専門医が入っての勉強会など、それぞれに活動しています。
協会に連絡してもらえれば、「集まりがあるから、土日とか夕方に顔を出してみたら?」と、安心できる集まりを紹介することができますので、利用して頂きたいです。
てんかん患者やその家族への支援の充実を願います
夫がてんかんです。薬のおかげで発作は抑えられていますが、2年に1回程、疲労やストレス等が溜まっているときに痙攣を起こします。
車社会のため、通勤や外出時は自転車か私(妻)の送迎になります。障害者手帳を取得しましたが、身近にはバス路線が1本…その運賃が半額になるだけで、とにかく移動が不便です。公共交通機関が不便な環境での支援をもう少し手厚くしてほしいなと感じています。
ぺっぱー / 群馬県 / 女性 / 30代 / 妻
―てんかん当事者の自動車運転についての現状はどうなっているのでしょうか?
田所:2011年と2012年にてんかんのある人がに関わる大きな事故が起き、2014年に「改正道路交通法」と「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転死傷処罰法)」の2つの法律が、施行されました。てんかんのある人の運転免許取得には、一定の条件が定められるようになりました。病状がある場合には正しく申告する必要があります。警察庁がずっと統計をとっていて、人身事故のような重大な事故で、てんかんが主な理由なのは年間70件ぐらい。これは良くも悪くも変わっていません。協会にも「会社に行けないんです」「バスがないんです」など、自動車運転に関する相談は多く寄せられます。
―協会としては、そういう相談が来たらどう答えるのでしょうか?
田所:まず、安全な運転が難しい症状があるならば「運転は控えて」と伝えます。そして「地域の行政にどうしてほしい?」と聞いて、協会の支部に行政への働きかけをしてもらいます。そうすると、当事者の声が行政に届きます。そうした声を1件でも定期的に上げていくことが大事だと考えています。
もちろん、症状がなくて条件を満たしていれば、「免許も取ればいいし、必要だったら運転をすればいい。ただ、必ず主治医とは連携をとってください」と話します。症状が「あった・ない」をいちばん知っているのはお医者さんですから。いくら本人が「症状がない」と言っても、主治医であれば治療効果がわかっているので、自動車運転の許否の判断ができます。ですから「主治医と相談して」と伝えています。
友人との出会い
私は強直間代発作(※)を起こす度、苦痛と恐怖にさいなまれ家族に面倒をかけていないか?迷惑をかけているのではないかと、自暴自棄の毎日を繰り返していました。そんなとき、てんかんの患者本人、またその家族の方々がお互いに情報交換をしている会があることを知り、思い切って入会してみました。結果は大正解。病気の情報をはじめ、お互いの心にたまった不安を相談し合ったり、中には家族には言えない悩みを打ち明けたりできる友人同士の出会いが数多くでき、おかげでそれまでひとりで思い悩み落ち込んでいた自分の心を前向きに明るくする事ができるようになりました。 てんかんは一般的にはまだあまり理解されていない病気です。ですが、意外と身近にお互いを理解し合える機会がありました。こうした出会いの場所がある事をはやく世間一般に広めて行きたいです。
なみのともさん / 愛知県 / 男性 / 50代 / 患者本人
※強直間代発作…意識を失い全身が硬直する強直発作に続いて、がくがくとけいれんする間代発作が起こる。
―なみのともさんは、自助グループに出会えたことが良かったようです。てんかん当事者の自助グループはどれくらいあるのですか?
田所:日本てんかん協会とは別に、いろんな地域でグループ活動があります。私が知っているだけでも10くらいはあると思います。ただ、あまり公にはなっていないので、アクセスはしにくいかもしれません。日本てんかん協会も発足当初は4つか5つしか支部がありませんでしたが、今は全国の都道府県に支部があります。この支部活動の中でいろいろなグループ活動があります。
―自助グループとつながって、そこから前向きになれたという例もありますか?
田所:そうした話もよく聞きます。親にも言えないけれど、当事者同士で話をしていて、親にちゃんと伝えるようにしたとか、ずっと親が薬を取りに行っていたのが、あるとき当事者から「自分の病気なのに親に病院に行かせてるのか」と言われて、何十年ぶりに病院に通うようになったとか。お医者さんや私たちのような支援者のアドバイスよりも、当事者同士のほうが効果があるときもあると思います。
<番外編>
「本物と偽物?」PNESと診断された自分へ
てんかんとの付き合いは約15年。タイプは「真性てんかん(強直間代)と心因性非てんかん(PNES)(※)の混合です。」真性では何度も救急搬送され、脳波異常も認められる。一方、PNESはメンタル(ストレスなど)が誘発するそうで、バイタルや脳波に特段異常なく「偽発作」と診断され搬送先の医師から、「メンタルの方だから精神科で診てもらって」と相手にされない時もありました。神経内科や精神科を歩き回り、今のかかりつけ医に出会うまで約8年ついやした。
色々なタイプの発作がありますが、PNESも知って欲しい。
PNESと診断された自分へさん / 埼玉県 / 男性 / 30代 / 本人
※心因性非てんかん(PNES)…ストレスなどの心理的負担が大きく意識を失う発作。 大脳の病であるてんかんとは区別される
―PNES当事者はどれくらいいるのでしょうか?
田所:PNESは「詐病」と呼ばれてきた過去がある病気です。今は国際的に位置づけができて、てんかん性の脳波が出ないとか、てんかんの特徴的な症状が出ないということで、いわゆるてんかんの治療ではないとされています。精神科関係の治療になりますが、ただ、てんかんのある人が合併する確率が国際的なデータでは3割ぐらい。日本でも1割から2割はてんかんのある人が併せ持っていることが報告されています。
正確な数はわかりませんが、PNESだけがある人は、アメリカのデータでは10万人に30人ぐらい。つまり少なくはないということです。てんかんを中心に考えると、PNESはうそを言っているように見えたのかもしれませんが、PNESは精神の障害・疾患として位置づけられています。てんかんを診る先生の中の、精神科のグループがここ10年ほどで診療方針を確立して、取り組んでいます。
―PNESに対応するお医者さんの専門領域は何科になるのでしょうか?
田所:精神科ですね。いわゆる精神の生真面目なところ、気質の部分に発生の原因がありますから、認知行動療法とか、抗うつ、抗精神病薬を使ったりなどです。てんかんの概念からの治療は当たらないので、抗てんかん薬は効きません。でも、PNESとてんかんを合併していることがあるので、てんかんの治療もしないといけないときには、精神科の先生が診ることにはなります。
―最後に、てんかん当事者の方に“本当に必要な配慮”についてどうお考えか、お聞かせください。
田所:てんかんのある人に対して、特別に何かしてほしいということはありません。本人から「こうなったらこれに気をつけてほしい」「自分はこういう症状があるから、薬はこれを飲ませてくれ」「過度な配慮をしないで」といった相談があれば、それに協力してほしい。いちばん重要なのは、発作が起きたときにどうすればいいかです。当事者がそういうことを周囲に伝える方法をサポートしてくれると、それぞれが少しは言いやすくなるのかなと思います。
てんかんは100人に1人の当事者がいながら、まだその実情が詳しく知られているとは言えない疾患です。田所さんは、今以上に当事者がその発作や病状を伝えられることができるようになってほしいと繰り返し話してくれました。そのための支援とは、当事者の行動を後押しするものだとも語っています。田所さんの言葉は、当事者・支援者両方への大きなヒントになっているのではないでしょうか。
てんかんの困りごと・お悩み 支援者からのアドバイス
(1)理解が広がらない病と向き合う
(2)当事者の生きづらさに向き合う ←今回の記事
※この記事はハートネットTV 2020年9月23日放送「#隣のアライさん これだけは知ってほしい!てんかんのこと」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。