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摂食障害の困りごと・お悩み 支援者からのアドバイス(3)

記事公開日:2020年08月07日

4月から始まった「#隣のアライさん」プロジェクト。第2回のテーマは摂食障害です。「みんなの声 『摂食障害』あなたの体験を教えてください」に寄せられた症状との付き合い方や、回復について、摂食障害経験者で自助グループ「NABA」代表の鶴田桃エさんが応えてくれました。

※NABAでは普段、相手の話を解釈したり、求められていないときにアドバイスをしたりすることはありません。また、会話のやりとりを大事にしているため、メールでの相談は受け付けていません。今回は当事者の方々へ広く届けるためということで、ご協力頂きました。

画像(鶴田桃エさん)鶴田桃エさん 自助グループ「NABA」代表、精神保健福祉士
自身も摂食障害を経験し、摂食障害の本人・経験者の自助グループ「NABA」を仲間たちと運営。27年にわたって本人や家族等の相談をうけてきた。

他の「やめられないこと」の併発

私はこんなひとだった。
高校生になってすぐ、過激なダイエットにのめり込むようになりました。
痩せさえすれば幸せになれると思いました。
食べずに運動し、嘔吐し、下剤を大量にのみました。痩せさえすればぜんぶの問題は解決し、すべてうまくいくはずでした。

私は自分のからだを憎んで、痛めつけながら生き、それでもなんとか生き残りました。43歳になりました。いまはとてもふとっています。
独身で、窃盗癖のある多重債務者で、体力がなくて1日4時間しか働けません。学歴はひくく、職歴はスカスカです。

それでも、ここから始めるしかないのです。これが私の人生なのです。
良い子にも、可愛い女にもなれませんでした。
まつしろ / 愛知県 / 女性 / 40代 / 娘

―この方は「窃盗癖」について書かれています。

鶴田:まつしろさんの「私はこんなひとだった。」というタイトルから、高校の頃どうだったのとか、どうして痩せさえすればと思ったのかとか、聞きたくなりましたね。「1日4時間しか働けません」とありますが、1日4時間も働ければ十分、よく頑張っているじゃないと、声をかけてあげたくなりました。それと窃盗癖はつらいだろうなと思いました。摂食障害の人の中には、万引きを繰り返してしまう仲間もいます。そういう症状を窃盗癖(症)といいます。お金がなくて万引きする人もいます。でも、ただお金がないということだけじゃなく、摂食障害者の窃盗は、生い立ちのなかで「力を奪われる」ことの繰り返しがあって、物を盗ることで自分の力を奪い返すという意味と、同時に自分を社会的に抹殺するように痛めつけるという「自傷」の意味もあるかなと思いますね。もちろん盗られた側は、病気だからといって許されるものではないって思うでしょう、犯罪は犯罪ですから。ただ、罰するだけじゃなく、「心のケアが必要」という方向に社会が向いてほしいなと思いますね。

―まつしろさんの場合ではなく一般にですが、実際に万引きをしちゃったけど、見つかっていない、捕まっていないので続けている、そういう状態はどう考えればいいのでしょうか?

鶴田:誰にも知られてはいけないと思いつつ、どこかで助けを求めるせいいっぱいの行為でもあると思います。もし、止めたいと思うのだったら、たとえばNABAに電話1 本くれて「私、盗ってるんです」と一言でも言ってほしいなぁ。NABAでも分かち合える仲間はたくさんいます。それから全国的にまだ少ないけれど窃盗癖の自助グループKA(クレプトマニア・アノニマス)もあります。匿名で参加できて通報される心配もありません。窃盗癖を専門に診てくれる病院もありますし、個別のカウンセリングを受けるとかですね。でもまずは今回のまつしろさんが「みんなの声」によく書いてくれたように、安心できる場所とか人を探して、一言でも誰かに打ち明けてほしいなぁと思いました。

―他にも、体の毛を抜いてしまう「抜毛」について書いてくれている人もいました。摂食障害の当事者には、食べ吐きの他にも「やめられないこと」があるという人が少なくないそうですね。

鶴田:NABAではよく、「人生モグラたたき」っていう言い方をするんです。症状のモグラたたきみたいな。摂食障害の症状が止まったら止まったで、例えば男性依存とか鬱とか、2つぐらいびょーんと出てきたり。根っこにある自己否定感に向き合って、整理したり、その意味をつかんだりしていないと、表面的な症状は止まっても、結局、何らかの形でほかの依存とか精神疾患に移行してしまう場合も多いです。でも、そういうものに移行したり、過食などの症状がぶり返したりするのはまだ分かりやすいですね。女性の場合、親や夫との関係、特に子どもとの関係でまた追いつめられるということもあります。もしくは頭痛や耳鳴りが止まらないなど、病院で検査を受けても名前のつかない心因性の身体の表現みたいな形で出てくることもありますね。治ったと思っても、また「いい子」をやって、さみしさをためこんで、それが対人関係や自分の体の痛みに向かっていくこともあります。

依存症・アディクションに関する相談窓口・支援団体はこちら

症状との長い付き合い

摂食障害歴10年以上
65kgの体重を39kgまで落としました
痩せていることが嫌になりました
ですが太りたくもないのです
高校は辞め友人とも疎遠になり引きこもって82kgに
現在は58~68kgをヨーヨーのようにいったりきたり
最近は過食が悪化、今日で食べるのは最後とゴミ箱に捨てた食材を次の日漁って食べる自分にドン引きです
絶食と過食を繰り返し死への恐怖に怯えて消えてしまいたいです
自己嫌悪で八方塞がり、こんな状況が甘えだとしか思えません
苦しい日々が続いています
未来に希望が持てません
まりりん / 女性 / 20代

―まりりんさんは「摂食障害歴10年以上」とあります。当事者のなかにはすぐ治したいという方もいると思いますし、当事者ではない方だと、そんなにも長い付き合いになる病気だと知らない方もいると思います。

鶴田:まず、自己嫌悪から1人で抜け出すのは無理だから、今回のように人を求めてほしいなぁ、と思いました。それから摂食障害の場合、年単位の経過をたどることが普通なので、もちろん短期間で治る人もいるけど、10年間というのはそんなに長い方じゃないんですよね。若い人が聞くと絶望しちゃうような話だけど、私もNABAにつながったとき、発症から12年経っていました。15歳で摂食障害になって27歳でNABAにつながったので。こんなの私だけだと思っていたんですね。そのときNABAの仲間たちから「桃エちゃん、『時間がかかっちゃう』じゃなくて、『時間をかけて』やっていこうね」って。「時間がかかっちゃうって言うとすごく悪いことになるでしょ?でも自分に時間をかけてあげる。そうやって言葉を変えていこうね」って言われて。言葉って自分の価値観を作っていくし、価値観が自分の言葉にも行動にもなるし。だから何か具体的に変えていけるとしたら、性格を変えるのは無理でも、言葉なら変えていけるよね、って。

「未来に希望が持てません」とありますけど、案外、いまは世の中全体に希望を持てない人が多いと思うんですよ。自助グループではよく「未来に希望は持てないけど、私たちは、絶望は分かち合えるよね。それが希望だよね」という言い方をしますね。絶望も分かち合っているうちにお互いの共感になったりとか、そのうち笑いになったりとか、希望になることがあると思います。まりりんさん、ぜひ、絶望を分かち合える機会があったら嬉しいです。

治したくない
私は拒食で発症、約5年目に過食非嘔吐に転じ、現在約4年経ちました。拒食の頃はみんなと一緒に食べられるようになりたいと思っていました。過食になった今は拒食に戻りたくて仕方がありません。発症から時間が経つにつれ、食生活が異常なことが唯一のアイデンティティと思うようになりました。過食は体重が増えるので治したいですが、摂食障害自体は治したくないため、正しい食生活を送りたいとも思えず、絶食と過活動、過食を繰り返しています。
だいきち / 女性 / 20代

―だいきちさんの「治したくない」というタイトルが気になりました。

鶴田:すごく率直ですね。私は「治したくない」という言葉が出てくるまでものすごく時間がかかりました。「治したくない」「治りたくない」という正直な言葉が出てきたらもう十分って感じですね。みんな、周囲や世間を気にして、「こう言ったら許される」「こう言ったら見捨てられないだろう」と言葉を選んでいるから「治りたいです」って言っているけど、それはどうなのかな、って。みんなに申し訳ないから「治りたいです」って言っているだけで、実際に治るのは怖いし、この症状がなくなったら私どうなっちゃうんだろう、というのが私には実感としてよくわかります。「治したくない」という言葉が出てくるだけで、だいきちさんはすごいなぁと思いました。

窃盗の話の時も思いましたが、自助グループでは「反省」と「明日への誓い」は役に立つどころか逆効果といわれます。つまり、人の評価を気にした「すみません」「治します」「もう絶対にやりません」といった言葉より、またやってしまったことや、やりたい気持ちなど、正直に話すことが大切なんです。仲間に共感され受け入れてもらっている感覚が、そのままの自分を受け入れることにつながっていきます。

―「治したくない」というのはどういうことなのでしょう?

鶴田:NABAではよく、「何を食べたらいいかわからない」「太るのが怖い」「食べることが怖い」というのは、どう生きていったらいいのかわからない、生きていくことが怖いということの表れだ、と考えるんですね。たとえば、世の中の価値観に縛られて「20代の女性だったらこういうことをやっているはず」みたいな自分のなかの漠然とした「普通」があって、でもその「普通」がものすごく理想が高い。治ったら、そこに向かってまた頑張らなくてはと思い込んでいたら、そりゃ治るのが怖いし、治りたくないんじゃないでしょうか。あるいは、たとえば、「いま拒食で痩せてしまっているから、子どもの面倒が見られなくても仕方ないよね」とか、「そんなに頑張らないでね」って声をかけてもらえるという場合だと、やっぱり健康な体に戻ってしまったら、これもやるべき、あれもやるべきっていうことが襲ってくるような恐怖感もあるんじゃないかなと。

―そうなると…摂食障害は治さなければならないものでしょうか?

鶴田:そもそも「治る」とはどういうことなのか。たとえば摂食障害の症状がなくなっても、すごくつらい生き方しかしていない人がいるんですね。「自分はこうあるべき」ってすごく神経を尖らせて汲々としている。そういう人になりたいかな?と。むしろ、「過食はやっちゃいけない」じゃなくて、「晩酌過食」っていって(笑)、「1日頑張ったね」って、夜は晩酌みたいに過食してあげている、吐いてあげているとか。「私にとっての大事なお守りだから、週に1回は週末過食っていうのをちゃんとやってあげようと思っています」みたいに、症状を持ちながらでも、好きなことができるっていう仲間はとても楽しそうにしています。私の場合は、仲間の中で「治りたくない」「治るのが怖い」って言い倒していくうちに、「過食嘔吐めんどくさいなぁ」みたいな形でなくなりました。こんなふうに「この症状を持っていてもいいかぁ」って思えるようになったら、自然と過食が止まって治ったという人が多いですね。

それぞれの「回復」

吐けばいい。ただそれだけ。
始まりは25年前。ダイエットに成功した友人が吐けば良いやん、と言ったこと。はじめは指を入れて、指だこが沢山握り拳にでき、吐きやすい様に水を飲む。慣れれば手など入れず吐けるようになる。吐きやすい食べ物がある事に気付く。太りたくない思いと、食べる事で無になり頭が軽くなり、吐いて罪悪感を感じる事はない。食費ばかりかさむ。脈が不整脈になる。やがて歯が胃酸でボロボロになる。
35歳位には総入れ歯になった。今、昔のように過食嘔吐はしていない。ある日当時の彼が吐けば良いやん、食べて楽になるなら、沢山食べて吐いておいで、とバイキングなどでも行動を否定せず、トイレから涙目に戻る私を見て見ぬ振りしつつ、受け入れたのだ。初めて、行動に無意味さを感じた。
今でもストレスがかかると過食嘔吐はある。しかし、量は少しで済む。なにがやめるきっかけになるのかは、人次第。
こよこよ / 福岡県 / 女性 / シングルマザー

―こよこよさんは回復について書かれています。

鶴田:ダイエットに成功した友人の「吐けば良いやん」で症状が始まって、楽になった言葉も、当時付き合っていた男性に「吐けば良いやん」って言われたという話ですね。本当に、同じ言葉でも、言われるタイミングとか、関係とかでこんなふうにひっくり返るんだなぁと感じました。2回目は、否定されなかった、それどころか肯定してもらったという感じではないでしょうか。案外、否定も肯定もしない人に救われる人も多くて、自分の彼氏に摂食障害のことを打ち明けたときに、「それって病気なの?俺も飲んだときに食べて吐くよ」と言われたっていうふうに、トンチンカンで鈍感な人に救われたとか(笑)。「自分が愛を持って治してあげる」って一所懸命になりすぎたり、「治るためにこうすべき」という押しつけで支配的になったりされるより、否定されない、侵入されないということだけでも十分助かる、といった話もよく聞いています。

―それだけ、自分を否定しながら生きてきたのかもしれないと感じました。

鶴田:摂食障害って、他人や世間が期待する役割に自分をおしこめようとして、自然な自分の感情や欲求を否定している病気だなぁと。たえず自分の中に監視者や裁判官がいるような。だから、治そうと思う一見前向きな気持ちも、残念ながら自分を否定することにつながっている場合が多いです。だからNABAでは、拒食も過食も嘔吐も持っている今のそのままの自分をまずは受け入れよう、といいます。そんなことしたら「甘やかし」なんて声がしてきそうですが、自分を否定され、否定してきたことが症状につながっていると考えますから、症状をなくすよりも先に、自分と仲直りすることが大事だと思います。こよこよさんが「今でもストレスがかかると過食嘔吐がある」と正直に言えていることが偉いなぁと思いました。

―「なにがやめるきっかけになるのかは、人次第」とあります。

鶴田:本当にそう思います。私は自助グループの仲間だったけど、やめるきっかけは、お医者さん、カウンセラー、家族、友だち、恋人とか、本当にさまざまだと思いますよ。もちろん1人で治したとか人間関係以外で治ったという方もいると思うけど、私は「人」と「時間」を味方にすることが大事だと思っています。摂食障害の人は気が強くて、独自の治り方を探そうとして、ムキになって頑張り過ぎちゃう。案外、治り方、楽な生き方を見つけていくには、楽になっている人を真似ることも必要だなぁと思います。

ただ、こよこよさんの場合ではないですけど、彼氏ができて「彼が自分を受け入れてくれたから治った」という言い方は、どうかなと思うこともあります。確かに、彼との関係のなかで変化があったのだと思いますが、あくまでその方自身が関係のなかで力をつけていったと思うので、そういう自分自身の力に目を向けることも大事だと思います。

身近な人の理解が解決に…
長期間、摂食障害(拒食)でツラい思いをし、その後も食事はうまく取れないまま現在に至ります。
元は健康で活発だった私。今思えば、学生の頃から不調はあり、その後就職した時から症状が再発。
仕事よりも家庭の問題で、心も身体もボロボロになってしまいました。家庭の問題であれば、他の要因を除いても入退院を繰り返しても、解決するわけもなく… 結局は家族から離れて少し改善することができました。今もまだ回復はできてませんが、何より身近な人の理解と協力(焦らせず、見守って)、本人も焦らず、ゆっくり改善【自分】を信じていくことが大切だと思います。
くま / 東京都 / 女性 / 30代

―この方は、「家族から離れて少し改善することができました」とのことです。

鶴田:くまさんのように家族関係がつらい場合も多いです。特にDVや虐待など危険な家族の場合は、物理的に距離を取ってほしいな、と思いますね。「距離」は大事です。例えば、お父さんが別に嫌味でやったわけじゃなくても、咳払いひとつで否定されていると感じるとか、日常のささいなことで、昔からの嫌な思い出が連鎖してワーっと思い出されていくということがあるから、自分を守るためには離れるということも大事です。でも、いったん家を出たからといって、戻っちゃいけないわけじゃないんですよね。外に出てみてうまくいかなければまた戻ってもいい。自分はいざとなったら出られるんだと思えるだけでも違いますから、そういうふうに柔軟になってほしいなぁと思います。

―力を奪われるという経験を家庭の人間関係のなかでされていた方だと、家を出るのは大変な勇気が必要ではないですか。

鶴田:はい、確かに勇気がいりますよね。家を出たくても、資金とか体力とかで、現実には無理なこともありますよね。それでも、家族以外の人とつながるということによって、少し家族と離れる時間を持つことはできますよね。そういった、できることから少しずつ積み上げていくことが大事だし、その結果、その人がちょっとでも価値観が変わってくると、「親がこういうことを言っているのを昔は当然だと思っていたけど、そうじゃない」と思えるようになって、少しでもNOが言えるようになるとか、離れて暮らす以外にもできることはあると思うんですよね。

―最後に、鶴田さんは今回取り上げなかった声も、すべて読んでくださったんですよね。全体を通して思ったことはありますか?

鶴田:私ね、30年近く、毎日全国の摂食障害の仲間の電話を取って声を聞いたり、お手紙を読んだりしているにも関わらず、この「みんなの声」に涙があふれちゃって。ここを見つけて書いて送ったっていうことに、きっと必死だったり勇気が必要だったりしただろうと、すごいなって感動したんです。

それと、書いた人たちの多くは「治すためには」という気持ちもあったかもしれないけど、私自身、症状をなくすためだけに一人で考えているうちは、グルグルまわりでした。NABAで教わったのは、摂食障害は単に食べ物や体型の問題ではなく、人間関係の中でのさみしさや、社会にすりこまれて自分自身も疑ってこなかった、狭くてかたくなな価値観の問題だったとわかっていきました。だから、今できるやり方で人を求めていってほしいなぁと思います。人と付き合うと傷つくこともいっぱいありますね。そして一人でいるときより、人の中だからこそもっとさみしさを実感するようになることもあります。それでも、人間関係で悩むことで、「食べ物」や「お母さん」しか登場しなかった自分の物語が豊かになっていきます。外の世界の人や時間が生まれます。今、症状を持っていてつらいという人も、症状がなくなってからまたつらくなったという人も、そして今は楽に生きられるようになったという人もきっと出会い、分かち合えることがありますようにと願っています。

鶴田さんが繰り返し話してくれた「人を求める」という言葉。摂食障害を考えるうえで、とても大事なヒントになるのではないでしょうか。

摂食障害の困りごと・お悩み 支援者からのアドバイス
(1)さまざまな心の苦しみ/人間関係への影響
(2)発症のさまざまなきっかけ/サポートを受けること
(3)他の「やめられないこと」の併発/症状との長い付き合い/それぞれの「回復」 ←今回の記事

※この記事はハートネットTV 2020年6月24日放送「#隣のアライさん これだけは知ってほしい!摂食障害のこと」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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