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摂食障害の困りごと・お悩み 支援者からのアドバイス(1)

記事公開日:2020年08月07日

4月から始まった「#隣のアライさん」プロジェクト。第2回のテーマは摂食障害です。「みんなの声 『摂食障害』あなたの体験を教えてください」に寄せられた声に、摂食障害経験者で自助グループ「NABA」代表の鶴田桃エさんが優しく丁寧に応えてくれました。

※NABAでは普段、相手の話を解釈したり、求められていないときにアドバイスをしたりすることはありません。また、会話のやりとりを大事にしているため、メールでの相談は受け付けていません。今回は当事者の方々へ広く届けるためということで、ご協力頂きました。

画像(鶴田桃エさん)鶴田桃エさん 自助グループ「NABA」代表、精神保健福祉士
自身も摂食障害を経験し、摂食障害の本人・経験者の自助グループ「NABA」を仲間たちと運営。27年にわたって本人や家族等の相談をうけてきた。

さまざまな心の苦しみ

好きでやってるわけじゃない。苦しいよ。
高校の時ストレスによって拒食になり半年で15kg痩せ、その後過食、過食嘔吐と変わっていき半年で20kg増えました。
摂食障害になって4年。落ち着いていた時期もあったけど、今は過食嘔吐のせいで日常生活にも支障が出てくるようになりました。やりたくない。こんなことしたくない。
心の不調で心療内科に通っていたけど、病院がすごくストレスで行けなくなり、唯一頼っていた高校の先生ももうほとんど連絡することはありません。
こんなことが続くなら、もういっその事全て終わりにしたい。そしたら苦しむこともなくなるのかな?
助けて。それが言えたら楽になれますか?
メイプル / 東京都 / 女性 / 19歳以下 / 学生

―「好きでやってるわけじゃない」との声です。どんなことを思いましたか。

鶴田:私も拒食、過食、過食嘔吐と移行してきた経験があるのでとても共感しました。メイプルさんの他にも、この「みんなの声」に、やりたくてやっているわけじゃないとか、やめたいのにやめられないっていうふうに、多くの方が書いていましたね。私がNABAで学んだことは、人間ってあんがい賢くできていて、嫌なだけだったら続かないっていうことでした。「好きでやってる」というのは言いすぎだけど、でも、何か必要があってやっている。それまでの生き方のほうがかなり無理があって、人に合わせなければとか、人にどう見られているだろうと思って生きている人たちが、「もうこんな“いい子”やってらんない!」となったときに症状が出てくるとNABAでは考えるんです。

―「いい子」やってらんない!というのと、拒食や過食はどうつながるのでしょうか。

鶴田:本当だったら「もうやってらんない!」ってストレートに表現できればいいんですけど、なかなか自覚できないし表現できないときに、自分に対しても、周りに対しても体のほうが正直にSOS を出すというイメージです。例えば、過食をしているときだけは外で演じている「いい子」の自分を脱ぎ捨てて、素の自分に戻れるとか。吐いているときだけは自分の感情をトイレに流せているみたいに感じるとか。それって、人間関係の中で安心や、自分の感情を出すことがあまりにも少ないということを物語っているんじゃないかなって思うんです。

―「助けて」が言えない人は多いのではないかと思いますが、どうお考えでしょうか?

鶴田:小さいときから、辛いこと、悲しいこと、怖いことが起きて、「わーんお母さん」とか、「わーん先生」とかって助けを求めても無視されたり、「そんなふうに考えちゃだめよ」「何でそんなことしたの?あなたが悪いでしょ」とか否定されたり、「もっと頑張れ」って叱咤激励されるだけだったという仲間は多いです。原初のところで受け止めてもらったという感覚がないので、助けを求めることをあきらめてしまったり、恥ずかしいことと思い込んでしまったりするんです。そういう中で自分ひとりで頑張らなくちゃ、となっていく。その「頑張らなくちゃ」の積み重ねが「もうだめだ」となったときに摂食障害が出てくる、と私たちは思っています。

でもメイプルさん、この「みんなの声」に書きこみしていますよね。「助けて」って言葉じゃなくても、この文章を送ったこと自体が人を求めて発信できているので、この調子でねと、お伝えしたいです。

暗闇の中もがき苦しむ日々
きっかけをはっきりとは覚えていません。物心ついた時から父親の支配下にある家庭が嫌いでした。性別で区別され私だけが厳しく育てられました。例えテストの点数が同じでも弟は「次頑張ればいい」私は「なんでこんな点数なんだ」と言われ門限も私にだけありました。
そんな私が大学生になり少しだけ自由を感じ、結果が成績にも繋がり自分に自信が持てるようになりました。そんな中、突然スイッチが切れました。しかし体重の数字が裏切らず努力した分結果が得られる事、自分でコントロール出来る自由を感じたのは確かです。そして同時に体重が減り体調を崩す事で母親を独り占め出来る事に高揚感も得たのです。しかし良い事は長く続かずそこからの人生はどん底です。大学を中退し入院。当時158cm体重25kg。今は体重が戻った自分が醜く鬱病にもなりました。前よりも食べられるせいか家族は食に対して真剣に考えなくなってしまい今も生き地獄です。
すとひーな / 女性 / 20代 / 子ども/長女

―すとひーなさんは「自分でコントロールできる自由」と書いてありますが、それだけ自分でコントロールできないことに囲まれていたのかもしれません。

鶴田:すとひーなさんの場合、父親の支配下にある家庭が嫌いだった、たぶん弟さんと差別されて育ったことがすごく大事なテーマだと思いました。彼女に限らず、多くの女性が「力を奪われてきた歴史」をもっていると思うんですよね。女の子だからこうあるべきとか。そういう中で体重の数値が減っていくというのは、自分の力を取り戻すコントロール感や達成感もあったのかなって。私も、体重の目盛りがぐんぐんぐんぐん減っていくってことは、「やったー!」みたいな感じになりましたね。「大学生になり少しだけ自由を感じ」と書いてあって、たぶん、おうちの中にすごく緊張感があふれていて、大学に行って自分が自由になったところで、やっと初めて「症状が出せる」ようになったのではないでしょうか。

あともうひとつ大事なことは、すとひーなさんはすごく正直に、「体調を崩す事で母親を独り占め出来る事に高揚感も得た」と書いてくれていて、こういう形でやっとお母さんのことを独り占めできて、「お母さん」っていうふうに求めることができたんだなぁと感じました。でもね、本当だったら痩せることとか、症状とかを使わなくても、素直に「お母さん」って甘えられればいいんだけど、私もそれができませんでした。本人だけの問題って思いがちだけど、ご両親の夫婦関係も大きいんじゃないでしょうか。私の家のことですが、父が厳しい人で、母も緊張や不安の中、私にあたたかい関心をもつ余裕がなかったんだと今は振り返っています。私がNABAにつながって学んだことのひとつは、摂食障害の根っこには父権主義社会とか、ジェンダーやセクシャリティの問題があるということです。摂食障害は個人で生み出しているのではなくて、社会の問題でもあると感じています。私を含め、みんなでもっと知っていきたいテーマですね。

LGBTの摂食障害
自分は女性として生まれましたが、自分の性別に違和感を持っています。ストレスから拒食症になり、体重が落ちて生理が止まり、女性らしい身体つきでなくなったことがとても嬉しく、もとに戻るのが怖くて食べられなくなりました。
周りにはカミングアウトしていないので、摂食障害の本当の理由を言えません。食べれば治ると言われますが、身体を治せば自分の心が辛くなるので、なかなか治せません。
体力が落ちて好きなことも充分に楽しめなくなっていて 、何のために生きているのだろうと時々悲しくなります。
アオイ / 本人

―自分の性に納得できない気持ちが、摂食障害とつながっているという方もいるんですね。

鶴田:摂食障害の仲間のなかには、痩せることで自分の性別を消したいという感覚をもつ人もけっこういるんです。アオイさんのようにLGBTの仲間もいるし、ほかにも、例えば性被害をうけて、自分の体や性に違和感や嫌悪感をもつという仲間もいます。あと、「カミングアウト」という言葉が出てきたので、摂食障害のことを周囲の人にどう伝えていくかということをお話します。基本的には自分にとって大事な人に伝えて知ってもらうことは大切です。でも、家族に打ち明けないと回復しないとか、周りの人がわかってくれればよくなる、ということではありません。それに食事って日常のことだから、知ってもらった安心よりも、知られることでかえって不安が強くなったり、生活しづらくなったりすることもあります。なので、伝えるときは人やタイミングを選んでほしいと思います。大事なことは自分一人で抱えないことですから、あえて身近な人ではなく、まずは電話一本でも安心して相談できるところから話していくこともあってほしいと思います。

―置かれている状況はさまざまですが、みなさん「このままの自分じゃダメだ」という気持ちが共通しているように感じました。

鶴田:はい、摂食障害の人の多くのが「このままの自分じゃダメだ」「生きている価値がない」と思っているのは共通していると思います。ただ、摂食障害者やマイノリティ、生きづらさを抱えている方に限らず、今の世の中、競争や格差社会のなかで、そう思わされて、孤独や疎外感もあいまってどんどん追い詰められている人たちが増えているのも感じています。

食べることが苦手
グルメの番組や『食べる』内容の話題はすごく苦手です。
食べることは生きること、と言われると更に苦痛です。
今、振り返ると高校生の頃に過度のストレスが原因で過食嘔吐になったのだとおもいます。 自分で自分の命を絶つことはいけないこと、頭ではわかっているけど、何の力もなくて自分に自信がなくて辛い気持ちが強くなると、今でも食べ吐きをしてしまいます。
解放感と罪悪感・・・そして『生きていてごめんなさい』という自己否定・・・
クリニックに通ってはいますが、結局、未だに食べることが苦手です。
食に関する情報番組は本当に辛くて観られません。
しのん / 滋賀県 / 女性 / 40代 / 本人

―しのんさんは日常のなかで苦しみがあるようです。

鶴田:確かに「食べる」内容の情報や話題がつらいという仲間もけっこういますね。これって避けて通れないからつらいですよね。たとえば性的な広告みたいに街から減らすのは難しいと思うので…。ただ、摂食障害とどう向き合っていくかによって、「嫌いだから見ない」とか、目に入ってきても「そういうのを好きな人もいるんだね、でも私は違う」と他者と自分とを分けられるような生き方を選んで変わっていく仲間も大勢みていますので、希望をもちたいですね。

それから「何の力もなくて自分に自信がなくて」と書いてあって、私も昔、自分のことをそう思い込んでいましたが、多くの仲間たちと出会う中で、摂食障害は弱い人がなる病気だと思わなくなったんですよね。実は生き残る強さを持っていて、無理な生き方に限界がきたときに、自分を生き直そうとして症状を「持って」、どっこい生き残ってきた人たちだと思っています。

それと、しのんさんは「高校生の頃に過度なストレス」と表現ができていますね。高校生の頃に何があったのか、「罪悪感」「自己否定」は症状を持っているからなの?と、伺いたいなぁと思いました。症状はあくまでも表面的なものだけど、それだけをみて「自分はなんで摂食障害になったんだ」とか、「なんで食べられないんだ」となりがちですよね。「なんでっ?!」っていう言葉で、自然に自分を責めている。自己否定の言葉に気がついて、丁寧な優しい問いかけに言葉を変えていくことはできると思います。たとえば「どうしてそうなったのかな?」っていう問いかけに言い換えると、あんなことがあったら症状を持つしかなかったよね、症状を持ちながらも生き残ってきたんだね、と意味づけも変わってきて、自分にも優しくなれますよね。

人間関係への影響

失うのは普通の食生活だけでない
元々は体重や体型を気にしたことがなかったのですが、部活で体重を計るようになり、小さなきっかけから太ったらダメだと思いました。だんだんと体重が増えることを恐れ、食べることが怖くなり、過活動もやめられなくなりました。体重が減るにつれて頭の中が食・運動・体重・カロリーのことでいっぱいで苦しくなっていき、この頃は人と接するときもイライラしていたように思います。

自分が摂食障害だと気づくと、周囲にばれたくないと思ってどうにか食べる量を増やしました。しかし今度は過食に。家族のものでも、やらなくてはいけないことがあっても食べるのをやめられない。鬱々とし、死にたいと思いました。

拒食のときから痩せている自覚がなく、過食で低体重から普通体重になると自分がとても太っていて醜いと感じ、今はひきこもりです。摂食障害で、食べる楽しさだけでなく学校生活も人間関係も家族の信頼も失ったことが本当に悲しいです。
とんぼ / 女性 / 19歳以下 / 当事者・子ども

―とんぼさんは、人間関係のことを書いてくださっていますね。

鶴田:私も昔は、信頼関係をはじめ全てを失ったって思っていました。でも自助グループの仲間と経験や気持ちを分かち合うなかで、私にはもともと対人恐怖の問題があって、人が怖いとか、人とうまく付き合えないとか人間関係の問題を持っていることに気づいていきました。症状のせいで人間関係を失ったんじゃなく、むしろそれまでの人間関係を維持するために、相当無理をしていたことがわかっていったんですね。私の場合、摂食障害になれたからこそ、以前より楽な新しい人間関係をもてるようになりました。

―家族のものを食べてしまうといことについてはどう感じましたか。

鶴田:やるよねー(笑)、家族のものを食べるっていうのは、私も昔そうでした。ここからはご家族の立場の方々にお伝えしたいことですが、症状はその人にとって、今は自分を守るために必要があってやっているということを理解していただきたいですね。だからといって、「この子のために」というふうに親御さんが奴隷のようになって悲壮感を漂わせていくのは、逆効果になることが多い。本人が聞くかどうかは別としても、家族が「私たちの分は食べないでほしい」「私は困るんだ」と伝えることはあってほしいと思います。だって、本人だってそんなことしたいと思っているわけじゃないんですよ。いっときの食衝動で食べてしまうけど、罪悪感を本人が募らせていくんですよね。それを野放しにしておくことは、本人のためにもよくないです。申し訳ないっていう気持ちが募っていくことを止めるためにも、周囲の人たちも自分がこうしてほしいとか、こうしてほしくないっていうことを、「私は」と言って伝える。いわゆる「I(アイ) メッセージ」で、相互のコミュニケーションにつなげていってほしいなぁと思います。

摂食障害であることと食を通したコミュニケーション
拒食では、食べる時間や物、量にこだわりが強く人と食事をするのが難しかった。
友達と一緒に過ごしたいけれど、自分の食のルールから外れることが許せず、1人でいることが多く寂しかった。
非嘔吐過食になると人と食事をすることができるようになったが、外では周りの人に合わせて食べていた。周りの人のような量やペースで食べられず、病気であることを実感し悲しくなった。
過食嘔吐になり、1人で大量の食材を買ってきて、無心で食べて吐いて、それの繰り返し。とても虚しい。
本当は人と一緒に美味しく食べたいのに…と孤独を感じた。
食を通したコミュニケーションは多くあるが、摂食障害の当事者はそうした場を失われがちになると考えられる。
周囲が摂食障害について正しく理解し、適切な対応が取れれば、摂食障害の当事者もこのような場に参加することができるかもしれない。そのために具体的な対応策を伝え合えるといいと思う。
な~ / 神奈川県 / 女性 / 20代

友人との食事
私は現在、非嘔吐過食で食べ始めると止まらないのが怖くて、また食べている自分が醜くて、会食・外食がとても苦手です。だから友達を作るのは難しいです。でも数少ない友人は、私が会食・外食が苦手ということを分かって、無理に誘わないでいてくれます。一緒に遊びに行くときに食事が伴う場合に、私が飲み物だけにしてもスルーしてくれます。「重い」と思われたくなくて摂食障害のことは話していませんが、食やダイエットなどの話を掘り下げないでいてくれる友人の存在がとても有難いです。
だいすけ / 女性 / 20代

―な~さんの「自分の食のルール」とはどういうことでしょうか?

鶴田:な~さんなりのルールはあると思いますが、食べるものが固定しているとか、こだわりがあって低カロリーのものしか食べられないとか、この時間や順番でしか食べられないなど、人によっていろいろなルールがあります。ただ、それ以前に、やっぱり人間関係がうまくいかないということがあるんではないかな、なんて想像してしまいましたね。私も、食事さえ取れれば人と一緒に美味しく食べられると思い込んでいました。でも、食事が取れるようになってからしばらくは、対人恐怖をより一層感じるようになったんです。こんなに人が怖かったんだって。それが、症状にとらわれることで回避できていたんですね。

―一方で、だいすけさんは摂食障害という言葉で自分のことを説明していなくても、友人に理解してもらっている。こういうふうにしてくれる方もいるんですね。

鶴田:だいすけさんの素敵なところは、「数少ない友人は」と表現しているところ。友だちなんてそんなに多くなくていいんじゃないかと思います。理解してくれない人がたくさんいるよりも、少なくても、自分のことを「オッケー」って付き合ってくれる友だちがいるのは素晴らしいですよね。なんだかみんな、強迫的に「友だちが多いほうが人生の勝ち」みたいに勘違いしがちですね。私も若いときはそうでした。でも「本当に友だち」って思う人は2、3人くらいで十分だなと思います。

それと、これは一見、人と食事をとることが問題のようで、実はコミュニケーションの問題なんですよね。人にあわせないと嫌われる、見捨てられると思い込んでいたり、こうしたい、こうしたくない、こうしてほしい、という気持ちをどう伝えていいのか分からないとか、素直な気持ちを人に表現できないといったことの象徴として、食事の問題があらわれているのではと思いました。私も摂食障害の症状は治っても、いまだに人にお願いしたり、これが欲しいとか、NOを言うのにドキドキしたり(笑)。それでも、とても大事なことなので、勇気を持って頼んだり、断ったりするようにしています。人に嫌われたくない、見捨てられたくないと無理しすぎた結果が摂食障害でしたから。

摂食障害と向き合うとき、「なんで」と自分を責めるのではなく、優しく「どうして」と自らに問いかけてみる。発する言葉をかえるだけでも、変わっていくことがあるかもしれません。
(2)では、サポートを受けること、発症のさまざまなきっかけに向き合います。

摂食障害の困りごと・お悩み 支援者からのアドバイス
(1)さまざまな心の苦しみ/人間関係への影響 ←今回の記事
(2)発症のさまざまなきっかけ/サポートを受けること
(3)他の「やめられないこと」の併発/症状との長い付き合い/それぞれの「回復」

※この記事はハートネットTV 2020年6月24日放送「#隣のアライさん これだけは知ってほしい!摂食障害のこと」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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