デイサービスなどの通所介護と、ヘルパーによる訪問介護は、高齢者の在宅介護の2つの柱です。しかし、その現場が新型コロナの感染拡大で大きな課題に直面しています。介護保険の制度が始まって20年。コロナの感染拡大で顕在化した制度の問題点と、切り抜けるための方策を専門家とともに考えます。
4月、東京都江東区にある特別養護老人ホーム「北砂ホーム」で集団感染が発生し、入居者や職員など51人が感染しました。その影響は施設の中だけにとどまりませんでした。施設の1階部分にデイサービスが併設され、自宅で暮らす高齢者も通っていたため、地域の「訪問介護」の現場にも大きな影響を与えたのです。
北砂ホーム1階のデイサービスに通っていた伊東冨子さんは、1人暮らし。持病があり、要介護3の状態です。1週間のうち4日はデイサービスに通い、3日はヘルパーに来てもらっていました。しかし、集団感染の発生でデイサービスは閉鎖。代わりにヘルパーの回数を増やす必要に迫られます。
伊東さんにヘルパーを派遣している介護事業所は、サービスを調整するケアマネジャーと46人のヘルパーが所属。175人の高齢者を支えています。責任者の西郷礼子さんは、伊東さんのヘルパー派遣にどう対応すればよいか葛藤したといいます。ヘルパーの仕事は、利用者との密着が避けられず、感染のリスクが伴うためです。
西郷さんたちはまず、伊東さんが感染している可能性はあるのか、通っていたデイサービスに問い合わせました。すると、告げられたのは「デイサービスの利用者と施設の入居者は直接接触しておらず、濃厚接触者には当たらないと思われる。しかし、同じお風呂を利用していたため、健康には気をつけてほしい」ということでした。
どのような感染対策をして訪問すればいいのか、専門的な情報を得ようとしますが、保健所は集団感染への対応で余裕がありません。誰からも明確な指針を得られなかったため、自分たちでできる限りの感染対策をした上で、伊東さんのもとへ行く決断しました。
介護事業所の責任者 西郷礼子さん
「どこかで判断を間違えて職員が感染したら、非常に恐ろしい事態になるだろうなと。医療機関や保健所から、どのくらいの危険性があるのかしっかり聞きたいと思いました」(西郷さん)
さらにその後、西郷さんの介護事業所では伊東さんのほかにも3人の利用者が北砂ホームに通っていたことが判明。休業したデイサービスの代わりに、ヘルパーを派遣してほしいと頼まれます。
西郷さんたちは、人手不足という課題にも直面します。ふだんからヘルパーの数に余裕はなく、ギリギリで回していた状態。そこに、子どもの保育園が休園したなどの理由で6人ものヘルパーが休まざるを得なくなっていました。
そこで、休んだヘルパーが行く予定だった訪問を、別の働けるヘルパーに振り分けました。1人が訪ねる数を増やし、1日3件の訪問だった予定を7件訪ねてもらうなど、朝から夕方まで予定をつめることで何とか対応しようと考えました。
ヘルパーの小柳達彦さんは、感染への不安を抱えながら数多くの家を訪問したときの心境を振り返ります。
ヘルパーの小柳達彦さん
「必死だった部分は強くありますね。正直なところ、いつまで続くのだろうという不安はありました。絶対誰かはやらないといけない、日常生活の支えとなっているのが訪問介護の仕事です。そういった面で何とかしなくてはという気持ちはありましたね」(小柳さん)
そこで今、西郷さんたちの事業所では、感染拡大に備えて新たな試みを始めています。
利用者の協力を得て、ヘルパーが感染対策をしながらケアをするシミュレーションを実施。課題を洗い出しているのです。
この日は始めてフェイスシールドをつけて介護。しかし、その状態で体を移動しようとすると、どうしてもぶつかってしまいます。
感染対策と介護をどう両立するか、模索しています。
再び東京の感染者が増え始め、西郷さんも不安を募らせています。
「4月、5月はみんな必死に働いていました。でも今は心が疲れてしまって、少し休みたいという職員もいます。持続して緊張感を保つというのはとても難しいことだと思います。また、第2波、第3波と続くとしたら、手袋などの物資が底をついてしまうのではないかと不安です。利用者様はもちろん、職員も守らないといけないので、そこがいちばん不安です」(西郷さん)
在宅介護のもうひとつの柱がデイサービスです。高齢者が通って日中を過ごす場所ですが、緊急事態宣言の間は休業や縮小が相次ぎました。そのことが新たな課題となって現場に影響を及ぼしています。
大阪西成区にあるデイサービスでは、1日およそ15人の高齢者を受け入れ、食事や入浴の介護を行っています。利用者が外から集まってくるデイサービスでは、手の消毒など感染対策が欠かせません。認知症の利用者も多く、マスクの着用も難しいため、こまめな消毒や距離を開けるなどの感染対策を徹底しています。
利用者の手を消毒する様子
利用者の楽しみでもあるレクリエーションも、感染対策をした上で実施。接触を避けるため、種類も取捨選択しています。いちばんの人気だったカラオケは感染のリスクが高いことから中止に。利用者にとって快適な運営と感染対策の両立のため、試行錯誤の毎日です。
さらに今、デイサービスでは利用者の身体機能の低下という、新たな課題が持ち上がっています。きっかけとなったのは、1か月半に及んだ緊急事態宣言。デイサービスでは感染予防のためにリハビリを休止し、食事や入浴など最低限のサービスだけを行いました。すると、多くの利用者は日中の活動量が減少して、身体機能の低下につながってしまったのです。
そこで現在は利用者の自宅を回って体の状態を調査しています。実際の生活の場に合わせて暮らしに不便がないかをチェックし、掃除や洗濯を行っているかなど生活の様子も聞き取って記録。すべての状況を把握した上で専用のリハビリプランを作成して、一人一人に合わせたリハビリプランで回復をサポートしています。
全国の介護従事者にとったアンケートによると、回答した人の6割以上が、自分の事業所を利用する高齢者に身体機能の低下が見られると答えました。
出典:在宅介護現場における介護従事者の意識調査報告 結城康博
高齢者介護に詳しい淑徳大学教授の結城康博さんは、次のように訴えます。
「感染のリスクは大事ですけども、それと同時に感染を気にしてサービスを利用しなかった場合の機能低下のリスクも絶対忘れてはいけない。感染のリスク対策と、機能低下のリスク対策を両立するのが非常に大事だと思います」(結城さん)
新型コロナによる影響はデイサービスの経営にも及んでいます。緊急事態宣言のさなか、感染への不安から利用を控える人が続出。定員20人に対して利用者が10人を下回ることもありました。サービスの提供時間を短縮したことも重なり、大幅な減収となったとデイサービス代表の田中将さんは語ります。
デイサービス代表 田中将さん
「朝から晩までの長時間ではなく、短時間のデイサービスでした。最低限の食事と入浴介助のみでデイサービスを運営していたので、(月の売上約300万円のところ)だいたい月に50万円以上は減収している状況です。これ以上減収になったら、どのように人員を減らしていくのか不安でしたね」(田中さん)
7月になっても感染の不安から、利用を控え続けている人もいます。そこで、経営難に対応するため、事業所ではコストカットに踏み切りました。
利用者の送迎をする職員
介護タクシー会社に委託していた利用者の送迎を、職員が行うことにしたのです。軽自動車で一度に送迎できる人数は介護タクシーの半分以下。職員は送迎のために往復を繰り返さなくてはなりません。それでも、田中さんには事業を続けなければならないという使命感があります。
「コロナが不安であれば、デイサービスを閉めてしまうのがいちばん感染リスクは少ないと思います。けれども、そうしてしまうとご利用者さんのADL(日常生活動作)や、職員の雇用問題につながってきます。最低限、自分らができることは何かを考えて、コロナとともに歩んでいく、事業をしていかなければいけないと思います」(田中さん)
コロナの長期化で疲弊している現場。淑徳大学教授の結城康博さんは、公的な支援が必要だと訴えます。
「ヘルパー事業所は零細企業が多いので、医療スタッフもいるわけではありません。なかなか医療職、医療機関のアドバイスが受けにくいです。また衛生用品などの物資を得ることが難しい。そこは自治体の役割が非常に大事だと思います」(結城さん)
さらに、慢性的なヘルパー不足にコロナが追い打ちをかけてしまいました。
「コロナの問題による人手不足は深刻です。平時でさえも人手不足なのに、コロナによって仕事を休まなければいけないので、現状では介護士が非常に少なくなっています。介護職員をどうやって新たに介護業界に呼び込むかという政策がほとんどなされていないので、緊急にやらなければいけません」(結城さん)
人材の確保だけでなく、定着するための処遇の改善も課題だと評論家の荻上チキさんは考えます。
「今の課題は人を呼び込むだけではなく、働いている方々を離職しないで済むような状況にすることも必要。事業所に対して必要な支援を行っていくことや、それぞれの所得をしっかりと確保していくこと。それらが短期的な課題だと思います」(荻上さん)
全国介護事業者連盟の調査によると、9割以上の事業所が経営の影響を受けていると回答。廃業したデイサービスもあるという状況です。結城さんは、現状の介護保険制度では解決が難しいと感じています。
出典:全国介護事業者連盟
「事業所は非常に努力をしていますが、そろそろ限界だと思います。通常の介護保険制度のもとでは難しい。事業所がなくなるとお年寄りは非常に困ってしまうので、つぶれないように自治体なり国の補助金が必要です。感染症対策のリスクを考えながらサービスを提供するということは、人材も必要なわけです。より手間がかかる介護ですから、介護報酬だけではなく支援金とかを確保するべきだと思います」(結城さん)
介護保険制度ができて20年。来年の介護報酬の改定に向けての議論も始まっています。新型コロナの感染拡大を機に、長期的な視点で介護のあり方を見直すことが求められているのかもしれません。
※この記事はハートネットTV 2020年7月15日放送「どうなる?withコロナ時代の在宅介護」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。