タレントの最上もがさんが様々な疾患や障害・特性を持った人の「アライさん」(味方・理解者)を目指す「#隣のアライさん」プロジェクト、第2回のテーマは摂食障害です。食べられない・食べ過ぎる・吐くなどの「行動」や、痩せ・肥満などの「体型」が注目されがちですが、背景には内面の苦しみがあるといわれます。後編では、回復とはどのようなものか、また経験者にとってはどんな人が「アライさん」と感じるのかを聞いていきます。
摂食障害の回復の過程はどのようなものなのでしょうか。増田さんは、症状がおさまった後も過食以外の方法でストレスに対処しようとしていたと振り返ります。
「過食自体が治ったあとも、依存癖みたいものが自分にはあったなと思っています。私の場合は、恋愛などで必要とされたいという寂しさみたいなものから、身を削ってでも相手に尽くしてしまったりなど、そういうのは残っていたなと思います」(増田さん)
回復の過程で、摂食障害に対する捉え方が変わっていったと話すのはなおきさんです。
「私は過食おう吐による低体重で入院したことがありました。それをきっかけに1年ぐらい頑張って過食おう吐を我慢して、体重を元に戻した時期がありました。でも楽にならなかったんです。病状がよくなってきたぶん、あれもやらなきゃとか、これもできてないとか、そういうプレッシャーがすごく強くなって、前より苦しくなった時期がありました。そんなときに自助グループにつながって、他の経験者の人たちの話を聞いて、自分が何に苦しかったかを振り返ってきました。結構恵まれた環境で育ったって思ってたんですけども、誰が悪いっていうことじゃなくて、『それでもあのときの自分は苦しかったんだな』とか、置き去りにしてきた気持ちがいっぱいあったことに気づきました。自分の感情を大事にすることとか、いろいろ価値観が変わってきたと思います。昔は摂食障害が自分を苦しめてるって思ってたんですけど、今は、あのとき摂食障害っていうものがあったから、それに支えられて自分は生きてこられたんだなっていうふうに思ってるんですね。悪友というか、相棒みたいな感じですね。」
自助グループの仲間たちと接するなかで、なおきさんは「回復の過程は人それぞれ」と思うようになったといいます。
「回復は物語みたいなものなので、本当に一人ひとり違って、それぞれが自分にとって楽な生き方を見つけていくことが大事だと思います」(なおきさん)
摂食障害のある人にとって、一緒にいて安心できるのは、どのような人なのでしょうか。
経験者に、「私の“アライさん”」について聞かせてもらいました。
竹口さんにとってのアライさんは、現在の夫。
交際する前に、摂食障害があることを打ち明けたとき、彼は「ああ、そうなんや」と軽やかに受け止めて、「どんな病気なんやっけ?」と話を聞いてくれました。
ことさら大げさな反応をせずにいてくれたことに、竹口さんはとても安心したといいます。
自撮り写真 食べ歩きをしている竹口さんと夫
実は、カミングアウトの前から、「この人には打ち明けても大丈夫かもしれない」と思うような安心感が育まれていました。
「彼が私を好きだと伝えていてくれて、私がそれを拒否していた時期があったんです。こんないい人を、自分が潰しちゃうんじゃないかっていうのが怖くて。その頃に、彼に『顔、タイプじゃないんだよね』って言われたんです(笑)。それまで私は『細身』とか『きれい』みたいなことで異性を惹きつけるっていうのを必死に頑張っていたんですけど、何か他のところで好きになってくれたのかなと思って。そういう『表面じゃないものを見てくれるんだ』っていう積み重ねがあって、摂食障害のことも、食べたり吐いたりっていう表面じゃなくて、内面の病気なんだよっていうことを伝えられるかなと思いました」(竹口さん)
“アライさん”と感じる決め手となったのは、竹口さんが自分の夢を話したときのことです。
「歌手になりたかったんです。上京したのもそのためで。でも症状で声が出づらくなったり、摂食障害でいる自分に自信がなくなったりで、上京後すぐに、『諦めろよ』って自分に言い聞かせるようになっていました。でもどこかまだ諦め切れてない自分もいて…。オーディションを受ける日に『今日何してるの』って彼が聞いてきて、私はスターになれたっていう成果が出てなきゃ夢の話はしちゃいけないくらいに思っていたので、最初は嘘をついたんです。でも、そのあと罪悪感に耐えきれなくて話しました。そのときは、『キラキラして見えるけど、私は本当はこんなヤツなんだよ。逃げるなら今だよ』って防御線を張るような気持ちだったんですけど、彼は『めっちゃいいじゃん』『仕事と両立したらいいんじゃない』って、全肯定してくれたんです。それも、やっぱり軽い感じで。何よりも『笑われないんだ…』というのが驚きで、今まで人に隠していた部分を、話してもいいんじゃないかと思うようになりました」(竹口さん)
今は、自分の完璧ではないところにも、愛着を持って生活できるようになったという竹口さん。
冷蔵庫の味噌汁を長く放置して腐ってしまったときには、「あ、私が出た」と思って、彼に「味噌汁めっちゃ白いから見てー!」と笑って話しかけるそうです。
「どんな状態でも、私の存在価値が変わらないっていうふうに、安定して関わってくれるっていうのが、そういう人に出会えて、かつ、自分がそれを受け入れられる状態になれたっていうのが、本当に大きかったと思います。それまで、人間関係も、自分が人からどう見られるかも、ぜんぶ評価や優劣のある『作品』みたいになっちゃって『本当の自分』と分裂してたんですけど、『作品』じゃなくて『自分』になれたっていう感じです。生きやすいです」(竹口さん)
増田さんは、“アライさん”とトレーニングジムで出会いました。
「いちばん症状がひどかったときに、『食べないダイエット』はもうやめようって自分で決意してジムに通うようになったんです。でも、いろいろなトレーナーさんがいて、相性によっては、私のスイッチが入ってしまって過食をしてしまうこともありました。症状を打ち明けていなかったのもありますし、向こうは仕事なので、一生懸命『やせる』という結果を出そうとするんですが、私もそれに従いすぎてしまって、それに反したとき、たとえばひとくちチョコを食べてしまったりしたときに、一気に過食してしまうんです。たぶん、我慢しすぎからの反発で爆発してしまっていたんだと思います。」(増田さん)
そうしたなか、増田さんの症状が出ないトレーナーがいました。
「最初の顔合わせのときから、『やせる』『やせない』という結果よりも、どうして痩せたいのか、そこにどんな気持ちがあるのかというのを的確に聞いてくれたんです。私は摂食障害という言葉は使いませんでしたが、『食べることを怖くなくなりたい』ということを伝えました。トレーナーさんは、『もし、増田さんが今の自分を否定したまま、変わろうとダイエットをしているのなら、それは辛くなってしまうと思います。もっと楽に、肩の力を抜いてしてほしいです。』って伝えてくれたんです。ハッとしました。そのときはまだ気持ちがぐらぐらしていたので、うれしいとまではいかなかったんですけど、なんで私こんなに自分じゃダメって思ってるんだろう、なんで一生懸命、自分じゃない誰かになろうとしてるんだろうって問いかけるきっかけになりました」(増田さん)
半年間やりとりするなかで、増田さんは食事の報告に加えて、自分の転職の話もするなど、距離が縮まっていきました。メールではいつも、増田さんが自信を持てるような声かけをしてくれて、何度も涙することがあったといいます。
「『増田さんは、痩せても痩せなくても、もうそのままで価値がある人なんですよ』っていう言葉かけをいただいて。それがすごく自分の中で安心感につながったなっていうふうに思います。うれしかった、新鮮でした。私は『生まれ変わるんだったら自分以外なら誰でもいいです』というくらいに自分のことが好きじゃなかったんです。でも本当は、自分を好きになりたかったんです、ずっと。自信がある人たちは、私と何が違うんだろうって考えていて、そのひとつが、やせてかわいくなったら…みたいなことだったのかもしれません。そういうなかでトレーナーさんの言葉かけを聞いて、『そこじゃないかも』って思いました。特別に何かできるっていうことが、自分を好きになれる理由なんじゃなくて、何もできなくても、生まれただけで価値があるって、そういうふうに思えたら第一歩だなって思いました。変われそうだなって」(増田さん)
トレーナーはのちにジムを退職しますが、増田さんは、トレーナーの出産をお祝いしたり、自分の転職のその後を報告したりと、お互いの人生を見守る関係が続いています。
最上もがさんも、増田さんの話には共感する部分があるといいます。
「ぼくもパーソナルジムに通ってるんですけど、他人からどう見られるかっていうことよりも、自分自身が自分の体を、体型を愛することが重要だよっていうのをいつも言ってもらえるので、やっぱりそういうことなのかなと思いますね」(最上さん)
自分の内面を受けとめてくれた、という部分が重なる竹口さんと増田さんのエピソード。
それを受けて、なおきさんは自分が思う“アライさん”について話してくれました。
「このテーマ(私の“アライさん”)で自助グループの仲間たちに話を聞いたんですけど、過剰に配慮したりとか、何かしたりしようとしないで、変わらずに接してくれる人が嬉しかったっていう声がけっこう多かったです。私、アライさんって、その病気に詳しくて何でも分かってあげる人じゃないなというふうに思ってます。病気とか障害って聞くと、そのことが間に入ってしまって『人』が見えなくなっちゃうことってあると思うんですけど、ぜひ病名じゃなくて、その人を見て、付き合っていっていただけたらなっていうふうに思います」(なおきさん)
Twitterの投稿に応じてスタジオに表示される、アライぐまの肉球は、放送の最後にはこんなにたくさん。
摂食障害に関心を持つアライさんも増えていったようです。
最後に、取材にあたった番組ディレクターから、「アライさん」を目指す人たちへのメッセージを寄せてもらいました。
「『アライさん』と出会うことで、当事者の症状が劇的に改善するとは限らないかもしれません。しかしその出会いが、摂食障害の背景にある“それまでの生き方”と向き合うきっかけとなった方もたくさんいます。身近な人が摂食障害で苦しんでいて、それに対して何もできなくても…。それでもその人が好きなら、もうあなたは『アライさん』への一歩を踏み出しているのだと感じました」(番組ディレクター)
※摂食障害についてもっと詳しく知るためのクイズはこちら
※この記事はハートネットTV 2020年6月24日(水曜)放送「#隣のアライさん これだけは知ってほしい!“摂食障害”のこと」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。