近年、50年に1度と言われるほどの大雨や台風が続き、ますます警戒が必要になっている水害。とくに障害のある人は避難にさまざまな困難がともないがちです。避難所に行くか、自宅にとどまるべきか、何を備えればいいのか。実際に水害の怖さを経験した当事者と一緒に考えます。
大雨や台風が近づき、もしハザードマップなどで自宅に災害の恐れがあると判断される場合、自宅から避難する必要があります。
避難先としては、避難所、親戚や知人の家、福祉施設や病院、広域避難や車中泊などが挙げられます。高齢者や障害者、妊産婦など特別な配慮を必要とする人のために福祉避難所もあります。
しかし、障害者にとって、避難先を考えるのは簡単ではありません。発達障害があり、当事者会代表理事を務める須藤雫さんは、親元や親戚の家が避難先として選べない場合があると話します。
「(親族であっても)障害が見えないがゆえに理解や共感がされにくい。どうしても『なんで頑張らないの』『なんでできないの』と否定的な言葉をかけられてしまうことがあります。なので、必然的に避難所、避難先の選択肢が少なくなってしまうという問題があります」(須藤さん)
知的障害や自閉症の子どもを持つ親を支援するNPO代表の安藤希代子さんも、倉敷市真備町での水害の経験から避難先を考えるのは難しいと言います。
「ただでさえ発達障害の子どもたちは見通しを持てない状況だと落ち着きを失いやすいので、避難所に入っても興奮して走り回ってしまった。そのことで叱られて、入って30分で外に出ることになったという事例もありました」(安藤さん)
障害者はどうやって避難すればよいのでしょうか。福祉防災学が専門の同志社大学教授・立木茂雄さんにお聞きしました。
「避難所へ行くことだけが避難ではありません。お友達の家に行く、あるいは空き家を確保する、そういったことも立派な避難ですし、もし自宅が安全であるならば自宅にいることも1つの選択肢です」(立木さん)
大きな災害の場合、まず人命救助が優先になるため、本格的な生活支援が始まるのは4日以降とされています。そのため、生活支援が始まるまでの間の備えが必要です。
電気、ガス、水道が止まってしまったときの準備や、食料品や日用品に加えて、大事なのは個人用品の予備です。補聴器やストーマ装具、医療機器のバッテリーなど、体の一部として生活に欠かせないものは必ず持ち出せるようにしておくこと。電池などは多めに用意しておくとよさそうです。
これらの置き場所は、水に浸かってしまうことを防ぐため、なるべく高い場所に収納する必要があります。
また、在宅避難のときに忘れてはいけないことがあります。安否確認の連絡、つまり「私は今、家で避難をしていますよ」と地域や周りの人に伝えることです。
「今までの災害では、在宅で残る障害のある方が結果的に見えざる被災者になってしまい、行政の支援が受けられないということが繰り返し繰り返し起こってきました。マイ・タイムライン(自分のとるべき行動を時系列でまとめたもの)で、警戒レベルが1になったら関係者にあらかじめ自分が在宅でいること知らせる。警戒レベルが2になったら、友人にもしかしたらそちらに伺わせていただくかもしれない、と伝える。そういったことを時系列であらかじめまとめて作っておいて、段取り通りにアクションを起こしていくことも必要になります」(立木さん)
一方で、自宅を出て避難しなければならない場合は、避難所でどう生活を送ることになるのでしょうか。
2015年の関東・東北豪雨で被災した視覚障害のある夫婦は、当時、身を寄せた市の体育館では、混雑で歩くことさえままなりませんでした。
「炊き出しでつゆ物を持ってくるのが大変なんだよ。こぼれちゃう、斜めになっちゃう、目が悪いから。ここまで持ってくるのが大変だったの」(視覚障害のある夫婦)
避難所のトイレが使えず、大変な思いをした人もいます。
「普通の避難所でやっていくっていうのはかなり厳しいとは思います。それが1週間とか2週間になったら疲弊もするだろうし」(去年台風15号で被災した人)
2019年の台風19号で大きな被害が出た埼玉県川越市では、自閉症の人たちが暮らすグループホームや作業所が1階部分まで水没しました。
利用者は、地域の公民館で避難生活を送ることになりましたが、慣れない環境に適応することが難しく、なかなか落ち着くことができません。
避難所で職員に付き添われる自閉症の人
勝手が違う避難所では、トイレに行くにも職員の付き添いが必要です。そのたびに、感覚が鋭敏な人は、廊下の光や音で目が覚めてしまいます。
「環境の変化に適応するのにものすごい時間がかかるんですよね。彼らにとっては相当なストレス、苦痛というか」(社会福祉法人けやきの郷職員 内山智裕さん)
障害者にとって過酷な避難所生活。視覚障害(全盲)がある原口淳さんは情報を得られない不安を挙げます。
「おそらく避難所では炊き出しの場所やお手洗いが『ここ使用中止になってます』といった情報は張り紙で掲示されるということが多いと思います。私は目で見ることができないので、そういった情報を得るのが難しいのではないかなという風に感じました」(原口さん)
発達障害がある須藤さんは、次のような避難所生活での不安を語ります。
「発達障害の人の中には、食べるものや飲むものにこだわりを持っている人がいて、たとえば特定のメーカーのお茶しか飲むことができない当事者もいらっしゃいます。あとは感覚過敏といって音や光、においなどに非常に過敏になって、たとえば避難所の体育館に反響する不協和音で具合を悪くしたり、LEDライトの光が眩しくて痛く感じてしまう当事者もいます」(須藤さん)
ほかにも避難生活の不安があがっています。
・手話通訳者がいたら安心、いなくても聴覚障害者への情報保障を確保できたらいい。
・感音性難聴のため補聴器をつけても機械を通した音は内容が理解できない。
(ミライロリサーチ調べ)
さまざまな不安がある中、どうしたら安心して避難所で過ごすことができるのでしょうか。
「みなさんおっしゃっているのが、避難所は“バリアフル”、つまりバリアに満ちあふれているということです。その解決策はバリアを取り除くこと。そういった対策のことを“合理的な配慮の提供”というのですが、それが求められているとみなさんがおっしゃっていると思うんですね。移動、あるいはトイレなど、それぞれに実は対策があって、配慮をどうやって提供するのか。あらかじめ1人1人の合理的な配慮について考えるような取り組みを事前にしておくことが1番、解決策になると思います」(立木さん)
避難には障害に関わるさまざまな不安に加えて、今は新型コロナウイルスの感染リスクもあります。過去の災害でも感染症が広がったケースがあります。
かつて感染症との闘いを余儀なくされたのが、東日本大震災でおよそ200人が避難した宮城県名取市の避難所です。
震災から1か月後、1人がインフルエンザに感染していることが発覚。翌日には次々と感染者が見つかりました。人々の支えあいが、クラスターの発生につながってしまったのです。
今年3月には、新型コロナウイルスの感染が拡大する中、避難の難しさが浮き彫りになる出来事がありました。
北海道標茶町で大雨と雪解けによる川の増水が発生し、200人あまりの住民が体育館に避難したのです。
北海道標茶町の避難所の様子
「時間もなかったので、なるべく隣の人との間隔をあけて座ってもらう。シートの上を2メートル間隔でテープを貼りました。通常の避難所運営だけでは、当然、対策にはならないのかなと思います」(標茶町担当者 伊藤正明さん)
北海道の例では避難した人が少なかったため間隔を保つことができましたが、障害がある人への配慮も踏まえて避難所のあり方考えていくことが必要です。
新型コロナウイルスの影響を調査した民間のアンケートでは次のような声があがっています。
・車いすでは届かない高さに消毒液が置かれていることが多い(肢体不自由)
・前までは声をかけたら手引きなどしてくれる人が多かったが最近は警戒されているような感じがする(視覚障害)
・マスクをしている人が多く口の形を読み取って会話をすることが難しい(聴覚障害)
・「ウイルス」という概念がわからずマスクの着用を拒否される(知的障害児の保護者)
(ミライロリサーチ調べ)
障害のある人の避難について、私たちはどのように考えればよいのでしょうか。立木さんに伺いました。
スタジオの様子
「みなさん1人1人の環境のバリアが違うんですね。2016年4月には障害者差別解消法が施行されて、行政は障害のある方に対して合理的な配慮を提供することが義務になりました。これは当然、災害のときもそうなります。1人1人バリアが違うのであれば、1番大切なことは当事者の方が参画して『私は避難するときにはこうされる必要がある、こうしていただく必要がある』という、いわば避難生活編のケアプランを事前に作ることが何より必要になってきます。声をあげられないときには、相談支援専門員さんや、ソーシャルワーカーさんが当事者の声を代弁する。そうやって当事者の問題解決のプロセスの最初から参画することを保障する。これは障害者差別解消法があげている精神そのものだと思います」(立木さん)
いつか来る水害に備え、障害のある人が避難しやすい仕組みづくりが求められています。
【特集】水害から命を守る
(1)障害がある人の“避難行動”
(2)障害がある人の“避難生活” ←今回の記事
※この記事はハートネットTV 2020年6月10日(水曜)放送「水害から命を守る 第2回 障害がある人の“避難生活”」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。