梅雨から秋にかけて毎年のように起こる水害。最近は50年に1度と言われるほどの大雨や台風が続き、ますます警戒が必要になってきています。とくに障害のある人は避難にさまざまな困難が伴いがちです。避難所での新型コロナ感染リスクも心配される今、命を守るために何が必要なのか、実際に水害の怖さを経験したことのある当事者や家族、専門家と一緒に考えます。
水害に直面した時に必要となるのが、命を守るための“避難行動”です。しかし、多くの当事者が語るのは、その判断の難しさです。
長野市に住む大川憲子さんは、生まれつき足の関節に障害があり、歩くことが困難です。2019年の台風19号接近の当日は、夫と2人で自宅にいました。
午前中から降り始めた雨は激しさを増し、午後6時には、大川さんの住む地区に避難勧告が出されました。雨がさらにひどくなった午後8時には、民生委員が訪ねてきて、避難を勧められました。しかし、大川さんは断ったといいます。
「雨もめちゃくちゃ降っている。もう暗いしね。だから行こうなんて思わなかった。行ったって困るというのもあるよね。そんなに手を貸してくれる人もいないし」(大川さん)
これまで大きな災害の経験がなく、特に備えはしていなかった大川さん。台風が通過し、雨が弱まってきたため、そのまま寝ることにしました。ところが、市内を流れる千曲川の水位は、急激に上昇。上流に降った大量の雨が、遅れて流れ込んできたのです。
翌朝、堤防が決壊。大川さんの自宅は、決壊した場所から3キロほど離れているため、さほど危機感は持っていませんでした。しかし、長野市のハザードマップでは、浸水の危険を示す、色のついた場所になっています。水はそこまで迫ってきていました。
近所の人から「逃げた方がいい」と電話をもらった大川さんは、急いで支度をし、電動車いすで近くの高台にある小学校に避難しました。
「後ろをひょっと振り返ったらびっくりですよ。だって水が流れているのが見えるんだもの。こうやって、もこもこもこもここっちに来るんだもん。間一髪だったよね」(大川さん)
2018年に近畿地方を襲った台風21号を経験した原口淳さん(視覚障害)も、情報取得の困難さから、避難の判断は難しかったといいます。
「1人で家にいたんですけれども、これまで経験したことのないような強い雨と風で、テレビの音声が雨音にかき消されるほど。さらに周囲の状況も見えず、わからないので、自分の家の下まで水がきていてもわからない。何もかもがわからず、非常に怖い時間を過ごしました」(原口さん)
熊本県で発達障害のある人たちの当事者会の代表を務めている須藤雫さんは、2018年にゲリラ豪雨に遭い、現場で混乱に陥ったといいます。
「ちょうど職場から自宅に向かっているときに洪水に遭いました。元々、予期不安という特性を持っていて、先の見通しが立たないことに強い不安を感じてパニックに陥っていました。そこでいつも相談しているソーシャルワーカーさんに連絡して、パニックをいったん落ち着かせるような行動をとりました」(須藤さん)
知的障害や自閉症の子どもを持つ親を支援するNPO代表の安藤希代子さんも、西日本豪雨の際に、多くの親たちの声を耳にしました。
「感覚が過敏になるお子さんが多いので、見通しの持てなさからくる強い不安感や、強い雨、風の音におびえて動けなくなってしまう。車に乗ろうとしない、おびえて泣いてしまうなどの難しさがあると思います」(安藤さん)
脳性まひで電動車いすを使用している千葉絵里菜リポーターは、去年の台風19号の際、自宅のある江戸川区で避難の難しさに直面しました。川に挟まれている場所のため氾濫の危険があり、当時は避難勧告も出されていました。
「区から避難を促すメールが来て、とても迷いました。避難所に行こうかと思った時には、すでに遅くて、マンションの前の道路は電動車いすが走れないくらい浸水していました。マンション3階の自宅で、怖くて眠れない夜を過ごしました」(千葉リポーター)
当事者たちが口を揃える、避難についての判断の難しさ。いざという時、慌てずに対応するためには、どうすればいいのでしょうか。福祉防災学が専門の同志社大学教授、立木茂雄さんが勧めるのは、時系列に沿った行動計画「タイムライン」の作成です。
「その時になって急に判断を求められてもなかなかアクションにつながらない。しかし、気象災害は、地震のように突然来るものではなく、ある程度予測がつきますから、あらかじめ時系列に沿って、3日前はどうする、2日前、1日前、当日は・・・というふうに行動計画を作っておく。これを“タイムライン”というのですが、もっと社会に広げていく必要があると思います」(立木さん)
タイムラインに沿った行動として、例えば台風接近に伴う公共交通機関の計画運休などが挙げられます。立木さんは、こうした行動計画を、一人一人が「私はどうするのか」「我が家はどうするのか」「我々の地域はどうするのか」といった視点で考えた「私のタイムライン」=マイ・タイムラインを作っておくことが重要だと指摘します。
マイ・タイムラインを考える上で、知っておく必要があるのが「大雨警戒レベル」です。大雨の際に気象庁や自治体から発表される防災情報を5つの段階に分けたものです。
レベル1は、気象庁から数日先までに大雨が予想される可能性についての情報「早期注意情報」が出される段階で、最新情報に注意をする必要があります。レベル2は、大雨注意報や洪水注意報が出るような段階で、実際に避難する方法を確認しておく必要があります。
レベル3は、大雨警報や洪水警報が出るような段階です。自治体からは「避難準備情報」が出されますが、これは「高齢者など避難に時間がかかる人は避難を始めてください」という意味です。障害のある人も、この段階で避難を始めることが大切になってきます。
※大雨警戒レベルに関しては、「NHK 災害列島~命を守る情報サイト~ 5段階の大雨警戒レベル」ページで詳しく説明しています。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/saigai/basic-knowledge/basic-knowledge_20190529_07.html
実際に大雨警戒レベルに沿って、マイ・タイムラインの具体例を見ていきます。
レベル1の段階で、まず確認しておくべきなのが、自治体が出している「ハザードマップ」です。浸水や土砂災害の恐れがある区域を示したものです。
自宅のある場所に色が塗られている場合は、自宅の外に避難が必要です。一方、色がついていない場合は、安全を確保した上で自宅にとどまることが勧められます。
※お住まいの地域のハザードマップは「国土交通省 ハザードマップポータルサイト」らから検索することができます。
https://disaportal.gsi.go.jp/
※NHKサイトを離れます
「避難と言うのは“難を避ける”ということです。自宅は大丈夫だという方の場合は、難を避けるという意味で自宅にいるのもありです。けれど、たとえば在宅で人工呼吸器を装着されておられる方にとっては、一帯は水に浸からなくても、停電になると命のリスクが高くなります。そういった場合は、それこそタイムライン上は3日前くらいから避難先の病院の確保をしておく。そういったことが必要となります。難を避ける方法には、それぞれあるんだということを、ぜひ知っておいていただきたいですね」(立木さん)
そのほかにも、レベル1の段階でやっておくこととして、「気象情報に注意する」「大事なものは水に浸からないよう高いところへ上げておく」「水・食料・ガソリン・薬などを準備しておく」などが挙げられます。
レベル2の段階では、自宅の外に避難をする場合、具体的な避難先を検討します。あらかじめ複数考えておくことが必要です。避難所のほかにも、親戚や知人の家、福祉施設や病院、場合によっては車中泊、広域避難(自分の住んでいる地域の外に逃げる)なども挙げられます。そのほかにも、レベル2の段階でやっておくこととして、「雨量や川の水位に注意する」「避難経路を確認しておく」「非常用持ち出し袋を準備しておく」などが挙げられます。
これらはあくまでも例であり、必要なものは人によって異なります。そこで大切なのが、一人一人が自分の「マイ・タイムライン」を作ることです。当事者のみなさんに、自分だったら何をするかを挙げてもらいました。
「レベル1では、近くに住んでいる友人に居場所を伝えます。レベル2では、避難することも考えて、情報収集ツールを準備しておきたいと思います。私は普段、パソコンを利用する際は画面の情報を音声で読み上げるソフトを使っているんですが、情報を得るためには、そのソフトが入っているパソコンじゃないといけないので」(原口さん)
「レベル1では、大雨になる前に家族みんなが家に戻ってくるよう頼んでおいたほうがいいかな、と思います。レベル2では、発達障害の子どもたちは見通しの持てなさに不安になりやすいでしょうから、その子なりの落ち着けるグッズというのを持ち出し袋にいれておく。ゲームやスマホで動画を見るなど、電源を必要とするものが結構あるかなと思うので、同時にバッテリーの充電も必要になります。子どもの飲んでいる薬があれば、それも準備したほうがいいかな、と思います」(安藤さん)
「私は24時間ヘルパーを必要としているので、レベル1ではヘルパーさんの誰が入れるのか、どういう時間帯で入れるのかを確認したいと思います。レベル2では避難場所の確認です。ハザードマップでは私のマンションは2階まで浸水することになっています。私は3階なのでギリギリなんですが、5階の友人の家に行ってもいいか確認したいと思います」(千葉リポーター)
須藤さんは、そもそも発達障害の特性で、目の前のことに対処することはできても、まだ起こっていない先のことを具体的にイメージすることができないといいます。そのため、レベル1や2の段階になってからではなく、普段から用意しておくことが必要だと思うものを挙げてくれました。
「発達障害当事者災害手帳作成マニュアルというものを持っています。災害時の自分の取扱説明書になります。例えば、『後ろから声をかけられたり肩を叩かれたりすると、とても驚いてしまうので、私の前から声をかけてください』などが書いてあります。これを前もって作っておくことで、自分のことをいろんな人に伝える手段ができます」(須藤さん)
レベル3の段階になると、実際に避難行動を開始することになります。そのために事前に作成しておくと良いのが「個別避難計画」です。災害時に自力で避難することが難しい場合、自分にはどんな支援が必要なのかをまとめたもので、支援者・家族・地域の人たちと一緒に作っていくものです。
国も、災害時に支援が必要な障害者や高齢者(災害時要支援者)一人一人に対し、市町村やコーディネーターが中心となって、こうした計画を作成することを勧めています。しかし、実際にはなかなか進んでいません。立木さんは、これまで別々の枠組みとされてきた「防災」と「福祉」を結び付けて考えることが鍵になると語ります。
「障害福祉サービスを受けている方であれば、ケアプランをお持ちの方が多い。いざというときのことを“災害時版のケアプラン”と考えて、相談支援専門員の方と一緒に個別避難計画を作っておく、といったことが広がるとよいと思います。とはいっても、制度として整えるには非常に時間がかかりますから、当事者の方がまずできることとしては、声がけをする人たちをあらかじめ確保しておく。あるいはソーシャルワーカーなど、事前に相談できるような自分の社会資源を豊かにしておくことではないかと思います」(立木さん)
そして、マイ・タイムラインも、一人一人がやるべきことを決めておくだけでなく、地域全体のタイムラインも合わせて作っておくことが大切です。例えば、レベル1では「避難所の防災用品を確認」「要支援者のリストを確認」、レベル2では「要支援者へ避難準備を呼びかけ」、レベル3では「避難所を開設する」「要支援者の避難誘導開始」などです。そして、それらを「誰が」やるのかまで(例えば民生委員や自治会の役員といったように)具体的に決めておくことが、いざというときにスムーズに動けることにつながります。
「地域はこうしたタイムライン作りを通して、防災マインドを高めていただくことをやってもらいたいです。そこに当事者の方が参画することによって福祉の視点も入ってきます。防災と福祉、この2つを合わせることが何より必要だと考えています。当事者の皆さんも、ともに汗をかいていきましょう」(立木さん)
【特集】水害から命を守る
(1)障害がある人の“避難行動” ←今回の記事
(2)障害がある人の“避難生活”
※この記事はハートネットTV 2020年6月9日(火曜)放送「水害から命を守る 第1回 障害がある人の“避難行動”」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。