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コロナの向こう側で(2) “会話”よりも“対話”を 斎藤環さん

記事公開日:2020年06月10日

新型コロナの影響で社会は大きく変わってしまいました。「ひきこもり」の第一人者で精神科医の斎藤環さんは、新型コロナは「他人に触れない」という新しい倫理観をもたらしたと言います。自粛生活によってすべての人がひきこもりになり、小さなことで他人を責める殺伐とした雰囲気になった社会。人間が持つ本来の姿に戻るために必要なことを聞きます。

新たな倫理観が生んだ殺伐とした社会

「ひきこもり」の第一人者で精神科医の斎藤環さんは、当事者に寄り添いながら、彼らの背景を理解する必要性を発信し続けてきました。現在も平常通りに診療を続けていますが、患者の9割以上が新型コロナに対する不安やストレスはないと言います。さらに良い変化として、ひきこもっている人の外出頻度が増えており、斎藤さんは社会の変化が要因だと推測します。

「ひきこもっている方が外出を苦手とする理由は、近所の視線を気にすることがあったわけです。しかし、皆さん外出を控えているので近隣住民の目を気にしなくて済む。そういった面で、外出のストレスが減ったと思います。あと、今まで『ひきこもってないで外出しなさいと』いうプレッシャーが強かったわけですけど、今はむしろ『積極的にひきこもっていてください』と社会状況が変わったことも大きいと思います。つまり外出の圧力が減ったおかげで、外出できるようになったという考え方です」(斎藤さん)

斎藤さん自身は、新型コロナがもたらした社会の変化で気になっていることがあります。

「感染を避けるという名目で私たちは3密を避けるとか、ソーシャルディスタンスを取っていますが、これはもともと、医学的な要請です。ところが段々と、道徳的な規範にすり替わっています。もともと医学のはずなのに、いつの間にか道徳になっている。私はこれを、“コロナピューリタニズム”と名付けました」(斎藤さん)

画像(コロナピューリタニズム)

斎藤さんが名付けたコロナピューリタニズムとは、“自分が感染している前提でふるまえ”という新たな倫理観。こうした意識が浸透するなかで、社会全体がギスギスしてきたと感じています。

「規範意識がひとりでに定着した結果、外で遊び歩いている人を見るとイライラして腹が立つ。あるいは、連休中に沖縄に行ったと聞くと、非常に腹が立ち責めたくなる。県をまたいで移動すると批判が殺到するとか、少し過剰なカギカッコつきの正義です。もともとは医学上の範囲だったものがいつの間にか『正義』にすり替わっていて、その正義に従わない人をみんなで責める。そういう殺伐とした雰囲気に社会全体がなっている印象があります」(斎藤さん)

自粛生活によって起きたネガティブな感情

新型コロナがきっかけで殺伐としてしまった社会。長期間の自粛生活によって、ふたつの思考が引き起こされたと斎藤さんは指摘します。ひとつは白黒思考です。

画像(白黒思考)

「ひきこもり生活が長引くと、非常に考え方の振幅が狭くなってくる。これは退行といいます。退行というのは子どもに返るとかそういった意味ですが、気持ちのありようが幼稚化してくる。退行した心というのは“白黒思考”、0か100かみたいな極端な発想に近づきやすい。これは少しでも間違ったことをしている人がいたら、非常に攻撃的になる。激しい怒りを感じてその人を責めてしまう傾向につながりやすい」(斎藤さん)

もうひとつは投影性同一視です。

画像(投影性同一視)

「“投影性同一視”とは、自分の中にあるイライラを、周りの人が自分に対して不快感を持っていると錯覚してしまう心向きです。それがあると家庭内での夫婦喧嘩とか、極端になるとDVや虐待につながりやすい」(斎藤さん)

こうしたネガティブな感情が芽生えたのは、日常から対話の機会が失われたからだと斎藤さんは言います。

「対話というのは顔を見合わせながら、まさに3密の距離で言葉を交わす行為であったと改めて痛感していますけど、今それが全部できない。とにかく会えない、近づけない。それからマスクをしなきゃいけないので、表情も読めない。もう、手足を縛られた感じで、本当に対話が難しいという状況です」(斎藤さん)

“会話”よりも“対話”が大事

自粛生活がもたらしてしまった弊害。回復には対話がポイントだと斎藤さんは考えます。

「今こそ対話をしていただきたいと思うんです。対話というのは会話ではないのがポイントです。会話というのは合意を目指すこと、結論を出すことが会話です。会話はしないほうがいいと思っています。対話というのは結論を出さない。それから合意もしなくていい。もっと言うと、議論とか説得とかアドバイス抜きで、言葉を交わすことが対話なんです」(斎藤さん)

画像(会話と対話の違い)

斎藤さんは臨床の場でも対話を重視しています。薬物による治療ではなく、患者が話したいことについて対話する「オープンダイアローグ」という治療法です。

「説得やアドバイスは、クライアントさんの主体性や自発性を抑圧してしまう傾向があります。しかし対話の手法を知ってからは、誰の意見も尊重する空間を作ると、そこに余白が生まれてくる。その余白の中で、クライアントさんは自分の主体性とか自発性を回復しやすくなる。精神疾患において、一番大事にしているのは、自発性と主体性の回復です」(斎藤さん)

家庭内でも苛立ちが起こりやすい状況では、結論のない対話“毛づくろい”が有効だと考えます。

「できるだけ中身のないくだらない、不要不急ののんきなおしゃべりをしていただきたい。対話の目的は対話を継続することですから、結論は出ないほうがいいですね。結論を出さずに永遠におしゃべりをする。私はこれを“毛づくろい”と言っています。情報量はなくていいんです。毛づくろいってコミュニケーションではないですけど、情報量はないですから。だけど猿はそれをすることで親密さを確認していますよね。そんなことを人間も対話でできると思っています」(斎藤さん)

オンラインによる交流の限界

コロナがきっかけで普及が始まったオンラインによるコミュニケーション。しかし、斎藤さんはオンラインを使った対話は難しいと感じています。

「どんなに精度が高いオンラインを使っても、微妙にズレるんです。これが一番の問題で、ちょっと遅れちゃうんですよ。この遅れが対話にとっては非常に致命的で、相手の話に共感したり、相づちを打ったり、間合いみたいなものが全部狂ってしまう印象を持っています。オンラインでやれることは情報の交換だけですね。情緒とか感情の共有はすごく難しい。オンラインは限界があるのかもしれないと感じています」(斎藤さん)

さらに、その場にいないことによる弊害もあります。

「その場にいることによって非言語的なメッセージ、微妙な表情の変化とか声のトーンの変化が言葉を補っているわけです。けれども、その言葉以外の要素がオンラインでは飛んでしまうことがあります。こちらの言ったことが本当に伝わっているのだろうかと、物足りなさ、もどかしさを感じてしまう。もともと関係がある人とは代替手段として使える。だけど、画面だけで知り合って関係を深めるのはちょっと無理だなと感じます」(斎藤さん)

斎藤さんは以前、「親密になるということは体液を交換しているのだ。エアロゾルを交換し合っているのだ」と述べています。コロナ禍の中ではタブー視されているエアロゾルの交換ですが、関係を深めるには直接会っての対話が大切だという認識です。

画像(イメージ)

「望ましい方向としては、このコロナはいずれ必ず終わるわけですから、終わったあとでもう一回対話の価値を再認識して、新鮮な気持ちで再スタートしてほしい。その場に必ずいなければという無意味な慣例が削ぎ落とされて、本質的に顔を合わせることが大事な場面と、そうでないものの区別が進むことを期待しています」(斎藤さん)

記憶を継承するための提言

いずれ終わると考えられる新型コロナの混乱。終息後の社会では、本来の人間の姿を取り戻してほしいと斎藤さんは希望します。

「3密とか社会的距離というのは、あくまでも医学の要請であって、道徳とか倫理は全く関係ないということです。もう一回しっかりと認識してほしいです。対話できなかった不自由さとか、会いたい人に会えなかった寂しさを考え、コロナ禍が終わったら意識的に回復してほしいと思います。つまり、直に会って、3密を避けずに、エアロゾルを交換しながらたくさんしゃべることが、本来の人間の姿であるということを意識してほしいです」(斎藤さん)

画像

精神科医 斎藤環さん

一方で、忘れてほしくないのは選択の多様性です。

「実は、人と会わずに仕事をすることが楽しい、楽だと感じている人もたくさんいます。そういう人にとっては職場空間とか、3密空間はすごく苦痛でしかない。だから、回復するのなら何もかも元通りではなくて、親密さや3密に馴染めない人の存在を踏まえた上で、多様性を取り入れていただきたいと思います」(斎藤さん)

最後に、斎藤さんにはどうしても気になっていることがあります。

「この出来事はひょっとしたら2、3年したらみんな忘れてしまうのではないかと懸念しています。パンデミックというのは気づけないんですね。始まりがないから。地震だったら起きた日が日付です。戦争も発端の日が日付です。(コロナは)日付がわからないので、記憶されにくい。私が提案したいのは、始まりの日を記憶できないのなら終息宣言の日を記念日にして、その日に犠牲者を追悼して記憶を継承していく。この経験から我々が学んだものに関しても、その都度、確認していくといいかなと思います」(斎藤さん)

コロナの向こう側で
(1)“全員が障害者”で見えたもの 熊谷晋一郎さん
(2)“会話”よりも“対話”を 斎藤環さん ←今回の記事
(3)1億分の1としてできること 湯浅誠さん

※この記事はハートネットTV 2020年6月2日放送「インタビューシリーズ『コロナの向こう側で~斎藤環さん~』」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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