どこまでがしつけで、何が虐待なのか、子育て中の親にとって気になる問題です。子どもにきちんと育って欲しいという親の思いを大切にしながら、虐待とは違う方向で子どもに向き合う方法とは?PCIT(親子相互交流療法)という手法を通じて、専門家と一緒に考えます。
2019年12月、厚生労働省で体罰にあたる行為を具体的に示すガイドラインが検討されました。
出典 厚生労働省「体罰等によらない子育ての推進に関する検討会」資料より
保護者のみなさんにどんなしつけをしているのか聞いてみると、立派に育ってほしいと思うあまり、ついガミガミ言ってしまう、生活態度や勉強面を厳しく見ている、との声が・・・。
そうしたなか、中1と小5の子どもを持つきんかんさんは、しつけに体罰を取り入れていると言います。
「うちのしつけは、いっぱい怒鳴って、いっぱいたたくことです。でもそのおかげで、どんどん悪いことはしなくなるし、たたくことが一番身につくし、間違いを起こさないかなと。そのかわりに、しっかり愛情表現として抱きしめたりとか、褒めるときは褒めるので、子どもは愛されているとは感じていると思います」(きんかんさん)
また、小6の息子を育てるナッツさんは、単身赴任中の父親が、しつけにとても厳しいと言います。息子が小さいときは手をあげることもしばしば。今では、居間のテレビの横にカメラを設置、朝食の準備に忙しい時間でも、息子のツバサくんが起きてきていないと何度も電話がかかってきたり、勉強したことは毎晩写真で父親に送り、出来ていないと説教も。ナッツさんはそこまで厳しくしなくてもよいのではと思っていますが、夫のたろうさんは「何かあったときに踏ん張れる人であってほしい」という強い思いを持っています。
「虐待で亡くなられたお子さんのニュースなどを見ると、自分の場合も、もしかしたらあそこまでいってしまったかもしれなかったなって。そうならず、今こうやって家族でいられるのは、みんなが守ってくれたんだとすごく感謝していて、一方で親としてはやはり、子どものことを諦めたくないし、成長して欲しいから、最善の方法は何だったのかなと、今でも悩みながらです」(たろうさん)
親と子どものメンタルヘルスケアに長年携わっている、精神科医の加茂登志子さんは体罰によるしつけを次のように説明します。
「体罰そのものは即時的な効果はあります。そのときは言うことを聞く。でも逆に、子どもは不安や恐怖がなければ言うことを聞かなくなる。逆にすりこまれていくところがあります。親の言うことは聞くけど、家の外では言うことを聞かないとか、あるいは友だちのなかでいじめをする側にまわるということも起きる可能性が高くなります」(加茂さん)
しつけとはどうあるべきなのでしょうか。教育学者で子どもの成長や発達に詳しい、東京大学名誉教授の汐見稔幸さんにお聞きしました。
「社会の中で生活するときに、どうしても守らなきゃいけないルールや規範を身につけた上で、行動できるようにしていくことが“しつけ”です。着物を縫うときに最初に大まかに縫っておくしつけ糸というものがあって、本縫いをするときには外していきます。本縫いが本当の規範だとしたら、その前に『こういうふうにしなきゃいけないんだよ』ということを子どもにわからせてあげるのがしつけ糸。徐々に外して、『なるほどな』と思って自分で本縫いをしていくようにすることがしつけでは一番大事なのです」(汐見さん)
具体的にはどのように子どもをしつければよいのでしょうか。加茂さんに説明していただきました。
アメリカの発達心理学の研究によると、子育てについて、親は次の4つのタイプに分けられると言います。
これらの親に育てられた子どもを追跡調査すると、思春期、青年期になったときに、次のような傾向が見られました。
目指したいのは、リーダーシップのある親。子どもは、自信があって感情のコントロールも上手になると言います。このことを知ったきんかんさんは自身のしつけを振り返ります。
「完全に独裁タイプだなと思っちゃいました。実は、考えや自分の意見をほとんど言わない子になってしまって、私が全部コントロールしてきたのが原因かなと、ちょっと今、感じ始めています」(きんかんさん)
そんなきんかんさんに、加茂さんは「まだ間に合う」とアドバイスします。
「まずは、そこに気がつくというところがすばらしくて。弱点もあったなと気がついて、弱点に手当てをしていくというのが、すごく重要なポイントだと思います」(加茂さん)
どうすればリーダーシップのある親になれるのでしょうか。そこでマルベリーさんにある実践を続けていただきました。
なかなか思うようにしつけができていなかったマルベリーさんが、次男のかいと君と一緒に受けたのは、1970年代にアメリカで開発された、「PCIT(Parent Child Interaction Therapy)」(親子相互交流療法)という親子の関係を良くするための心理療法。問題行動のある子どもへの対処や虐待の再発を防ぐのに役立っており、日本でも東京都の児童相談所などで取り入れられています。
まず、プレイルームで親子が遊ぶことからスタート。これを「特別な時間」と呼びます。
この「特別な時間」の間は、子どもに対してやってはいけないこと、「Don’tスキル」を守ります。そして、やるべきこと、「Doスキル」を使い、質問や命令をせずに褒めたりまねをしたりして、子どもが楽しくのびのびと遊べるようにします。
さあ、それでは実践。
マルベリーさん「かいと君、階段を作っています。お母さんもまねをして、作ります」
加茂さん(無線)「いいまねですね」
マルベリーさん「上手に高さを調整しました」
加茂さん(無線)「行動の説明バッチリです。注目してもらっているので、かいと君もすごい集中力が上がっていますね」
こうして、親が注目する中で子どもを好きに遊ばせることが、親子の絆を強くするのです。ところが、このとき、かいと君がオモチャを口にくわえてしまいました。
加茂さん(無線)「ここは反応しなくていいです。無視のスキルを使っていきます」
「無視のスキル」とは、子どもが良くない行動をしたとき、わざとそれを無視するテクニックのこと。
加茂さん(無線)「上手ですね、お母さん。何も批判や質問や命令せずに、よくスルーしましたよ。口に木を入れるってことをやめて、遊びに戻ったときにすかさず声がけすると、『反対の良い行動を褒める』というスキルになります」
このようにして、子どもが不適切な行動をしても怒らずに、それを自分からやめるようにしむけていきます。
この「特別な時間」を、マルベリーさんは家でも毎日5分間、10日に渡って続けました。すると反抗的だったかいと君の態度が大きく変わり、マルベリーさん自身も変わることができたと言います。
「毎日繰り返していく中でだんだん自然に良い言葉がけができるようになってきて、関係が良くなった実感がすごくありました。口にくわえたとき、注意したくてしょうがなかったのを押さえる。それが自分のトレーニングになったので、自分が変わる5分間だった。『特別な時間』は、ただ5分間一緒に遊ぶだけとは違うものだと気がつきました」(マルベリーさん)
PCITには、さらにステップがあります。「5分の特別な時間」で親子の良い関係を強化したら、それを土台として、次に「良い指示の出し方」を学んでいきます。ここから、いよいよ「しつけ」の段階に入ります。
「5分の特別な時間」を続けたマルベリーさん親子は再び加茂さんのクリニックへ。親が子どもにしてほしいことを伝えるための、8つの「効果的な指示の出し方」を教わりました。
8つの効果的な指示の出し方を子どもとの遊びの中で練習しながら、日常生活の中でも実践していくようにします。
1週間後のマルベリー家。学校から帰って来たあとのおやつタイムです。
マルベリーさん「ゴミをここに入れてください」
指示するときは、具体的に1つだけ。
マルベリーさん「お、すぐやってくれた、ありがとう」
かいと君、お母さんの言うことをすぐ聞きました。すかさずお礼を言います。
マルベリーさん「一緒に洗濯物たたむの手伝ってください」
かいと君「うん」
マルベリーさん「ありがとう」
ゲームの途中でしたが、かいと君は洗濯物をたたむお手伝いをすぐにやってくれました。かいと君に話を聞いてみると・・・。
「指示されるのがやさしいから、やりたくなる。(お母さんが)お礼を言うから、もっとやりたくなる」(かいと君)
かいと君が指示通りに動いてくれるので、時間の余裕ができ、親子の笑顔も増えたというマルベリー家。PCITの意外な効果は、かいと君の兄、そうた君にも表れました。お風呂を進んで洗ってくれたのです。
「(お母さんが)変わった。うれしい。変わってくれて。自分も少し変わらなきゃいけないなと思う」(そうた君)
PCITを知らずに子育てをしてきた人や、知っていてもなかなか実践できない人はどうすればよいのでしょうか。
加茂さんによると、子どもと向き合う時間がなかなか取れないという人は、塾の送り迎えのときに子どもの話を聞いたり、子どもの言葉を繰り返したりすることでも、子どもをリラックスさせることができるそう。また、Don’tスキルやDoスキルは低学年でなくても効果があるため、食事のときや宿題を見ているときに実践してみるとよいと言います。
子どものしつけが「うまくいかないな」と思ったら、普段の接し方を変えてみることで、新しい発見があるかもしれません。
「私たちは、体罰を受けてきてしまった世代というか、それでいま自分がちゃんとした人間に育っているから、体罰はやっていいことなんだと肯定していただけかもしれない。でも実は違っていたんだと気づくためにも大事だなと思います」(マルベリーさん)
「やっぱりしつけの問題というのは、ほとんどが親の問題。しつけというのは親がかなり丁寧に説明することで、そうして共感力の豊かな子どもになるとたいていの悪さなどはしなくなってくる。今回、体罰禁止のガイドラインが出てきたのは、歴史的な一つの転換点で、私たちが前進していくきっかけを作ってくれたと思えればいいかな」(尾木直樹さん)虐待を防ぐには
ひとごとではない子どもの虐待
もしものときの児童相談所
子どもが一時保護されるとどうなる?
“ちょうどいい”しつけで親も子もハッピーに ←今回の記事
※この記事はウワサの保護者会 2020年2月6日(木曜)放送「シリーズ虐待を防ぐには⑤ “しつけ”どうすればいいの?」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。