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【特集】薬物依存を考える “ハームリダクション”の現場から(1) 薬物をやめることより「支援につながること」を重視

記事公開日:2020年04月07日

日本は厳しい取り締まりによって薬物の乱用を防いできた一方、いったん薬物依存に陥った人たちの存在が見えにくく、回復支援はあまり進んでいないのが現状です。そうした中、いま世界各国で成果を上げているのが、“ハームリダクション”(Harm Reduction=被害の低減)と呼ばれる薬物問題への新しいアプローチです。どのような取り組みなのか、カナダ・トロントで取材しました。

薬物使用者を必要な支援につなげる“注射室”

およそ300万人が暮らす、カナダ最大の都市トロント。市民の半数が移民で、さまざまな文化が交錯する、世界で最も多様性あふれる都市のひとつです。

ビルが立ち並ぶトロントの中心部。この繁華街の一角に、トロント市の公衆衛生局が運営する「ザ・ワークス」があります。ハームリダクションの取り組みを行っている施設です。

画像(ザ・ワークス マネージャー ショーン・ホプキンスさん)

案内してくれたのは、マネージャーのショーン・ホプキンスさん。中に入ると、鏡張りになった6つのブースが並んでいました。

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ザ・ワークスのなかにある鏡張りのブース

「ここは利用者が薬物を使うためのブースです。利用者はまずこちらでハームリダクション用品を受け取ります。中には安全に薬物を使うために必要なものがそろっています。すべて清潔で消毒済みです。止血帯、蒸留水、アルコール綿、クッカー(薬物を温めて溶かす器具)、注射器もあります」(ショーンさん)

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利用者に渡されるハームリダクション用品

この部屋では、自分で手に入れた薬物を持ち込んで使うことができます。

違法な薬物の使用が許されているのには理由があります。薬物をやめられない人の多くは、その負い目から助けを求めにくいため、当事者が薬物を使用できる場所を用意。それをきっかけに背景にある困りごとを聞き出し、必要な支援につなごうというのです。

「『調子はどうですか』『何か必要ですか』『どこに泊まるのですか』などと声をかけ、さまざまな支援とつなぐようにしています。これはとても大切なことです」(ショーンさん)

そのために、利用のハードルを下げるさまざまな仕組みが作られています。
カナダでも違法薬物の使用は犯罪ですが、薬物法の例外条項によって、この部屋で薬物を使用している場合、警察は逮捕することができません。さらに、専門のトレーニングを受けた看護師などが見守り、利用者が危険な状態に陥ったら、すぐに対応します。

こうした施設は「注射室」と呼ばれ、現在、トロント市内に9か所あります。民間が運営するものも含め、すべて政府からの資金援助を受けています。
この注射室は3年前にオープンし、これまでに7万8000件を超える利用があったそうです。

「ここでは薬物使用は『健康の問題』だととらえます。薬物を使用する人をゼロにするというのは現実的ではありません。健康面の観点から彼らを必要な支援につなげ、それらを受けられるよう手助けします」(ショーンさん)

医療現場もハーム(被害)を減らすことに注力

行政と連携し、ハームリダクションに取り組んでいる医療機関にも話を聞いてみました。訪ねたのは、トロント市内にあるセント・マイケルズ病院です。

ここでは、毎日平均50人ほどの薬物依存の患者を診ているそうです。
患者にどのような対応をしているのか、医師のアレクサンダー・コーダレラさんに聞きました。

画像(セント・マイケルズ病院 医師 アレクサンダー・コーダレラさん)

「すぐに薬物がやめられそうにないのであれば、まずは健康を優先します。長年、薬物を使っている患者もいて、彼らはひどい仕打ちを受けてきました。パートナーからの虐待や家族からの拒絶。かつてはそんな彼らを刑務所に収容していました。でも我々は『あなたは大切だ』と患者に伝えます。そして尋ねます。『人生を良くするために何がしたいか』『私たちに手伝えることがあるのか』。皆、薬物がダメな理由はさんざん聞かされてきました。彼らも頭ではわかっています。よく、私にこうも言います。『安心して生活したい』『人生に意味を見いだしたい』。なので、サポートすると答えます。『あなたの尊厳を大切にします』『あなたの人生を良くするためお手伝いをします』と」(アレクサンダーさん)

医学的にみれば、体にとって害がある薬物。医師の立場で「強制的にはやめさせない」とはどういうことか、アレクサンダーさんはその真意を語ってくれました。

「以前は薬物をやめることが入院の条件でした。その結果、患者は病院から去り、亡くなってしまったのです。今はハーム(被害)を減らすことに注力しています。その形は人それぞれです。『注射針の使い回しをしない』『薬物の種類を減らす』『薬物の使用を完全にやめる』などです。自分自身のケアができない人が多く、精神的な問題や不安、うつや自殺願望を抱えている人もいます。敬意を持って対応すれば希望が生まれます。健康を気遣われて、初めて薬物をやめようと思うのです。最初から明言しなくても、薬物をやめることは常に目標です。薬物を必要としない人生の価値を彼らが見いだすのを助けたいのです」(アレクサンダーさん)

国民の命を守るために始まったハームリダクション

当事者の健康被害を減らすことを第一とし、薬物をやめることより、支援につながることを重視する「ハームリダクション」。
カナダがこうした取り組みを始めたのは、薬物使用による影響が大きな社会問題となったからです。

1980年代前半、HIV・エイズの蔓延が世界を揺るがしていました。治療薬のなかったこの時代、発症すれば確実に死に至るとされた病です。増え続ける死者や医療費の増大は、ヨーロッパやアメリカを中心に、社会に多くの混乱をもたらしました。

感染拡大の要因の1つは、薬物使用者の間で、注射器の使い回しが横行したことです。

画像(1987年 カナダ政府による新・国家薬物戦略発表を伝える新聞記事)

1987年5月26日 Vancouver Sun / Postmedia Network Inc

カナダ政府はこれを国家的な危機とし、1987年、巨額を投じた新しい薬物戦略を打ち出します。
これまで重視してきた取り締まりよりも、薬物使用による健康被害「ハーム」を減らすことを掲げ、国民の命と生活を守ろうというものでした。

画像(“注射室”を利用する様子)

AFP Video / INA

2003年には、バンクーバーにカナダ初の「注射室」が開設されます。その結果、新たなHIVの感染を防ぎ、年間1760万ドルの医療費を抑制。さらには、薬物の過剰摂取による死亡が2年間で35%減少、断薬治療につながる人が1年間で30%以上増えるなどの成果が出たのです。

出典:Summary of findings from the evaluation of a pilot medically supervised safer injecting facility.CMAJ,175(11)

現在では、予防・治療・取り締まりと並んで、ハームリダクションは、薬物政策の重要な柱の1つとして位置づけられています。

画像(カナダ政府の薬物政策)

カナダ政府の薬物政策

出典:カナダ政府公式ウェブサイトより

こうした取り組みは、国際的にも広がりを見せています。
現在ハームリダクションを導入している国や地域は、世界80以上。薬物使用者が顕著に減少するといった成果が報告されています。

画像(ハームリダクションを導入している国の成果)

出典:Current status, historical highlights, and basic principles of harm reduction. Harm Reduction, 2nd ed : Pragmatic Strategies for Managing High-Risk Behaviors. Guilford Press
出典:Public health and international drug policy. Lancet,387(10026)

一方、日本では、厳しい取り締まりによって薬物の乱用を防いできました。しかし、その陰でいったん薬物依存に陥った人たちの存在が見えにくく、当事者の多くが孤立したまま支援につながれずにいるのが現状です。
薬物問題の解決に本当に必要なものは何なのか。記事「薬物依存を考える “ハームリダクション”の現場から(2)」に続きます。

【特集】薬物依存を考える “ハームリダクション”の現場から
(1)薬物をやめることより「支援につながること」を重視 ←今回の記事
(2)「尊厳を大切にされること」が回復につながる
(3)いま日本に必要なことは?

※この記事はハートネットTV 2020年4月7日放送「特集 薬物依存を考える① 安心して支援につながるために ~“ハームリダクション”の現場から~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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