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ぼくは学校に行きたい ~医療的ケア児とインクルーシブ教育~

記事公開日:2020年03月13日

「地域の小学校に通いたい」。医療的ケアを受けている小学2年生の男の子とその両親が、地元の小学校への入学を認められなかったのは違法だとして、神奈川県と川崎市を相手取り対応を見直すよう求めている裁判。その判決が3月18日に言い渡されます。たんの吸引や人工呼吸器が必要な医療的ケア児は、現在、全国に約19000人いると推定され、10年前に比べ約2倍に増加しています。一方で、彼らを取り巻く環境が整っているとはいえず、望む教育を受けられずに、悩んでいる家族も少なくありません。ともに学ぶインクルーシブ教育とは何か、医療的ケア児の就学をめぐる裁判から考えます。

地域の小学校に通いたい和希くん

提訴しているのは、神奈川県川崎市に住む小学2年生の光菅和希(こうすげ・かずき)くん(8)とその両親です。全身の筋力がうまく育たないなどの症状がある難病、先天性ミオパチーのため人工呼吸器を装着しています。家ではインターネットで動画を見たり、ゲームをしたりするのが大好きな男の子です。

和希くんは現在、川崎市教育委員会の決定により特別支援学校に通っています。しかし、本人や両親は、入学前から、特別支援学校ではなく、地域の小学校に通うことを希望していました。なぜなら入学前、地域の幼稚園で他の子どもたちと一緒に育ってきたからです。

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大勢の友達と一緒に過ごせた幼稚園

「幼稚園では、地域に住む同年代のお友達からたくさんの刺激を受け、できることも増え、表情も豊かになっていきました」(母・悦子さん)

例えば砂遊び。もともと汚れるのが嫌いだった和希くんですが、友達が笑顔で砂を手にのせてくれるとうれしそうに受けとり、慣れていきました。時にはダンゴムシまで持ってきてくれる子もいましたが、和希くんは「お友達がくれたものだから」と大切に持っていたといいます。

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幼稚園の遠足で笑顔の和希くん

言葉を発することは少なかった和希くんですが、遊びを通して友達から話しかけられる中で、次第に発語も増えていきました。
さらに、なわとびを頑張る友達の姿を見て、跳ぶことはできなくても、なわとびをつかんで回そうとするなど「頑張る」力も芽生えていきます。

また、集団行動をする中で「おしゃべりをしてはいけない時間には、黙って過ごす」など、周囲に合わせた行動も取れるようになったといいます。

「家で私たちが同じことをしても本人は頑張らないし、嫌がっていた。でも、お友だちの頑張る姿を見て『自分もやりたい』と思えるようになったんです。やっぱり子ども同士の関わり合いって、成長に欠かせないんだなと思いました。そして、お友達も和希のことを友達と思って受け入れてくれていました。幼稚園を休めば『かずきくん、どうして休みなの?』と心配してくれました。和希のことを知らないお友達に、人工呼吸器のことを説明してくれるなど、医療的ケアのことも子どもたちなりに理解をしてくれていました。だからこそ、同じような環境の中で成長できるように『地域の小学校に通いたい』と思っています」(母・悦子さん)

子の成長を願った末の提訴

障害のある子どもは就学先をどう決めていくのか。
現在の制度では、地域の学校やその中に設置される特別支援学級に通う、障害のある子どものための特別支援学校に通う、といった選択肢があります。地元の自治体が、本人と保護者のニーズや要望を把握し、合意形成した上で、進学先を決定することになっています。

和希くんと両親は地域の小学校に通うことを希望し、就学前から川崎市の教育委員会と話し合いを重ねてきました。しかし2018年3月、川崎市教育委員会は和希くんの就学先を特別支援学校に指定しました。医療的ケアが必要な和希くんが安全に通え、教育的ニーズを満たせるのは特別支援学校が適当であると判断したためだといいます。

この決定を受け、和希くんの両親は、地域の小学校への入学が認められなかったのは障害者差別解消法などに違反するとして、市と県に地域の小学校への就学を認めるよう提訴したのです。

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光菅和希くんと両親の伸治さん、悦子さん

「話し合いを重ねているなかで、地域の小学校に通わせたいという思いは(教育委員会に)理解して頂けているものと認識していました。しかし、入学直前になって特別支援学校になりましたと言われ、私たちとしては裏切られたような気持ちになり、裁判にまでいかざるを得なかったという状況です」(父・光菅伸治さん)

特別支援学校のほうが専門的な教育を受けられるとして決定したという教育委員会。それに対し、何より地域の小学校で友達と一緒に成長してほしいと願う両親・・・裁判は苦渋の決断だったといいます。

共に学び、共に育つインクルーシブ教育

障害のあるなしにかかわらず、子どもたちが一緒に学ぶ考え方は「インクルーシブ教育」と呼ばれ、文部科学省も「共生社会の形成」に向けて推進しています。

医療的ケアを受けながら、地域の小中学校に通っている子どもは全国に858人(平成29年度)。
和希くんと同じように人工呼吸器をつけていて、地域の小学校に通っている子どもたちもいます。

広島市に住む小学5年生、正木篤(まさき・あつし)くんも、その一人。
リー脳症という病気で、自力での呼吸が難しいため、人工呼吸器をつけています。胃ろう、たんの吸引などの医療的ケアも必要です。篤くんは広島市立の幼稚園を経て、地域の小学校に入学しました。当初は親の付き添いが必要でしたが、現在は看護師や学習面のサポートをするアシスタントが配置され、親と離れて学校生活を送ることができています。

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正木篤くん(中央)幼稚園から一緒の友達と

広島市でも、人工呼吸器をつけた子どもが公立幼稚園や地域の小学校の普通級に就学することは前例のないことでした。幼稚園入園の際にも、教育委員会からは『前例がないので受け入れは難しい』と主張されましたが、話し合いを重ねて入園となりました。

「幼稚園に通ったら、体調を崩すに違いない」と何度も言われました。
しかし実際には、1度しか体調を崩しませんでした。

そうした経験も踏まえ、小学校入学の際には、教育委員会から「前例のないことなので、篤くんのケースにしっかり取り組んで、よい前例になるようにしていきましょう」と伝えられたといいます。

いまでは、2泊3日の野外活動にも、親の付き添いなしで参加している篤くん。
母親の寧子さんは、「子どものなかで学習する、生活することが本人の力をどんどん伸ばしている」と実感しています。

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両親とともに講演 篤くんは応援している地元・サンフレッチェ広島のグッズで身を包む

たとえば運動会。低学年の時は、徒競走で走る距離を短くしてもらい、みんなとゴールのタイミングをあわせられるようにしていました。しかし5年生になり、篤くんは「みんなと同じ距離を走りたい」と意思表示をし、走ることになりました。当然、ゴールするまで時間がかかりましたが、みんなが篤くんのゴールを待ち、見守り続けてくれました。

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4年生の運動会 入場行進もみんなと一緒に

普段の生活にも変化がありました。
休み時間などに、友達が話しかけてくれるものの、言葉を発することができない篤くんは応えられません。なんとか友達とコミュニケーションをとりたいと思い、篤くんは自ら「自分の思いをまわりに伝えるため、表情や態度で伝える」という目標を立てました。そして、「目をパチパチしたらOKという合図」など自分の意思で動かせる左手や顔の表情で、友達との会話を楽しむようになったといいます。

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同じ班のメンバーと植物の水やりに

篤くんだけでなく、周りの子どもたちにもプラスの影響がありました。

あるとき、通学路の安全を確認する「安全マップづくり」の授業がありました。
すると子どもたちからは、「この道は狭いから正木くんの車いすは通れない。だから、ベビーカーの人や高齢者の車いすも通れない」とか「この段差やでこぼこは正木くんの車いすは危ないし、目の見えない人とかも危ない」といった発言が次々に出てきました。

篤くんとともに過ごす生活を通して、子どもたちは自然と、障害のある人や妊産婦・高齢者の暮らしを想像することができるようになっていたのです。これには当時の担任教師も驚いていたといいます。

母親の寧子さんは、「子どものなかで、子どもが育つ」ことを実感しています。

「5年生になった始業式のときに、ある子どもが『正木くん、やっと一緒のクラスになれたな』って話しかけてくれて、篤も目をパチパチとさせているのを見て、子ども同士で会話が成立しているんだと思いました。そこにはお互いが特別な存在ではない、当たり前に毎日の月日を重ねていく子どもたちの姿がありました」(母・寧子さん)

医療的ケア児の就学をめぐる裁判

篤くんと和希くん。同じ医療的ケア児でも、地域によって判断に差が生まれる実情。国の方針はどうなっているでしょうか。
かつては障害の種類によって就学先を振り分ける「原則、分離別学」でした。しかし、2013年9月に学校教育法施行令が改正され、以下のような仕組みになりました。

●子どもの就学先は市町村の教育委員会が「本人・保護者に対し十分な情報提供」をする
●本人・保護者の意見を最大限尊重し、本人・保護者と市町村教育委員会、学校等が教育的ニーズと必要な支援について合意形成を行うことを原則とする
●最終的には市町村教育委員会が就学先を決定する

さらに、2016年5月に児童福祉法が改正され、医療的ケア児を支援する努力義務が自治体に課されました。同年6月には障害者差別解消法が制定され、障害のある人に対して「不当な差別的取扱い」が禁止されるとともに、国・地方公共団体において、「合理的配慮の提供義務」が課せられています。

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呼吸器ユーザーのイベント会場で、光菅和希くんと一緒に遊ぶ子ども

和希くんの裁判では、和希くんと両親は「本人・保護者の意向の侵害」「合理的配慮の不提供」「分離することの差別」を訴えています。

それに対し、市と県は和希くんが人工呼吸器を使用していることや、安全性や専門的指導が行えるという理由から特別支援学校への就学という判断は妥当と主張しています。

「私たちの訴えが退けられたら、同じように学校に行きたい子どもたちに迷惑をかけてしまうのではないか…」。判決を前に、和希くんの父親はそんな不安を口にしていました。
医療的ケア児の就学をめぐる問題に、どのような道筋が示されるのか――。
光菅和希くんの裁判は、3月18日に横浜地方裁判所で判決が言い渡されます。

※3月18日、横浜地方裁判所は、光菅さん親子の訴えを退ける判決を言い渡しました。
河村浩裁判長は「市の判断は和希くんの教育的ニーズに合致して安全な学習の場を提供するもので、著しく妥当性を欠くとは認められず、それを承認した県にも不合理な点はない」と指摘し、裁量権の乱用はなかったとして、訴えを退けました。判決について原告の弁護団は「障害のあるなしにかかわらず子どもたちが同じ場所で学ぶインクルーシブ教育の理念に反するものと言わざるを得ない。和希くんと両親の意向をむげに否定するもので医学的な判断だけで特別支援学校に入るしかないと決めつけた判決だ」と批判しました。判決について川崎市と神奈川県はいずれも「主張が認められたものと受け止めています」とコメントしています。

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