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手話で楽しむみんなのテレビ!言語の壁を超えて

記事公開日:2020年03月12日

NHKの人気番組に手話をつけて放送する「手話で楽しむみんなのテレビ!」。聞こえない人にも情感や言葉のニュアンスなどがより豊かに伝わるようにと、さまざまな工夫を凝らしています。今回は、大きな反響があった「昔話法廷」を使い、ろうの小学生と聞こえる小学生にある試みに協力してもらいました。子どもたちの交流の様子から見えてくるものとは?
※子どもたちの授業をまとめた動画もあります(自宅学習に使えるワークシートも!)

画像(監修者インタビュー)監修者インタビュー

ろうの子どもと聞こえる子ども 初めての出会い

神奈川県川崎市にある新城小学校を訪れたのは、手話で学ぶろう学校・明晴学園の小学6年生です。教室で待つのは、同じく6年生の聞こえる子どもたち。この日は、お互いを知るための交流会が行われました。

明晴学園の小野広祐先生が取り出したのは、大きな紙。子どもたちが書き出したのはそれぞれの名前です。明晴学園の子どもたちが名前を指さし、手話で表現します。

「“安”“田”です よろしく」
「“吉”はこう」
「教えてくれるんだ!」

画像 手話の自己紹介の仕方を教えてもらっている新城小学校の子どもたち

聞こえる子どもたちはほとんど手話ができませんが、お互いコミュニケーションをとることができるとわかり、打ち解けていきます。

続いてジェスチャーゲームが始まり、聞こえる子どもたちも自然に手話に親しんでいきます。最後はフリートーク。お互い声を使わないコミュニケーションを楽しみました。

「ジェスチャーとかでも手話があんまりできなくても通じたから、すごい安心できたし楽しかった」(新城小学校 奈良部日菜さん)

「聴者(聞こえる人)は手話ができなかったりどう接すればいいか戸惑ったりするけど、(新城小の子は)手話ができる子もいて、みんな遠慮しないで堂々としてた」(明晴学園 岡田遥人さん)

それぞれの学校で行われた事前授業

ろうの子どもたちが学ぶ明晴学園は、日本で唯一、すべての授業を日本手話で行う学校です。幼稚部から中学部まで、68名の生徒が通っています。

新城小との初めての交流の翌日。NHK初の手話つきドラマ「昔話法廷」を使った授業が行われました。

画像(明晴学園での「昔話法廷」授業の様子)

「昔話法廷」は、さるかに合戦をモチーフにしたちょっと不思議な物語。カニの親子に執拗に柿を投げつけて殺した猿の罪を裁判で問うというもので、残された子ガニは、猿を死刑にするよう訴えます。

物語が進むと、猿が事件後、子ガニに対して匿名で仕送りをしていたことが明らかになります。

そして猿の妻から、今回の授業のキーワードとなる言葉が出ます。

画像(猿の妻「どうか生きて償わせてやってほしいんです」)

猿の妻「どうか生きて償わせてやってほしいんです」

実はこのセリフ、手話では「死ぬまでカニの家族を助け続けさせてやってほしい」と音声と少し違う表現になっています。

画像(猿の妻の手話「死ぬまでカニの家族を助け続けさせてやってほしい」)

この場面の手話は、制作チームがとくに悩んだ表現です。ろうの監修者、出演者、聞こえるスタッフで議論が行われました。

抽象的な「償う」に完全に一致する手話の表現はありません。手話では「誰」に対して「何」をすることなのか、具体的に表す必要があるのです。

監修を務めた廣川麻子さんと江副悟史さんは「償い」の表現について、次のように話します。

「“償い”という言葉に関する手話は決まっていないんです。流れの中でいろいろな意味になってくるので、それに合わせて本当に1個1個の内容は何なのかということを監修者全員で考えて、伝わりやすい表現を探していくよう心がけました」(廣川さん)

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廣川麻子さん

「言葉の重み、内容の重みに合わせて、その重みがどのようなレベルなのか。そこをみんなで話し合って、一番、表現に苦労しました」(江副さん)

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江副悟史さん

新城小でも「昔話法廷」を使った授業が行われました。手話で表現された猿の妻のセリフをもとに、猿に何ができるのか、子どもたちに話し合ってもらうことにしました。

画像(新城小学校での「昔話法廷」授業の様子)

「お金を出す。貧乏になってでもお金を出して。学費を出したり、病院とかのお金を出したりする」

「料理。母親を殺してしまったので、(カニに)料理する人がいなくなってしまっている」

「カニにもしも子どもができたとして、もしも共働きになったとして。そのときに、猿がお世話したりするとか」

一方、明晴学園の子どもからは、新城小と共通する意見や独自の意見も飛び出します。

画像(明晴学園の「昔話法廷」授業の様子)

「リンゴとかバナナとか育てるといいと思う」

「ロボットが料理をするの。カニだからこんなふうにハサミでね。本当のお母さんみたいなロボットを作ればお母さんがいるみたいで安心するかな」

両校から手話のセリフを巡って、さまざまな意見が出されました。

「手話で(直接)表せない言葉があったのに非常に驚いた。それで、みんながいろいろ考えて、どんなふうに表したらいいか(考える)というのが、すごくいいなと思いました。」(新城小 野口茜寧さん)

「以前ドラマのなかの裁判で被告人が『生きて償いたい』と言っていました。字幕で見たときはそれほど深く考えなかった。でも今回、手話で見て改めて『生きて償う』の意味を考えさせられ、勉強になりました。手話だと100%わかるので深い意味とか裏に隠された意味とかまでわかるのでいいと思います」(明晴学園 森永うららさん)

抽象的な「償う」という言葉と、手話の具体的な「カニの家族を助け続ける」という言葉表現の違いを巡って、より考えを深めることができた様子の両校の子どもたち。監修者の1人、佐沢静枝さんは、子どもたちに裁判員と同じような気持ちになって考えてもらいたかったと言います。

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佐沢静枝さん

「子どもの気持ちも裁判員と同じようにならなければならないと思いました。死刑にするのか、これは本当に大切なことで簡単に決められることではないですね。死刑にしたほうがいいという子もいるかもしれないけど、背景をきちんとつかんで、そうではないと考える。自分の中でものすごく考えられるようなストーリーだと思うんです」(佐沢さん)

言語の壁を超える子どもたちの話し合い

それぞれの教室で「昔話法廷」の授業を行った両校。今度は、みんなで話し合う合同授業です。明晴学園に新城小の子どもたちがやってきました。手話通訳を通じて、お互いがやりとりをしていきます。

画像(明晴学園で開かれた「昔話法廷」授業の様子)

今回話し合うのは、各校の授業でも取り上げられた、猿の妻のセリフについて。猿には何ができるのか、子どもたちが意見を出し合います。

画像(新城小学校 吉楽悟さん)

新城小 吉楽悟さん:【将来のカニの家族を助ける】です。将来にもしも子どもができたときなどに働いたりして、そのときに、カニの家族の世話をする(こと)や、あとは、カニが歳をとったときなどに、介護とかをするという面で考えました。

明晴学園 森永うららさん:【柿の木を育てる】です。たくさん柿の実を育てて、カニの子にあげたらいいと思ったからです。

画像(明晴学園 森永うららさん)

新城小にも同じ意見がありました。柿の木は物語の中で、カニの母が最も大切にしていたものです。

画像(新城小学校 山口紗季さん)

新城小 山口紗季さん:カニの家族は(母ガニが殺されなかったら)そのまま幸せに暮らせたと思うので、柿の木を植えることで、その時間をまたカニの子どもに与えることができると思ったからです。

発表が続きます。

画像(明晴学園 森こころさん)

明晴学園 森こころさん:【一緒に暮らす】です。できるだけ毎日会って食事の面倒をみるとか、お母さん代わりのように一緒に暮らすということです。

この発表に新城小から意見が出されました。

画像(新城小 野口茜寧さん)

新城小 野口茜寧さん:猿と一緒に暮らすのは、カニはそもそも猿が嫌いだから、一緒に暮らしたら、どんどんストレスしかたまらない。一緒に暮らすのはやめたほうがいいと思いました。

明晴学園 森永うらら森こころさん:嫌っていう気持ちはあると思う。でもカニは家族がいなくてひとりぼっちでしょ。だからお母さんというよりはおしゃべりとかして、たとえばカニのお手伝いさんみたいな・・・。

続いてまた、両校に共通した意見が出ます。

画像(新城小 上田丈さん)

新城小 上田丈さん:猿がカニに学費とか病院代とかを出し続けるという案が出ました。『死ぬまでカニの家族を助ける』ということは、やっぱり生活を助けるということなので。生活を助けるためにはお金が必要です。そのためには、猿がカニにいろんなお金を出し続けることがいいんじゃないかと思いました。

小野先生:カニに必要なお金は何ですか?新城小は具体的に学費と言ってくれたけど。

画像(明晴学園 安田拓海さん)

明晴学園 安田拓海さん:欲しいものを聞いたらすぐに買ってあげる。

新城小 吉楽悟さん:お金を送り続けるといって、すぐにものが手に入ると言ったんですけど、もしそれをやったら、カニがダメになるような気がして。

明晴学園 安田拓海さん:(新城小の意見に対して)子ガニは遺影を持って裁判に来ていましたよね。もし遺影を粗末に扱うようなカニならダメになってしまうかもしれないけど、大事そうに遺影を抱えているのですごく真面目に見えました。

声と手話による初めての話し合い。最初は緊張気味でしたが、次第に自分たちの意見を活発に出し合えるようになっていました。授業後は、お互いの日常についての話で盛り上がりました。

「聴者と会ったことはあるけど、今日みたいに合同授業で話し合ったのは初めて。緊張したけどだんだん慣れてきて、まったく違う意見もあれば、違うようで実は似ている意見だったんだ!って気づくところもありました」(明晴学園 森こころさん)

「すごく親近感がわいたというか。やっぱり近いんだなと思って。ちょっとうれしく思いました。こういう人(ろう者)と話せるのは楽しいじゃないですか。手話もっと覚えたいなと思いましたね」(新城小 上田丈さん)

子どもたちにとってかけがえのない時間になったようです。

監修者に聞く、手話放送の可能性

異色の法廷ドラマ「昔話法廷」と、NHK初の手話つきバラエティ「サンドのお風呂いただきます」。2つの番組を監修した江副悟史さん、廣川麻子さん、佐沢静枝さんは今回の取り組みを次のように振り返ります。

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(左から)佐沢静枝さん、江副悟史さん、廣川麻子さん

「バラエティに手話をつけるということが今までなかったんです。手話者としてはどの面白さを選んで、どれを捨てるかを取捨選択しないといけませんが、自分が省略しようと思ったものが実はすごく笑える内容かもしれない。『サンドのお風呂いただきます』は今回初めてのチャレンジだったんですけど、いい機会、いい挑戦になったと思います。もし次にまたバラエティがあった場合は、1回経験して第一歩を踏み出せたので、第二を送り出せる勇気をもらえたと思って感謝しています」(江副さん)

「前回の『手話で楽しむみんなのテレビ!』同様、今回、出演した役者も本当に素晴らしいんです。たとえば『サンドのお風呂いただきます』の砂田アトムさんはしっかりと笑えるところを表現してくれました。お笑い番組やバラエティ、ドラマに挑戦するろう者は少ないのですが、この番組を見て、『自分も役者になれるんだ』『テレビに出られるんだ』『こういう作り方もあるんだ』という思いを持つ若者が増えてくれたらと期待しています」(佐沢さん)

「最初に取り組んだ『おはなしのくに』『ドキュメント72時間』を見ていただいた方から、字幕で理解できていた部分も、手話をつけることで、より意味がはっきりわかるという意見が多かったんです。私は個人的にドラマが好きなのですが、『昔話法廷』は手話や表情、ろう者の演技によって、一人一人の複雑な思いを十分に表現できたと思っています」(廣川さん)

今後もNHKでは、より豊かな手話表現をとりいれた番組づくりに取り組んでいきます。「手話で楽しむみんなのテレビ!」への感想はぜひこちらにおよせください。

監修者インタビュー

※この記事はろうを生きる難聴を生きる 2020年2月22日・29日放送「手話で楽しむみんなのテレビ~『昔話法廷』ミックス授業!~前編後編」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

「手話で楽しむみんなのテレビ!動画集」はこちらから

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