実の親と暮らせない子どもたちを、里子として育てる「ファミリーホーム」。虐待や養育拒否などにあい、心に傷を負った子どもたちを、施設よりも家庭的な環境で育てようと設置されました。背景や年齢がバラバラでも、ここに来たらみんな「家族」。ファミリーホームの日々を見つめました。
東京都内にある坂本ファミリーでは6人の里子が暮らしています。みんな、乳児院や児童養護施設などからこの坂本ファミリーにやって来ました。自閉症などの障害のある里子も多く受け入れています。
この家のお母さんは、坂本洋子さん。里親歴35年のベテランです。
「今まで悲しい思いとかつらい思いをたくさんしてきている子どもたちなので、人間に対して怒りがあるし不信感もあるし、自分が受けたいろいろなことに対する怒りはものすごいマグマのように持ち続けていて。その分、それ以上に覆いかぶさるほど楽しい思い出をたくさん作ってあげたいなと思っています」(洋子さん)
食事中に、タイチ君(6歳)が「もう食べられない」と騒ぎ始めました。しかし、洋子さんは叱りつけるようなことはしません。
「もう一口だけで終わりにしていいから。一口だけでいい。飲めるじゃない!はいOK!」(洋子さん)
洋子さんに優しく声をかけられ、一口だけでなく、結局、お椀を空っぽにしたタイチ君。やんちゃ盛りの子どもたちも、洋子さんの手にかかれば落ち着きを取り戻します。
子どものわがままはまず受け止め、甘えてもいいと伝える。それが信頼関係を築くために大切なことだと言います。
「子どもたちっていろいろな環境でいろいろなものを身につけて生きているから、そういうものを脱ぎ捨てて本来の自分になってほしいっていう気持ちがあって。ちゃんと1回まるごと受け止めて、その上であなたのできることをしていこうよって」(洋子さん)
坂本ファミリーは22年前に自治体の制度のもとでスタートしました。国は3年前に、施設よりも家庭的な環境での養育を原則とするよう政策を転換。ファミリーホームの役割が注目されています。
子どもたちから「にーに」と慕われている坂本歩(すすむ)さん(25歳)は、この家で育った元里子です。歩さんは将来、里親になることを目指しています。
里子たちは原則18歳で自立し、ファミリーホームを出ていかなければいけません。歩さんはすでに18歳を過ぎましたが、この家に残り、家族の世話をしながら大学に通っています。
実の母親は歩さんを産んですぐに失踪しました。父親も養育が困難であるとして、歩さんは乳児院や児童養護施設を転々としました。そして坂本ファミリーに里子として迎えられたのは6歳のときでした。
「ただただうれしかった。帰ってきたらお母さんがいて。お父さんが仕事から帰ってきて、という生活がすごく羨ましいなと憧れていたから」(歩さん)
しかし洋子さんは、心の鎧を脱ぎきれないぎこちなさを感じていたと言います。
「(歩は)もう小学校に入っていたし、幼稚園の子みたいに膝に乗るとか、ほっぺをくっつけるとかできない年齢だったし。それに妙に頭がいい人でしたから、自分の理性がそれをストップするみたいなところがあったので。しなくてもいい計算でどうしても人に合わせようとするところがあって。今でもそうだけど」(洋子さん)
18歳の頃から坂本ファミリーの手伝いをしてきた歩さん。きっかけは坂本家の父が心臓を患い、里親を続けられなくなったことでした。父に代わって子どもたちと関わるうちに、いずれは里親になりたいと思うようになりました。
「自分が里子であるということにどうやって向き合ってきたかとか、俺も誰にも相談できなかったし、この気持ちは何だろう?みたいな、どう処理したらいいかわからない気持ちとかを、同じ里子になら話せることもあるだろうし。当事者が里親になるというのも結構大事なことなのかなと思って」(歩さん)
歩さんは元里子として、自分なりのやり方で子どもたちに接しようとしています。
ある日、着替えを渋り、テレビを見続けるタイチ君(6歳)に歩さんは厳しく接しました。
歩さん「テレビ消してください。消すよ」
タイチ君「なんでー、やだ!」
なかなかうまくいきません。
洋子さんは、対照的に、タイチ君のわがままを受け止めます。
洋子さん「はーい、お洋服宅配便でーす。君は立っているだけでいいですよ。左足、はい右足。薬飲もうね、これ終わったらね」
洋子さんは歩さんにアドバイスをします。
「あの人(タイチ君)の場合は気持ちが動かないからできないんだよ。あなたがちゃんと片付けなさいって言い続けるのは大事だと思うよ。ただやっぱり言い方を変えるとかちょっと時々変化をつけていかないと」(洋子さん)
これまで18人の里子を育ててきた洋子さん。実は、初めの頃は子どもたちに厳しく接していました。それに反発して施設に戻ってしまった子もいたと言います。
「今の私は、子どもたちに育ててもらったし、子どもたちがいろんなことを教えてくれたからここまでできるようになったし。失敗をベースに今の私があるんです」(洋子さん)
一方で、歩さんは難しさを感じていました。
「甘やかすこと=愛情でもないし。かといって厳しくするだけでもダメだし」(歩さん)
夕方、塾に行く予定のタイチ君がなかなか出かけようとしません。塾でシールをもらうために、宿題をやってから行くと言い出したのです。しかし時間が迫り、一緒に塾に行く予定だった姉が1人で出かけようとしています。
タイチ君「やだもう、待って、ねえ待ってよ」
歩さん「一緒に行きたいんだったら終わりにして」
タイチ君「もう、なんでそんなこと言うんだよ」
洋子さんは歩さんを呼びとめ、別の仕事を頼みました。おやつを持っていく洋子さん。タイチ君に笑顔が戻りました。それでも歩さんには、子どもたちを甘やかしたくない、外の世界を生き抜いていく力をつけてほしいという思いがありました。
「甘やかされてばっかりではやっぱり成長しないし。世間知らずに育ってもらっても困るし。これから小学校に入ったり中学校入るのに、クラスで1人そういう子がいると、『なんだアイツはみたいな』トラブルの元にもなりかねないし」(歩さん)
実は歩さんは小学生のとき、里子であることを理由にいじめを受けていました。当時の様子を洋子さんは振り返ります。
「相当かわいそうだったですね。私、いじめてるやつら追いかけて、『歩に近づくのやめなさい!』ってものすごい大きい声で怒鳴ったことがあるんだよね。『ここ何人の兄弟で暮らしてんの?なんか名前がみんな違うって本当なの?』『顔似てないよね』とかね。残酷。すごい残酷。それなのに歩は、全然休まないで学校に行くってすごいなと思った。本当は学校なんか行きたくなかったと思いますよ」(洋子さん)
お正月の坂本ファミリーはひときわにぎやかです。自立して家を出た里子たちが年に1度、集まります。みんな18歳を過ぎても、実家のようにこの家に戻ってきます。
弟のヒロキさんは18年間過ごしたこの家を2年前に出て自立。現在は長崎の離島で社会福祉士として働いています。
2歳まで実の親からネグレクトを受けていたヒロキさん。ここに来た当時、物を投げつけたり噛みついたりして人に対する不信感をあらわにしていました。
「実は小学校入るまでは人間不信がずっと続いていたんですよ。友達の輪になかなか入れないとかがかなりあったんですけど」(ヒロキさん)
生まれたときからまともに食事を与えられず体が弱かったヒロキさん。いつも側で見守ってきたのが歩さんでした。
「兄は普段はあんまり感情とか表に出さないので。ただ僕は一緒に暮らしながらその優しさを感じてきたというところがある。今働いている島でも、『お兄さんが家を守ってくれているから僕はここ(島)に来れているんです』って話をするんです。そうすると地元の人たちも『おお、そうなのか』『それだったら島で生活できるね』って喜んでくれる。そういった存在ではあります」(ヒロキさん)
現在、親と暮らせない子どもは約45000人。一方、ファミリーホームは約370軒しかありません。ホームで暮らす子どもはわずか1500人ほど。里子への対応の難しさもあり里親がなかなか増えないのが現状です。
坂本ファミリーでは、25歳になった歩さんが、新たな一歩を踏み出していました。半年前から講習を受け、里親の補助者として正式に認められたのです。
児童相談所職員「本日は八王子児童相談所から里親の認定通知書とそのお知らせを持ってきました」
洋子さん「頑張ってください」
児童相談所職員「楽しみですね。本当にね、(里子の)気持ちもわかるし寄り添える。ありがたい存在です。すごいことです」
新たな家族を作る、ファミリーホーム。これからも2人で子どもたちを育てていきます。
【特集】子どもの虐待
(1)エスカレートする親の暴力
(2)親が抱える困難
(3)虐待をやめるために親ができること
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(5)親や社会ができること
※この記事はハートネットTV 2020年2月18日放送「特集・子どもの虐待(3)元・里子のファミリーホーム」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。