障害のある人が災害時に避難所を利用する際、さまざまな困難が生じることが多いのが現状です。実際に避難所を利用した人から寄せられた声をもとに、避難所での配慮について考えるとともに、シリーズ全体のまとめとして、障害者や高齢者などを含めた誰も取り残さない“インクルーシブ防災”について取り上げます。
番組には、実際に避難所での生活を経験した人から、「大変な思いをした」という声が寄せられました。
「精神障害があります。東日本大震災の際、一般の避難所に避難しました。親切な人も周りにいましたが、専門に相談にのってくれる病院の先生や保健師がいませんでした。そのため、つらさを出すことができませんでした」(万年サンタさん 岩手県 女性 40代)
こういうときにはどんなアクションを起こせばいいのでしょうか。福祉防災学が専門の同志社大学教授 立木茂雄さんは、声をあげることの大切さを訴えます。
「声をあげて周りに知らせる。そうしないと、災害時、とりわけ避難所の中では、この方にはどんな支援をしたらいいのか、実は周囲はわからない。一歩を踏み出して『私にはこういう支援が必要なんです』と言えるように当事者自身が考えておかないと、結局途方に暮れるだけになると思います」(立木さん)
視覚障害(重度の弱視)がある吉本浩二さんは、避難所での不安としてトイレが挙げられると言います。
「行きたくなったときに、隣の方にお声かけするにしても私見えていないので、もしかしたらお休みになっているかもしれない。だからトイレに1人で行けるかなって。トイレまで行ったり帰ったり練習できるかなっていうのが、すごく不安です」(吉本さん)
これに対しても、立木さんは「自分はどういう配慮が必要なのかということを周りの人に知っておいていただくことがすごく大事になる」と指摘します。
プライバシーに関する声も届いています。
「自衛隊の仮設風呂が用意されてとてもありがたかったのですが、トランスジェンダーである私にとってはとてもつらかったです」(ゆきさん 長野県 20代)
評論家の荻上チキさんは、セクシュアルマイノリティーなど、さまざまな人がいる中、風呂や着替えなどの配慮を求めるにあたっては、望まないカミングアウトの問題なども伴う難しさを指摘します。
「避難所に関しては『スフィア基準』(※1)といって、災害が起きたときでも、個々人に対して一定の面積、スペース、プライバシーの確保、ちゃんと睡眠できる環境などを整えましょうね、という考え方があるんです。日本はこの基準がまだまだ満たされていない。だからマイノリティの方だけでなくて、誰もが個人的なスペースを確保できていないんですね。ですので、なるべくさまざまな場所にプライバシースペースを作っていき、そして個々人のニーズもあるから個室なども作っていこうと。こういったことを高めていくことで、困りがちな当事者の方々にとっても、それ以外の方々にとっても、使いやすい避難所にしていくことが大事ですね」(荻上さん)
※1スフィア基準 人道的な避難所運営のための行動理念と、場所・物資などについての最低基準のこと。
発展途上国を含めた全世界の災害被災者および難民の人権を守るための最低基準ですが、日本の避難所では、その基準を満たしていないものがたくさんあります。
この点に関して、立木さんは、日本の避難所運営が戦後直後から変わっていないことを指摘しました。
「日本の防災対策、とくに避難所の運営に関するものは、1人あたまのGDPが2000ドルの時代に作った法律なんですね。いまは3万ドルを超えているんですよ。だからもう15倍に豊かになっているにもかかわらず、基準が戦後直後のまま、それが常識になって引き継がれてきている。貧しい時代のままアップデートされていないということもあると思います」(立木さん)
情報取得の課題を指摘する声も届きました。
「難聴者です。耳から情報を入手し難いので、よっぽどせっぱ詰まらないかぎり、自分から質問できないものです。人が並んでいても、何か配給しているのか?書類なのか?先頭に行って目で確かめてからでないと並べないので出遅れてしまいます」(あっき@宮城難聴さん 宮城県 男性 50代)
こうした困難を解消するためには、避難所における様々な合理的配慮が必要になります。例えば、以下のようなものが挙げられます。
当事者はどんな配慮があると助かるのでしょうか。発達障害(ASD:自閉スペクトラム症)がある菊地啓子さんは、落ち着ける個別スペースがほしいと感じる一方で、配慮され過ぎることもつらいと話します。
「私たちには、できることもすごくたくさんあったりもするんです。けれども、周りの人が忙しいと、どうしたらいいのかわからないという中で、緊張感だけで疲弊していく。熊本地震のときは、知ってる(発達障害当事者の)人たちから『情報だけもらえたら、物だけもらえたら、どれだけ楽だったか』ということも聞いています。自分たちでできるところはきちんと自立してやっていけて、そのほうが体力を落とさないで冷静でいられる、クールダウンする時間もあって、生きる判断ができたんじゃないかと」(菊地さん)
菊地さんの話を受け、立木さんは「対話」の重要性を指摘しました。
「当事者が取り残されてしまっている、というのが問題なんですね。配慮がどう提供されるべきか、それは当事者との対話を通じてなされるべきもので、当事者が『私は何が必要なのか』ということをちゃんと耳を傾けて聞いてもらえる。それに基づいて自己決定はされるべきだと思います。それがまさに『合理的配慮の提供』ということです。日本は障害者の権利条約に批准しており、その中の災害時の権利条約11条に、行政あるいは公共のなすべき義務として、配慮が提供されるべきである、とちゃんと書き込んであるんですね」(立木さん)
最後に知っておきたいのが、障害者や高齢者などを含めた誰も取り残さない『インクルーシブ防災』という考え方です。
これを先駆的に実践しているのが、立木さんも関わっている大分県別府市です。
まず、日常のケアプランを立てている相談支援専門員が、障害のある人1人1人の自宅を訪問し、本人や家族と一緒に、災害が起こったとき、誰が支援するのか、どの場所にどういう経路で避難するのかといった個別避難計画を作成します。
このとき大事なのが、「普段から付き合いがある支援者が相談にのること」と立木さんは言います。
「障害のある方々は自分たちのコミュニティをお持ちです。それから地域の方々は地域のコミュニティで暮らしています。その2つのコミュニティは必ずしも重なるとはかぎりません。だから両方をつなぐ仕事が必要なんですね。それに福祉の専門職の人たちが関わってもらう。福祉の問題であると同時に防災の問題、そこを合わせ技で解決しようというのがこの取り組みなんですね」(立木さん)
そして地域住民の皆さんが参加して避難訓練を行います。作ったプランが実際に機能するかどうかを試すのです。
先ほど支援者と一緒にプランを作っていた女性は知的障害があり、坂道を歩いて逃げるのが難しいということで、リアカーに乗って地域の人たちと一緒に移動することになりました。これは住民の皆さんのアイデアで生まれたそうです。
さらに避難所では、配慮の必要な人を別室に受け入れる体制ができていました。これも住民の皆さんが事前に話し合って決めておきました。
「災害時のケアプランと呼んでいるんですけど、個別支援計画のなかで避難所生活まであらかじめプランニングしておくということです。別府の非常に重要なポイントは、避難所自体も住民の方々が運営するという原則です。車いすの方にはスロープが必要であろうと。こういうこともあらかじめ設計されていて、この人のためのプランとしてこのような環境が提供されているんですね」(立木さん)
別府の取り組みは、3年かけてここまで来ました。最初は、消極的な住民もいたと立木さんは言います。
「家族が面倒を見ればいいじゃないか、という意見もありました。障害をお持ちで1人で自立生活をしている人がいるという現実を、実はご存知ない方もたくさんいらっしゃったんですね。そういったなかで、実は行政にこういうつなぎ役に徹した方がおられて、住民の側、そして当事者の側、何度も何度も足を運んで、理解を得られるような努力を裏でされておられました」(立木さん)
この「インクルーシブ防災」をいろいろな地域で広めていくためには、何が大事になるのでしょうか。
「確実に効果があるというエビデンス、科学的な根拠をためていく必要がある。別府だけで終わらせてはいけない。現に兵庫県では36の市・町でこのような取り組みの横展開をすでに始めています。そして、こういったことをすれば孤立しなくて済むんだということを皆さんにわかっていただいて、やがては制度にしていきたいと考えています」(立木さん)
別府の取り組みを見て、視覚障害のある吉本さんは、自身はいま地域とのつながりがないとしたうえで「まずは地域のお祭りなどに参加して、自分の存在を知ってもらうことから始めたい」と話していました。また、発達障害のある菊地さんは、近所に知っている人は結構いるものの、あまり深く話したことはなく、「もし知っておけば、自分が手伝えることもあるかもしれない」と話していました。
災害時、誰も取り残さないためには、障害のある人も含めた地域住民がみんなで「対話」すること。
そのための第一歩を、踏み出していきたいものです。
【特集】首都直下地震が起きたら
(1)「避難できない」をなくすために
(2)避難に必要な備え
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※この記事はハートネットTV 2019年12月4日放送「誰も取り残さない防災 首都直下地震が起きたら 後編」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。