次なる大災害が起きたとき、高齢者や障害のある人を含むあらゆる命をどうしたら守ることができるのでしょうか。ある自治体の取り組みを通して、私たちに何ができるのかを考えていきます。
避難のときに誰かの手助けが必要な「要支援者」は、一人一人ニーズが違う。そのニーズを把握するために、地域住民を巻き込んで動き出した自治体があります。
およそ6千人の要支援者が暮らす大分県・別府市では、南海トラフ地震などの大災害に備え、市は一人一人のニーズに合った計画作りをはじめました。
プロジェクトリーダーの村野淳子さんは、過去に起きた災害で支援活動にたずさわるかたわら、障害者の防災に取り組んできました。
この日訪ねたのは、市内のマンションで暮らしている首藤健太さん。
脳性まひのため、体を自由に動かすことができません。2015年から、このマンションで一人暮らしをしています。
計画を作る上で何より大切なのが、その人がどんな暮らしをしているかについて詳しく知ることです。
首藤さんと相談する村野さん
村野さん「介助者の方は、この時間帯でいくと?」
首藤さん「8時」
村野さん「朝?」
首藤さん「朝8時と、夕方の6時30分」
「障害者の災害対策チェックキット」(※この記事の末尾にリンクがあります)を使いながら、首藤さんの一日の流れを細かく把握していきます。
介助なしでは、ベッドから起き上がれない首藤さん。
毎日朝と夜の2回、ホームヘルパーに来てもらい、身の回りの世話をしてもらっています。
それ以外の時間は、パソコンで仕事をするなど、一人で過ごします。
村野さんが心配したのは、ヘルパーがいない時間帯の対応でした。
「この時間帯に何かあった時どうするのかっていうのは、きちっと(支援体制を)確立しておかないと困るかな、と思いますね」(村野さん)
そこで村野さんは、ヘルパーを日替わりで派遣している3つの事業所の担当者に集まってもらいました。ヘルパーがいない時間に災害が起きたとき、かけつけてもらえないか相談するためです。
村野さん「何かのルールを決めて首藤君のところに確認に行ってくれるというのができるのかどうか」
事業所A担当者「やっぱりヘルパーさんのほうも自分の生活がありますんで、その時にすぐ対応できるかっていうことがちょっと…」
事業所B担当者「本当に平時で大変っていう現状。で、そう簡単に人を増やせない」
事業所C担当者「うちがここの曜日は責任持ってみたいな曜日はあるんですけど、その時はあらかじめ待機なりのことができると思うんですけど、ちょっと災害になるとですね、そこが…できるだけのことはね、したいとは思うんですけど」
どの事業所もギリギリの体制でやっている。厳しい現実が突きつけられました。
次に村野さんが会ったのは、首藤さんが暮らしている地区の民生委員で70代の女性です。
地域の協力を得られないか相談します。
民生委員「私、お隣の10階建てマンションの5階に住んでいます。(災害が起きたとき)自分がいきなりですね、飛び出して地区までは行けない現状なんですね」
首藤さん「僕が倒れれば𠮷田さんに起こしてくださいって言ってもなかなか難しい。多分できるとしたら、代わりにどこかヘルパーステーションに電話してもらうとかですね」
民生委員の女性からは、自治会を巻き込んでみたらどうかという提案が出ました。
首藤さん「多くの人に知っておいていただけるのは、すごいありがたいことかなと思います。で、それはどんな時にそれが左右するかとかいうのは分かんないですよね」
山あり谷ありの計画づくり。これをほかの要支援者にも広げていくにはどうすればいいか。
災害が起きたとき、誰も取り残さないための挑戦。障害がある人と、その周りにいる人との理解が、少しずつ深まっています。
当事者へのアンケートでは、地域の防災訓練や避難訓練への参加状況も調査しています。その結果、「参加したことがない」という要支援者が65%もいました。その理由についても回答しています。
「地域とのつながりが日常的にないので、自分から入るべきであるが、機会がない」(知的障害・福島)
「それぞれの障害に合わせた介助が必要になってくる。訓練を通知する際に『介助が必要な方は連絡下さい』の一言だったり、民生委員や介護業者、役所職員の介入が必要だと思う」(知的障害・肢体不自由・福島)
「自分の障害のことを開示したくない」(精神障害・55歳・女性・長野)
「参加しても邪魔になると思い参加できない」(肢体不自由・74歳・男性・宮城)
こうしたさまざまな声に対して、同志社大学教授の立木茂雄さんは、人とのつながりの大切さを説きます。
「イベントとか挨拶とかね、できることから関わって。いざというときには、地域の人間関係とかつながりがないと、もう生き延びるのは本当に大変です。つながらないということを、障害当事者の責任にするのではなく、コミュニティがつながってないのをどうつないでいくのか。解決すべき課題はここなんだと、みんなが思えることがすごく大事だと思います」(立木さん)
28歳のときに失明した蔀(しとみ)より子さんは一歩踏み出すことで人生が変わると語ります。
蔀より子さん
「私は28歳のときに中途失明をしたんですね。それから約10年間ひきこもっていたんですけど、人生を変えられたのが、この阪神・淡路大震災やったんです。とにかく自分で一歩出なかったら何も進んでいかへんし、受け身だけではあかんなっていうのを教えられた」(蔀さん)
国立障害者リハビリテーションセンター研究所の硯川潤さんは、当事者の立場から、要支援者も日頃の備えが必要だと考えます。
硯川潤さん
「(当事者のアンケートでは)『100年に1度の災害を生き延びることはできそうにない』と。しかし、10年に1度の災害が来たときの備えもないんですよね。そこの部分を諦めずに、『こういうことから備えていけばいいんだ』って本人に気付いていただく。そうしないといざ周囲の人が助けに入ってくれたときに、自分で何も備えてませんと言ったら、助けられるものも助けられなくなってしまう。だから、周囲の協力を受けるためにも、まず自分でできることをはっきり見極めて、そこを怠らずにやっておく。その後で、地域の方々とどうやればいいか話し合っていく。そうすることがギブアップという状況をちょっとでも防げるのではないか。前向きな気持ちで防災を捉えられるようになるんじゃないかなと思います」(硯川さん)
私たち一人一人に何ができるかというのは、障害があるなしに関係ないこと。しかも、それは今日からできることです。
誰も取り残さない防災 要支援者1800人の声から
(1)災害時の備え
(2)避難所生活への不安
(3)大災害に備え、一人一人ができること ←今回の記事
※この記事はハートネットTV 2016年3月5日放送「誰も取り残さない防災~要支援者1800人の声から」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。