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より合理的な配慮を 台風被害に見る障害者の避難

記事公開日:2019年11月21日

2019年秋、相次ぐ台風により全国各地に水害など大きな被害がもたらされました。こうしたなか、障害のある人たちはどのような状況におかれたのでしょうか。障害のある人には、避難の手順、避難後の生活など気をつけなければならないことが少なくありません。埼玉県川越市の福祉施設を取材し、障害者が必要としている支援について考えます。

台風19号の被害 そのとき障害者は

2019年10月に発生した台風19号。
その影響で、埼玉県川越市の越辺川が決壊しました。その浸水域に、被災した福祉施設があります。社会福祉法人「けやきの郷」です。自閉症など発達障害がある人たちが暮らすグループホームや、作業所などが1階部分まで水没。利用者・職員は全員が無事でした。

画像(越辺川が決壊し、浸水したけやきの郷)

施設の職員、内山智裕さんが被害の状況を説明してくれました。

画像(けやきの郷 職員 内山智裕さん)

「水がこのラインまで上がっているので。2メートル30センチくらいありますかね。実際に自分が被災したのは想像以上の恐怖。命の危険を感じました」(内山さん)

命が助かったのは的確な判断のたまものでした。
台風接近の当日、内山さんたちは対策本部を設置。午後1時には車いすが必要な利用者などが地域の避難所に事前避難。ほかの利用者は、あらかじめ土台をかさ上げしていたグループホームにとどまりました。

夜8時、施設の裏手を流れる川が急激に増水。
そして、深夜0時過ぎ、建物内への浸水が始まりました。内山さんは、直ちにグループホームの2階に垂直避難するよう指示しました。

画像(浸水が始まったグループホーム内部)

早めの判断が功を奏した、けやきの郷。

一方で、NHKパラリンピック放送リポーターで電動車いす利用者の千葉絵里菜さんは、この台風19号で身の危険を感じたと言います。

画像(リポーター 千葉絵里菜さん)

「怖くて一睡もできなかったですね。私は東京江戸川区のマンション3階に住んでいるんです。江戸川区のハザードマップによると、2階まで浸水する恐れがあるということで、でも大雨のなか、どうやって避難すればいいのかもわからなかったですし、水害でエレベーターが止まって、もし上の階に行きたくなったときに、避難することもできなかったと思います」(千葉さん)

命は助かったものの・・・ 残された課題

厚生労働省によると、台風19号で浸水被害を受け、いまも避難をしている福祉施設は障害者施設が36か所、高齢者施設が39か所。ただし、いずれも人的被害はありませんでした(2019年10月29日5時時点)。その要因としては、専門家によると、ここ数年、各施設が避難確保計画の作成や避難訓練に取り組むようになったことが考えられるということです。

そのきっかけと言われているのが、2016年に起きた高齢者グループホームの被災です。このとき岩手県岩泉町で川が氾濫して、入居者9人が死亡しました。当時、町内全域に避難準備情報が出ていましたが、これを障害者や高齢者などに避難を呼びかける情報だということを担当者が理解していなかったため、施設にとどまったことが被害につながったとされています。これを踏まえ、名称が「避難準備・高齢者等避難開始」に変更されて、施設には避難訓練の実施が義務付けられることになりました。

福祉施設に広がる防災意識。けやきの郷も、早めの避難で人的被害は免れました。しかし、その後に大きな課題が待ち受けていました。

画像(地域の公民館で避難生活を送る「けやきの郷」利用者)

被災から3日後、「けやきの郷」の利用者たちは、地域の公民館で避難生活を送っていました。
慣れない環境に適応するのが苦手な利用者たち。施設では個室もあり、気持ちを落ち着けることもできますが、避難所ではそれもままなりません。

勝手が違う避難所では、職員に付き添ってもらわなければトイレにも行けません。光や音などに敏感な利用者は、そのたびに目が覚めてしまいます。

「けやきの郷を利用している方のほとんどは自閉症の方で、環境の変化に適応するのにものすごく時間がかかるんですね。いま覚えようとしていたものがまた違う環境になって、また1からしなきゃいけないというのは、彼らにとって相当なストレス、苦痛です」(内山さん)

実はこの避難所は、利用者にとって3か所目。
1か所目は名細市民センター、市と相談し一時避難しました。しかし「市民の利用予約が入っている」と判明し、翌日、指定避難所になっている小学校に移動します。ここでは「明日から授業が始まる」と言われ、この公民館にやってきたのです。

画像(避難場所の位置関係図)

施設では、職員の数を増やし、24時間体制で見守りを続けています。普段は行わないレクリエーションを取り入れるなど、利用者のストレス軽減を図ろうとしていました。

少しだけ平穏を取り戻した避難所。しかし、再び市の職員から「別の場所に移動してほしい」と連絡があったのです。

「本来だったら『またか』と思うのかもしれないですけど、とにかく利用者の安全と生活を守ることしか頭の中にないので。そのまま受け止めて移動するしかないっていうのが正直なところですかね」(内山さん)

なぜ避難所を転々としなければならないのか、川越市に取材しました。

画像(川越市障害者福祉課)

「衛生面とかを考えると、ちょっと環境としてはよくないんじゃないかというお話はさせていただきました。緊急時はそういう条件がすべて揃っていないところに行っていただくほかないのかな」(川越市障害者福祉課)

災害時、市町村には一般避難所では生活が難しい人に対して「福祉避難所」の設置が求められています。障害者など、特別な支援を必要とする人のための場所です。川越市は27か所の施設を福祉避難所に指定していましたが、1か所も開設されませんでした。

画像(川越市災害対策本部)

「集団で元いた生活を続けたいというご要望がまずあったかと思いますので、そうすると福祉避難所という枠組みがあるんですけど。今回はその枠組み(川越市では福祉避難所)そのものがなかったですね。といいますのは施設がまるごと(被災して)、全部の施設50とか何十という単位で来られたので」(川越市災害対策本部)

3か所目から4か所目の避難所に移動する日。利用者のみなさんにはストレスが溜まっている様子が見られました。施設再開のめども立たないなか、先の見えない避難生活が続いています。

“見えざる被災者”にしないために

今回の川越市の対応は適切だったのでしょうか。福祉防災学が専門の同志社大学教授・立木茂雄さんにお聞きしました。

画像(電話で話す 同志社大学教授 立木茂雄さん)

「現状、避難されている方がいるにもかかわらず、市は避難所としては開設していない状況です。これは、年齢や性別や障害の有無、その他の事情を踏まえて、適切に被災者を援護することという、災害対策基本法の基本原則に違反していると私は思います」(立木さん)

立木さんは、けやきの郷が避難している施設は避難所に指定されていないため、支援が届かず、必要な費用が持ち出しにならざるをえないと指摘します。

「本来であればさまざまな方々に配慮を提供するべき。配慮を提供していないという観点からいうと、もう1つの法律、障害者差別解消法上から考えると、これは明らかな差別に当たると私は思います。なぜ指定しないと問題になるのかというと、この施設や当事者の方々のすべて、私事の対応になってしまって、彼らは見えざる被災者になってしまっている。だから公的な支援が受けられない、となる恐れが極めて高いと思います」(立木さん)

さらに環境の変化が苦手な人たちがここまで点々と移動させられることについても、合理的配慮の観点から問題があると続けます。

「配慮が必要な方々は自動的に福祉避難所に行くものだという固定的な考え方があるのですが、一般の避難所でも、まとまって過ごしていただける環境で、しかも職員の方々や応援の専門職の方々がいるのであれば、配慮は一定程度提供できるはずです。みなさんがまとまって避難できる場所を求めていらっしゃる。しかし、それに対応する対策を市ができないのであれば、災害救助法は県の委任事務になりますから、最終的な責任は県に本来あるはずです。まとまって避難していただけるような場所を市外でも探すということが求められていると思います。県の責任でまとまって避難できる空間を至急で探して、そこにみなさんで避難できるような配慮を提供する。これが合理的な配慮の提供になると思います」(立木さん)

けやきの郷がある川越市を、台風直後から取材する評論家の荻上チキさんは、災害時の合理的配慮がまだ意識されていない現状について、こう話します。

画像(評論家 荻上チキさん)

「福祉避難所と一般避難所がわけられている時点で、『災害時はそもそも障害のある方に対する対応ができにくいですよ』という状況が放置されている。だけど、いまご指摘のように福祉避難所でなくとも、こちらのほうで生活してください、と避難先を用意することが市や県はできるはずですし、責務がある。今後も他人事にするのではなくて、他の自治体も含めて、しっかりと向き合ってほしいと思いますね」(荻上さん)

障害のある人への災害時の対策。自治体にはより一層の配慮が求められています。

※この記事はハートネットTV 2019年10月29日放送「HEART-NET TIMES 10月・台風19号」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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