日本人の2人に1人がかかると言われる、がん。医療技術が年々向上する一方、治療が一段落したあとの課題が注目されてきています。治療による外見の変化や体力の低下などにより、新たな悩みを抱えるがんサバイバーたち。さまざまなアプローチで彼らの生活の質=QOL(Quality of life)を高めようとする取り組みを紹介します。
3年前、悪性リンパ腫を発症した蓮沼ひよりさん(25)は、都内のがん専門病院に通っています。移植手術の影響で全身に皮膚障害が出ている蓮沼さんは、夏場はどうしても目立って人目が気になるため、外見に関するケアを行う、アピアランス支援センターに相談に来たのです。
蓮沼さん「発疹の痕が気になって。それを どうにか隠せないかなと思って」
先生「どうしても半袖を着たいときは、ファンデーションをつけちゃう方法もあるけど、それ試してみます?」
蓮沼さん「はい。お願いします」
がん患者は、治療の過程で脱毛や皮膚障害など、外見に影響が出ることがあります。以前とは変わった自分の姿に戸惑い、必要以上に隠そうとするケースも少なくありません。
国立がん研究センター中央病院 調べ
この病院で治療に伴う身体症状の苦痛の強さを調査したところ、乳がんや婦人科がんでは、上位20項目のうち約6割が外見に関するものでした。外見の変化で、人に会うことを避けてしまう人も多く、社会復帰の大きな課題となっています。しかしこれまでは、「命が助かったのだから」と外見の悩みまではあまりケアされてきませんでした。
「同じ脱毛でも遺伝的だと考えるか、”がんで”と考えるかで全然違ってしまうんです。ですから、実は外見っていうのは、心と表裏一体っていうところがあるかなと思いますね。外見をちょっとケアすることで人と関わることができるのであれば、それがやはり生きる支援になるのではないかなと思っております」(アピアランス支援センター センター長 野澤桂子さん)
3年間治療を続けてきた蓮沼さんは、これまで抗がん剤治療や移植手術などを受け、さまざまな副作用に襲われてきました。髪の毛が抜けたり、爪がはがれたりと外見も変化。1人になると不安に襲われることもあり、命の不安や普通の生活を送れないストレスが大きくのしかかっていました。
そんな蓮沼さんの背中を押してくれたのが、アピアランス支援センターでした。蓮沼さんが何より嬉しかったのは、20代の女性として、おしゃれを諦めなくてもいいということ。脱毛をしたときは、医療用のかつらでなくても良いと言われ、カラフルなウィッグにチャレンジ。変色で悩んでいた爪も、市販のマニキュアを塗っていいと教えてくれました。時には帽子も組み合わせ、おしゃれをするように外見ケアをして、闘病生活も楽しむことができたと言います。
「やっぱり使えるモノも限られちゃうのかなって思ったことを、アピアランスの先生たちが気さくにいろんなことを教えてくれるのはとても心強かった。諦めちゃうっていうのが精神的にもくるので、諦めずにそのままおしゃれを続けていいんだよって言われて、すごい希望が持てました」(蓮沼さん)
一方で、外見ケアは男性にこそ知ってもらいたいと言うのが、腺様嚢胞がんの患者である浜田勲さんです。浜田さんは手術で顎の骨や顎関節を切除。退院後も顔に内出血が残っていたため、教わったカバーメイクをして会社に出社しました。
「カバーメイクというものを自分でできるように習得しまして。こうする事によって、会社には無理なく出勤する事ができました。こういう状況になるとちょっと落ち込むじゃないですか。それがなく、明るい気持ちで出勤ができたのがとても良かったと思っています」(浜田さん)
男性は相談しにくい人も多く、医療側がケアしてくれることで社会復帰の大きな支えになると言います。
治療で失われた体の一部を人工的に再現することで、外見のケアをする方法もあります。手や足の指、目や耳など、一人一人に合わせて形や色、しわなどを精密に再現します。柔らかく体にフィットしやすいシリコンで作るエピテーゼ(人工的に作った身体の一部)です。
開発したのは、池山紀之さん。きっかけは、17年前、乳がんになった妹から悩みを打ち明けられたことでした。
「(妹が)『吊革につかまってて人の体がポンって当たったときに、片方、胸がないとわかるでしょ』って言うんですよ。『わかんない』っていうんですけど、本人はそれすごく気になって『もう絶対、満員電車乗れなくなったから、仕事ができない』って言ってた」(池山メディカルジャパン社長 池山紀之さん)
がん患者にとって、失われた体の一部は周囲が思う以上に大切な存在なのだと気付き、制作を始めました。
1年前に人工の乳房を作った芦刈さんは、手術で左胸を全摘。当時は、乳房がなくなっても生活には困らないだろうと考え、再建手術はしませんでした。
温泉めぐりが趣味の芦刈さん。病状が安定した頃、家族と温泉に行きました。ところが、風呂場の入り口で足が止まってしまったのです。周囲の人に見られていると感じ、温泉に入ることができなかったという芦刈さん。結局、何度トライしても入ることができず、乳房のエピテーゼを作ることを決意しました。
「自分自身はスタイルで悩むとか 容姿で悩むとか、そんな繊細じゃないので、そういうことは無いだろうと思っていたんですけど、そんなに甘くなかったですね。(エピテーゼを着けるようになってから)気持ちが少しずつオープンになりました」(芦刈さん)
慶應義塾大学病院リハビリテーション科准教授の辻哲也さんは、体の一部を失うことで、体のバランスに影響が出ることがあると言います。
「(体の一部を)取られてしまうと、いわゆるボディイメージが崩れてしまうんですね。知らず知らずに体が歪んでしまって、腰痛だったり、体の不調を訴えられることもありますので、時々意識して鏡を見たりして、肩が位置がずれてないかとか、歩き方はご自身でチェックする。どなたかに見てもらうのもすごく大事かなと思います」(辻さん)
がんサバイバーが抱える悩みは、外見のことだけではありません。入院や治療で体力が低下する人も多く、家に閉じこもりがちになる人も少なくないのです。では、どうすれば体力を回復できるのでしょうか。
最近ではがん患者が運動について学ぶ機会も増えてきました。このセミナーでは、さまざまな専門家から「がんと運動」について知識と方法を教えてもらうことができます。
実は、近年、がん患者の運動が注目されています。再発リスクの低下や副作用の辛い症状の緩和など、良い影響があるという報告が相次いでいるのです。
この会を主催する広瀬眞奈美さんは、10年前、乳がんの治療中に体力の低下を実感しました。当時、アメリカで始まっていた運動療法の取り組みを知り、渡米。現地でがん患者が元気に運動する姿に衝撃を受けたと言います。
「抗がん剤のときって運動しちゃいけないっていうイメージだったんですけれど、車いすの人はもちろん、ステージ4くらいの方とか、若い女の子とか、おじいちゃんとか、本当にいろんな人が混ざって。音楽をかけながら楽しく運動してる姿を見て、これが、これからのがんサバイバーの姿だっていうふうに強く思って」(広瀬さん)
広瀬さんは、アメリカで専門のインストラクターの資格を取得。5年前、日本で活動を始めました。
がん患者の多くは、体力の低下や治療の痛みを抱えています。一人一人の状況に合わせて無理をしない範囲で運動をすすめていきます。例えば、乳がん患者の場合、痛みで腕が上がらなくても、できるところまでゆっくりと上げます。それを繰り返すことで、少しずつ動く範囲が広がっていくと言います。
体力が回復してきた人たちで作ったチア・ダンスチーム「ピンキースマイル」の活動で人生が変わったという鈴木あゆみさんは、4年前に乳がんと診断されました。手術後の痛みや体力低下の不安が強く、家に引きこもった時期もあったと言います。
「普通のジムとかも考えたんですけど、どのくらいできるかとかがわからないし、ここだと皆が、がんサバイバーなので、どんどん動けるようになって」(鈴木さん)
何より鈴木さんの支えになったのが、仲間の存在でした。生活や再発リスクへの不安、治療の痛みなど、悩みを共有しあえる仲間と一緒に行うことで、気持ちも明るくなり、運動も継続することができたのです。
「がんになるとすごく1人ぼっちになる。どんなに今まで親しくなった人ともすごい壁がある。家族もそうです。だからこそ、仲間を見つけることがすごく励みになる」(鈴木さん)
体力の回復とQOLの向上が期待できる運動ですが、注意点もあります。 本人の状況や治療方法によっては、運動しない方が良い時もあります。まずは、必ず主治医に相談した上で行うようにして下さい。そして、体力や傷口の状況などに合わせて少しずつ行い、無理は絶対にしないで下さい。
運動する際の目安を辻さんに教えてもらいました。
運動の目安
・週150分、中程度の有酸素運動(ウォーキング、水泳、自転車、エアロビクスなど)
・1日おきの筋力トレーニング
・ストレッチ
まだあまり体力が回復していない人や、これから運動を始めようという人は、軽い散歩や体操などから始めてみてはと勧めます。
「習慣化する、継続することが大事ですから、外に出て、ちょっと散歩してみるとか、柔軟するとか、体操するとか、運動をまずは始めてみる。1日できなかったからといって落ち込むことはない。まず習慣にしていただければと思います」(辻さん)
治療中・治療後の体の変化に悩むことも多いがんサバイバーたち。彼らのQOLの向上に取り組む活動が、今後さらに広がっていくことを期待します。
※この記事はハートネットTV 2019年9月25日(水)放送「一歩、外に出るために~がんサバイバーのQOL~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。