人とうまくかかわれない。こだわりが強い。場の空気が読めない。言葉が出るのが遅い。パニックになる――そんな特徴のある子どもを見ると、私たちはいつからか「発達障害」という言葉を思い浮かべるようになっています。保育や教育の現場では、早期発見・早期支援が重要であるとして、専門機関につないで、早急に対応をはかろうと考えます。しかし、専門医によれば、発達障害の子どもの特徴のいくつかは定型発達の子どもにも見られるもので、時間をかけて診察しなければ、確実な診断を下すことは難しいと言います。わが子が発達障害なのではないかと不安になったときに、どう考えればいいのか、小児科医の榊原洋一さんに話を聞きました。
現在、発達障害の子どもへの支援は、対象となる子どもを早期に見つけ出し、すみやかに療育につなげて、友だち関係や学習活動でのつまずきを減らし、子どもの健やかな成長をサポートするという考え方で進められています。かつては「問題児」という差別的な言い方で、排除されがちだった発達障害の子どもたちに対して教育現場や社会のまなざしは受容的なものに変わり、多様性を尊重する考え方も浸透してきています。そのような望ましい方向に進んでいる一方で、早期発見が行き過ぎて、過剰診断や必要のない選別につながらないような注意も必要になってきています。
小児科医の榊原洋一さん
小児科医の榊原洋一さんは、発達障害の研究と臨床に長年携わってきた専門家として、いま気になることがあると言います。自閉スぺクトラム症とされる子どもたちの中に、明らかな誤診と考えられる事例が増えていることです。自閉スペクラム症は、アスペルガー症候群、高機能自閉症、自閉症の3つの診断名をひとつの連続体(スペクトラム)と見なすことにより、2012年に改訂された診断名で、診断基準が幅広くなり、過剰診断・誤診を招きやすくなったと言われています。さらに早期発見・早期支援のあわただしい流れの中で、診察の質が低下し、過剰診断・誤診が増えているのではないかと、榊原さんは案じています。
榊原さんが過剰診断・誤診の大きな原因のひとつとして挙げるのは、チェックリストだけに頼った診断です。例えば、M-CHAT(Modified Checklist for Autism Toddlers)という、アメリカで開発された、自閉症児を発見するための乳幼児向けチェックリストがあります。「あなたが見ているものを、お子さんも一緒に見ますか?」「いつもと違うことがあるとき、あなたの顔を見て反応を確かめますか?」などの23項目に、保護者が「はい、いいえ」で答えて、当てはまる項目が一定数以上あれば、自閉症の可能性があるとされるものです。設問には親が答えるわけですから、判定は親の主観にゆだねられることになります。
榊原さんはそのようなチェックリストは該当する子どもを絞り込むことにはなっても、その結果だけで診断を下すことはできないと話します。「M-CHATはよくできていて、自閉症の子どもをかなりの精度でスクリーニング(選別)することができます。アメリカの追跡調査で、陽性とされた子どもの54%が後に自閉症と確定診断されています。しかし、それは残りの46%が自閉症ではなかったことを意味しています。つまりチェックリストで陽性という結果になっても、半数近くは定型発達の子どもである可能性もあるのです」(榊原さん)。
現在、榊原さんは過剰診断・誤診のケースについて保護者から診察時の状況を聞き取っています。その結果、本人の診察よりもチェックリストに重きを置いて診断を下している医師が増えているのではないかという危惧を抱くようになりました。
榊原さんにセカンド・オピニオンを求めてきた、小学二年生の男児のケースでは、通学班で他の子どもとケンカしたことで、学校側から発達障害を疑われて小児科を受診することになりました。医師がディスプレイ上にチェックリストを出して、それを保護者と「はい、いいえ」で確認しただけで、「重度の自閉症」という診断が下されたと言います。その子の場合は、榊原さんが本人への問診を行うことで、他者の意図理解ができることが確認され、さらに普通学級に通えていたことから、重度の自閉症という診断は訂正されることになりました。
発達障害を早期に発見することが必要だとされて、健診では発達障害の発見に力を入れるようになり、保育や教育の現場でも子どもたちの気になる行動に注意を払うようになりました。その結果、発達障害であるかどうかを診断してほしいという専門医への受診依頼は急増しています。一人の子どもの診療にかけられる時間が短くならざるを得ない状況で、簡便なチェックリストに頼るために誤診を増加させているのではないかと、榊原さんは考えています。
榊原さんの診療メモ
「そもそも発達障害(注意欠如多動症、自閉スぺクトラム症、限局性学習症)の診断には、限局性学習症を除いて、それひとつで確定診断が可能になる検査はまだ見つかっていません」と榊原さんは指摘します。
それでは、本来の診断はどのように行われるかと言えば、リラックスした状態で本人の受け答えなどを確認し、さらに診察室だけでは明らかにならない、家庭や保育園などでの行動の詳細な聴取を行うなどして、現在の行動の特徴や過去の成育歴に関する情報を集め、国際的な診断基準と照らし合わせていくことになります。診断を下すまでには、時期を隔てて、複数回の診察を行います。榊原さんの場合は、本人の様子を動画で撮影して、受け答えの様子をていねいに確認することもあるそうです。
スマートフォンに記録してある子どもの映像を確認中
そのように診断に時間をかけるのは、発達障害と定型発達との境界線はあいまいであり、かつ複数の障害が併存・合併しているケースが多いこと、さらに幼児の発達はダイナミックで症状の変化が見られることなどもあり、早急に結論が出せないからです。榊原さんは、「診断を急いでしまい、不適切な対応をしてしまうことよりも、子どもにとっては、ある程度時間を要しても正しい診断を下し、適切な対応・治療が行われる方がメリットは大きい」と話します。
子どもの発達を見守る一定の観察期間を設けることと、早期発見の方針は一見矛盾するように思われますが、大切なのは早急に診断名をつけることではなく、子どもの発達に寄り添い、適切なサポートをしていくことです。障害のあるなしにかかわらず、子どもの「不適応」と見なされる行動には、さまざまな理由があります。診断名に振り回されることなく、子どもの実態を見失わないようにすることが大切だと思います。
執筆者:Webライター木下真
発達障害の診断
その1 早期発見にともなう誤診の増加 ←今回の記事
その2 子育てが難しい子どもについて考える