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アルコール依存症からの回復 その1 社会参加を支援する

記事公開日:2019年09月18日

 アルコール依存症からの「回復」というのは、多量の飲酒を続けていた人が、どのような状態になることを指すのでしょうか。病院で酒を抜いて健康状態を正常に戻す、その後に断酒を継続する、イメージできるのはそこまでかもしれません。
 しかし、アルコール依存症は「失う病」と言われ、健康を失い、仕事や家族を失い、社会との関係を失い、ときには生きる希望さえも失っていきます。酒を断つことで、それらを取り戻す人もいますが、失うものが重なれば重なるほど回復は容易ではなくなります。
 現在アルコール依存症は医療につなぐことが主な対策になり、社会生活を支援する体制は十分整っていないのが現状です。そんな中、今回はアルコール依存症の人たちの社会参加を支援するNPO法人を訪ねました。

アルコール依存症になった背景を知る

 大阪市はアルコール依存症対策の先進地として知られ、1970年代から医療・行政・自助グループが三位一体となって連携する「大阪方式」と呼ばれる対策を実施してきました。1981年には日本初の通院治療によるアルコール依存症専門の診療所が誕生し、1990年には専門のデイサービス も設立されるなど、医療機関と地域が連携しながら回復を支援していく土壌を育んでいます。

 「リカバリハウスいちご」は、そんな大阪市で、1999年にアルコール依存症の人たちの社会参加を支援する小規模作業所としてオープンしました。アルコール依存症の回復には数年間かかること、早急な一般就労への復帰は再飲酒の可能性を高めることなどから、アルコール医療や福祉の専門家が話し合い、その結果生まれた依存症の人の活動拠点です。それから20年間、就労や生活支援に関するさまざまな事業所を展開してきました。

 同事業所が支援対象としているのは、依存症の初期治療を終えた人たちです。ほとんどが単身生活者で、7割近くは生活保護で暮らしています。かつてアルコール依存症は中年男性の病でしたが、いまは若者、高齢者、それに女性の割合も増えています。年齢層は20代から80代までと幅広く、男女比は7対3、グループ全体の利用者数は150人です。

 所長の佐古恵利子さんは、同事業所を開所する以前から、長年ソーシャルワーカーとして、アルコール依存症の人たちの生活を支援してきました。佐古さんが、アルコール依存症からの回復に関して気をつけているのは、その人の生活困難が継続している状況とアルコールとの関係を理解するとともに、ひとりの社会人としての思いを尊重することです。以前にはどんな生活をしていたのか、なぜ酒を飲まずにはいられなかったのか、いま何をしたいと考えているのか、その人の生活の背景にも関心をもつことが大切だと思っています。

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所長の佐古恵利子さん

 例えば、若年で発症していく人の中には、過剰な飲酒で生活が乱れる以前から、複雑な家族の課題を抱えている場合があります。両親が離婚して施設に預けられた、母親が行方不明になった、父親から虐待を受けたなど、幼少期に辛い体験をしている人が多く見られます。「父親の母親に対するDVを目の当たりにして、毎日夜になるのが怖かった」と、アルコール依存症の親に怯えながら暮らしていたことを告白する人も少なくありません。

 日常生活をより楽しいものにしようと酔っぱらう人と、素面でいるのが辛くて酒を手放せない人とでは、酒のもつ意味が違ってきます。酒を断つことで辛い現実に向き合うことになれば、再飲酒の可能性は高くなります。それを食い止めるには、新たな生きがいや社会の中での役割、人とのつながりを得られるようにして、過去の喪失感を埋めていく必要があります。

「病院を退院した後にどうするのか。断酒会で酒を止め続けながらどうやって生きるのか。そのような本人たちの不安に応える形で、こういう社会参加の場ができてきたのです。誰もが地域で生きられるようにするのが、私たちの役割だと思っています」(佐古さん)

飲酒以外の大切な価値を見つける

 「リカバリハウスいちご」では、専門医療や自助グループなどと連携しながら、作業やミーティング、レクリエーションやボランティア活動を通じて、アルコール依存症から回復していくことをめざしています。話し相手がいない、やる仕事がない、行く場所がない、そんな孤立した状態に陥らないように、地域で活動できる居場所をつくり、地域の人たちとも知り合い、積極的に社会とのつながりを増やすことで、結果的に再飲酒の誘惑を遠のけていきます。

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事業所グループの全体会議とオープンミーティング

 いちごの事業所では、体験談を語り合ったり、テーマを決めて討論したりなど、さまざまな種類のミーティングを実施しています。消し去りたいような過去であっても、同じ病気の仲間の前なら冷静に振り返ることができます。自分と同じような境遇だったり、同じような気持ちをもつ人が見つかると、それだけで気持ちがほぐれていきます。さらに何年も酒を止めて、社会でがんばっている仲間の姿は、生きる手本として希望の回復にもつながっていきます。

 日々の活動としては、 断酒継続を基本に据えながら、これまで意識してこなかった楽しいことや価値あることを見つけていきます。例えば、初期から行われている活動のひとつに、事業所での昼食作りがあります。これまで酒を飲むばかりで、きちんと食事をしてこなかった人にとっては、生活習慣や行動パターンを変える大きなきっかけになります。栄養の面からも生活リズムを整える意味でも食事は大切ですし、何よりもみんなで一緒につくった心のこもった手料理で食卓を囲めば、酒がなくても、楽しいひと時を過ごすことができます。

 事業所で行われる作業は、社会生活を取り戻し、地域とつながるための大切な活動です。利用者の適性を考えながら、弁当づくり、お菓子作り、老人ホームでの多様な業務、公園の清掃、喫茶店の接客、病院の看護補助など、さまざまな職域を開拓しています。地域に赴いて仕事をしていく中で、そこで一緒に働く人々との触れ合いがあり、依存症から回復していく姿を地域の人々に知ってもらういい機会にもなっています。

 いちごの事業所で行われている活動は、誰もがふつうに経験できるオーソドックスなものばかりで、特別なものではありません。しかし、依存の問題を乗り越えていくには、当たり前の日常をどれだけ楽しいものにしていけるかが大きなカギになります。活動内容について主体的に考え、他のメンバーと共同作業をしていくことで、酒を必要としない生活の喜びを知ることができるようになります。

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老人ホームに納品するマドレーヌづくり

 2013年に施行された「アルコール健康障害対策基本法」では、国や地方公共団体が就労も含めた「社会復帰の支援」をすることが条文に盛り込まれました。ようやく生活支援の重要性が法律という形で周知されるようになったのです。「アルコール依存症は回復する病なので、病気と診断されても絶望する必要はなく、酒なしの生活術を身につけることで、新たな人生を切り開いていける」と佐古さんは話します。今後はそのことを社会の共通理解にしていく必要があるように思います。

執筆:Webライター木下真

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