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【特集】がんと共に生きるAYA世代(1)就職活動でのカミングアウト

記事公開日:2019年09月03日

日本人の2人に1人がかかると言われる、がん。医療技術が年々向上する一方で、治療が一段落したあとの課題がクローズアップされてきています。とくに10代後半から30代までの“AYA世代(=Adolescent and Young Adult 思春期・若年成人期)”と呼ばれる若いがん患者は、社会復帰後の就職活動で「がんのことをどう伝えるか」という悩みに直面します。さまざまな体験談をもとに、解決のヒントを探ります。

就職活動でのカミングアウトの難しさ

AYA世代は10代後半から30代までを指し、年間およそ2万人以上ががんと診断されています。
しかし一方で、全がん患者の中では2~3%と割合が少なく、これまで十分な支援体制がとられてきませんでした。そこで2018年、厚生労働省はがん対策の基本計画の中に、初めてAYA世代への支援を明確に示しました。がんの診療体制や相談支援・就労支援体制について検討するとしています。

実態調査によると、AYA世代の半数近くが「仕事」について悩んでいることが分かりました。実際にどのような悩みを抱えているのでしょうか。

就職活動を行っている大学4年の鈴木さん(仮名)は、がんの治療期間が長かったため、26歳で初めての挑戦です。この日は、筆記試験を終えたばかり。一番、気になっているのがこのあとに控えている面接です。

画像(鈴木さんの後ろ姿)

「病気を過去しているので、それを伝えるか伝えないか迷っております。自分の病気を言うことによって、それがマイナスにとらえられて、合格できないかもしれないのかなと思いまして。がんって腫れ物みたいに思われるじゃないですか。だからこそ自分でも扱いにくいし、それを伝えても相手がどう対応するのか不安があるので」(鈴木さん)

高校3年、17歳のときに悪性の脳腫瘍と診断された鈴木さん。治療には2年かかりました。その後は体力が戻らず、勉強に専念できませんでした。浪人生活が続き、22歳で大学に進学します。同級生に、年が4つ離れている理由をカミングアウトしたとき、苦い思いを経験しました。

画像(闘病中の鈴木さん)

「みんな驚きます。未知数なものを聞いてしまったみたいな感じになるので大抵の人は深く聞かない。年上の部分で気を遣われるし、なおかつ病気を持っているから気を遣うと思うんですよ。だから自分も、自分らしく振る舞えない」(鈴木さん)

鈴木さんのケースを受けて、がんの当事者でアイドルグループSKE48元メンバーの矢方美紀さんもカミングアウトの難しさを感じたと言います。

画像(アイドルグループSKE48 元メンバー 矢方美紀さん)

「自分が病気になった、それもがん、って相手に何て言えばいいのだろうと悩みもありましたし、何よりお互いで壁を作ってしまうのではないかなと。若いというだけで自分の本音をしゃべることってなかなかできにくいことだと思うんですけれども、病気によって壁がさらに固くなっちゃった」(矢方さん)

NPO法人がんノート代表理事の岸田徹さんは、当事者の声をインターネットで配信する活動をしています。当事者がなかなか打ち明けにくい理由についてこう話します。

画像(NPO法人がんノート代表理事 岸田徹さん)

「僕ががんになったときも、親から『周りの人に言っちゃだめよ』と言われた。僕は、これって言ってはいけないそんなネガティブなことなのって。たぶん、周りの人が余計に心配するからだと思うんですけれども、それでネガティブに思ってしまったし、AYA世代の患者さんって周りに少ないので、自分だけが孤立してしまって何も分からなかったというのもあったと思います」(岸田さん)

がん患者の就職活動の支援にあたっている桜井なおみさんは、がんの持つネガティブなイメージはポジティブに変えられると言います。

画像(がん患者の就職活動の支援にあたっている桜井なおみさん)

「社会の側もがんに対するネガティブなイメージを持っているかもしれませんし、自分の中でもネガティブというイメージがあるかもしれない。周りもそれに対する対処の経験値が少ないのでどうしたらいいのかなかなか分からないのだと思います。でも、私だったら鈴木さんは絶対いいと思いますよ。いろんなことを乗り越えてきて勉強していて、そのプロセスにものすごく価値があると思う。ネガティブなところをポジティブにどう変換するか、というところが大事。」(桜井さん)

がんのイメージをポジティブに変えてアピールする

がんに対する考え方を切り替えたことで採用された人もいます。
会社員の吉川佑人さん(31歳)は23歳のとき、新入社員として働き始めてまもなく胃がんを患い、胃のすべてを切除しました。

治療のため、休職。社会人として何もできない状況に負い目を感じ、9か月後、退職しました。当時、体重が10キロ以上落ちたため、吉川さんはリハビリを兼ねてジョギングを始めました。次第に体力も回復。3年後、本格的に就職活動を始めます。そこで、ある壁にぶつかりました。会社を辞めてから3年間の空白。面接でその理由を問われたときにがんのことを伝えるかどうかです。

「言わないと、やる気なくて辞めた人なんだなって思われているなぁって僕は思いました。でも違うんだけどなぁ、いろいろあったんだよっていうのも言いたいんですけど。それを言うと、僕はいま体に胃がなくてとか、そういう話になってくる。そうすると結局苦しくなる。そもそも面接って盛り上がらなかったら、一緒に働きたくないってことなので」(吉川さん)

画像(吉川佑人さん)

就職活動を開始してから9か月、15社すべてが不採用という結果に。吉川さんは、がんの経験をどう伝えたらいいのか、悩むようになりました。そこで、アドバイスをもらおうと足を運んだ就労支援センターの相談員からかけられた一言で考え方が大きく変わりました。

「世の中の会社もいろいろスキャンダルが実際あって。『それをわざわざバカ正直に会社説明会とか募集要項とかに書かないでしょ』って言ってくれて。だから別に君も自分をアピールできるように自分の履歴書を書けばいいし、面接でも話せばいいんだよっていうことを言ってくれて。その現実的なメッセージで僕はすごい肩の荷が下りたんですね。『雇ってもらえませんか』みたいなスタンスから『俺もうこんなに元気になって将来有望だぜ、雇ったほうがいいぜ』というほうに自分の売り方を変えた感じですね」(吉川さん)

吉川さんは病気の事実だけを伝えるのではなく、その「経験」を「売り」にしようと考えました。履歴書には、大病を患ったことを書き、「克服したのでもう一度挑戦したい」という強い意志を示しました。面接では、誰もができない経験をした貴重な存在だとアピールしたところ、採用が決まりました。

「『若くしてがん』の印象が強烈ということに関して疑いはなかった。しかもそこを克服したとなったら、心を打つことはできるだろうなと。前向きにいよう、そのためにはいま元気であることを言わなきゃと思ったんで。たとえばリハビリでマラソンをして、そこでフルマラソンを走り切ったことがあったんですけど。それを『もういまではフルマラソンも走り切れるぐらいになって』と言うと、やっぱり、この人はもう元気なんだな、乗り越えた人なんだなって、そのストーリーが心を動かすことに作用して。自分の印象はそこで上げることができた」(吉川さん)

“がんのオキドコロ”を見つけよう

見事に採用を勝ち取った吉川さん。病気の経験をプラスにとらえ直すには、自分の中でがんをどう位置づけるかが大切だと、桜井さんは言います。

「私たちは“がんのオキドコロ”とよく言っています。やっぱり治療中はがん患者である時間がものすごく多いですし、がんが頭の中で大きな割合を占めてしまい、『がん患者なんだ、自分は』と考えてしまっていると思うんです。でも、振り返ってみると、実は自分の中にはいろんなものがある。たとえば、夢もあったよね。人間関係でこんなことあったり、ゆずれない一線があったりしたよねとか、いろんなものがある中でのがんなんですよ。これを自分の中でどこに位置づけるかというのを見つけ出すことがすごく大切なんだと思っています。吉川さんは自分の中での“がんのオキドコロ”を見つけてそれをストーリーとして語った。それが人の心を打つわけですよ」(桜井さん)

画像(がんが大きな割合を占めてしまう、がんのオキドコロを整理する)
 

それでも、がんが自分の中心を占めてしまい、がんと他のことを切り離して考えることが難しくなるケースも考えられます。岸田さんは、経験者の体験談を聞いて自分を客観視することが大事だと言います。

「僕自身が本当につらかった、困ったときに、ロールモデルになるような人を見つけたんですね。そのようにいろんな人の体験談を聞くことが大事だと思います。そこで僕も患者さんをインタビューして体験談をインターネットで発信することを行っています。そうすることで、がんの種類は違っても同じ世代だったら抱えている悩みは同じなんだとか、こうしたらいいんだとか、周りに少ないと思っていたけど見渡してみれば1人ではないんだな、と思える、そうやって自分を客観的にとらえることができるのではないかと思います」(岸田さん)

画像(スタジオの様子)

一方で、まだ「元気になった」「乗り越えた」と言えない人もいます。桜井さんはこう話します。

「正解って全然ないですよね。自分の中にしかないものなので、見つけ出すのに時間がかかるかもしれないですけど、いまの自分でいいんだと考えていければいいのではと思っています」(桜井さん)

社会復帰後の就職活動で悩みに直面する、“AYA世代”のがん患者。次回は就職した後、職場でのカミングアウトを考えます。

【特集】がんと共に生きるAYA世代
(1)就職活動でのカミングアウト←今回の記事
(2)職場でのカミングアウト
(3)妊よう性をめぐる葛藤
(4)子どもを巡る夫婦の選択
(5)がんとの向き合い方

※この記事はハートネットTV 2019年9月3日放送「がんと共に生きるAYA世代 第1回 職場へのカミングアウト」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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