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産婦人科医に聞く、日本の中絶医療の課題

記事公開日:2019年07月18日

日本では、年間16万件以上の人工妊娠中絶が行われています。女性の心と体のケアの立ち後れを指摘する声があがり始めていますが、手術を施行する医師はどのように中絶を考えているのでしょうか?中絶と女性の権利について研究している産婦人科医の遠見才希子さんが、年間1,000件超の中絶を行う佐久間航さんのクリニックを訪問。質問を投げ、率直に語り合いました。二人の産婦人科医が見る、日本の中絶医療とその課題とは。

中絶の選択肢が少ない日本

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さくま診療所 院長 佐久間航さん(左)と産婦人科医 遠見才希子さん(右)

遠見さん「最初に率直に伺いたいのですが、先生は中絶をたくさん扱っていらっしゃいますけれど、葛藤とか困難だったことはありますか?」

佐久間さん「うーん、若干流れ作業的になってしまうところがあるのは否定できない。でもそれは自分のなかでも嫌なので。『じゃあ何ができるの?』って言われたら何もできないんですけど。ただ、少なくとも中絶という事象をご本人が消化させて、前を向いて歩いていける手伝いはせえへんかったらあかんかなと。だから、いらっしゃる女性たちの小さなサインはできるだけ見逃さんようにと心がけています。中絶の経験が平気な人なんて絶対いないと思うから」

遠見さん「そうですよね。では具体的に、手術法からお聞きしたいと思います」

日本で行われている初期の中絶手術の手法は3種類あります。

掻爬(そうは)法(D&C)

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金属のスプーン状の器具で子宮内を掻き出す手法で、日本の中絶手術を行う医療機関の半数以上で用いられている。

電動吸引法(EVA)

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金属の吸引器具を子宮内に入れ電動で吸引する手法。あわせて掻爬法の器具を使うこともある。

手動真空吸引法(MVA)

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金属に比べて柔らかいプラスチックの注射器型の簡易器具を使って手動で吸引する方法。大がかりな手術器具が不要。海外では100か国以上で用いられている。

このうち最も一般的に行われている「掻爬法(そうはほう)」について、WHO(世界保健機関)は、子宮内膜を傷つけたり、子宮の壁に穴があく子宮せん孔などのリスクがあり、「安全でない」「時代遅れの手法」だとして、直ちに「手動真空吸引法」や薬による中絶など、ほかの方法に切り替えるよう勧告をだしています。

しかし、日本の中絶医療の現場で「手動真空吸引法」を用いている医師はわずかで、さらに、薬による中絶は認められていません。

遠見さん「佐久間先生のところでは、手術のときは電動吸引法ですか?掻爬(そうは)法は使っていらっしゃいますか?」

佐久間さん「電動吸引法がメインです。かといって電動吸引法だけだと、場合によってきれいに子宮の内容物を取りきれなかったり、胎児がある程度の大きさになったときに対応しきれないこともあるから、掻爬の器具を併用することもあります」

遠見さん「女性の感覚からすると、電動吸引法の堅い金属の器具で子宮の中を操作されるよりは、手動真空吸引のソフトな器具で操作されるほうが、身体的にも精神的にも負担が少ないんじゃないかなと思うんです」

佐久閒さん「なるほど、そうですね。ただ電動吸引法と手動真空吸引法の違いってそんなにあるのかなと。入れている管が金属のものとプラスチックのものと違いますけれど。その違いというイメージしか正直持っていなくて。あとは、たしかに手動真空吸引法は選択肢の1つとして使ってみてもいいのかなと考えているんですけれども、医療機関側からすると、コストが割高になるというのも一つ課題としてあります」

日本では認可されていない“中絶薬”

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産婦人科医 遠見才希子さん

遠見さん「さらに私は中絶薬が選択肢としてないっていうのも問題だと思っているんです。なぜ海外では主流になっているのに、日本では選択肢にあがってもいないんだろうというのが疑問です。例え痛みがあるだとか、自宅で出血するとか、そういうものであったとしても、それを選べる、選ぶのはその女性本人で、その選択を安全にできるようサポートするのがドクターですよね」

佐久間さん「たしかに、中絶薬はごく初期の中絶とかに使用するのならいいのかもしれない。中絶薬を使った場合の経過については、実際に見てないからなんとも言えないんですよね」

中絶薬は、WHOが「女性の体と心への負担がより少ない」として、推奨している方法です。「ミフェプリストン」と「ミソプロストール」という2種類の錠剤を組み合わせて服用することで、人工的に流産を起こさせるものです。副作用として、膣内の出血などが起きる可能性があります。早期の中絶であれば、95%以上の確率で中絶できるとされています。

 ■ミフェプリストン・・・妊娠の継続に必要な女性ホルモンの分泌を抑える作用をもつ
 ■ミソプロストール・・・子宮を収縮させる作用をもつ

60以上の国と地域で使用されていますが、日本では、安易な使用は大量出血のリスクなどがあるとして、厚生労働省が注意喚起をしており、認可されていないのが現状です。

画像(ミフェプリストン)

遠見さん「中絶薬が海外で1988年に発売されて2000年代から世界中で急速に普及したときに、なぜ日本では認可されなかったのかという疑問があります。また、妊娠・出産・避妊・中絶っていう部分が、日本では基本的に自費ですね。海外では保険適用や公共サービスだったりする。そこを変えるのはすごく難しいと思うんですけど、中絶手術が1件につき十数万と高額に設定されている理由は、利益のためなのでしょうか?それともアクセスしようとする女性たちに対してハードルを上げるためなのか、と考えたりもします」

佐久間さん「利益でしょう。別にハードルを上げる必要ないじゃないですか。むしろハードルを下げたほうが集客はできますし」

遠見さん「日本の中絶にかかる費用は他の国からみると、女性たちへのペナルティ的な価格設定のように感じられるかもしれません。例えば中絶が内服薬でできるようになったら、手術がなくなって産婦人科医の収益が減るので困るという意見はあったりするんでしょうか」

佐久間さん「そういう意見はあるとは思いますけど、仮に中絶薬が普及したとして、それで開業医の収益は減るのかな。不正出血の恐れなどもありますので、薬を服用する場合は入院する必要が出てくるとも思うんですよね。となると、むしろ女性個人の負担が増えるんじゃないのかな。そう考えると、手術ではなく薬を選択する人がどれほどいるんだろう。正直、内服薬になっても痛みはあることじゃないですか。陣痛が起きて子宮口が広がるまで出てこないわけだから。薬による中絶は、女性に優しいようにみえて、全然優しくないんじゃないかと僕は思うんですけれども」

遠見さん「そもそもWHOは中絶について、『女性および医療従事者をスティグマ および差別から保護するために、公共サービス、または公的資金を受けた非営利のサービスとして医療保健システムに組み込まなければならない』と明言しています。手術という選択肢も薬という選択肢もあって、それぞれのメリット・デメリットを考えた上で、女性自身が選べるようになることが大切ではないかと思います」

医師のなかにある中絶のタブー視

遠見さん「日本の妊娠中絶の手法が、世界の主流とは言えない手法で行われていることを疑問に思って、大学院で研究テーマにしています。研究をはじめた当初、中絶に対するタブー視とか罪悪視が影響しているのかなと思っていたんですけれども、実際に調査を進めていくと、コストの問題だとかそういった面も影響があるのかなと思うのですが・・・」

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さくま診療所 院長 佐久間航さん

佐久間さん「中絶がタブー視されているから、医者は『技術さえしっかりとあればええわ』ってことで、その手法自体を見直すことが論議にあがらなかったところがあるんちゃいます? 産婦人科のドクターでも『中絶で稼ぐのは二流や三流や』っていう感じの風潮があるじゃないですか。僕は医者として三代目なので、昔からいろいろなドクターの知り合いとかもいる環境にいて、医師の立場の方からそのような話を聞く機会もあった」

遠見さん「調査するなかで、ある医療従事者から『(中絶は)汚れ仕事なんだ』っていう発言をもらったことがあるんですね。中絶が表舞台からちょっと隠されたというか、産婦人科医のなかでそういった意識があるんですか?」

佐久間さん「それはあると思います。それこそ、私自身は、昔の打ち首やっている人と一緒くらいに思ってます。結局のところ、自分に対する倫理観だったりプロ意識だったりというものがあるから、やり続けていけるだけの話であって」

遠見さん「私が聞いた話だと、そういった手を下す行為が医療者にとってとても苦しくて、だから当事者の人たちを『悪いことをしている』と、処罰というか、悪いことをしたから痛くてしょうがないのよとか・・・」

佐久間さん「昔の先生でいましたね」

遠見さん「命の誕生に携わっているのが自分たち(産婦人科医)の仕事で、中絶は自分たちの仕事ではないと切り離してる医療者がいるなっていうのは感じています」

佐久間さん「中絶に対するスタンスというのが、それぞれの産婦人科医でも違う。どれくらいのプライオリティを置くかとか、そういうことも違うので」

遠見さん「中絶だからと特別視しすぎなところは、あると思うんですね。ほかの手術や治療と同じように考えて、少しでも良い方法、安全で効果的な方法が出たらそれを取り入れてみる、というすごくシンプルなことなんですけれども、中絶に対する罪悪視、タブー視がかなり強くて」

佐久間さん「(タブー視が)強いし、みんな、まじめに話をしようとしてない」

遠見さん「そうですね。健康を守る権利があるんだ、性と生殖を守る権利があるんだという前提を、医療者も当事者の方も持ってもらうのが双方にとって良いんじゃないかなと思うんですよね。保健体育の教科書に書いてるような『命を摘み取る行為だ』という視点だけだと、自分自身が行う医療行為がつらく感じることがあって」

佐久間さん「でもそこから目を背けることはできないと思うんです」

遠見さん「私も中絶に携わるなか、さまざまな葛藤がありました。とくに、初期もそうですけど、中期の中絶でも完全に割り切ることができなかったこともあります。実際に胎児を目にすることもあるし、言葉にならないさまざまな複雑な気持ちがあるんです。まだ私のなかでも全然答えはないんですけれども」

佐久間さん「答えはねえ、たぶん80歳90歳まで産婦人科医をやってても、ちゃんとした答えは出ないと思う」

中絶に悩む女性たちを減らすために

佐久間さん「遠見先生も関わっていらっしゃるけれども、やっぱり性教育がとても大事ですね。そこがいちばん欠落してますよね」

遠見さん「そうですね。意図せずに妊娠したときに、情報をどうやって集めたらいいか分からないとか、ほかの選択肢を知らずにもう中絶の1択になってしまうとか。そういう状況も、どうしたらよくなってくのかなって思っているんですけれども」

画像(佐久間さんと遠見さん)

佐久間さん「(思いがけない妊娠で)ワーッてなっちゃって、そのままそれに対して向かっていけない人もいるじゃないですか。気付いたらもう分娩間近な週数になっていたり。それは不幸ですよね。何の準備もできてないし。緊急避妊薬(※)のこととか、多少最近はみんな知るようになってくれているけれども。昔はそういうのがあるっていうことを知っていても、『すごい副作用あるんちゃうか』とか思っていたり。『そんなピルみたいなの飲むの怖いわぁ』とか平気で言う人が、まだこのご時世にいるから」

(※)緊急避妊薬:避妊ができなかったときに、性交から72時間以内に服用することで高い確率で妊娠を防ぐことができるもの。アフターピル、緊急避妊ピルともいいます。入手には、(対面もしくはオンラインで)医師による診療を受けて処方してもらう必要があります。

遠見さん「大前提として、予期せぬ妊娠を防ぐためのいわゆる性教育、避妊法、そこをまず普及させるっていうのは、本当にいちばん大切なことなんですけど。それが普及しても中絶はゼロにはならないんじゃないかと思うんですね」

佐久間さん「それはならない、うん」

遠見さん「だから中絶のケアをちゃんと、性教育が普及してから考えましょうじゃなくて・・・」

佐久間さん「うん。両輪でいいと思いますよ」

遠見さん「本人が、どういった形で中絶のことを覚えておきたいかとか、一生忘れないで背負っていくという人もいれば、本当に自分の体のことを自分で決めて、今は産めないから産まないという選択をしましたという人もいます。産む選択、産まない選択、どちらの選択をとっても尊重されて、女性の健康が守られるものであってほしいです。適切な選択肢や情報を知ることができて、自分の体のことを自分で決められるようになればいいな、とお話をしていて思いました。」

佐久間さん「そうですね。中絶なんかなくなったらいいのに、というのがいちばん根底ですよね。それに付随する教育のことであったりとか、男女間のパワーバランスの問題であったりとか、そういうことがもっとフラットになっていったらいいのになって。手術を受けることの負担よりも、妊娠を続けることの負担のほうが大きいから中絶を選んでいらっしゃるんだと思うんです。だから、妊娠を維持して子育てしていくことのほうがもっと楽になって、年間の中絶件数が数万でも減って、分娩のほうに持っていける世の中になって欲しいです」

※この記事はハートネットTV 2019年5月8日放送「中絶という、痛み 見過ごされてきた心と体のケア」での取材を基に作成しました。番組の記事はこちらからご覧いただけます。情報は放送時点でのものです。

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