2019年6月に「読書バリアフリー法」が成立しました。自由に本を読むことは誰もが持っている権利です。視覚障害者だけでなく、「読書」に困難がある障害者の現状と、今後への期待や課題を取材しました。
2019年6月21日、視覚障害者や発達障者、寝たきりや上肢障害のため本が読みづらい身体障害者の読書環境を改善するための法律「読書バリアフリー法」が成立しました。この法律には、地域の図書館に「読書」に困難がある障害者が利用しやすい資料、たとえば点字図書や拡大図書、録音図書、電子データなどを充実させることや、そうした資料の作成の支援、図書データのダウンロードや利用に関する支援、端末機器の入手の支援、国会図書館と全国の図書館をネットワークでつなぐこと、利用しやすい電子書籍の販売の促進、人材の育成や関係者間の協議の場を設けることなどが盛り込まれています。
現在、国立国会図書館には1千万タイトル以上の活字の本が納められていますが、点字や録音図書などを提供するネットワークである「サピエ」と国会図書館を併せても、点字は約19万タイトル、録音は約9万タイトル、その他の媒体は1万タイトル未満という状況です。
法律制定のために長年尽力された、筑波大学附属視覚特別支援学校教諭の宇野和博さんは、「政府には財政上の措置を講じることが義務付けられました。これは今後の読書環境整備にとって心強い法的根拠です。サピエ図書館への運営支援も盛り込まれましたので、学校や団体での利用が増えることも期待できます。どこに住んでいても、何歳になろうとも、またどのような身体的条件があろうとも、等しい読書機会が得られ、文化的で豊かな人生を送れるような共生社会を目指したいものです」と語ります。
筑波大学附属視覚特別支援学校教諭 宇野和博さん
これまで、視覚障害者のためには点字図書や録音図書の充実がはかられてきたものの、利用できるのは視覚障害者にほぼ限定されていました。法の成立を受けて、視覚障害以外の人にも読書バリアフリーを拡げていくことになります。そこにはどんな課題があるのでしょうか。
小学校教諭で文字を読むのが難しい発達障害・ディスレクシアの神山忠(こうやま・ただし)さん(53)と、進行性の脊髄性筋萎縮症で、手足に障害があり、車いすと人工呼吸器をお使いの海老原宏美さん(41)に、それぞれの苦労と、読書のための工夫を伺いました。
「視覚障害ナビ・ラジオ」に出演する海老原宏美さん(左)、神山忠さん(右)
53歳の神山さんが学齢期だった当時は、文字が読めない障害があるということ自体がまったく知られていませんでした。音読ができず、何となく文字を音声化してごまかしていた神山さんは、教師や同級生から「怠けている」「ふざけている」と言われ、つらい日々が続きました。特にひらがなの縦書きは目で追うこともつらく、乗り物酔いをしているようなふらつきやひどい頭痛に襲われ、意識が飛ぶこともあったといいます。今は、文章はタブレットやパソコンの自動読み上げ機能を使って音声化し、理解しています。それ以前は、文章はすべて自分でデジタル化しなくてはなりませんでした。一つずつ手で打ち込んだり、スキャナーを利用しながらデータにするなど、非常に多くの時間と労力が必要でした。
海老原さんは、筋肉が弱くなっていく進行性の病気です。小中学校の頃はまだ筋力がありましたが、高校や大学に進むと、参考書が重くなり冊数も増えたため、ページをめくることに疲れを感じるようになりました。授業では教科書を手前におきますが、「参考書を見て」と言われたら、教科書をどけて参考書を手前に。ノートをとる時はそれをどかす。この繰り返し。動かす作業を減らそうと、参考書については、該当ページをスキャンするように記憶して、授業のペースについていく努力を重ねました。
筋力が弱くなった今は、自分でページをめくるのが難しくなり、書見台に本を立てて、介助者にめくってもらいながら読書をしています。が、ページの最後を読み終わってからめくる指示を出すと、介助者の手指の状態などによって、めくるのに時間がかかることがあります。スムーズに読み進められないと内容が頭に入りにくいため、介護者それぞれのめくり方を覚えて、「この人には最後から3行前で声をかけよう」といった工夫をしているそうです。図書館に住みたいくらい本の大好きな海老原さんですが、その気遣いのために集中力がそがれてしまうことを残念に感じています。
現在、ほとんどの書籍は紙に印刷された活字の図書だけが販売されますが、それを視覚障害者やディスレクシアの人が読むことは困難です。しかしデータの形であれば、点字や音声、拡大文字など、それぞれの人が読みやすい形に変換することができます。さらに、紙の図書ではページがめくれない上肢障害のある人も、データであれば、自分でパソコンなどを操作して、自由に読むことができます。
電子書籍はまだ、紙の新刊と同時に発売されるものは少ない状況です。海老原さんは、読みたい本が、発売日にいろいろな形態で販売されるようになるとすごくうれしいといいます。神山さんも、これまでは書籍を自身でデジタル化していたため、データ自体が販売されれば、読みやすい形式にすぐに整えられるといいます。「実用書ならこの書式にデータを流し込めば、読みやすい行間や文字の大きさにできる、小説ならこの書式、というものがあるため、電子データだと非常に助かります」
マルチメディアデイジー教科書と印刷の教科書を併用して授業する神山さん
読書のバリアフリーが進むと、書籍を音声化して利用することがさらに進むと思われますが、このサービスにも課題があります。
録音図書を利用したことのある神山さんは、疲れずに利用できて、とてもうれしかったそうです。その上で今後への要望として、「耳で聞きながら、目で文字を見て、イメージを作っていけたら」といいます。聞くだけでは読書していると感じづらいのだそうです。例えば、さまざまな書物が、画面上に文字があって音でも聞ける、マルチメディアデイジーという形式になっていれば、それが可能となります。
海老原さんは以前、デイジーが再生できる機器を購入したいと市役所に補助を申請したところ、「それは視覚障害者用なので上肢障害の人は対象外です」と、断られたことがあります。また、海老原さんが小説を読む時には、登場人物がどういう声なのか、どういう性格なのか、自分でイメージをふくらませる楽しみも重要。音声が先立ってしまうとその楽しみがそがれてしまうかもしれないという思いから、画面の文字を腕の力を使わずにスクロールできることを望んでいます。「読書バリアフリー法」によって、機器の補助の対象が拡がったり、サービスの選択肢が増えたりすることも大きな願いです。
海老原さんはいいます。
「私たち進行性の神経・筋疾患の人は、自分でできることが日々なくなっていく障害なわけです。進行するとベッドの上で寝たきりになって、外出も難しくなり、余暇といえばラジオを聞いたりテレビを見たりと、人生全体が受動的に、消極的になってしまうことが多々あります。ですが、少しの筋力で動かせる電動車いすや何らかのコミュニケーション・ツールが、その人を前向きにさせる大きなきっかけになるんです。
読書は、何を、どういうペースで読みたいと、自分自身が主体的に関われる余暇です。ページがめくれないから読書はもう無理と諦めるんじゃなく、読書ができる環境を整えることで、人生を前向きにしたり、意識を外にむけたりする手助けになります。たかが読書と思わないで、その人の人生をどう位置づけるかに大きく影響していくということを、いろんな人に知ってほしいですね」
※この記事は2019年2月24日放送の視覚障害ナビ・ラジオ「語ろう!障害と読書バリアフリーのこれから」を基に、取材を加えて作成しました。