生まれる前におなかの赤ちゃんの状態を調べる、出生前検査。医療技術の進歩により、血液検査や超音波検査でも病気や障害の可能性が分かるようになってきました。しかし、予期せぬ結果を告げられた親たちは、大きな葛藤にさいなまれます。「産むか、産まないか」。つらい決断を迫られた親たちの声に耳を傾け、ケアのあり方を考えます。
出生前検査にはさまざまな種類があります。そのなかの新型出生前検査(NIPT)は、受けられる施設を増やそうという動きがあり、いま注目を集めています。また、妊婦健診で行われる超音波検査も、出生前検査の1つです。
そして検査で陽性だった人の多くが、中絶が可能な期限を前に、重い決断を迫られているのです。出生前検査を受けたことで大きな葛藤にぶつかった女性がいます。
愛知県にすむ、鈴本聡子(仮名)さん。現在妊娠7か月です。2年前、最初の子どもを妊娠したときに出生前検査を受けました。鈴本さんは血液検査で分かる新型出生前検査を受け、医師から「ダウン症候群の可能性が高い」と告げられました。
「すごいショックで・・・。涙も止まらなかったですね。旦那さんに勧められたのもあって。検査したほうが安心できるんじゃないかってところで。なんかその、『私の赤ちゃんに限って』と。何も根拠はないですけど、自信だけはあって。『安心できるんだろうな』と思って受けたんですけど」(鈴本さん)
その後の検査で診断が確定。夫は出産に反対しました。知人から、障害児を育てる大変さを聞いていたからです。
「本当に障害の子を育てていく大変さが・・・。私は身近にはそういうことがなかったので。普通の学校にも行けるんじゃないかな?っていうくらいの気持ちでいたんですけど。旦那さんに『そんな簡単な話じゃないよ』って。きれいごとでは済まされないし。『私たちが死んじゃったあととかどうするの』とか。『障害がある子を育てていくのって本当に一生のことだから諦めようね』っていう話をした」(鈴本さん)
タイムリミットが迫るなか、中絶を選択せざるを得ませんでした。妊娠21週を超えて行われた中絶は人工的に陣痛を起こし分娩するもので、壮絶な体験でした。
「すごい高熱が出ちゃって。途中で破水もして。胎動も感じなくなっちゃった。そこから赤ちゃんがあまり動かなくなったような気もして。ナースコールして、分娩室につれていってもらって。そうしたらもう20分くらいですぐに生まれちゃった。見たら普通の赤ちゃんでした。かわいかった。かわいかったっていうか、ちゃんと目も鼻も口もあって、手も足も、ちっちゃかったけど、爪とかまで全部生えていて。『ああ、本当に中絶しなかったら生まれてきた子だな』って」(鈴本さん)
鈴本さんが中絶した赤ちゃんの手形と足形
500グラムの小さな男の子でした。
「病院を出るときは2人でお別れをして・・・。私、何も残らないと思っていたんです。ちっちゃい赤ちゃんだったから。何もなくなっちゃうと思っていたら、(火葬場から)帰ってきた旦那さんがすごい笑顔で。『骨がもらえたんだよ』って言って、持って帰ってきてくれて。良かったって思った。何もなくなっちゃうよりも、何かあったほうが良かったと思って」(鈴本さん)
鈴本さんは、もし検査を受ける前に戻れるなら、そのときの自分に伝えたいことがあると言います。
「そのときの自分には、『安心』だけ欲しくて軽い気持ちで受けてはいけなかったよ、って教えてあげたい。陽性という人が出ることもあるし。その何か、ただ安心したくて、安易な気持ちでと言うとあれだけど、受けるとそうじゃない結果をもらう人もいるから」(鈴本さん)
出生前検査に詳しい明治学院大学教授の柘植あづみさんは、女性のことばを受け、次のように話します。
「何も見つからなければ、安心できるとよく言われるんですね。そして実際に、多くの方が何も見つからない、という結果になるので、安心できたって方が多いのかもしれないんですけども、検査自体は、何かを見つけるためにやっている検査ですので、当然この方のようにすごくつらい思いをされることになる方もいらっしゃるわけですよね。安心のために、というのは、これは言ってはいけないかなと思っています。それから、こういう結果が出たときに、自分がどうなるんだろうっていうことがとてもつらくって、だから検査を受けなかったっておっしゃった方もいらっしゃいます。それだけ重い検査だと思います」(柘植さん)
出産・医療の現場を長年取材しているジャーナリストの河合蘭さんも、取材を通じて出生前検査の重みに直面したことがありました。
「たった一度だけ、目の前で陽性という告知をされたご夫婦の前にいたことがあります。あのときのご夫婦のお顔を見たときに、初めて出生前検査が何をしているのかが、分かったような気がしました。印象的なのは、魂が抜けてしまったような、なんの表情も浮かんでいないお顔を見た、ということなんです。そのあとことばもなく、本当に静かにずーっと、そのお母さんは涙を流されていて、どんな状態になるかということを目の当たりにした、という気がします」(河合さん)
番組には、陽性の診断を受けて葛藤する方から声を寄せていただきました。
「先月、染色体異常であることが分かりました。中期中絶のリミットまであとわずかです。高齢での初産であり、出産後も周囲に頼れる人はいません。異常を指摘されてから、泣かない日はありません。頭ではしっかりこの検査の意味や、結果への覚悟について理解していたつもりでしたが、これほどまでに想像を絶する苦しみの中で厳しい現実と向き合わねばならないとは思っていませんでした。産むか産まないかを考えるよりも、生きるとは命とは幸せとは何かについて夫婦で考える日々です」(ゆいたんさん・40代女性)
(NHKみんなの声「『新型出生前検査』とどう向き合う?」より)
診断後の苦しみを抱える女性や家族を支える仕組みは、まだ十分ではありません。そのような状況のなか、東京のNPO法人「親子の未来を支える会」は、ある取り組みを始めました。
産婦人科医や助産師、障害のある子どもの母親らが中心となり、出生前検査に関する相談事業を展開しています。インターネット上の相談サイト「ゆりかご」にはさまざまな声が寄せられています。
「ダウン症の子を育てていく自信がないけれど中期中絶をする勇気もない」(胎児のダウン症候群の可能性を告げられた母親)
「障害の差別や偏見が怖いのです」(胎児の障害を診断された母親)
「今週の金曜日までに中絶するか否かを決定しなくてはならないです。中絶に強い抵抗があります」(染色体異常を診断された母親)
サイトでは、悩みを抱える親の相談に医療や福祉の専門家などが答えます。さらに特徴的なのは、同じ悩みを経験した親にも相談できる仕組みになっていること。
出産した人、中絶した人、どちらの意見も聞き、考えることができます。同じ経験をした人だからこそ、気持ちをありのままに受け止めることができると言います。
「どんな選択も、真剣に向き合って考えたことであれば素敵なママだと思いますよ」(障害児を育てる母親)
「泣きたいだけ泣いて、我慢しないでください。ここではどんなお話をされてもいいのですよ」(障害児を育てる母親)
「親子の未来を支える会」の理事 水戸川真由美さんはこう話します。
「相談に来た人たちが、いまどんな気持ちでいるのかっていうところをまず認めてあげるというか、そうだねって言ってあげることだと思う。そこに対して結論を出すものではないです。」(水戸川さん)
「ゆりかご」に出会って救われたという人がいます。竹井春奈(仮名)さん。出生前検査でおなかの赤ちゃんがダウン症候群と診断されました。夫からは中絶を勧められたものの決断に悩み、サイトに書き込みました。
「みなさん、実際に障害を持っているお子さんを育てているママでも、どちらの決断にしても応援するよって言ってくださったりとかしたので。産まないっていう決断をするっていうことを言ってもいいんだって。批判はされないんだっていうのが、すごい安心感が大きかったです」(竹井さん)
子どもを諦めることを決めた竹井さん。その後も苦しい気持ちが続きましたが、サイトで出会った母親のことばに支えられました。
「声を大きくして中絶したって言えないじゃないですか。自分たちで決断したから前を向かなきゃって思う人がすごく多いと思うんですけど、でも前を向けない人もすごくいっぱいいて。自分の中絶が終わったあとに、『決断した道はそれぞれだけど、私たち頑張ったね』と言われたことがあって。その方は、出生前診断で陽性になって、産むという決断をした方だったんですね。すごくそのことばには救われました」(竹井さん)
「ゆりかご」には、ここで相談し、産む決断をした女性の声も寄せられています。
「小さくて可愛いです。愛おしいです。きっと世の中はそんなに悪くない。この子が歩む人生にもきっと多くの人が手をさしのべてくれると思え、勇気付けられました」(産む決断をした母親)
中絶の経験から1年がたち、竹井さんはいま、同じ悩みを持つ女性たちを支える側にまわっています。この日の話題は、子どもにつけた名前の由来についてでした。
竹井さん「私はあえて、中絶した子どもの名前の由来を聞くようにしています。自分が経験して思ったんですけど、もしかしたら名前をつけているということも知らない人がたぶん多いのかもしれない」
「ゆりかご」に相談した女性「さくらという名前をつけました。やっぱなかったことにはしたくないから。我が子はいたんだし。何か意味はあったと思うから」
竹井さん「私は、お空に戻るっていうことが決まったときに大きな翼で戻れますようにの『翼』とつけました。」
「親子の未来を支える会」理事長の林伸彦医師は、「ゆりかご」の活動についてこう話します。
「私たちがやってるのは、1対多数のピアサポート。できるだけいろんな家族を知って、病気とか障害の幅っていうのも知っていただきたいですし、なかには産まない選択をした方たちともつながっていただいて、産まないことってどういう選択なんだろうっていうのを分かるようにしたいと思っています。」(林さん)
産む、産まない、どちらの選択にも、耳を傾けるという取り組み。河合さんはどう感じたのでしょうか。
「つい対立構図のように捉える議論を歴史的にしてきたと思うんですけれども、産むことを決められた方、諦めた方というのは、そんなに違う2つのグループではないと私は取材のなかでいつも思っています。本当に小さなこと、そのときご主人がなんと言ったとか本当に小さなことで、全く違う道を選んでしまう、それが現実だと思うんです。妊娠するということは、もう妊娠するって決めただけでも素晴らしい、拍手したいと思うんですね。そして、こういう先天性疾患に向き合ったっていうことは、みんながその頑張りを、諦めたって言いますけれど、やっぱりその方も頑張ったんだと。それを認め合えている、この人の輪を見て、新しい局面を見られたような気がしました」(河合さん)
柘植さんは、同じ経験をした人の生の声が、悩んでいる人の支えになると言います。
「ピアサポーターの方が、どちらの決断でも支えるって言うのは、そんなに簡単に言えることではないと思います。同じ経験をした、悩んだっていうことは、分かっている人だからこそ、どちらでも支えますよっていうのが素晴らしい。そう言われた方は、自分たちで決めるということを支えられているんだな、って実感を持てたんじゃないかと思います。NPOで行っているということで、医療から離れた場所ですよね。医療だと、医学的に何か決めないといけない、医学的な判断をしないといけないというふうに、利用者の妊婦さんたちも考えがちだと思うんです。子どもを産んで育てるということは、自分の人生もありますし、それから子どもを迎えてからの家族の人生もあると思いますので、そういうところで、医療から離れて決断する、そういうときに決断を支えてもらえるっていうのは、とても貴重な機会なんじゃないかと思います」(柘植さん)
「産むか、産まないか」
つらい決断を迫られた女性や家族を孤立させず、その葛藤に寄り添う支援が、いま求められています。
【特集】出生前検査
(1)求められる情報提供のあり方
(2)検査を受けるか受けないかの選択を支える
(3)「産むか、産まないか」つらい決断を迫られた親たちのケア ←今回の記事
(4)妊娠から出産後まで。いま求められるサポート
※この記事はハートネットTV 2019年7月9日放送「シリーズ出生前検査(2)『それぞれの選択を、支えるために』 」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。