おなかの赤ちゃんの状態を調べる出生前検査。医療技術の進歩により体への負担が少ない検査が広がる一方で、検査は親たちに思わぬ葛藤をもたらすこともあります。「陽性だと分かったら、あきらめるのか」。難しい決断を迫られる可能性があるため、検査を受けるか受けないか、悩む人もいます。そんな悩みを支える仕組みの一つに“遺伝カウンセリング”があります。一人一人が納得のいく決断をするために何が必要なのでしょうか。
出生前検査を受けるか受けないか、という悩みについて、こんな声が番組に寄せられました。
「38歳、第二子妊娠中です。この前の検診で、出生前診断の説明をされました。それまではなんとなく受けないつもりでいたのですが、医師から『別に受けなくても良いんですよ、障害があっても、育てていく人もいますしね』と返され、なんだかモヤモヤしています。週数的に次の検診の時に、検査を受けるか決めることになったのですが、正直いろいろな考えが渦巻いています。いまは出生前診断について調べては悩む毎日で、考えれば考えるほど、ストレスが溜まってきます。妊娠が分かった時はとても嬉しかったのに、こんなに苦しい気持ちになるとは、思いもよりませんでした」(あーるさん・30代女性・千葉県)
こうした悩みを支える仕組みの1つが、遺伝カウンセリングです。新型出生前検査の認定施設では、必ず検査前に遺伝カウンセリングを受ける仕組みになっています。その現場を取材しました。
東京女子医科大学は、検査を受けるか受けないかを決める際のサポートに力を入れています。そのために行っているのが、「遺伝カウンセリング」。この日も、検査を受けるか検討している夫婦がやってきました。
この病院では、臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラーという遺伝の専門資格のある医師とカウンセラーの両方が参加し、検査で何が分かり、何が分からないかを1時間かけて説明します。
「赤ちゃんが100人お産まれになると、3~5%くらいの確率で何らかの体質があると知られています。そのなかでNIPT(新型出生前検査)の検査は、この3つ(ダウン症候群、18トリソミー、13トリソミー)を調べましょうということになっています」(医師)
まず伝えたのが、検査で調べられるのは先天性の病気や障害のなかでも、ごく一部であるということです。さらに、年齢によって染色体異常の可能性がどれぐらいあるのか、データに基づいて伝えます。
医師「これは出産される時の年齢(39歳)ということで。まずダウン症候群ですね。21トリソミーということになってくると0.89パーセント、112分の1。18トリソミーになってくると、0.23%、で、13トリソミーという体質になってくると、0.06%。この数字、ご覧になっていかがですか?」
女性「絶対値が大きいかどうかというよりは、若い時とは全然違うんだなと思いました」
医師「幼稚園とか保育園とかは通常通りの幼稚園保育園に行かれていて、小学校ぐらいになってくるとだんだん、発達のゆっくりさというのがあるので、特別支援学級とかですね。そういうところで手厚く見てもらったりするほうが本人の幸せにもなることがあるので」
障害のある子どもを産み、育てることになった場合、どんな生活になり、どんな支援があるのかについても丁寧に情報提供しています。遺伝カウンセリングを受けて、夫婦はどう感じたのでしょうか。
女性「すぐに(出産を)あきらめる感じにはならなくて、それでも問題ないっていう感じではないんですけれども、そういうニュートラルな感じで説明していただいたのは、良かったと思います」
夫「(出産後も)サポートが必要なわけで、ここのサポートも必要だったりとか、もっと先々を見ると、経済的なサポートについても考えないといけなくなるので、生まれてから初めて動き出すよりは、先に知ってからと思っています」
この病院では検査の前、検査の日、そして結果が出た後の合計3回、カウンセリングを行うことにしています。
東京女子医科大学 遺伝子医療センターゲノム診療科特任教授の齋藤加代子さんにお話を伺いました。
「実際、NIPT(新型出生前検査)って、血液を採るだけで、おなかの赤ちゃんのことがかなり分かる。ただ簡単にできるから、簡単に受けていいわけではなくて、やっぱり一人一人の妊婦さん、一人一人のご家庭が、どういう考えで子を授かって、そして育てていくかということを、やはり覚悟を持って考えていくという重要なプロセスのなかの検査になるので、そこの認識をきちんとできるということが、とても大切だと思うんですね」(齋藤さん)
検査を受けるか受けないかの決断を支える遺伝カウンセリング。学会が認定する病院では、必ず実施するよう定められています。
しかし、課題もあります。学会が認定していない施設で検査を受ける女性も、数多くいるのです。認定外の施設での検査は、違法ではありませんが、遺伝カウンセリングの体制などは施設によってまちまちです。
都内にある認定外の施設の1つです。日曜日に診療したり、年齢を問わずに検査を受けつけたりと、認定施設にはない柔軟な対応で検査を行っています。検査についての説明は、多くの妊婦が受けられるよう、4組から5組の合同で、10分ほどかけて行います。その後、質問も受けつけています。
北陸から来たという40歳の女性は、地元の認定施設では検査を受けられず、都内のこのクリニックまで足を伸ばしました。
女性「私の県内で出生前診断が受けられるのは1つの大学病院だったので、大学病院の方に電話したところ、もうかなり(予約が)いっぱいで、来てもらってもできるかできないかが分からないっていう話を受けたんですよね」
夫「本当に時間があるようでないと感じていたので、早く検査ができるところで」
クリニック院長の奥野幸彦さんはこう説明します。
「そういう患者さんのニーズがあるので、(新型出生前検査を)容易にできるようにしてあげようというのが、私の気持ちでスタートしました。実際は(認定施設では)ハードルが高くてどこでも受けることができないと。ネットの世の中ですから、妊娠中の女性は情報はいくらでも取りますよね。ということで、そういう(ここで受ける)希望が多い」(奥野さん)
北陸からきた夫婦が検査を急ぐ理由は、前回の妊娠での経験にありました。3年前、定期検診で受けた超音波検査で、ダウン症候群の可能性を指摘されたのです。障害について調べようとは考えていなかったため、突然の出来事に混乱しました。その後の検査で診断が確定。周囲は生むことを反対しました。夫婦は相談できる人もおらず、孤立を深め、中絶を選択せざるを得ませんでした。
今回は赤ちゃんと向き合い、納得のできる選択をしたい。少しでも早く検査を受けて、その準備をしようと夫婦で話し合いました。
「『認定病院をしっかり受けてください』というのは、主治医の最初の意向だったんですよね。できればカウンセリングがきっちりあったほうが、ネットとかにも『そのほうが良い』とは書いてありますよね。でも、早く受けたかったっていうところが、一番なんだと思います」(女性)
認定施設で受けたくても受けられない現状での、夫婦の決断。認定施設では検査を受けにくくなっているのはなぜなのでしょうか。ジャーナリストの河合蘭さんにお聞きしました。
「日本の出生前検査は、リスクの高い方のみに限定しているというところで、まず年齢的に認可されている施設で受けられないという方がいます(※)。それから、予約が取れない地域がかなりあるのではないかと思います。どれくらいの方が予約が取れないかとかそういった調査はなされていない、と思います」(河合さん)
※多くの認定施設では検査の対象を35歳以上の妊婦に限定している
「また、非常に日数の限られている話ですし、また、つわりのひどい時期でもあります。そして皆さん、就業されていますので、仕事が休める日というのが、そんなにたくさんあるわけではなく、さらに夫婦で行かければならないという、決まりがある場合もありまして。夫婦二人でそろって、欠勤できる日ということになりますと、本当に厳しくなってくると思います」(河合さん)
一方で、出生前検査を受けるか受けないか判断をする上での、遺伝カウンセリングの重要さについて、明治学院大学教授の柘植あづみさんはこう話します。
「まず、この検査で、胎児の状態のすべてが分かるわけではない、っていうことを理解していただかないといけないので、遺伝カウンセリングではそういう説明がなされます。この検査で分かる障害や疾病は、本当に限定的であるということ。それから、その障害の程度とか病気の程度がどれくらいかっていうのも、検査では分かりません。ですので、この検査を受ければ、胎児の全てが分かって、だから安心して産める、というのは勘違いで『この検査で分かるのはこういうことですよ、こういうことしか分かりませんよ』というのを遺伝カウンセリングできちんと説明された上で、受けるか受けないかっていうのを決めるというプロセスになると思います」(柘植さん)
広がりを見せている、認定を受けていない施設での検査。日本産科婦人科学会は、検査を受けられる施設の認定条件を緩和し、数を増やす方針を打ち出しました。その中で、遺伝カウンセリングについては、「遺伝の専門資格のある医師でなくても産婦人科医が研修を受ければカウンセリングをできる」とされました。
一方でこの方針では、情報提供や、カウンセリングの体制が不十分だという懸念の声も上がっています。これを受けて厚生労働省は、検査のあり方を議論する初めての検討会を設置するとしています。
こうした動きについて河合さんは次のように話します。
「今回の検査施設が増えるという方向性は、私は賛成です。ニーズに現実がついていってほしいと考えています。妊婦さんの心配は、もっともなことだと私は考えているんですね。いま、高齢出産の方はとても増えていますし、この検査を受けたから安心できるというものではないんですけれども、そういう方々に温かい産科医療であってほしいと思います。その方たちのニーズをすくうように現実を変えていく、ということを望みます」(河合さん)
一方、柘植さんはこう話します。
「(この方針が進めば)カウンセリングの質の低下は当然あると思います。やっぱり遺伝カウンセラーは、遺伝についての勉強だけではなく、いかにしてそれを伝えるかというトレーニングも受けていますので、臨床の医師の方がいくら知識を入れたとしても十分ではないと思いますので、限界はあると思います」(柘植さん)
妊娠した女性のニーズにも応えながら、かつ、遺伝カウンセリングの質をさらに上げていく。この両立は難しそうですが、何が必要になってくるのでしょうか。
「『こういう検査がありますよ、新しくできましたよ、正確に分かるようになりましたよ』ということで、ニーズが喚起されているところはあると思うんですね。だから妊婦さんが、もし検査を望んでいるのだとしたら、どうしてその検査を望むのか、どんな不安があるのかということについて、いままであまり考えられてこなかったし、話し合われてなかったと思うんですね。そのことがまず必要で、ニーズに応えることばかりを考えるよりは、どうしてみんな不安を抱えるのかなという、いまの医療の課題をきちんと考えないといけないと思います」(柘植さん)
妊娠した女性やその家族の不安に寄り添いながら情報提供を行う遺伝カウンセリング。出生前検査が広がるなか、その重要性はさらに増しています。
【特集】出生前検査
(1)求められる情報提供のあり方
(2)検査を受けるか受けないかの選択を支える ←今回の記事
(3)「産むか、産まないか」つらい決断を迫られた親たちのケア
(4)妊娠から出産後まで。いま求められるサポート
※この記事はハートネットTV 2019年7月2日放送「シリーズ 出生前検査 第1回 妊娠…その時、どうしたら?」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。